3話 行軍準備
前回:――突撃、隣の朝ごはん――
朝食を終えた王女様は、一礼だけして部屋を出て行った。
その後を追うようにして、従者や騎士服の人は全員出て行く。けど、その人達は、誰も一礼をしない。この温度差は何だろう?
「……王女は、もう行ったよね?」
ユータは、ようやく顔に張り付いていた氷を取った。多分、もっと前に取れたんじゃないかな?今まで食べるのを我慢して、顔に張り付けていたんだろうけど、どうしてだろう?
「お前も懲りないよな。変な事を言えば、王女にビンタされるって言うのにさ。話じゃ、ビンタされた事のあるヤツって、お前だけらしいぞ?光栄だな」
「なんでそうなるんだよう!……ああ、やっと安心して食べられる」
今まで、王女様の前だからあまり手を伸ばせなかったけど、食べていなかったのはユータやワタシだけじゃないみたい。食べていたのは、ヴァン、ヴィンセントさん、ハルちゃんの3人だけみたい。
「ヴィンセントさん、あんな状況で、よう食べられたなぁ。ウチらほとんど手を付けられんかったわ」
「フム……王女の手前で、食事をしないのであれば、不敬に値するとも思ったのでね。人前で食事をしないのがマナーであったのは、ずいぶん昔なのだ。ある程度は、足並みを揃えるべきであろう」
「アタシは、とてもじゃないけど無理。緊張しちゃった……」
「みゅう……あのヒト、優しいのかコワいのか、よく分かんないんだよ……」
皆口々に言葉を出しながら、朝食に手を付け始めた。ワタシもようやく、食事に手を付けられる。
確かに、基本的には優しげだったのに、時折厳しいような目線を送っていた辺り、油断できないかもしれない。
「じゃあ、皆は食べている状態でいいから聞いてくれ。
さっき聞いた通り、出来る限り早く出発と言う事だ。ギルドには俺の方から連絡を入れておく。全員、食べ終えたらすぐに準備してくれ。数日分の着替えや必要になる道具、手入れしてある武器。
全部確認後、エントランスホールに集合だ。
今回は護衛任務。必要とされる技術は主に、戦闘力と探索能力、技術じゃないけど、一番必要なのが、忍耐力だ。
究極的には、飲食をしないまま3日くらい起きて集中していなければいけない、くらいのつもりでいる事。まあ、そんな状況になる事は、普通ないけどさ。そんな気持ちでって事だ。
王女の竜車には、俺の方から陽炎の幻覚を掛けておく。隠蔽技術は、精霊さんの方が得意だから、精霊頼みだけどな。お前らは交代をしながら、周囲警戒。アーサーを連れて行くから、休憩は幌馬車でしながらと言う事になるだろうな。
王家の者の移動は、基本的に騎竜になる。あのドンガメだから、速度は遅い。だから、ある程度は歩く速度での移動になる。場所が悪い場合、幌馬車の中に移動して速度を上げるだろう。
会談の場所についてはこれから聞いてくる。その場所次第で、道程が変わるし日程も変わる事になる。ただ、俺達の人数だ。充分な戦力を確保しつつ、全員充分な休みをする事が出来るだろう。
ある意味、一番の厄介事が、この先の話だ。さっき見たとおり、王女は獣人かぶれだ。俺とミーシャに対しては、異常に優しい。けど、並人にはああいった行動はしない。悪い条件は、ユウタがいい例だな。
そうならないように、全員下手に口を開くな。最悪の場合、不敬罪で死刑すらありえる。俺の行動も普通なら不敬罪なんだが、王女の要望でこうしなければいけない事になっている……おかしいっていう目線をするのは理解できるけど、しなければワガママを言って暴れるんだ。
ヴィンセントは流石に、貴族に対して接してきた分慣れはあるだろう。リーダーを貴族にしたのも、こういう事が原因だ。少なからず、王女と関わる可能性があったからさ。
平民だった場合、堅くなったり、不敬罪に該当したりしかねない。男爵とかでも、ギクシャクしていた可能性あったから、怖かったんだけどな。
つまり、王女に対して接するのは、主に俺とヴィンセント、ミーシャの3名だ。残りはあまり派手な発言をしないよう心掛けてくれ」
まるで、王女様と接するのが、一番の問題みたい。王女様の警護なのに、敵の心配はしなくていいのかな?
「ちょっといい?アンタやヴィンセントさんは解るけど、ミーシャも入るのは、なんでよ?」
「そうなんだよ!さっきので懲りたんだよ!ヴァンくん、嫌がらせしないから助けて欲しいんだよ!」
マリアさんとミーシャちゃんは、王女様と関わるのが嫌なのかな?悪い人じゃないと思うんだけど、エルフさん達にしても、王女様にしても、なんで獣人に対して抱きついたりするんだろう?それは良く分からない。
「ミーシャ、王女に出会った獣人の、宿命なんだ。エリナ仕込みのモフリ術とかいう、意味の分からない行動をするんだよ。しかも、あのヒトも簡単な魔術を覚えているから、子供だったら体に張り付いて逃げられなくなるんだ。
エリナさんめ……なんて意味の無い魔術を作っているんだ……」
「あんたの師匠って、本当になんなの?!凄いって言うのはウソじゃないよね!?」
マリアさんは、ちょっと困惑しているみたい。尊敬していたらしいけど、思っていた姿と、ヴァンが知っている姿が違うから、だよね。
ワタシも、あの人は凄い人っていうより、優しいお姉さんって思っているけど。
「みゅう……どうしてこうにゃるんだろう……」
「諦めんとダメみたいやな……覚悟するしかないんやないか?」
ミーシャちゃんはしょげて、リリーさんが宥めている。買い物に行くと、獣人入店拒否っていうお店が意外と多いのに、王女さまは真逆。これから数日間、ずっとあんな感じなのかもしれない。
「……ヴァンはずっとこういう状態だったよね。こういう人気は、ぼくもいらないかな……」
「そりゃな……そもそも人気じゃないだろ。むしろ、変態性癖のレベルじゃないか?理解するのは不可能だろ」
1番多く見ていた2人は、どこか諦めているみたい。
でも、ヴァンの言う通り、下手に発言をする事が無いように気を付けないと、いろいろ大変な事になるかもしれない。さっきのユータを見る目は、物凄く怖かったし、ユータを抑えた騎士の人も、似たような怖い顔を向けられていた。
皆が食べ終えて、これから直ぐに出発できるように、準備を始めた。
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ワタシは準備できたから、先に幌馬車に荷物を入れる為に、アーサーのところへ来た。そこに、ヴァンも居た。彼は、準備できているのかな?
「ああ、アリス。もう準備できたのか?早いな」
「うん……もし、長期の仕事をしなきゃいけない時が来たらって思って、前から準備してたの。でも……本当にワタシ達でいいのかな?上手くやれるような気がしないんだけど……」
アーサーを幌馬車に繋げて、彼は振り返った。ワタシは、自信が全然持てない。今まで、冒険者として仕事はしていたけど、ほとんどがそんなに難しい仕事じゃなかった。
それなのに、いきなり王女様の護衛。上位の人がやる仕事じゃないかな?
「ああ……確認を取ったんだけどさ、既に王女側で冒険者ギルドに連絡を入れていて、ダントンのグループ以外の、1等級と2等級の奴らの手を借りているんだよ。
そして、そいつら全員、ダミーに付けられたそうだ。傭兵団の月狼ですら、ダミーの1組に付けられているらしい。
当然、騎士団の奴らもだ。しかも、街に必要な分を残して、1400名体制。大規模な行軍になる。王女を護衛するには、丁度いいくらいだ。
そんな中で、俺らは別ルートで進むことになる。ダミーの内、2つは国内、3つはリィンに入るそうだけど、全部、全く違うルートで通るらしいからさ。
お前らも、最近では随分連携を取れるようになったし、戦闘能力だけでも、充分強くなってきているんだ。
来月末辺りでは、ミーシャ、マリア、リリーが昇級試験を受ける為に、ポイント稼ぎと勉強、仕事で忙しくなる予定なんだ。それに合わせて、お前らも学んでいるんだからさ、もう少し自身持って行動しろよ。
ただ……」
ワタシを安心させようとしたらしく、状況を教えてくれる。それだけいたら、ワタシ達が狙われにくいっていう事なのかな?ミーシャちゃん達の事もそうだけど、ワタシ達も実力、付いてきているのかな?
対して、最後の言葉と同時に、険しい顔をして、庭の先を睨んでいる。ワタシも、その先を見て、ちょっと呆れた。
「旦那、何ですかい、ありゃあ?」
翼人のテッドさんが、お仕事の為に外に出てきたみたい。王女様が来た時、一応ヴァンが、ハルちゃんに言伝を頼んで、獣人奴隷の人達は部屋に少しの間籠ってもらっていたんだけど……
「豪華だろ?あれが、噂に聞く王族の竜車だ。……うわあ、何度見ても、あれには俺は乗りたくないな……」
金と赤の装飾をして、派手な飾りを付けた竜車が、庭先に停まっている。
あの車に、王女様が乗るのかな……見てみたいと思っていたけど、想像以上に派手だった……
「はあー……それで裏に下がれと?ですがね、貴族と違って、王女は獣人贔屓って話でしょうが。それだったら、オレラの安全も確保できるってもんですわ」
「違う意味で、安全確保できないんだよ。特にテッド、種族的に骨粗鬆症のお前は、掴まれ過ぎて骨折れたり、手下の獣人嫌いに喧嘩売られて骨折するんだ」
「……どっちにしても、折れるんかい。そりゃ、勘弁ですわな!旦那は精神的に、骨折れてそうですけど、ワハハハ!」
心配していたのに、冗談で返されてる。でも、テッドさんってこういう明るい性格だから、話しててちょっと気持ちよくなれる。
「とりあえず、俺達は当面の間、あの竜車と一緒に屋敷を離れて仕事をする事になった。食糧はギルドから補給されることになっている。残りの2人にも言っておいてくれ」
「わっかりましたぁ。ああ、厩周りの掃除は任しといてくれていいんで。新品よりキレイにしてやりますわ」
テッドさんは、嘴だから笑ってるかどうかは口元では見えない。代わりに、羽がどうやって盛り上がるかで、気持ちが分かるみたい。その盛り上がり方が、笑っているように見える。
話している間に、エントランスホールに皆が集まってきたみたい。そろそろ、出発することになりそうかな?
「じゃあ、テッドさん。後はよろしくお願いします」
「おう、嬢ちゃんも頑張ってくれよ!さあ、今日はどうやって木を弄ってやろうか!それとも、草の方をどうにかしてやろうか?」
テッドさんに会釈すると、随分と明るい声で返事を返された。彼が裏手に向かって進んでいくのを見届けて、ヴァンと一緒に、屋敷正面にアーサーの幌馬車を移動させる。
移動している最中、テッドさんが手入れした木を眺める。ちょっと、不思議な形に整えられている。キレイな形ではあるんだけど……独特な感性なのかな?普通の木の形をしていない。動物の形を模している。
「ああいうヤツら、出来る限り助かっていい場所に行ければいいんだけどな。その為には、今回の仕事を必ず成功させて、前進していかなきゃなんだよ」
今回の仕事も、その先には人の命がある……っていう事なのかな。ワタシが、そんな仕事をしていいのか、ちょっと迷う。今までも、ずっと自信が無かったんだけど、今回は特別重い仕事だから、余計自信が無くなりそう。でも、
「……うん、そうだよね……頑張ろう」
エントランスで待ってる皆の所へ向かう。ワタシは、1人じゃないから。1人では無理な事でも、皆となら進めそうな気がする。
精霊のボヤキ
なんで鳥とか馬の形にしてるんだろうな?
――獣人だからじゃない?――
理由になってない気がするが……?
――自分だって、狩りの事ばっかり、考えてるじゃない――
そりゃ、オオカミですし?
――理由になってない気がするぅ――
……んなアホな。




