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フェンリルの挽歌~狼はそれでも狩りがしたい~  作者: 火魔人隊隊長
幕間 師弟異世界放浪記
168/430

海浜都市編

前回:――座禅、労働奴隷、暴走したオオカミとトリ――

 潮風を受ける、赤煉瓦の街。どこまでも続く、海岸線。そして、何件あるのか分からない数が浜の手前に並ぶテント。

 海辺に合う、しゃがれた声が響く市場。店員が頭にかぶるのが、ハチマキではなく麦藁帽子なのが、この街の名物の海鮮市場。


 熱い気候のこの辺りに似合う、色とりどりの魚が水揚げされている為に、沖縄っぽいような、どこか南国の雰囲気が漂う。魚だけではなく、ハーブや干し肉なんかも扱っている店が、ちらほら。


「……」

「ヴァンくん、どれだけ魚を見つめても、お肉には変わらないよぉ」


 エリナさんは、俺が考えているだろう事を話しているが、残念、違うんだ。

 幾らか、知っている魚と知らない魚、明らかに魔物になった魚が並んでいるこの屋台の中に、たまに混ざっている、()()()が気になるんだ。


「まさかだけどさ、この街に入る前に、少し遠くに見えた畑って……」

「あー、レウルスが気になっていたの?あれ、生でも焼いても、美味しいんだよねー」

「まさか、ヴァンくん。お肉やお魚より、野菜の方が好きになったの?」


 やはり……あれの匂いが、どことなくトマトだ。そう、トマト。たかがトマトと侮るなかれ。

 一般的なミートソースなど、トマトらしい物だけでなく、カレーやビーフシチューなど、それっぽくない物にも使われるのが、当然なのだ。否、必然なのだ。具材に入れるのではない。ルーの方に入る感じだ。

 それはつまり、


「あの実があれば、肉の旨味が数段上がる。料理の幅が広がる。それ即ち、革命なのだよ」

「それは……言いすぎじゃない?」


 リサさん……調理場も、これをけっこう仕入れているのを知っているのだろうか。いずれにしても、これがあれば、いろいろ出来る。が、同時に問題がある。


「これ、レウルスって言ったっけ?生食用の物だよね。という事は、煮込み料理には合わないという事だ。同じような味で、煮込み料理に合う物ってないのかな」

「それならギューイじゃなぁい。調理場で使ってるのって、そっちが多いでしょ、確か」


 エリナさんは流石に仕事でも必要な知識だから、何を仕入れているかは知っていたらしい。そして、生食用ではなく、ホールトマト用の実がある。という事ならそれも手に入れたい。

 調理場から貰えるけど、既に保存食にされている状態だから、ちょっと塩気の無いケチャップ状態なんだよな。ゴロゴロしたトマトの食感を出したいときには、不自由する。


「そのギューイとレウルス、入手できないかな。出来るだけ多く。後、そこの白身魚とデカいエビ。それから、この辺りのハーブ」

「……おいおい、人狼が買い物するのかよ」


 エリナさんに言っていたのだが、陽炎を掛けていなかった為に店主に睨まれた。そして、エリナさんが睨み返し、体に電気が走る。ああ、王国内だから差別は普通にあるんだよな。


 それはともかく……何となく特徴的な匂いが、隣の屋台からする。ちょっと鼻を近づけてみれば、直ぐに分かった。アレだ。


「あ、これニンニクっぽい匂いするじゃないか。これも欲しい。この箱一杯、全部買う」

「え、あ……ええ?!」


 唐突に話しかけられた隣の屋台のおばさんは、俺を見て、驚いている。顔を蒼くしているけど、何もしないよ?さっさと買い物させてほしいのだが。

――まあ、いつもの事だしねぇ。今も皆、避けて通っているし――

 そりゃ、こいつらにとっては、俺は害悪。しかし、商売人なら、どんな奴でも営業スマイルで銭を頂くものだ。


「まさか……売れないなんて、言わないでしょうねぇ……え゛え゛?!」

「エリナさん、落ち着いて。オジサン、買い物するだけだから、種族とかどうでもいいでしょ。

 それとも、子供だから金が無いとでも思っている?悪いけど、この間偶然会ったイビルバイソン、さばいて売ったからさ。金貨5枚あるんだよ。この金額に会うだけの物、売れもしないの?」


 キレ気味の師匠を抑えて、出来るだけ理知的に話しかける。警察の尋問とかである、キレる若者と穏やかな年配みたいな関係になっている。年齢は、逆だし、離れすぎだけど。

 そして、ポケットから出した金が5枚、軽く放って見せつければ、売る気がなさそうにしていた店主が、迷い始めた。もう一押し。


「バイソンって、そんなの子供に……」

「――点火(イグニッション)――……精霊術師であるフェンリルに、高が牛が勝てるとでも思うのかい?

 本気を出せば、俺だけでもこの会場を簡単に火の海にできるけどさ。まして、師匠がマジ切れしたら、街が消えちゃうよ?そんな物騒な事より、平和的な交渉しようじゃないか。


 相手が誰でも、知的に交渉。それが商売人(あきんど)だろ?」


 立てつつ、折りつつ、穏やかに脅迫。しぶしぶと言った感じで、店主も魚をさばき始めた。それを見て、エリナさんも、電気と怒りを治めたらしい。俺は、燃えたままだけど。

 隣のおばさんは、脅迫もせずにいたけど、ニンニクっぽい匂いの実を入れた紙袋を、リサさんに渡している。


 ここは南の海浜都市『サウザンイグナ』


 王国内だから、獣人は人狼と呼ばれる。故に、俺には買い物はしづらいし、俺が居ると宿も取れない。ギルドの内部でさえ、西の都から逃げてきた、獣人嫌いの弱者達が居たりする。西の都では弱者でも、こちらは大多数派な為に、強者。面倒だ。


 まあ、直接的な攻撃については、師匠がいるから来る事は無いのだが。


――――――――――――――――――――――――――――


 今日の宿は、街の外の草原のど真ん中。

 近くに、キレイとは言えないが、川が流れている。この水をベースに水球などを作れば、水は問題が無くなる。ドロップの上位版の水球だって、生活魔法。火も生活魔法で出し放題だ。つまり、大体のヒトは結構楽にキャンプできると言う訳でもある。

 もっとも、これがこの世界の常識だ。とはいえ、想像だけでテントを出せる訳でもない。道具を持ってくる必要がある訳だ。

 いつも通り、俺が料理の準備をして、師匠がテントを張っている……そこに、誰かが近づいてきた。


「申し訳ナイ、ワタシ、荷物、落とシタ。シラナイカ?」

「えぇ……それはちょっと解らないかなぁ……ヴァンくん」

――ああ、これやらせる気だね――

 そりゃ、俺の鼻があれば、だろうし。荷物が何なのか知らないけど、探すのが得意な鼻なら、すぐ見つかるだろうさ。


「了解、ちょっとにおい嗅ぐよ」

 作っていた料理の手を止め、探索に入る。そのヒト、恐らく異世界人のヒトの匂いを嗅ぎ、追跡を開始する。


 今更、普通のヒトの匂いを嗅ぎ分けて道具を探すなんて、造作もない事。すぐにそのヒトの荷物らしい、布にくるまれた荷物は見つかった。それは、かなり丁寧に作られた、包丁のセットだ。


「へー、これ、かなりいい造りの包丁だね」

 案の定、刃に英語……ドイツ語か?刻印されている。恐らく、転移するときに持っていた者なのだろう。かなり使い込まれている。


「チチ、カタミ。大事」

 カタコトなのは、まだ言葉を覚えたばかりだからだろう。それでも、懸命にやって、かなり時間かかるはずだけど。調理師だろうか、俺が作る料理を気にしているらしく、チラチラ見ている。


「アクアパッツァ、久しぶり。ボーイ、作る、不思議」

「Of course,because I was Japanese」


 英語なりで言えば、伝わるだろうけど、この世界の言葉に変化させると、日本という概念が伝わらないだろう。単語に合わせて言うのだから、ニホンって何?と言われるのがオチだ。下手すりゃ、別物と間違われる。

 実際、そのヒトは頷いている。が、師匠が首を傾げている。


 それはともかく、さっき買った魚は塩コショウしておいた。アーリオオーリオも、先ほどしてあったのだから、温め直して魚の皮を焼く。

 少し皮が焼けた後にひっくり返して水、白ワイン、トマトの代わりになるギューイの水煮とハーブを入れる。ハーブはこの世界に生えている物由来で、ローズマリーやタイムに近いと思うけど、前世は今ほど細かく知っていた訳じゃないから、味はちょっと違う気はする。

 その後、買った二枚貝とオリーブ、パセリのような飾りを入れて火を通せば完成。火加減さえできれば失敗する事の無い、簡単料理だ。


 調理の間に話を聞いていれば、この異世界人、いわゆるフレンチの三ツ星シェフらしい。と言っても、そう評価される店で働いていたというだけで、本人は変な自慢をしていないようだが。

 話を聞き出している師匠が、まるで三ツ星が当たり前な事のように感じていたらしく、俺が指摘すると、かなり驚愕していた。

 実力者は、評価される事より、研鑽する事の方が興味があるのだろうか?……ヒトによるか。


「はぁ……それで、この街で店を出すために、他の街から来たんですかぁ」

「ソウ。この街、雰囲気イイ、キイタ。店、オオキイ、作る」

「でも、なんで荷物、落としたんです?」

「ミドリ、ヒト、追いかけてきた。ワタシ、逃げる、落とした」


 ゴブリン、という事なら師匠の目が変わるのは当然だろう。その後、地図を出してその場所を確認している。お掃除に向かうつもりだろう。


――――――――――――――――――――――――――――


 翌日、店を開きたいというシェフ、ロベルトの開店作業に、俺達も付き合う事になった。理由は簡単で、報酬とかいらないから、代わりに、料理でたっぷりお礼をしてもらおうという事だ。

 考えたのはエリナさんだが、その分働くのも、エリナさんと俺だ。

――なんであんたもなの……白金は?――

 俺は精霊印の造成魔法(クラフトマジック)がある。リサさんは、力仕事だ。食材を買いに行ってもらっている。あのヒト、けっこう目が肥えているから、食材選びは任せて大丈夫。


「アリガトウ。1人でヤル、自信ない。タスカル」

「あぁ、それはいいからさぁ。お店出来上がったら、美味しい料理お願いねぇ」


 街の片隅、たまたま空いていた角地のテナントに、ロベルトの店を構えられることとなっていたらしい。

 元々、教会側から斡旋して貰えるように、話が通っていたそうだ。と言っても、契約金などは、働いて返さなければいけない。なんか奨学金のようだが、もし仮に、返せなければ、契約奴隷になる事もある。

 まあ、三ツ星シェフだというのだから、ある程度は問題ないだろう。金銭感覚がおかしくなければ。


「オー……作る時間、ミジカイ。マホー、凄いネー」

 半日もしたら、随分可愛らしい店が出来上がった。

 木製の壁には、可愛らしい絵がかけられていて、カウンターにワインのボトルが飾られている。街中にある、小さな料理屋、という雰囲気だ。

 ホールには20名ほどの収容数の席があり、厨房についてもしっかりした造りでありながら、やはり可愛らしい。5名も入れば、動くのがつらくなるかもしれない。


 それでも、1人で経営するには充分な広さだ。トラットリアというには、ちょっと小さいが。回転率で言えば、夕食時に4回転もすればいい方か?

 出す品にもよるけど、稼ぐのであれば、大体1組平均4ジルは頂かないと少々辛いかもしれない。何しろこのテナント料だけでも、金貨1枚。小さいが、少々お高い。

 それに食材費やら道具の費用もある。消耗品費まで含めて行けば、かなりシビアになるかもしれない。

 商品価格も、細かく考えてようやくだろう。軌道に乗ればヒトを雇う事になるだろうが……


――何の話よ……?――

「そりゃ、経営学の話だよ。料理が出来ればお店ができるなんて、幼稚園児くらいしか思っていないだろ?

 いろいろな費用が掛かるんだよ。まして飲食業なら、ある程度回転率を考えれば、その店の稼ぎが見えてくるんだからさ」

「費用もそうだけど、料理はどういうのを作るのかなぁ……見てみたいなぁ」

「Houm、ソレナラ、これから作る。ボーイ、一緒、作るか?」


――え、なんであんた指名されてるの?――

 そりゃ、俺が料理してるの見ていたからだろ。アクアパッツァなんて、日本人は好んで作る物ではないし、見せてくれるんだろうな。


 ロベルトの後について、調理場に向かうと、ステンレス代わりに使った、ヘラルド鋼の料理台にリサさんが食材を置いている。この食材は試作品を作る為に買い入れた物だ。


 つまり、これから彼が、この店の目玉料理を作るのだ。定番の無い店は潰れるのが、経営学の定石。


「ボーイ、好きな料理、作る、いい。勝負」


 ニヤリと嗤うロベルトは、眼が本気だ。瞳の奥に、料理人の炎が燃え上がっている。まさか……昨日のアクアパッツァが、火をつけてしまったのか?俺も作って、勝負……?

――三ツ星って、めっちゃすごいプロなんでしょ?あんたじゃ無理だから……――


「ふ……精霊の調理器具を持つ、フェンリルに勝負を挑もうと?12英雄は恐ろしい存在であるという事を、しっかりその身に叩き込んでやる!――点火(イグニッション)――モードクック!」

――何でよ!あんた、狩人でしょ!――

 狩りは獲物を食すまで!ここで引くのは、狩人ではない!


「HAHAHA!魔法で料理、オモシロイ!でも、料理は、(アモール)思いやり(ラ・カンパッション)科学(サイエンス)!」

 両手を広げて、嗤うロベルト。やる気に満ちている。


「良かろう……魔法と科学、どちらが上か……勝負だ!」

 俺も彼に、指を突き立てる。宙に浮いた精霊の持つ調理器具達も、やる気に満ちている。


「「決闘(デュエル)!!」」

――なんで声揃えてるのよ!――

 いやだって、フランス語ですし?


 そんなどうでもいい事は置いておくとして、さっそく調理に取り掛かる。流石リサさん、解ってる。たっぷりのギューイとレウルスもある。手持ちもある程度ある。材料は、充分だ。

 調理器具にいつも以上の指示を与える。精霊に手伝ってもらうとはいえ、基本的に全部を把握しなければいけないのは、俺だ。独りでやるのは忙しいが、それでもやってやる!


「まずは俺のターン!ボンゴレロッソ・ファルファッレ カラギ菜とパピーリの花畑!」

「クゥ……あえて、二枚貝のパスタを、蝶の形で……野菜も、トマトとほうれん草、パプリカで赤、緑、黄色ですか……色も味も歯ごたえもばらつかせる事で、食べるのが楽しいデス……!


 次はワタシです。ビーフレバーとポテトのコンフィ!」

「くっ!シンプルながら味わいの深いコンフィか!ちゃっかりバゲットまで付けやがって、憎い!しかも、練り芋の余計な粘りを殺しながらも、味は増幅させるために、ハーブと一緒に先に一度湯がいていやがる!やるな……


 これはどうだ!ロマーヌエビのソフトかき揚げ 柚子風味ジュレソースがけ!」

「ホウ、ジャポーネの好きな、テンプラ……これは!衣、卵白を入れましたか!ふんわり、さっくりとした食感の衣に、ソースが優しく深い味わいに……ポイントは、ジュレに使ったキノコスープ。イイデスネ。ヤメラレナイ、トマレナイデス。


 ワタシのターン、生ハム・アンチョビと夏野菜のパイ仕立て!」

「グハァ!この短時間にパイを作っただけでなく、多くの野菜を下ごしらえした上に、アンチョビと生ハムをケンカさせずに両立させている……だと!……下味に使ったワインとハーブ、そして野菜の組み合わせが、マリアージュしている!


 ……ま、まだだ!リゾートチーズのリゾーニ・リゾット!」

「Ohh!ジョークのようですが、パスタ・リゾーニでリゾットですか……モッツァレラ、モン・ドール、ゴルゴンゾーラ……3種のチーズと、フォンドヴォーの絡み方が、パルフェト!ボーイ、侮れない……イイデスネ、イイデスネ!


 次はワタシです!子羊(ラム)のロティ プクティエール添え!」

「ウッ……臭みの少ない子羊肉、優しい味わいの野菜、ソースも、完璧な味わい……流石だ…………だが、しかし……俺には、これがある!最強カードだ!



 翼竜(ワイバーン)のスネ肉の!ドラゴンシチュー!」


「Merveilleux!ファンタジーらしいですね!このスープ、フォンドヴォーでも出しえない得も言われぬ味!ゼラチン質の脂!軟らかく煮こまれた肉!あえてつぶを残したトマト、ソシテ丹念に濾したトマト、両方の味がしますね!使われている野菜も、15種類!ハーブは20種類ですか!……嗚呼、マンマの味ですね……

 ……ですが……これで止めです。


 ――マッサマン」


 俺の最強カードを出して、絶賛している彼もまた、最強カードを…………カレー……だと?

――いや、2人とも作り過ぎだから。金髪達も食べきれないでしょ。しかも、この人アンタ並に味を見抜いてるし……――


「カ……カレー……ま、負けた…………」

 神秘の味の前に、俺は足から力が抜けて地に伏せた。


――何でよ!?――

 カレーだぞ?この世界で、今まで出会う事の無かった存在(しょくざい)、米・味噌・醤油・チョコレート、そしてカレーだ。こいつは、類似品ばかりのこの世界で、俺が作る事が叶わなかった存在を、完成させたのだ。これまで出したのは、充分に考えて作り上げた、俺の強カードばかりなのに……それを全て、跳ね返され続けたのだ……


「HAHAHA!ボーイ、流石です!ワタシ、ワクワクしました。ボーイ、作った料理、(アモール)、ありました。今日出した料理、お店、出します。イイデスカ?」

「勝手にしろ!畜生!その代り、カレーの作り方教えろよ!あと、俺の名前は、ヴァン・カ・フェンリル!オオカミの狩人だ!」

「Oh……よろしく、ヴァン。トモダチ、デキタ。ウレシイ」


 カレーの前に崩れ折れた俺を、彼が立たせる。自然と、握手した状態になった。


――さっき随分流ちょうに話してたのに、いきなりカタコトに戻った?何でよ……――


――――――――――――――――――――――――――――


 その後、そのヒトが開いた小さな店は、街でもかなりの人気になったらしい。


 2年もしたら、あちこちの貴族からお抱え料理人の声がかかり、店も、街角の小料理屋といった雰囲気から、大きな屋敷を改装した大規模なレストランへと変わった。

 今やこの国で、レストラン「パリス」の名前を知らないヒトは、居ないのではないのだろうか。


「あぁ、あの料理人、今度王様に料理作るみたいよぉ。すごいじゃなぁい」

 ほんの少しすれ違っただけなのだが、あの料理人、未だにこちらに連絡をしてくる。そして、一度お願いしただけなのに、毎回彼の新しいレシピを、便せんに同封してくれる。


 現在、そのレシピを使って調理中。チョコレートのような味を出せる木の実があったらしく、彼が知らせてくれた。後は、自分で作ったリキュールで味付けをして、ソースをチョコレートの中に閉じ込めるだけ。

 これ、けっこう難しい。既に5回作り直しているけど、チョコが焦げて、味が少し悪くなってしまっている。


「ああ、駄目だ。やっぱりあのヒトが送ってくれた物には、到底かなわない。流石、三ツ星って事だ」

「えー……ヴァンくんが作った物でも、スッゴク美味しいのにー……納得できないの?」

「あぁ、ヴァンくんもあの人も、似たようなところあったじゃない?お店を作る時にさぁ、レシピを2人で言い合っている時。

 褒める所は無視して、駄目なところをどう修正するかで、ずっと2人とも納得してなかったじゃない」


 研鑽する事、それが料理人には絶対に必要だろう。最も、俺は狩人だが。

――だから、狩りと料理は関係ないってば――


「くぅ……焦げ臭いチョコレートなど、チョコではない。これでは、一族(フェンリル)の教えに沿う事が出来ないじゃないか……」

――いや、関係ないでしょ?――


 周りの3人は、俺の気持ちは分からないらしい。全員、首を傾げている……精霊さんは、ヒトじゃないし、首もないけど。

 しかし、大事な事なのだ。あのロベルトも実際に、自分で作る為に、どれだけでも研鑽してきたのだろうし。そのレシピを造るまでに、何百、何千失敗したのだろう。

 ならば、


「もう一度!必ず、やりとげてみせる!」


 あのヒトに会ってから、俺の料理の実力は確実に上がったと言える。しかも、作れる料理のレパートリーも、非常に多くなった。

 なお、チョコレートが納得できる領域に至るまで、ここから更に3年かった。ちょっと、時間かかり過ぎだろう。その間も、師匠は喜んで食べていたのだけど。


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