5話 行える事
前回:――儲けがない理由?基本報酬しか貰ってないから――
昨日の彼の働きだけでも、充分な報酬を手にしてはいるものの、9人で分けるのであれば、少々世知辛い金額になる。
しかし、本来の報酬からすれば、増え過ぎているくらいではなかろうか。何しろ、割り切れないといえ、全員が銀貨2枚は越える額を得るのだ。
「フム、少々ジレンマに陥るものだな。しかし、これを続けて行けば、充分な生活が保障されよう」
エントランスで、エイダとハル、アリス殿と共に報酬の計算をした上で、これからの生活の為に必要な金額を予想している。
ヴァン殿は部屋に籠り、何かを造っている様である。同じく、リリー殿も部屋で薬品を造り、それをマリア殿が手伝っているらしい。残る2人は、何をしているのかは判然としていない。
最も、突飛な事をしては居なかろうが。
「……ヴァン、本当に報酬、要らないのかな?……悪い気がする……」
「ですが、彼自身が言うように、既に多すぎる報酬を、狩りで受け取っているのでしょう。それであれば、ワタクシ共も少なからず甘えさせていただいても、バチは当たらないかと」
事実、彼自身が先月稼いだ報酬が、総額30ガル。これだけで1年過ごす事も出来よう。況して、半月は謹慎していたのであるから、驚愕に値する。
「しかし、どれ程稼いでいるのであっても、我々の生活の立て替えまでせずとも、良かろう物を……」
「それは……ワタクシもそう思います。最も、1月仕事ができなかったのですから、我儘も言えないですが……」
先月、1月分の生活費を凡そ計算したところ、我が懐の金額でも足りない事が判明した際に、彼の懐から出されたのである。金貨、10枚程。
少々、多過ぎるのであるが、助かったのは違いない。しかも、彼が居れば、食材も彼が負担する。甘え過ぎではなかろうか?
「でもー、ギンローがいたらおいしいご飯作ってくれるし……」
「それでも、彼ばかりが調理をする必要は、無いのですよ?ワタクシ共も調理できるのですから……」
それは事実かもしれないのではあるが、彼自身が望み、進んでやっているのである。況して、それぞれの担当とする家事を考えている中で、彼は自然とキッチン周りを受け持っているのである。居ない間には、エイダとハル、アリス殿が持ち回りで行っていたのだが。
キッチンだけでも相応に広く作られており、通常なら10名程で働く空間である。その空間に彼1人で籠もり、調理や清掃を負担しているのである。
「今日の下水道探索でも、ヴァンだけ別行動していたんだよね……うーん、ヴァンの負担、多くないかな……?」
「私も調理等が出来るのであれば、多少は負担を減らせるのであろうが……」
「しかし、ワタクシも出来ると言うのに、彼の手に掛かると1人で数名分、しかも彼自身の手だけでも、かなり効率よく行っているのですから、どうにもならないでしょう。あの調理器具も、彼の意思に沿って動きますから……」
「エイダはギンローとおなじ事、できないのー?」
ハルの言葉を聞いて、エイダも溜息を吐いた。当然、彼女も同様の事を行えるのであれば、頼りきりになる事も無いのだろう。
特殊な力の使い方であるが故、真似は出来ないのである。何しろ、あれも精霊を使役しているのであるから。
「真似する以前に、精霊を使役して物を持たせるというのが、ワタクシには理解できません。恐らく、無理でしょう」
「兎も角も、現状は彼に支えられているのは、間違いないのだ。我々だけでもやれるように、確り生活の基盤を作っていく他、有るまい。
今は、彼から学べる事を学び、自身ができる事を研鑽する事が重要であろう」
それぞれの手に渡す事となる報酬を分け、纏める。端数となった金額はエイダが預かり、次の報酬計算時に上乗せされる事となるのである。
最も、今日の仕事はポイント稼ぎという事で下水道探索であった。報酬は、殆ど無いも同然。昨日程の有難味は無い。だからと言って、我儘も言えなかろうが……。
「ヴィンセント、ちょっといいかあ?提案があるんだが」
それぞれの部屋に報酬を届けようとした処で、ヴァン殿が私の元へと近づいてくる。何やら、道具を作っていたようであるのだが、もう良いのであろうか?
「一体何かな。私の出来る事であれば、何でもしようと思うが……」
「いや、何かをするっていう事じゃないんだ。
クエストの事なんだが、人数が9人いる状態で、全員で1つの仕事、というのでは報酬も美味くない。それだったら、チームを2分するのはどうだ?
5人と4人でやれば、報酬は増えるし、ポイント稼ぎも狙える。その方が、生活も安定するだろ」
言わんとする事は判る。しかし、それは可能なのであろうか?
「確か、冒険者の仕事は基本的に5名以上を推奨とするのであろう?ならば……」
「そう、基本的に、だ。絶対ではない。地下水道は仕組み上、5名で行く仕事だが、外周探索であれば必要はなくなる。
実際、マリア達は3人でやっていただろ?後は、ローテーションで誰が下水道を連続でやるか、という問題が出るな。悪いが、そこはあの3人に多めに入らせるつもりだ。
その理由は単純だ。昇進試験は、半年毎。新人冒険者の申請を受け入れる直前の時期に行われるんだが、新人は入ってから1年間は昇進できない。
つまり、お前らは昇進は少なくとも来年なんだ。あいつらは、半年もないんだが。そして、ポイントを確認したら、試験を受ける為に必要な分の半分くらいしかポイントがない。
そうなれば、あいつらも嫌でもやるしかないから、下水道に行くだろう」
理に適っていると言えそうだ。全員で1つを請け負うよりも確実に稼げ、昇進にも近づける事は間違いの無い事である。
しかし、それを皆が、是とするか否とするか……。
「それと、魔術を使えない奴でも使えるように、掃除機を造った。スイッチを押したら、勝手に風で吸い込むように作られている。中に入ったゴミは、後で捨てなければいけないがな。
面倒なのは、吸引力が今の所いまいちだから、長い毛や大きい砂粒なんかは取り切れない事かな。試してみてくれ」
話ながら、太めのステッキのような物を空間収納から取り出した。ユータ殿が以前話していた前世の掃除用の道具、なのであろう。
最も、これは魔術由来で、ユータ殿が話す電気を使う物では無かろうが。
「解った。どちらも検討してみるとしよう。何しろ、人数居るが故に、各個人の報酬が少ないのだ。
数日前に外周探索時には、各自、修練や研鑽をする事も出来るタイミングになるのではと、話してもいたのだし、その機会を増やせるのは良いかもしれない」
「ああ、なるほど。草原で魔術とかは、よく練習するヤツを見るからなあ。ウサギやシカでも、魔物化していたらちょうどいい戦闘訓練相手になるし。
……そういえば、なんでウサギはイビルだと必ず角付きになるんだろうな……シカはいくらでも形があるのに……」
少々どうでも良い事を気にしながら、彼はまた、キッチンへと向かう。恐らく調理の仕込みに向かうのであろう。我々が気が付かぬ内に、彼は様々な仕込みをしている。
しかも、高級な食材もあっさりと出してくるのであるから、少々困り者である。興味深いのは間違いないのだが。
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「あん?ヴィンセントが料理をするのか?」
「ああ、今まで経験したことの無い事でも、貴族では無くなった今、挑戦すべきであろうと思うのだ。何か簡単な事でも良いから、教えてはくれまいか」
今まで、ハルやエイダに頼りきりになっていたのは、如何なものかと思いながら、しかし何も出来ていなかったのである。簡単な事であっても、自分にできる事を考えるべきと、自分が言ったのであれば、自ら進んで覚えていくべきであろう。
「……ユウタと大違いだな。あいつはやれと言ってもやらないし、やらせてみても酷いからな……」
「……彼は……まあ…………」
ユータ殿は、何が出来るのであろうか?掃除をする際にも、あまり役に立つ様な事が無いと、ハルが癇癪を起こしているのを見た事があるのだ。
「まあ、それならそれでやってみるか?まずは包丁を触る事からかな。練り芋なんかは練習にちょうどいいだろ。まずは洗って泥を取って、それから芋を動かしながら、包丁で皮を剥いていくんだ」
言われた通りに、そして手本として実践している彼を真似て、皮を剥いて行く。しかし、剣や槍とは違う感覚に、少々戸惑ってしまう。手の中にある芋が、不器用なりに剥かれていく。
「そうそう。美味いじゃないか。流石に刃物に慣れてもいるし、器用だな」
「これで、良いのか?私には、大して巧く出来ているようには、思えないのだが……」
「問題ない。皮を剥いたら、軽く水にさらす。その後に茹でるんだ。
茹でてる間に、小麦粉に卵と少しの塩を入れて混ぜ、固まってきたら力を入れて捏ねる。これを少し寝かせて、その後に伸ばして切り、茹でればパスタができる。
今回は、茹でるのとは違う工程になるけどな。
次、いろいろな野菜をみじん切りにしていく。前世基準で言えば、玉ねぎ、にんじん、セロリ、ニンニクがメイン。同じような味を持つ野菜や木の実を集めているから、似た味の物になる。
これが、俺が好んで料理するイタリアンでの、味付けの要、ソフリットになる。刻んだら、これをオリーブオイルで低温でじっくり、1時間かけて、焦げないように煮込む。
因みに、これにひき肉とホールトマト代わりのギューイの水煮、赤ワインを入れると、ボロネーゼソース。ユウタの言う、ミートソースになる。この間、騒いでいたろ?
他にも野菜やキノコ、肉などを元としたスープを入れた方が美味くなるんだがな。
ソフリットを煮詰める間に、茹でた練り芋を潰していこう。マッシャーで一度潰して、ここにピクルスやハムなんかを刻んだもの、潰したゆで卵、生卵とオリーブオイルとワインビネガーで作ったマヨネーズ、塩コショウを入れて、しっかり混ぜる。
これで、ポテトサラダの完成。後は葉物と合わせて盛り付けるだけだ。
次にソフリットを使って、さっき言ったボロネーゼソースだ。ひき肉500gを、フライパン一面に伸ばし、しっかり焼き色が付くまで焼く。強火でいい。
ひっくり返して反対側も焼いて、出てきた脂が透明になったら、少しのバターを入れて、溶かしつつ混ぜてから、ソフリットと赤ワインを投入する。600gだ。
ワインが沸騰して水気が無くなるまで煮詰める。その後弱火にしてスープとハーブを入れ、蓋をして、アクを取りながら煮込む。
アクが無くなってきたらギューイの水煮を入れ、潰しながらかき混ぜつつ、1時間かけてじっくり煮込む。この時に、ほんの少し蜂蜜とかを入れるのもいい。味の深みが増す。
肉以外の野菜が、殆ど形を残さないくらいになれば、味見しつつ、塩コショウして、ボロネーゼソースの完成だ。
更にもう一手。ホワイトソースだ。バターを溶かし、小麦粉を入れて炒めるんだが、この時に刻んだユルギを入れる。刻み玉ねぎを先に炒めておくと失敗しないと、前世で言われていたんでね。その代わりだ。
そして、充分火が通り透けて茶色くなり始めたら小麦粉を入れて炒め、焦がさないよう火を通し、牛乳を少しずつ加えていく。粘度が高い状態でいい。ホワイトソースは、作るのは慣れれば結構簡単だから、覚えておいた方がいいぞ?
これをスープで溶いて、炒めた野菜と肉を入れれば、クリームシチューだしな。今日は違うのを作るが。
さあ、ラストスパート。耐熱皿にホワイトソース、ボロネーゼソース、そして、さっき捏ねていたパスタを伸ばして四角く切った物を敷いて行く。これを、重ね続けるんだ。
今回はアクセントとして、ボロネーゼのところで更に、ズッキーニをオーブンで焼いたものを加える。そして、充分重ねたところで、パスタの上に、刻んだチーズをかけ、オーブンに入れて焼き上げる。
これが焼き上がったら、ラザーニアの完成だ。お疲れさん」
……これまで、彼が教える通りに手を動かしていたのであるが、その間にも彼は、他の仕込みを氷の調理器具に指示をしており、さらに自身が私の補助をしていた。
成程、エイダも少々引き気味であったのが、良く解る状態である。
実際に、ゼロから作り上げるのにこれ程に手順を必要としているのであれば、疲れもするのではなかろうか?考えながら、オーブンの近くにあった椅子に座り込み、溜息を吐く。
「最初から最後まで、自分で作ってみてどうだ?因みに、今日の夕食が、今作った物だ。そして、途中で作っていたソフリットやソースなんかは、数日は問題なく持つ。
冷蔵アーティファクトに入れれば、1週間は大丈夫かな」
話ながら、黒茶を渡してくる彼は、これまでずっとこれを1人で行っていたのである……一体どれ程の重労働なのであろうか。途中、手が疲れてしまったのだが……。
これは手が込んでいる料理ではあるのだろうが、一般に生きる者達も、似た様な事を日常的に行っているのであろう。
「これまで、ヴァンはこの様な事を1人でやっていて、辛いと思わなかったのかね?私には、これを全て覚えるのは少々心許ない。脱帽だよ」
「そりゃどうも。でも、好きこそ物の上手なれ、だよ。
基本的に、しんどくなった事は無いし、魔術で出している調理器具に任せる所もある。前世なら、手抜きできるように途中まで出来ている商品があったが、この世界では存在しないからさ、全部自分でやるしかないんだよ。
もっとも、前世では魔法もなく、あえて全部自分で作ったりしていたから、俺は普通にこういう事をできるんだけどさ。やっぱり、知っている人に教えて貰わなきゃ誰だって出来ないよ。
あ、この間ミーシャにも教えた時にお願いされていたんで、今日のレシピ、ノートに書いておいたから。慣れればあり合わせで、充分美味しい物ができるよ」
この様な行いを、慣れだけでどうにかできるのであろうか?気が付けば、随分大きな骨と野菜、干しキノコを入れた鍋が煮えている。スープも、並行して作っていたのか。
更には、いくつかの干し肉や塩漬け肉まであるのだ。肉だけではない。干したキノコもあるが、それは昨日採ってきた、赤いキノコの様である。
又、先ほど残っていたパスタなども、成形して乾燥させる心算の様である。
「ヴァン……これは、全て……」
「ああ、保存食として使えるように作っている。そこの戸棚に、今までの分があるよ。いざとなったら、そこから出して茹でるだけで、充分な食事もできるぞ?」
一体……どこまでやる気なのであろうか?料理というのは、奥が深いだけでは、言葉が足りないやも知れない。
精霊のボヤキ
――始めての奴にやらせすぎじゃない?――
普段の生活見てる限りじゃ、覚えは早そうだけどな?
――完全燃焼して真っ白になりながら、椅子に座ってるけど――
大丈夫。バーンアウトはしていない。




