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フェンリルの挽歌~狼はそれでも狩りがしたい~  作者: 火魔人隊隊長
オオカミのいない日の即興曲
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7話 悪魔の虫

前回:――虫の大量発生確認、汚物は消毒です――

「イナゴ……特殊な魔物と言う訳ではない、普通の虫だ。

 しかし、相変異という、特定の条件を満たすと、状態を変化させる性質を持っている。ある時期までは、これは魔物化だと思われていたが、その後討伐をするでもなく落ち着くから違うと考えられるようになった。

 この変異は悪魔が憑りついたから、という考えから、悪魔の虫と呼ばれる。


 だが、実際には過密状態になったが故に、高い移動能力を持つようになっただけの、普通の虫の習性なんだ。元々、俺の世界でも同じ現象が起きていて、やはり悪魔だの災害だのと呼ばれていた。

 俺の国の主食、米が全滅したという歴史もあるらしい。やはり、飢餓の象徴という事だな。


 実際には、イナゴという虫だけではなく、その他のバッタでも同じ現象が起きる。その被害も、おおよそ一緒だ。穀物、特に主食となる、麦を喰いつくす。

 これが広がれば、当然だが国の麦の流通が少なくなり、物価高騰にもつながる。要約すれば、食いものが無くなるっていう事だ


 百害あって一利なし。残るのは、バッタのみだ。もっとも、先にバッタを食っていれば、そういう被害は減るんだがな」


 依頼の場所は、馬車で半日移動したあたり。ヴァン殿がカウンターに一言入れた後に、すぐに屋敷に戻り、下水道組が一度湯あみをした後に、再度、街を出る準備に掛かっている。丁度、日が沈み始める頃合いである。


「でも、だからってそんなに急がなくてもいいじゃない……これ、やる意味あるの?」

「そーだよー、ごはんはー?」

 マリア殿とハルは、少々不貞腐れ気味であるが、そうも言ってはいられない。

 私としては、ヴァン殿の判断を尊重したい処である。それ程に、重大な問題なのである。アーサーの幌馬車の準備ができ、ヴァン殿がこちらへ近づく。


「ハル、マリア、言っている暇は無いのだよ。直ぐにでも行かなければ、被害が拡大するであろう。食事は、一食抜いた処で、左程問題はあるまい」

「ヴィンセント、俺が何も考えずに準備していると思うか?絶対に腹が減るのは目に見えているじゃないか」

 幌馬車や道具の準備に時間をかけていた彼は、食事に関する事に珍しく手を掛けていなかったのであるが、何か考えていたのであろうか。


「ヴァンくん、準備できたんだよ!これなら、大丈夫なんだよね!」

 アリス殿とミーシャ殿、リリー殿が揃って、屋敷から出てきた。バスケットを抱えている。もしやすると……


「フム、ヴァンが頼み、3人に準備してもらっていたのであろうか?」

「ちゃうで、ウチは後から来て、詰めるのを手伝っただけや。作ったんは2人なんやて。まさか、ミーシャがこんなマシなもの作れるようになっとるなんて、驚きなんやけど」

「みゅ……わたしだって、これくらいできるんだよ。バカにしたら、ダメなんだよ!」

 騒がしくも楽しそうに、3人は既に馬車に乗り込んでいる。エイダやユータ殿も、準備が整って屋敷から出てきた。


「全員揃ったな?それじゃ、すぐにでも出るぞ。悪いが、食事に関してはアリスたちに準備してもらっている。簡単な物だが、口に詰めておけよ……って、酔う前に食うとヤバいかな。自信なかったら、食わない方がいいかもしれない。

 少しゆっくり走って、明け方前に目的地に到着予定だ。オクタンの水袋をベッド代わりに置いておくから、全員休めるだけ休んでおけよ」

 注意を促すだけ促し、全員が乗ったことを確認してから、ヴァン殿は手綱を握って幌馬車を走らせた。ハルは早速、バスケットの中身を手にして、口を動かしている。


「このバスケットの中身は、何なのですか?かなり鮮やかな、パンの様ですが」

 エイダも不思議そうに眺めている。1つ1つは小さい上に、食べやすい形に切り取られているようである。


「ヴァンから前に習った、サンドイッチ。いろんな野菜とか、ハムを挟んでいくだけなんだって。パンに塗るソースに何を使うかで、全然味が違って面白いから、好きでよく作るんだよね」

「みゅう、こんなに簡単なら、わたしでもたくさん作れるんだよ。この間の、アーリオオーリオとか、良く分からなかったし、地味だったけど、こっちなら可愛くたくさん、オイシイのを作れそうなんだよ」

 作った2人は、随分と楽しそうにつまみ始めている。しかし、以前のように調子を崩しても仕様の無い事だとは思うのではあるが。

 ミーシャ殿は、バスケットからいくつか布に乗せ、ヴァン殿の横へと移動した。


「ヴァンくん、手綱握っているから食べづらいでしょ。食べさせてあげるんだよ」

「イエ、自分で食べられますので。そこに置いといて」

「大丈夫なんだよ。ほら、あーん」


 ……いつの間に、恋仲になったのであろうか?或いは、ミーシャ殿はその関係になる為に、尽力をしている最中なのであろうか。対するヴァン殿は、少々硬い。

 これを恋仲と言うのは、間違いであろう。そこに、マリア殿が割り込んでいく。


「ちょっと、ミーシャ。何でソイツに食べさせようとしてるの。別にいいでしょ、そんな奴」

「ソウソウ、置いていてくれれば自分で食べますので」

「アンタ、ミーシャが邪魔みたいな言い方じゃない?なんかその態度ムカつく」


 何であれ、騒がしくも楽しそうにしている者達を乗せて、幌馬車は進んでいく。悪魔と呼ばれる、虫の退治に。今更ながらに思うのであるが、虫が悪魔、と言うのは少々滑稽で、皮肉である。

 確かに、多大な被害を起こす存在ではあるのだが、それを然も、最大の被害を与える存在かの様に宣うのだ。妙な感覚である。

 大袈裟にも見えるが、農家にとっては、それほどの害をなす存在であるのは事実である。看過できない状態なのだ。


――――――――――――――――――――――――――――


 翌朝、目が覚めてみればまだゆっくりと幌馬車は進んでいた。旭はまだ、昇っていない。しかし、そろそろ空が明るくなり始める頃合いである。空が徐々に、藍色から明るくなり始めている。


「ヴィンセント、もう起きたのか。もうすぐ着くぞ」


 彼は夜通し、ずっと手綱を握っていたのであろうか?傍らには、ミーシャ殿が抱き着く様にして眠っている。そのミーシャ殿にしがみ付く様に、マリア殿。

 夜の間に、随分と長い時間、同じやり取りを続けていたのだが、そのまま眠ったらしい。同じく近くに、アリス殿もいる。騒がしくしている3人に何やら話しかけていたが……


「随分と、モテるのだな」

「やめてくれ。狼は一匹を愛するものだよ」

 揶揄えば、肩を竦めて語る。彼は、色恋には現を抜かさない主義らしい。少しその気になれば、付いて行く女性も少なくはないと、私は思うのだが。


――――――――――――――――――――――――――――


 目的地に到着して、村の者に話掛けた後、全員が起き出してから行動を確認する。


「これより、大移動を抑えるために、大量繁殖しているイナゴを討伐する。

 討伐、と云う程の相手ではないが、これをしなければ多くの者が苦しむ。魔術などに依って数を減らし、出来る限り作物を守る為に行動しようではないか。


 基本的には、雷撃などに依って焼き焦がすのが定番であろう。魔術を使える者は、極力雷撃を使って頂きたい。炎や氷は、少なからず作物を傷付けるであろうし、土石であれば、土壌が如何に変化するか分からない。

 その他の者には、イナゴの回収を頼もう。これが通常のイナゴ対策であるが、何か云う事がある者は居るか?」

 少なからず、私の知る事を話したのであるが、恐らく彼は、発言する事であろう。


「うん、ちょっと補足。ハルのトンファ、あれ、雷撃射出機能付きだ。親指を突起の先に置いて、そこにマナを通せば、雷球を射出できる。

 少し飛んだら、勝手に炸裂。半径5m程に雷撃を打ち込む。これを使えば、ユウタ以外全員がある程度対処できるようになるはずだ」

「やっぱりぼくは無理なのかよ?!なんなんだよそれえ!」

「うん、ドンマイ。お前はとりあえず、イナゴひろっとけ。それと、俺は焔。麦を燃やさずに虫だけ燃やせる。ガンガン行くから、そのつもりで。トンファ、後2組あるからさ、持って行っていいよ」


 最初からその心算で居たのではなかろうか。何れにしても、彼が少々特殊な条件を提示することが多いのは、理解してきた。しかし、それが問題を孕む物では無いのも、理解できる。トンファをリリー殿に、麻袋をユータ殿に渡している。


「それでは、準備出来た処で直ぐにでも出立と往こうではないか」

「「「おおー!」」」


 全員が準備を整えたところで、畑へと向かう。陽が昇り始めた、丁度その頃合い。奴らも行動を始めた。虫けらとは言え、容赦してはいけない存在なのだ。


「それぞれ、3人づつのグループに分かれ、殲滅開始だ!行こう!」


 全員が散開していく。いち早く飛び出したのは、白い影。


「――点火(イグニッション)――モードエレクトロ!エレクトロパレード!いいやあはああ!」


 話していた炎ではなく、雷ではあったが、馬車や戦車(チャリオット)のような物を模した雷撃を放った。一斉に放たれたそれらは、周囲に更に雷撃を放ちながら放射線状に進んでいく。雷撃の馬車一騎だけで、数百には上ろう数が落とされていく。

 これより相手をする悪魔は、随分小さく、それ故に相手をするのが随分と面倒な物である。それを的確に落とすのに、これは中々便利やも知れない。


「――モードフレア!ブラスト!」

 放たれた雷撃を受けていない場所に、彼は炎の渦を叩き込む。麦はそよ風に揺れる様にそよぎ、焦げて燃えているムシが、風に乗り飛んでいく。


「やはり、少々彼の魔術は奇怪というか、滑稽ですね。それで威力があるのですから、何とも言えないのですが……」

「フム、遊び心であろう。それに、見た目はともかく、効果については充分ではなかろうか」


 私もハルから借りたトンファにより、雷撃を放つ。ほんの少しだけ、マナを使っただけだが、随分と強力な雷撃が瞬く間に放たれる。焼き焦がされているのは、虫だけで、麦は無傷に見える。それでも、乱用はあまり良くは無かろう。


「フォー!どんどんムシがころがってくー!」

 普段、攻撃型の魔術を打つことのないハルも、興奮気味である。ほんの少しの魔力で、随分と楽に討伐できるものだ。

 魔法という分類をされている物は、大概は闘いに関するものではない。しかし、こういう事態の時には、少なからず攻撃をする力が欲しい物である。


 当然、魔術と呼ばれる闘うチカラに頼る事となる。問題なのは、それを多くの者が欲する訳でも無く、又闘う意志の強い男性は、魔力が少ない事が多い。更に、魔術に対する適正も、低いことが多いのだ。これもまた、皮肉と云えよう。


 午前の間に、イナゴで溢れかえった麻袋が、20を数える程になった。最早、異常な量である。これでも、まだ敵となるイナゴは多数居るのだ。


「あの、もうそろそろ終わりにしても宜しいでしょうか?ワタクシ、虫は得意ではないですし……」

「ウチもあかんなぁ……死んどるんやったら、多少は平気やけど、生きとるのもたまに居るんやし、地下水道と違って生きたままを触ったりするやん……マナも尽きたみたいや……」

 昼食の為に村の小屋を借り、全員が揃った処でエイダとリリー殿が進言してきた。多少なり、2人も辛い思いをしているのであろう。


「アタシも……ちょっと数が多すぎて、気持ち悪い」

「みゅう……わたしはもうちょっと頑張りたいんだよ……」

 やはり、多くの人が苦しむ悪魔と形容されるだけはあるのかもしれない。ただの虫なのであるが、数が如何せん多すぎる。同じ物が数万も居れば、気味が悪くもなろう。何を隠そう、自分でも少々気味が悪くなっているのだ。


「ああ、休め。無理してもしょうがないしな。それに、掲示板を見て来た奴らが揃ってきたらしいから、ここからあっちは、彼らに任せても充分だろう」


 顔を上げ、彼の目線を追えば、そこには複数のグループの冒険者が居る様である。乗合の馬車を頼み、一堂に会してやってきたのであろうか。

 何人かは、こちらに手を挙げ、別の方向に向かっていく。広大な農耕地帯である。討伐対象は幾らでもいるのだから、別の方面を担当するのは通りだ。


「あれは3等級の、全員魔術を使えるグループだな。力はあるから、頼りにしていい。さあ、飯ができるぞ」


 その日の午後も、出来る限りの討伐をしたのであるが、完全に殲滅には至らなかった。それ程に広大な土地で、膨大な数が犇めいて居たのである。


 翌日も1日使い、日が暮れる頃合いにようやく、虫らしい姿は見えなくなった。


精霊のボヤキ

――サンドイッチのパン、黒パンじゃない――

 白いパンはお高い。常識だね。黒パンは、焼けばそこそこに食べられる。食感が、素晴らしい物になるんだ。

――……つまり?――

 現世で言うホットサンドに近い。チーズが蕩けて……はあ…………

――まぁ、美味しいなら、いいけどさ――

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