13話 異常
前回のあらすじ:黒い、オッ〇トヌシにぃ、出会ったぁ
今回狩り損ねた獲物は、今までに狩った猪よりも遥かにでかい。しかし取れた肉は、それよりも小さかった。腿の1ブロックだけだ。
毛皮は少しはましだったが。中身が炭になった方は皮だけはしっかり残っていたので、それを使って、マント代わりになるよう細工した腰巻を作った。頭までかぶれるようにしてある。
あと、布団が作れそうだ。ゴワゴワするけど。
「ないよりはましだあ、スヤァ……」
――寝てる場合じゃないでしょぉ――
毛皮を毛布にしている俺に、大精霊はモノ申してくる。そうはいっても、昨日の肉はしっかり血抜きして、塩を振って熟成させて、表面を焼いて、オーブンでじっくり焼いているのだ。
なお、オーブンは例によって岩を以下略。
「でも、これじゃあ何にもないのと一緒か。ローストがおわったら何か……」
「ゴフ?」
俺の安らぎ空間に緑の産業廃棄物が入ってきた。最近ちょっとムシャクシャしてたんだ、良いからちょっと殴らせろよ、ゴブ太ぁ。
「インフェルノぉ!」
大爆発によって、産廃が7匹ほど、その日のスライムのエサに変わる。尚、食べるのは残飯処理や証拠隠滅に使っているスライム。そこらへんの川で拾ってくる。氷で覆えば捕獲は簡単だ。
最近ストレスがあるのか、イライラが収まらない。俺にしては珍しい。
「そういえば、スライムは食ったことなかったな。どんな味が」
――やめなさい。食べるもんじゃないでしょ――
しかし大精霊よ、言うのが遅かったな。木のスプーンですくって食ってしまったよ。木が少し溶けたけど。
そして、
「うまいじゃないか!ていうか、ゼリーだよこれ!グレープフルーツゼリー!」
――えー、そいつ食べられたの?――
イフリータが意外そうな声を出している。
そりゃそうだ。菌だもんこいつ。それが美味いって。あ、でもキノコも菌だから、うまくてもいいのか。後は毒がどうなのかくらいか。きっと多分大丈夫だろう。
「と、そんな茶番はいいとして、ローストボアはどうなった?」
オーブンに入れてあった肉を確かめる。そろそろじゃないだろうか?そっと掴んで取り出して、薄切りにしていく。
大精霊様ったら、俺が直接熱いもの手づかみでつかんでも、熱くならないようにしてくれるなんて。より一層化け物になった気分……。いいことなのか、これ?
「おお……きれーに焼けてるじゃんか……。いいね、これ」
ローストビーフならぬ、ローストボア。
艶のある焼き目にナイフを入れれば、中から出てきたピンク色の肉は、肉汁がしっかりと含まれたまま、熱が通っている。
成功だ。始めて作ったけど、出来てよかった。
「これを薄切りにして、分けていこう」
――アンタもホントよくやるわ――
「何を言ってるんでしょうか、イフリータさん。俺は料理をしているだけですよ?」
何を言っても無駄だと思ったのか、それっきり黙ってしまった。とりあえず、外側の熱く切られた部分を味見。焼き目の部分が多いんだ、そこがいい!
「あー、コンガリ焼けた肉と、桃色に染まったモモ肉が何とももうし分のない……」
――オヤジみたい――
ん?中身オヤジだから仕方ないんじゃ……何、その目。なんか変なこと言った?
とりあえず、味見しながら全部を薄くスライスしていく。均等に切るのって、結構難しい。ローストビーフとかだったらともかく、これが冷凍肉だったら、意味が変わるんだけどなぁ。
どっちにしても、あまりゆっくりとしていられないか。
「これは木製タッパーに入れておいて、また今日も獲物探しに行こう。それで、夜移動」
――またぁ?あんたよく疲れないね――
そうは言っても、じっとしていられない。狩りの血が騒ぐんじゃ!
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「何だ、あんなとこで?」
久しぶりにキジっぽい鳥と蜂蜜をゲットして、満足な俺の目に、あるものが映り足が止まる。
そこは街道。森の中で、特に何の変哲もない普通の幌馬車。
しかし、状態は少し怪しい。止まっているし、馬もいない。誰かがここにいる、という雰囲気でもない。
異様に音がしないのだ。
「オッ邪魔っしまーす」
あっ、なんかデジャヴ。まあいいか、幌馬車に乗ってみよう。
目的は遊ぶとか、盗むとかじゃない。状況観察。周りに誰もいない、馬もいない、幌馬車しかここにはない。
積み荷は、ジャガイモみたいなものだろうか。木箱に詰まれている。御者台にヒトのニオイが僅かに残っている。
最近ほとんど雨は降らなくなった。が、2日前には少しだが、雨が降ったのだ。臭いが御者台から流れていないなら、いなくなったのは雨以降。においは古くなっているのでギリギリ2日、と考えていいだろう。
ヒトの名残より強く感じるにおいがある。この豊潤でおいしそうなにおいは、
――その表現はやめなさい――
なんだ、推理の最中に邪魔入れないでほしいのだが。
とにかく、誰かに襲われたのだろう。道の脇のあたりに目を移す。
バカっぽい漫画とかだと森の中でもあからさまに足跡が地面に残ってたりするが、実際の森なんかは土は表面にはない事が多い。
何しろ、一面が落ち葉だ。その下は腐葉土になりかけた落ち葉だ。踏めば、スポンジみたいに簡単に戻ってきてしまう。そんな中に足跡を残すとか、ほとんどムリゲなのだ。不可能じゃないが。
残すのも無理があるものを見つけるのは、それ以上にムリがある。よほどの狩りの熟練じゃなきゃ見つけるのに時間かかるだろう。
しかし、俺は違う。ニオイで判る。
「産廃のにおいがする。……やっぱり、産廃が足跡をつけている。馬のにおいもついてるけど、馬の姿はない。中途半端に血だけ流していったみたいだ。なに、このミステリー。全然犯行隠す気ないじゃん。素敵すぎる」
所詮、サルということだ。
ともあれこうなると、「馬車が落ちていた」のだから、ちょっとくらいはいいだろう。財布とパンがあったので、いただいていく。
――あんた、まさか……――
「いや、この金属とかの積み荷は普通に売り物として使えそうなものじゃん?誰かが回収するかもだよ。
でも、パンは無理でしょ。腐るから。この金にしても、貰っても貰わなくても、変わらなそうな金額しか入ってないよ?
でも、これでスラムで買い物できるっていう考え方もあるしね。うん、有効活用」
言っていて我ながらくだらない言訳だ、とは思うけど。
――スラムって、あんた――
「ほら、この間覚えたあれ、あるじゃん。あれで何とかってこともできるしさ」
あれ、とは現在腰に巻いている巨大イノシシの革をかぶり、その革に陽炎魔法をかけることで、一見するとヒトと変わらない姿に変えられる、というものだ。まだテストしていないが、とりあえず、行けると思う。
――でもねぇ……――
不安があるのだろう。分からなくはないが、やらずにいられるものか。
「だったら今からテストだ。被ってヒトとすれ違う。そしたらできてるかどうか分かるだろ?成功していたら、これで行く」
俺の熱意に負けたのか、大精霊も無言で頷く。パンなどをポーチに入れ、幻術をかけて獣の姿で走った俺に、イフリータは、
――あんたが茶色い猪に見える。なんで?――
と不思議がっている。きっと才覚あったんですよ。
――精霊をだますってそうそうできないけどね。よくやるわ――
そういえば、ウソを見抜けるとかいうんだっけ?
俺、馬鹿正直だから嘘とか存在しないけど。これだって嘘じゃないよ?だって、これ猪(の革)だもん。本物の猪(の革)だもん。
幻覚で猪(だった頃の姿)に見せてるだけだもん!
結果。出くわしたのはDQN達。またか。
いつもうるさい上にしつこいDQNが「イノシシとかうぜえんだよ!」なんていいながら、下手糞な弓を放って来た。人狼とは、呼ばないんだね。
その後、例の2人組が来て、キャイキャイ騒いで金髪が雷撃を放つ、という騒動の中を逃げてきた。
一応、イフリータが隠ぺいをかけてくれていたので、魔法で幻覚を起こしていることも、そもそもの俺の存在も、そいつらには気づかれなかっただろう。
この結果に、流石の大精霊も満足のようで、スラムでのお買い物作戦、決行が決まった。
早速荷物を整えて、スラムへと向かう。街の少し手前で手ごろな木の洞を見つけ、そこで眠った。
……期待に胸を膨らませながら。
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「さあ、安いよ安いよ!どうだい、鴨肉買ってくかい、ボウズ!」
スラムの闇市っぽい所に入った瞬間、声をかけられた。屋台みたいな店しかねえけど。……幻覚しっかり作用してるー、スゴーイ。
――棒読みお疲れぇ――
他に何を言えばいいのだろう?なんかステレオで喋ってる人がいるけど、きっと最新の腹話術だ。
「これ、どれくらい安いかわからないんだけど、どのくらい安い?」
バカガキっぽく聞いてみよう。
「そりゃもう、原価ギリギリダゼ」
……はて、なんか最後違和感あった気がする。そろそろ頭が爆発するのだろうか?精神おかしくなりすぎたんだろうか?いや、こいつも転生者とか?
――あんたは正常だよ。店の人は……――
店を離れた瞬間、婆さんが近づいてきた。薄汚れた篭を持っていて、卵を入れている。
「取れ立て新鮮の卵いるかい?」
すげえ、常温でってこと?それ、羽化するか、ピータンみたいになってねえ?茹でたら雛とか出てきそう。それを喜んで食べる部族とかいるらしいけど、俺は嫌だよ?腹痛起こしそうだし。
「いや、卵は今はいいや」
もう少し回ってみよう。そしたら何か良いもの……無さそうだ。
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「なんだ、あれ。需給関係とかどうなってんの?」
――さあ?あれでなんとかやってるんじゃない?――
出来ないだろ、普通。
しかも、ステレオで喋ってる人しかいなかったって。腹話術でもむりだよ。どんな曲芸集団だよ。
「しかし、商売なめすぎだろ。あいつら自分のカモだと思えばしつこく攻めてくるのに、銅貨しかないって見たとたん興味なくしたもんな。
異常に高いなら、どこぞの国の取引みたいにうまく値切れるかと思ったら、びた一文まけねえって言い出すし。それで客が来ないんだろうに」
実際、店はあるのにシャッター街かというくらい敢然としていた。よく生きてたな、あいつら。
「そもそも、粗利とか計算できるのかね?とにかく高く吹っ掛けるだけって、買う側に立てばそんなもん買うわけないの分かるだろうに。
そういえば、前世のネトゲでもいたな。相場の倍の値段で売ろうとしてたやつ。手っ取り早く売り切るなら、相場よりほんの少しだけ安くすればいいのに。
高いのは買われるのが後回しになるから、いつまでも買われないって気付かないのかね?ほんの少し高いならそこまで売れない訳じゃないんだし」
――話変わってきてる――
うん、確かに。
「でもわかるだろ?簿記とかはどんな会社でも絶対に必要なことなんだから、義務教育に割り込ませていいくらいなのに、そういうことを全く知らないままなんておかしいじゃないか」
――ハイハイ、計算大事。お金は大事――
……適当にあしらわれた。それより、姿はどう見えるか考えてなかった。4本足でいると猪、2本足でなら、人間なのか?
「イフリータは俺がどう見えた?」
――……白い――
「白い?」
――エルフ――
…………?
「…………なんでじゃあああぁぁぁぁぁ!俺の命を狙ってる奴の種族になってたのか?ドワーフとか、ホビットとかあとはリザードマンとか!そういうのもまだいるんじゃないの?それをどうして、あいつらになっちゃったの?い・や・じゃああああ!」
そういえば、まだかかったままだった。さっさと外して、かけ直そう。
「どうよ、かけ直したら、変わったか?」
さっと毛皮をかぶり直して、大精霊に聞く。
――うん、どっからどう見ても、……エルフ――
「なんでじゃあああぁぁぁぁぁ!」
「グギュ?」
「あ、産廃先輩じゃないですか。ちょっと裏来てくれます?嫌なんですか?何?俺にケンカ売ってるの?こん棒なんか振り上げて、怖がると思ってんの?
――インフェルノォ!産廃如きが調子乗ってんじゃねぇ!」
襲って来た産廃先輩を、魔力を凝縮した拳で殴り飛ばす。それと同時に大爆発。これが気持ちいい。ヒャッハー!!
――また火力上がってない?8匹同時に吹っ飛んだし、殴った1匹、下半身しか残ってないよ?――
「あ、失礼。産廃先輩はちゃんと焼滅しないとダメですよね?此処にスライムいないからちゃんと、焼去してあげます」
――アンタいい具合に壊れてきたねぇ。でも、悪人にだけはならないでね?そしたら離れるから――
「……ここは『お前を一生放さねぇ』的なものでも言った方がいいんでしょうか?
そこんとこどうなんです、ねぇ産廃先輩。あんた先輩なんだろどうにか言えやおら!」
――死体蹴るのはやめたげて。こんな奴でもカワイソ……でもなかったね――
なんだかんだ言って、大精霊にとっても憐れむことができない存在らしい産廃先輩。流石そこにシビレルアコガレル。
少し時間たって落ち着いた頃、自分がしていたことを理解する。たった1回の攻撃で、どうやら9匹殺していたらしい。
確かに威力上がってるのか、以前は焦げていただけのものが、燃え上がっている。肌が焦げた、じゃなく、中身までしっかり熱が通った状態らしい。
何匹かは踏みつけた時に、体に更に火がまわって灰になっていた。鎧みたいなものを着ている奴もいたが、表面が溶けて歪んでいる。
俺はそんなん蹴っていたのか。逆上して、何が起こっていたのか分かっていなかった分、反動もデカかった、精神的に。デカいのは猪だけで十分だ。最近少し、疲れてるのかもしれない。
「…………ん?鎧が溶けた?そういえば、溶属性でも、石が溶けたし、それって1000度くらい行く訳で……ということは?」
俺はゴブリンだった灰の入った鎧を見る。がっつり洗って加工すれば、或いは……




