3話 エントランスホール
前回:――竜の肉は禁忌。それがこの国の常識――
食後の団欒の場として、エントランスホールを使う事が、最近では多くなっている。
初めは、自室へと向かう途中で話し込んでしまったりする事があっただけなのだが、気が付いた時にはこれが、さも当然のようになっていたのである。
「はあ……ここにテーブルや椅子があるのは、来客があった場合の為じゃないのかあ?」
食後に、全員が自然と、エントランスに集まっているのを見て、彼も少々呆れている様である。最も、呆れている割に、彼も自然とエントランスのソファに、腰を掛けているのだが。
「フム、その心算であったのだが、気が付けばこうなっていてな。案外、居心地が良いのだ。生活するにしても、問題はあまり無いものでな。
それに、見様に因っては何かあれば、直ぐにでも移動する事の出来る位置だろう。3階の談話室にまで移動するのには、少々面倒であるしな。
今思えば、何故にその様な部屋を、3階になど設えたのであろうか」
謎と言っても良かろう間取りである。最も、通例通りであれば、食事以外に階下に降りる貴族は、実の処多くない。食事にしても、部屋で取る事も多い為に、然程動かない者も多い。
勿論、全く動かない訳でも無いのであるが。
「流石、貴族の屋敷と言うべきだな。それぞれの個室だけでも随分な大きさなのに、どの場所で過ごしても平気なくらいに充実した設備があるんだからさ」
「左様、何時如何なる来客が在っても持て成す事が出来るように、準備せねばならないのが貴族なのであるのだし、これくらいは当然の事であろう。それを利用するとは、思っていなかったのであるが。
とはいえ、考えるべきな事も、少なくは無いのだ。今現在、住んでいる者だけでこの屋敷を管理しているのであるが、少々手広すぎる為に、日々の清掃に手が回りきらないのだ。
エイダとハルは、掃除の魔法を使えはするものの、人数が多く、相応に部屋が汚れる為に、手が回り切らない」
最近は仕事を受けていなかったものの、訓練をする中で家事を進める、と云うのも少々負担が多い様であった為、分担する事を考え始めていた処である。
「流石に、ここにいるメンバーだけでこの屋敷を手入れしていくのは、きついんじゃないか?仕事をしながらであれば、けっこうな時間を奪われる。屋敷の広さを考えれば、休日なんてないような冒険者じゃ、無理がある」
話ながら彼は、ポットを空間から取り出し、茶葉を入れ、空間から水を集め熱してポットに入れた。そしてポットに布を掛けている。
「それは事実であろう。少なからず、地下室には埃が、相応に溜まり始めて居るのだし」
先日伺ってみれば、事実既に汚れが溜まり始めていた。
「ワタクシ共としては確実にやり切る所存です。元よりワタクシ共が負っていた責任ですので、それは果たします。
……とは言っても、手広くやらねばならないだけでなく、皆様の持ち物などもありますので、ある程度はお手を借りたいと思いますが」
「シェア問題のアルアルだな。誰が掃除するかとかで言い争ったりするものだよ。
少なくとも自室は自分で掃除するとして、残りの部分は全員で分担するのがセオリーだけど、魔術はともかく、生活魔法でどれだけ使えるかでも大きく変わるからなあ」
ヴァン殿は、ユータ殿を眺めて、何かを考えている様子。凡そ、何を考えているのかが、分かる。彼は、生活魔法がほぼ使えはしない。
故に、割り振る事が出来る仕事が、彼らと大きく変わることになる。
そうなれば、少なからず不平不満が出てくるであろう。如何に仕事を割り振るか、悩む事もありそうである。
「こうなると、平等に割り振るというよりは、出来る事を別々に担当するようにした方が、効率がいいのかもなあ」
「皆で行うとなると、そうなるでしょうね。ですが、それでどこまでできるか。実際にワタクシ共がやっている限りでも、仕事を熟しながらであったら、届く範囲が限定されます」
ハル達がやっているボードゲームを眺めながら、エイダも悩み始めた。正直なところ、彼女がこの屋敷の家事を、全て請け負っており、ハルと共に進めていたのである。
しかし、冒険者の仕事を進める事を考えれば、安定して家事を進める事も、辛い状態となる事は予想に容易い。
「でもさぁ、ぼくたちじゃできる事なんてたかが知れてるなら、やらなくてもいいんじゃないかな?」
「それは流石に無いんじゃない?あんた、自分の服ですら洗ってもらっているっていうじゃない。流石にそれは卑怯でしょ。それと、アンタの番」
ユータ殿とマリア殿には、未だこれと言って仕事を割り振っている訳では無い。しかし、何もしないと言う訳には行かないのではなかろうか。
最も、それを言っている自分もまた、殆ど出来る事が無いのであるが。
「どっちにしても、俺やアリスはある程度なら魔術で応用可能だしなあ。でも、それだったら奴隷の誰かを借りてきて、家事をやってもらっていた方が安定するんじゃないか?」
実際、それを考えなかった訳では無いのだが……
「ヴァン、奴隷を使うって、すごく嫌な感じじゃないか。いくら貴族だからって、やっていい事と悪い事があるだろう」
ユータ殿は何か、癪に障ったらしい。相当に不機嫌になっている。何か……また、前世界の知識なのであろうか。
「お前が思っているのって、ピラミッドを造るためにヒトが石を引いているイメージだろ?大体、想っているイメージだとそうなるはずだけどさ。全部そういうヤツな訳じゃない」
「は?じゃ、どういうのがあるんだよ!」
やはり、彼の思考は、先入観が多いのであろう。ここは、ヴァン殿に任せるとしよう。時折、我々としても興味深い話になるのも、新しい視点を得る理由になるものだ。それもまた、成長なのやも知れん。
「お前は知らないアニメだろうけど、昔の名作を放送するシリーズがあったんだが、その中の1つが、主人公が奴隷の物があるんだよ。
奴隷という立場だけど、やる事は煙突掃除。煙突の中ってけっこう狭いからさ、子供がやる方が効率が良かったっていう理由だ。年末に来る赤い服着たデブなんて、到底通れないくらいの狭さだからね。
そういう奴らは、借金をした者などが働く、契約奴隷という立場だ。借金の分を働いて返す、そういう制度だ。最も、それも必ずキレイな事ばかりじゃないから、良い物とは言えないけどさ。
この世界での奴隷は、今言った、前世の中世の奴隷にも実際にあった、契約奴隷という仕事になる物が普通なんだ。
奴隷闘士は、世界規模で禁止の方向に向かっている。死者が多く、闘えなくなった体でも、強制的に闘うしかなくなるからね。結果、ヒトを活かす事が出来ないから殆どの国で行われなくなっている。
犯罪奴隷は街の中には入れない。鉱山なんかの、お前のイメージの強制労働奴隷が大半だ。解放される事もあまり無い。大半って言った奴らが犯罪者で、その場で死ぬことも多いからだ。
例外的に、王家の方で獣人の犯罪奴隷は、王家の調査を行ってから、確実な犯罪をしている者を労働奴隷送り、冤罪の者は別の場所に送ることになっている。この街のギルドはその先の1つだ。
色々な理由で分類をしているから、単純に奴隷だから酷い扱い、と言う訳でも無いんだ。
さっき言ったアニメなんかでも、主人公は勉強するチャンスを得たりしている。得た職場によって、状況は変わるだろうな」
「……そんな作品あったのかよ。しらねえ……」
「俺がガキの頃だからな。一応名作などとタイトルを付けているけどさ、その後に原作の無いオリジナル作品を作ったりしていたし、視聴率も悪かったから、人気はあまりない物なんだよ」
「ハルのおとーさんたちも、けーやくドレーだよ?ヴィンセントさまたち、いろいろ良くしてくれたから、けーやく終わってもお仕事つづけてるけど」
庭師である彼女の父は、庭だけではなく地元の者達に様々な奉仕をしており、奴隷という立場とは思えないくらいの信用を受けていた。
自身が幼い頃より教わっていたと云う体術を、娘はもちろん、近所の子供達に教えてもいる。彼の弟子が、少なからず冒険者や衛士になろうとするのであるから、こちらとしても助かる事だ。
「でも、強制的に働かせるんだろ?それじゃ、人権なんて……」
「まあ、無いね。人権は近代に出来たものだし、他の世界にそんなものを求める物じゃないと思う。それに、奴隷商人からしたら、ちゃんとした支払いをしてくれれば契約するからさ。雇う奴が相当悪人でなければ、契約を反故にする事は無い」
彼の語る事実に、ユータは少々幻滅しているようであるが、しかし、この制度が無ければ、生きる事の出来ない者も居るのが現状なのである。
「ユータ、申し訳ないがこの制度が無ければ、ハルの居た村は、滅亡していたであろう事は、間違いないのだ。飢饉によって為す術の無くなった、彼らの様な者だって居るのだ。そう云う者が生き残る道の1つが、契約奴隷なのだよ」
飢饉の原因となる物は、天候もあれば、生物である事もある。何が原因で在っても、生き残れなければ先は無いのだからして、有難い制度ではなかろうか。
「ヴァン、なんかぼくがおかしいみたいな雰囲気になってないか?」
「うん、エジプトのイメージを崩せない辺りが、おかしい雰囲気の原因だ。言ったろ?ハルも、奴隷の家のニンゲンだ。一見、あまり賢いようには見えないけど、お前よりボードゲーム旨いじゃないか」
事実、彼の指摘通り、ユータ殿の倍くらいのポイントを稼いでいるハルは、見ている所で更に、ユータ殿からポイントを奪っている。
盤上の駒を動かし、相手からどれだけ手駒を奪うか、という4人でやるボードゲームは、ハルは得意である。
「ええええ!またぼくから取ってくのかよう!なんか狙ってないかあ!?」
「みゅう、まるで取って欲しいって言ってるみたいに、動かしてるからなんだよ。アリスちゃん、そこ、取っちゃえるんだよ!」
「え、ちょっとまってなんでアリスの番なのにミーシャが教えてるんだよ横から覗いて教えるなんて卑怯じゃないかそもそもミーシャはプレイヤーじゃないんだから黙って見ていればいいのにどうして」
「「以下略」」
「なんでだよう!」
ボードゲームを囲んで、賑やかに談笑をしながら遊びを進めている彼らは、ここでの生活を、如何に思っているのであろうか?出来る限り、楽しめるものであったら良いのだが。
「話を戻すが、奴隷を雇うというのは、現状の我々の収入では、難しいのだよ。何分、あまり多くは無い我々の収入に対して、彼らの生活の為に考えるべき事もあるだろう。そうなれば、安易に雇うなどできないのだよ」
流石に、ヴァンも殿それを知らぬでも無かろう。しかし、彼はその言葉に、首を傾げた。
「ギルドにいる獣人奴隷の殆どは、契約じゃないぞ?さっき言った、犯罪奴隷とされた獣人達だ。つまり、冤罪奴隷というものだ」
……例の狼の言葉を借りれば、罪なき罰、と云う物であろうか?即ち、彼は無理矢理奴隷とされた者を、雇おうと云うのだろうか?
「ああ、でも生活費とかも気になるもんなあ。その辺りは、俺が出しても良いんだけどさ。契約奴隷の手を借りるのは、もう少し様子を見てからでもいいかな」
「そうですね。あまり貴方に頼りきりというのは、ワタクシ共も避けたい事ですし……」
エイダも、彼女なりのプライドがある。支払いを彼に頼るというのも、仕事を他の者に頼るというのも、あまり好まないのであろう。
「それだったら……そうだな。アーティファクトで何か家事が楽になる道具とか、作ってみるか?」
「そんなん出来るんか?ウチは聞いた事ないんやけど」
今まで会話に混ざらずにいた、マリア殿とリリー殿が興味を持ったらしい。マリアは如何に自分が楽をするのかを、考えているのやもしれないが。
「ヴァン、それって魔術を使うのより楽なのか?ちょっと想像できないけど……」
「普通に洗濯機や掃除機だよ。そのくらいなら、あまり多くない刻印で起動できるだろうさ。それでも、楽にはなるだろうけど、高位の魔術には劣るだろうね」
魔術で出来る事は、随分多岐に渡る。しかし、全ての者が魔術を使える訳では無いのだ。しかし、彼ならば簡単に、多くの者に、類する恩恵を与える事が出来よう。
「実際、装置の概要を伝えたらあのハイエルフ、3日で作り上げたって言うからな……そのシステムの詳細な設計図、送ってもらおう」
「ハイエルフって、研究狂いって言ってた奴か?……マジかよ、何作ったんだ?」
「ドラム型洗濯機」
「えええ!ありえねええ!」
ハイエルフに会った事が有るのであろうか?里からほぼ出る事のないハイエルフであれば、会う事は先ず叶わないと言われるものなのであるが。
精霊のぼやき
――このボードゲームって、何?――
尖兵、中衛、後衛、様々な技能を持った駒を配置して、侵略する、戦争擬きだ。
――好きだねぇ、侵略とか。ニンゲンの感性は解らないわ――
奪って踏みにじって見下してナンボ。それがニンゲンだよ。
――ニンゲンなんかに生まれなくてよかったわ――




