2話 王女様と朝食
前回:――王女が来るのは朝飯前――
「話には聞いてたけど、王女様って、いつもああなの?」
「みゅう……それは困るんだよ。相手するのが大変なんだよ……」
厨房に避難してきたミーシャちゃんと、朝食を用意しているヴァン。ワタシも手伝っているんだけど、手際はヴァンの方がいい。
少なくとも、ヴァン以外からは、王女様があんな人だなんて話、聞いた事は無い。聡明だって聞いていたのだけど。
「ああ、アレは獣人に対してのみだ。通常は……ユウタにも見せていただろ?穏やかそうな顔つきに対して、鋭く居殺すような目線を送る事のあるきつめの性格。王女の異名は、無慈悲な聖女だからさ。とてもそうは思えないんだけどなあ……。
実際、彼女の見ていないところで俺に卵投げつける兵士とかいるんだけど、下手に王女に見られたらそいつは首になる上に、最悪刑罰の対象にすらされる。基本的に弱みを見せないし、普段から随分と物事を深く考えている。
……獣人の事以外ではね」
「みゅう……私はペットじゃないんだよ。撫でられても、抱きつかれても、嬉しい訳じゃないんだよ」
「そのままお返しします」
ヴァンの真似をして、オムレツを作っているミーシャちゃんは、ヴァンの話に不満を漏らしたけど、同じ事をミーシャちゃんはヴァンにしてるんだよね。
あんまり嫌がらなくても……知らない人にそんなことされたら、ワタシも嫌かな?でも、その割によく尻尾を振っている気がする。
「うーん……想像ができない。あの人が、無慈悲なの?」
オニオンスープを装いながら、怖い王女様を想像してみる。あんまり、そんな人には思えない。
村で聞いていた第3王女って言えば、獣人贔屓だけど、凄い美人で、仕事も凄くできるって聞いた。しかも、獣人が好きという事以外は、否定できる所が全く無くて、隙がないとか。
「みゅう……アリスちゃんに酷い事はしないで欲しいんだよ」
「大丈夫だよ。ユウタがあんな風にされるのだって、あいつが良く分からずに王女に対して失礼な行動を何度も働いたからだし。
最初に会った時に、王女と知らずにナンパしようとして、騎士服にボコボコにされていたからね」
……知らないからって、ナンパとかして女性が皆喜ぶと思ってるのかな?そんなことしていたら、王女様に嫌われるのも分かる気がする。
「みゅう……これでいいのかな?」
「おお、形できてるじゃないか。随分上手くなったな」
始めは上手くできなくて、なぜか自然とスクランブルエッグになっていたオムレツが、今は半月状になっている。
獣人が不器用って言うのは事実だけど、だからと言って何もできない訳じゃない。実際に彼女も、ちょっとづつ上手くなっている。
「やっときれいに出来たんだよ!じゃあこれは……」
「うん、王女に出すヤツにしようか」
「ふみゃ?!ヴァンくんじゃないの?王女さまのために作ったんじゃないんだよ!」
「いや、俺のよりも多分喜ぶし。それにまだ作らないといけないからさ。俺は、今日はスクランブルエッグな気分」
ミーシャちゃんを納得させる為に、こんな事を言ってるのかな?さっき失敗していたスクランブルエッグを指さしている。流石に、そんな事で喜んだりは、ミーシャちゃんも……
「みゅう……失敗作でも食べてくれるなんて、嬉しいんだよ!」
「……うん、まあ。もったいないしね」
喜ぶんだ……ちょっと予想してなかったかな?それより、なんで王女様も、ここで朝食を食べるんだろう?
「それより、朝食が終わったら、2人も準備してくれよ。いつ出発とかは俺は聞かされていないけど、恐らくそう時間かからずに出発するつもりなんじゃないかと思うからさ」
「朝に来て、すぐ出発なの?……うーん、それは……」
仕事は頑張る心算ではいたけど、こんなにいきなり仕事が決まるなんて、思っていなかった。どうして直ぐに出発するって思ったんだろう?
「みゅう!落ち着いてごはんにしたいんだよ!ダメなのかな!」
「それは問題ないよ。でも、ここに直接来たのなら、その意味……あるよな、王女のヤツもそんな意味の無い事……するんだよな……あのヒトは、行動が読めない事あるから」
「うーん……王女様って、結構気分屋なのかな?行動力も凄そうだし……」
「行動力は異常だね。気分屋って言うなら、女性の多くがそうだろ」
それは偏見な気がする。でも、やっぱり活動的な人なんだ。そうじゃなきゃ、いきなり来たりなんてしないもんね。でも、ヴァンに対して随分親しそうにしていたけど、どんな関係なのかな?
普段はどんな人柄なんだろう?
――――――――――――――――――――――――――――
料理を持っていくと、王女様は上座に座って、落ち着いて先に出されたお茶を飲んでいた。その近くに座っているヴィンセントさんは、いつもとほとんど変わらないみたいだけど、側にいるエイダさんは、ちょっと顔が青い。
「ああ、ヴァン。朝食は出来たのかね?今丁度、君から料理を教えられていると云う話をしていた処だ」
ヴィンセントさんは、何を話していたんだろう……話す必要のある事なのかな?てっきり、お仕事の話かと思っていた。
「此処に居る方々に料理の腕を披露するだけでなく、教える事で自身が居ない事を想定して考えているとは、流石ヴァンさんですね。貴方が宮廷調理人であれば、どれだけ毎日幸せになれるでしょう……」
ウットリした表情の王女様。もしかしたら、彼女がこの話をしたくて、ヴィンセントさんはその相手をしていたのかな?でも、仕事で一緒に行動する事になるなら、移動の最中でもいいんじゃないかと思うんだけど。
ワタシが、王女様の料理をテーブルに置いた。けど、側にいた従者らしい人が、それを取り上げようとして、王女様に止められている。全部、無言だけど何をやっているんだろう?
「構いません。ヴァンさんが料理するのであれば、毒見は不要。彼女に疑いをかける必要も御座いません」
一瞬、従者の人に、鋭い目線を送った。毒見……?今度は、私の方へ少し穏やかな顔になって、話しかけてきた。
「申し訳御座いません。王家たる者、何時如何なる時も命を狙う輩も居るかも知れませんので、こういう事をするのが通例でして。お気を悪く為さらない様、お願いします」
「え……あ、はい」
初めて話しかけられて、緊張した……やっぱり、最初に見た、魅力的な笑顔。心を奪われそうになって、ちょっと見つめてしまった。頬が上気しているのが、自分で分かる。
「それでは、全員揃った所で、この度の本題となる、護衛の任の話をしたいと思いますが、宜しいでしょうか?」
いきなり、声を張って食卓を囲むワタシ達に、話を持ち掛けた……まだ座って無いの、ワタシだけだ。食事が配られていないのは、ワタシとユータだけだから、慌ててユータの隣に座って、2人分を空間収納から出して、ユータに渡す。
まだ、顔に氷が付いたままだけど、いつものように無理にはがそうとしない。どうしてかな?
「王女が食事したまま話をするのかい。随分ラフになったじゃないか、エメラルダさん」
「あら、ヴァンさんが食事は楽しむ物と仰ったじゃないですか。お忘れですか?」
嗤っている彼に、あの笑顔を向けている。不思議と、彼の無礼は無視されているみたい。どうしてだろう?王女様はそのまま食事を始めちゃった。
「先程ヴァンさんがお話しした通りの事情ですが、この度の会見を成功させなければいけない理由が、王家に御座います。
しかし、情報が流出するという事は、何かを狙っている者がいる可能性が居るという意味であり、この度、皆様に護衛をお願いする事と致しました」
「その事は把握できます。しかし、なぜ我々に護衛を願い出るのでしょう?とてもでは無いですが、我々には荷が重く、殿下を確実に守る事が出来ると云う保証は御座いません」
王女様の言葉を聞いた上で、ヴィンセントさんは質問をした。ワタシも、そう思う。ヴァンが居れば、何でも……って言う事は無いんだし。彼1人の身に出来る事って、限界がある。
「それについては、1つにはヴァンさんの存在が大きくあります。それはご理解できるかと」
……本当に、そうなんだ。ちょっとそれは解らない。
「んで、俺以外の理由は、大方、こんな5等級に守られている奴が、王女なわきゃ無い、と思わせる為。そんなとこだろ?そんなんじゃ、ブラフにすらならないと思うけどね」
「そうでしょうか?確かにギャンブルですが、充分相手を迷わせる理由になると思います。私の影武者も5名ほど居りますし、予定している時間からずらして全員を出発させる予定です。
そんな中で、1番弱い部隊。たった独り有名な者が居るだけなら、疑い辛いと思いませんか?
しかも、ヴァンさんはエリナさんの弟子なのですから、戦力についても申し分ないでしょう。それに、得意の幻覚と隠蔽で、馬車を荷馬車に見せるのも簡単でしょう?
更に、狩人です。狩りを仕事としているのであれば、狩りに向かう貴族の付き添いなどを装えば、護衛よりもそちらの方が重視されます。
そして、ここから出発したら、とてもでは無いですが、私だと決める事は出来はしません。彼らを連れて行くのも、遺跡の時のように、狩りと冒険者の仕事を、両立しようという行動でもあるように見えるはず。
如何です?名案では有りませんか?」
結構色々考えていたんだ……上手く行くのかな?
「だけど、道中はともかく、目的地がバレているなら……」
「はい。なので申し訳ないですけど、相手方に連絡して場所を変更しております。相手方も理解して下さる筈です。何しろ懐の深い方ですから」
それでいいのかな?でも、相手にどう動くのかが知られているんだったら、秘密にならないから、しょうがないのかな。
それに、この考えが旨く行けば危険はないけど、それでも危険になっちゃったとしたら、ワタシ達がやらないといけないっていう事だよね。経験の無い事だけど、出来ないって言えないし……。
「それで、まさか俺達しか護衛がいないなんて言わないよな?流石に、騎士だらけにしたらここに居ますと宣言するようなものだけど、いなけりゃいないで問題だろ?」
ヴァンは、政治には興味ないとか、よく言っている割に、結構知っている。
「そうですね。なので、狩人の資格を持っている騎士達を護衛にする積もりです。既に、彼らは外で待っています。1名は此方に居ますが」
王女様が指した人は、さっきユータを拘束していた人みたい……?ユータはまだ、氷のお面を付けている。本当にどうしたんだろう?いつもは中々剥がせなくて、藻掻いているのに。
「成程、一見狩りに向かっている一団でしかないと見せておけば、会談に向かう王女の乗る馬車であると気付かせる事も無く、場所も違うのであれば、欺くのも容易いという考えですか。
お考えは理解しました。我々では力不足を感じるやもしれませんが、全力で護衛させていただきます」
本当に、この方法で旨く行くのかな?とてもじゃないけど、自信ないかな……拒否できないんだって言ってたよね。やらなきゃいけないんだけど、どうしよう?
「エメラルダさん、自信満々なのはいいけどさ、あくまでこいつらは5等級で、俺を含め9人。外にいた騎士らしい奴らで、合計14人だぞ?流石に、その人数で守るのは厳しいって」
「え?いつの間に見に行ったのよ、アンタ……?」
「いや、匂い。騎士で流行っている香水ブームがあるんだけどさ、自分流調合をする物なんだ。あれが5種類していた。
後は女性で、運動をしていないヒトのタイプの匂いが、3名。そこにいる、女中3人だろうね。世話役だな?
そして、香水の2種類は、ユウタを拘束していたヤツらからしている。もう1人、部屋の外に待機しているヤツも、服で分かる通り、騎士なわけだ」
「匂いだけやろ……ようやるわ」
ヴァンは昔から、匂いだけでこうやって、判断していたよね。ちょっと香っただけで、大体分かるみたいだし。不思議。
「解りますか?彼を選んだ理由」
王女様は、ユータの後ろに居る騎士服の人に顔を向けて、嫌らしい笑みを浮かべている。もしかして、反対していた人なのかな?その人は、苦い顔をしている。この人達と、一緒に仕事をするんだよね?
……なんか、不安になってきた。大丈夫かな?
「んで、いつ出発なのさ?流石に、来てすぐじゃないよな?」
「いえ、出来る限り早めに、出発しようと思います。善は急げですし」
「……期間は?」
「大体、2週間ほど見て頂ければよいかと」
やっぱり、大丈夫じゃないかもしれない。急にそんな長期の仕事を頼まれても……断れないんだよね、この仕事。
精霊のボヤキ
――王女には随分質素に感じるだろうね、この朝食――
卵やミルクはそれなりに高価なんだけどね。
――食べ放題でしょ、この人――
最早飽きてそうだ。貧民はパンだけなのに。トーストしてないフランスパンの劣化版。
――トーストくらいやろうとすればできるでしょ、魔法で――




