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フェンリルの挽歌~狼はそれでも狩りがしたい~  作者: 火魔人隊隊長
オオカミのいない日の即興曲
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12話 碧い炎

前回:――蜂の箱壊されて、犯人全員半殺し――

 屋敷に帰る道では、誰も言葉を口にしなかった。一番落ち着いていた彼が、まさかあれ程、心の奥で怒りに満ちて居たとは、思っていなかったからである。まして、彼は異常に耳がいい。下手な事を言って、逆鱗を逆撫でしても、仕様が無い。


 屋敷に帰ってから、彼が自室に向かうのを確認して、全員が息を吐いた。


「ヴァン殿があの様に怒りに満ちているというのは、想像しなかったな。今まで、あまり表情が変わらない事が多かったのだが……」


 私が近くのソファに腰を掛けると、全員が俯きながら、倣う様に座る。誰が促したでもなく、自然と。皆、此度の事は、心の負担になっているのであろう。


「うーん……初めて会った時も、凄い怒ってたから、ワタシには……」

「あー……あの村だと、ヴァンはいつもキレてたよな……ヴァンがキレないときは、エルフの2人のどっちかだし……」

「うん……それに、怒っても良い事なのに、ヴァンは怒らない事も多かったから……」


 少々、彼はその辺りの感情の機微が、掴み辛いかもしれない。事実、共に仕事をしている間にも、多少の表情の変化はあっても、狩りをする時以外は、小さな変化だけだったのである。

 しかも、驚く事は他にもある。


「ギルドマスターが、眺めているだけでしたね。折檻を受けている者達は、体がボロボロになっていましたけど……」

「ボロボロなら、可愛いんやない?あれ、確実に何本も骨折っとるで。あそこまでする必要、あるんかいな……やり過ぎやん」

「でも、あれも代行とかの仕事なんじゃない……?じゃなきゃ、誰も止めないっておかしいでしょ」


 彼は、感情を表さない様に、堪えていたのであろうか。まさか、蜜蜂の巣だけで、あれ程にまで酷い感情を持つとも思えないのであるが、直前までの我々の感情と、あの状況は、かなりの違いが出ている。


「でも確かに、ヴァンの奴がキレずに、エリナさんがキレてることもあったし、エリナさんが代行としてキレた時って、あれと似たような状態になってた気がするんだよな……。

 しかもさ、ヴァンは自分が壊した壁とか、あっという間に魔法で作り直してただろ?割れた壁とか、直すのはやっぱり、エリナさんと同じなんだよな……」

「あー……見た事あるわ。初めて見たのは、酒場でバカ騒ぎしてた奴らが喧嘩した時だったかな……」

「みゅう……あの時も、カウンターがバキバキだったんだよ。その後すぐ、空中から木の板出して、作り直してたんだよ」


 確かに、破壊された壁は瞬く間に直されていた。それは自分がした事の始末は、自分がする、という事ではあるのだが……それでギルドは良いのであろうか?


「どうした、お前ら。いつもなら下水組で、誰が最初に風呂に入るか言い合ってるところだろ?まさか蜂蜜くらいの話をまだ引きづってるのか?」

 軽い笑みを携えたオオカミは、階段を降りてくる。彼は何故、あの感情を持ちながら、落ち着いていたのであろうか。


「ほら、さっさと風呂行け。何なら、全員俺が洗おうか?魔法で作った水飛沫で、服ごとやってやるぞ?」

 彼は嗤いながら、大きな水球を、彼の顔の向かう少し先に作り出した。仮想物質であろうか?通常作れる量を凌駕している。同じ事をエイダがしても、一回りは小さいであろう。

 彼は、欠伸をしながら作ったものを保っているのだが……。


「ヴァン、森での会話と打って変わって、ギルドの激怒、その上で今も森と同じく、平静を装っている君は、一体何を考えているのだ?それに、殴り倒されていた彼らは、あのままなのであろうか?」

 やはり、本人に聴かねば、理解は出来まい。私の表情を目にして、彼は訝しげな表情をする。


「お前ら、あれを気にしてたのか。気にしてどうにかなるもんじゃないだろ。俺だって、箱の事を何も感じていなかった訳じゃないんだよ。それでも、気にしたところで、蜂の巣は戻ってこない。

 それに、育てられるならまだ先がある。言っただろ、無くした物より、有る物だ。


 それに対して、あいつらは回収では無く、破壊をしていたんだ。破壊をしなければ、その後も回収できる可能性が充分あるのに。ちょっと煙でいぶして蜂を牽制するなり、結界で隔離するなりして、攻撃を受けないようにすれば、ハチミツ回収し放題だっただろ?それをできなくしたんだ。


 自分の欲の為だけに、明らかに誰かの作った物を破壊するのは、要らぬ争いを呼び込むだけだ。

 その要らぬ争いをさせないように、折檻するのが代行の仕事の1つ。しかも、今回は俺の箱だったんだ。言い逃れはできない」


「でも、ヴァンくんが言ってることって、盗んじゃうのはいいって言ってるみたいなんだよ?盗んじゃうのも、ダメなんだよ!」

 それは間違いの無い事であろう。が、今回はそれ以上であったという事だ。


「実際、ちょっと盗まれたくらいなら俺は怒らないよ。どうせギルドに回収されて、流通に乗るだけだ。

 今までにもあった事だし、箱の設置は他のヒトも当たり前にやってるんだ。そう簡単に手に入る物じゃないけどね。設置しても、必ず入る訳じゃないんだからさ。


 それに、まだ代行の仕事で気にする事がいくらでもあるんだからさ。箱の事でグダグダ考えている暇は無いんだよ。

 今だって、詳細は話せない、極秘任務とかもちょっと受けている。その仕事では俺の役割はあまり多くないから、ちょっと関わるくらいなんだけどさ」

「みゅ?!そんなことしてたの?!」

 全員、その様な話は聞いていないのであろう、1人を覗いて、驚いている。


「ヴァン……またなんかおかしな仕事受けてるのかよう……その極秘任務って、たまに遠出したりするんじゃないのか……」

 ユータ殿の反応を見る限り、たまにある事なのであろう。しかし、どの様な仕事だと云うのか?


「それとは別の仕事。今回は、騎士と連動して行っているものだ。街中の事で、終わった後に騎士側から大々的に、報じられるだろうよ。俺が街から離れられないのも、その仕事の関連だからさ」

 街の闇に居る者に対して、という内容の仕事なのであろうか?通常ならば、冒険者が関わる事は無い筈の物であろう。

 彼の力を必要としているのやも知れないが、一体何をしているのであろうか。極秘となれば、話はしなかろうが。


「とにかく、怒っていなかったのではなく、気にする事が多く、1つに集中していなかったという事で、宜しいのだろうか?私としては、まだ気になる事もあるのだが……」

「ああ、そんな感じだよ。そろそろまた、狩りの仕事でちょっと遠出しないといけないだろうし、極秘任務も、近くの川に来るだろう魚の群れの事も考えたいしさ」

「みゅ?!さかな?!」

「ミーシャ、それは今はいいでしょ?それで、ヴィンセントさんが気になる事って、何ですか?」

 ……彼は狙ったのだろうか?ミーシャ殿が魚という単語に反応し、マリア殿が抑えている。話を逸らす心算だったのかも知れない。


「フム……まだ気になることもあるのだが、宜しいか。最初の地下水道といい、今日といい、激情と共に表れていた、あの碧い炎の事だ。

 吟遊詩人はもちろん、噂でも、一度も聞いた事が無い。然し、あの炎の魔力は、ぞっとしない何かを感じるのだが?」

「ああ……Get Readyか。これは、前世の言葉で『準備は良いか』とか言ったニュアンスの言葉なんだ。魔術の名前をその言葉にする理由は簡単な事だよ。


 命を捨てる準備は、出来たか……聞いているんだ」


「命って……あんた、ちょっとおかしいんじゃない?だって……」


「あれは……と言うより、俺の象徴になっている、体に炎を纏う術式は、そもそも自分の命を消費しているものだ。そこに更に、強化術式を掛けて、命を削る量を増やす代わりに威力を増すのが、あれだ。


 そもそも、自分の体の中に流れてるマナが、既に魔法や魔術になっている状態だ。マナの性質も残しているけどな?

 体の中を焔が通ると言えば、想像しやすいか?身体を焼く分、回復術式も多少なり使っているから、寿命も短くなる。焔だと言っても、体に負担を少なからずかけるんだよ」


「みゅ?!それってつまり!」

 慌てた様子のミーシャ殿を抑え、彼は話を続ける。


「一応言っておくけど、今は防具の方にリスクを肩代わりさせているから、普段は命の消費は無い。あの状態になっても、最初の頃に受けていたリスクより、ちょっと小さいくらいだ。


 しかも、肩代わりしている防具が、修復の刻印が入っているから、あの炎を受けていてもそうそう壊れないし、傷ついてもすぐ直る。


 俺は命を掛け金にして、闘っていたんだ。当然だよな、命の取り合いなんだから。命に相応しい報酬は、大金か、命だろ?」

 彼にしてみれば、当たり前の事とでも言わんばかりの態度で語る。言わんとする事は、分かるのだが……。


 しかし、幼い彼は、街に来る前、世間に知られる前から、既にあの力を有していたと云う。

 それは言い換えれば、普通に生活するだけでも生存する可能性の少ない幼子が、自らの命を懸けて、生活していたという事になる。

 況して誰かの庇護の下で生活している訳では無く、森で、たった独りで、その様な事をしていたのだ。有り得ない事だ。


「無駄に命を賭けて、何が得られるというのだ?それこそ、意味が無かろう物だ。無駄に命を散らすべきでは無いのだから……」

「お綺麗だな、ヴィンセント。半分正しい。だが、お前は冒険者で、俺は狩人だ。

 つまり、どちらも命を奪う側。俺は食うために、命を殺す。生きる為に、殺す。それが生業だ。そして俺は、命を奪わなきゃ、死ぬしかない、オオカミなんだ」


 随分な皮肉だ。事実ではあるが、だからと言って人の命を何と思うのか。彼は、同時にギルドマスター代行の仕事を、請け負っている。社会的責任は、大きいはずであろう。

 つまり、語る事と正反対の事柄を、彼は同時に行っているという事でもある。そして、分からない事は、まだある。

 そのような力を、使う理由が、全く理解できない。


「君は、なぜあのタイミングで、一番強い状態にしたのだ?必要では無いだろう?」

 命を懸ける程の事とは、到底思えない。怒りに満ちたとて、自身を傷つける意味など、ありはしない。しかし、彼は嘲るように嗤い、応えた。


「あれは、キレたからだ。したくてしている訳じゃない。エリナさんがキレた姿を知っていれば分かるだろうけど、あのヒトはキレると体から電撃が流れ出すんだ。あれと同じ。

 エルフの術式由来の、感情を魔術に乗せる方法があるんだけど、それが暴走している状態になる。


 ついでに、あの碧い炎は一番便利でもあるんだよ。火も氷も、普段使わない雷も、同時に使える。点火(イグニッション)は、普通は1つの属性なんだけどね」

 意図していたものではないらしい。随分厄介な魔術もあるものだ。しかし、その怒りの根元を鑑みれば……


「……君は実際、蜂の巣が壊されても平然としていた。その傍らで、残った巣が壊された場合には、魔術がかかるようにしていたのであったな。そして、誰がやったのかを知れば、激昂した。

 しかも、途中『誰の為に』とも云っていたな。それは、師匠の事で良いのか?」

「ああ、それが半分。社会に流す物だし、ついでにちょっと調理場に入れている。その先は、誰なのか。

 俺が収益を得られなくても、社会に還元されるなら、問題は小さい。だが、壊すなら他の者が口にする機会が減るから、笑っていられる事態じゃないっていう事だ」


 師の為だけでなく、社会にまで目を置いている。個人の感情だけでは無いのか?先程話した事とは一転して、社会に目を向けている。しかも、自分が満たされる事を目的としていない。


「ついでにさ、たまに買い物に行った時に、ちょっかい出してくるガキンチョが居るんだよな。大体、飴玉出すと黙るんだけどさ。それ作るのに、蜂蜜使ってる」

「ってアメちゃんかよ!おまえ大阪のおばちゃんじゃないだろ!それに、人をイヌが餌付けするってなんだよそれ……!」

「ガブリ」

 よく分からない事を喚いたユータ殿が、ヴァン殿に、また噛みつかれた。これは、放っておいた方がいいと、アリス殿が言っていたな。噛みついている間に、彼の言っていた事を、纏める事としよう。

「あああごめんなさい許して痛いからちょっと血が出てるからキタナイコワイあああ!」


「つまり、ヴァンの云わんとする事が、多少理解はできた。個人の感情や理由だけで、暴れても仕様の無い事。

 しかし、社会に影響を与える可能性がある物も、森の中に存在している。まして、場合によっては、命に関わる事であるのだ。


 壊された物が、今回は蜂の巣だが、水車であればどうか……水の流れを利用して小麦を粉にする為に使う物である。魔術のかかった物であれば、街に水を流す為に使われる。

 その先まで考えていないのであれば、余りに多くの人の命を蔑ろにすると云う行為にも見えよう。


 この度の蜂の巣の箱は、あくまで自身のみならず、他の者達も採取できるように用意していたのではなかろうか?故に、盗まれる様な事でも、怒りは持たない。

 支払いを受ける者が変わる程度で、彼自身の目論見は、その先にあるのだから。命には関わらないとは言え、社会に対する影響は、あまりに大きい。何しろ甘味は、金に匹敵しうる高級品であるのだ。


 その様な事柄を全く考えず、酷く荒らし、壊した挙句、自らの欲を満たせたものとし、()()()いた為、激昂したのか」


 他の者も理解できるよう考え、言葉をひねり出す。恐らく、こういう事なのであろうが、正しいのだろうか?……少々、私としては受け入れがたい。しかし、彼の気持ちも理解も出来よう。


「ああ、正解。やっぱり、あいつらより理解力あるな。ヴィンセントを仲間にして、正解だった」

 ユータ殿を口から放し、また彼は嗤う。ユータ殿は、ポケットから軟膏を取り出し、塗ろうとしている。


「イタタタ……あ、軟膏がもうちょっとしかない……」

「ああ、じゃあ作ろうか?どうせ、仕事の時にも使うだろ」

「その前に噛みつくのはやめろよどうしてそんなことすムグ……」

 顔に妙な形の氷が張りついたユータ殿を差し置き、ヴァン殿はキッチンへと向かう。あの様な感情を抱きながら、自然に過ごしているのも、社会の為に生きるその姿勢も、理解しがたい面はあるのだが……


「そろそろ我々も、やるべきことをしよう。いつまでも話していても、変わらないだろう」

「そうですね。ハル、浴場に湯を沸かして下さい。地下水道に居た者から順に、入る事にしましょう」

 どのような感情を抱いていても、日常は過ぎていくのだ。出来るなら、明るい感情でありたい物だが……。


「アタシは、アイツの考え良く分からないなー……だって、誰だって自分が大事じゃない?」

「それで変な事言うたら、また変態扱いされるで?それに、ミーシャの事でいつも怒っとるのは、誰なん?」


 それぞれが自室に向かう姿を見送り、その中で思案する。仕事の後に、自然とやるべき事をやるのではあるが、家事の事を知らない私には、何から手を付ければよいか解らず、どうしても戸惑ってしまう。

 ともかくも、何もせずには居れまい。また、厨房に行って、彼に聞いてみようか。


「ウヴァ……あれ、何みんなもう行っちゃったの?ひどくないかそれなんなんだよもう!」

 独りエントランスホールに残されたユータ殿の声を聴きながら、厨房のドアを開けた。


精霊のボヤキ

――つまり、どういう事?――

 蜂の巣か?蜂蜜も、蜜蝋も、高価で社会に大事なものだろ?手紙にしても、未だに封蝋を使っている社会なんだからさ。あれ、実はギルドの収益で物凄く大きい存在だったんだよ。

――へー……蝋もなんだ。あんた昔作ろうとして、失敗してたけど――

 ああ……ナツカシイネ。何しろ蝋燭1本で銀貨1枚だからね。だから、大抵は松明かアーティファクトなんだけど。それだって、安くはないけどさ。俺はイフリータさんいるから、要らないけど。

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