21話 鳥車で移動
前回:――テンション駄々上がりの猫とドン底の狼――
早朝出発して、森海に至るまで、丘陵地帯の草原の中をひた走る。アーサーの馬車は、少々揺れが酷い。
しかし、この鳥に嘘はなく、フォーゲルの中では、中々速い速度で走り、ばてにくい。
種別的には、時速100kmくらいで、10kmを移動する感じなのだが、こいつならもう少し先に行けそうだ。
最も、そんな事をすれば、ばてるのは当然。ゆっくり進めれば距離が稼げるのも、また当然だ。
なので、今はちょっと早歩きくらいにして貰っている……早歩きって言ってるのだが、40kmは出てる。
「あんまり疲れるような移動をするなよ、アーサー」
俺の声かけに、なぜかどや顔をしながら、ちょっと後ろを振り向いただけの黄色い巨大鳥。
この2週間くらいの付き合いで分かった事と言えば、俺以外の奴には全く耳を貸さない事と、俺の言葉でも、少々張り切り過ぎる所だ。
長い物に巻かれる、がんばり屋?日本の奴隷状態になっていた、会社員じゃないんだから……全く。
「……ヴァンくん、ちょっとスピード落として……気持ち悪い……ウエェ……」
ミーシャがグロッキー状態で這いずりながら御者台に来て、話しかけてきた。前に乗った時より、ちょっと早いし揺れるからだろうが、これくらいはまだ、序の口なんだぞ?
「はあ、しょうがない。アーサー。ちょっと止まってくれ。休憩だ」
「キュアアー(しょうがないなー)」
なんかテンションアゲアゲで、しょうがないなんて言われたような。気のせいか?
――こいつ、走るの随分好きなんだねぇ。いつも嬉しそうに走るし――
それは、間違いないだろうな。
ともあれ、街道の脇に移動させ、幌馬車内の様子を見る。グロッキー状態は、ミーシャのみではない。他に5名。マリア、リリー、エイダ、ヴィンセント、ユウタ。
「ユウタはともかく、ヴィンセントたちがグロッキーなのは意外だな。馬に慣れてそうだと思ったんだが」
俺の言葉に小さく首を動かすだけで、ろくな反応をしない。それ程にひどいのか?
「いつも、のってるばしゃとちがうから、みんなたいへんだよー」
ハルが、代弁してくれる。いつも通り、舌足らずなんだが。
大方、ヒトの乗る馬車として作られていないからだろう。サスペンションになる物はあるから、揺れはしても、そこまで酷いとは思わないのだけど。
俺もそれなりに、酔ったりするのだが、全く問題ない。もしかして、運転していると酔わない的な奴か?言葉でほとんど指示できるから、全く集中しないのだが。
「まあ、問題になるのは、速さと道だな。前の場所はまだ、なだらかだったけど、ここは丘陵地帯だし。その坂を避けるなり上るなりするのに、道がうねるし。
とにかく、一度ここで休憩して、気持ち悪さを落ち着けておけよお」
俺の言葉に、頷いている6名。全員の面倒を、俺とハル、アリスで見るしかないのか。しかし、グロッキーになる奴多すぎないか?
――こいつの走り方が、荒いんだよ。馬車の揺れ方がすごいよ?――
それは否定しない。スピードが乗っているときは、ちょっとしたアトラクションだからな。これから、馬車を揺らさないように調教する事にしようか?馬車に乗せたものが暴れるのは、困るんだよな。
「みゅー……やっとゆっくりできるんだよ……」
全員に水を配って幌車内に座ると、いきなり腕にミーシャがしがみついてきた……そんな事をする必要、あるのか?
――とか言って、尻尾振ってるじゃない?――
ハイハイ、そうね。
「ミーシャさん、抱きつかなくていいよね。離れてください」
「みゅ、にゃんでー?」
あれ、こんな奴だったっけ?記憶にあるのは、もう少し違うはずなんだが。孤児院にいる間に、抱きつき癖でも付いたのか?普通、抱きつくなんてしないだろうに。
「ほら、ミーシャ。離しなよ、あんた抱きつくのはおかしいってば。ほら」
マリアはミーシャの首根っこを掴んで、引きはがそうとしている。それに反発しないで欲しいんだが。俺の腕に、ちょっと爪が食い込んでいるしね……元気だね。酔っていたんじゃないのか?
「まだ道のりの4分の1だ。これから森林地帯に入って、その後森海に入る。その森林地帯でも、それなりの魔物が出る事があるから覚悟しておけよ」
「それなりって、どれくらいだよ……まさか、ドラゴンが出る事は無いよな……」
ユウタのヤツ、何かビビっているのか?
「小型の、コカトリスやドラゴネットくらいなら出るだろうな?確か、あいつらも生息域にしていた地域だ。まあ、それくらいなら、大体瞬殺だけどさ」
なぜか、全員顔が青くなっている。どうしたんだ?
――コカトリスもドラゴネットも、充分凶悪だからでしょ――
「コカトリスはニワトリで、ドラゴネットって、恐竜のラプトルみたいな、その程度の奴だろ?どっちもゴミじゃないか。
しかも、コカトリスは毒があって食えないしさ。ドラゴネットは随分マシだけどね」
「あの……ドラゴネットの集団で村が壊滅したり、冒険者の一団が壊滅したりする事は、ご存じですか?」
そういえば、そんな事があったかもしれない。
ニワトリに混じって、コカトリスが居るのに気づかず、近づいて皮膚が石に変わるとかって話なんかも、あったっけ。あからさまに、顔や胴が鱗だらけなのに。
「それより、こんなペースなら森海に着く頃には夕方だ。まだ昼前だけど、着いた瞬間に黒蛇が出るタイミングになるのは、問題があるだろ。
手前の場所でテント張るか、森海の中で黒蛇を避けて過ごせる場所を探すかだけど、テント張っていると探す時間なくなるぞ?」
「ウム、それは少々時間が惜しいな。戦闘が出来なくても問題があるだろうが、あまり時間をかけても……」
「いや、そんなに急がなくても良くない?アタシらからしたら、急ぐ理由がないじゃない。どうしてそんな急ぐのよー」
……おまえらはな。
「俺があまり街を離れすぎるのは、問題ない訳じゃないんだよ。一応、代行の仕事があるんだしな。
それにお前らも、生活の為の金を稼げないって言う事でもあるんだぞ?ダンジョンは見つかる確証が無いんだし、当てにできないからな」
しかも、俺の獲ってくる予定のワイバーンの卵は、大抵は2・3個見つかればよい物。あるという断定もできない物なんだよな。
この旅の経費にする予定、というだけで、見つかっても儲けが無い。むしろ、損失なんだ。あんまり、むやみにこんな事ばかりやっていられない。
――危険だし、儲け無いし、この子らだって……――
「とにかく、充分休んだら出発するぞ。陽が落ちる前に、テントを張る場所を決める。その為に、ちょっとスピード上げるが、いいか?」
この言葉で、全員、青くなっている。アリスとハルは、大丈夫だろうな?
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――結局全員、グロッキーになったねぇ――
急いで走って来た道のりでは、誰も声を上げなかったが、昼食の時にはアリスが、その後の休憩の後、ハルまでギブアップしたらしい。
現在、森海の手前の丘の上。
ワイバーンの巣からは離れているし、奴らは夜でも目が見えるが、この辺りの種は魚が好きなので、こちらにはあまり来ないだろう。
どちらにしても、この辺りはどこも危険だ。近くにコカトリスの群れがあったので、とりあえず爆散してきたけど、もうこの辺りに危険生物が居なければいいが。
周辺探索の間に、あいつらも復活してくれはしないだろうか。
――アホ鳥が暴れるからこうなったんでしょ?――
そうは言ってもしょうがない。出来るなら、アーサーに乗ったまま探索していた方が楽なんだけど、敵が来た場合には馬車を移動してもらわなければ。あいつらは、グロッキー状態でろくな戦闘できないだろうからな。
噂に聞いていた、森海の未到達ダンジョン。ピラミッド型の白い遺跡が森の中に顔を覗かせている。
周りの樹木も異様にデカい。ヤクスギレベルか?……世界樹ほどじゃないな。見た中で最大の物は、あれが縦横それぞれ、百本分になるくらいだし。あれと比べちゃだめか。
夕日が沈み始め、闇が迫ってくる。
「そろそろ戻って、テントの準備。それから飯か。あいつらの状態を考えれば、簡単なスープとパンだけで大丈夫だろうな」
――ホント、あんた独りで来た方が良かったんじゃない?それなら、夜の間も移動できたでしょうに――
それも言ったところでしょうがない。
踵を返し、馬車の位置まで戻る。この辺りまで、黒蛇が来るとは思えないが、奴を避ける結界を張っておこうか。テントを張って、その場所に魔物が来ない訳じゃないし。
結局、全員体調が戻りきらず、その日の食事もその後も、全員あまり話さずにいた。テントも、馬車にロープを結わえつけ地面に張った、簡単なものになった。
見張りの話も何もなく、全員を寝かせて、俺は寝ずの番だ……ずっと手綱を握った上に、明日も頑張らねばならないのだが。
しかも、当初の予定としては、ここでワイバーンの卵回収に行きたいところだったのだが。まあ、しょうがない。
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翌朝早くに、全員が起き出した。流石に、一晩寝れば状態も治まる……というより、そこまでひどかったのだろうか?普通、そんな事には、ならないだろう。アーサーの走りはかなり暴れるが……御者台の揺れが少ないだけなのか?
「申し訳ない。本来なら、見張りを変わるべきだったのだろうが……」
「ああ、構わないよ。結局、一度黒蛇が来たけど、作っていた結界に踏み込んだせいもあって、頭がしっかり焼かれたから」
見張りをしてはいたけど、戦闘と言うまでには至らなかった。踏み込んだ瞬間に対象を焼く、超攻撃的な精霊結界を組んでいた為に、後は暴れないよう抑えるだけだったのだから。
少し離れた処にある、世界3大魔獣の1つの死体を見て、やはりなぜか、絶句するヴィンセント。あれか、焼け焦げている最中に暴れるのを抑えるために作った、巨大な氷の鎖に巻かれてるのが、意外なのか。矛盾してるしな。
「何大魔獣だとか言っても、結局は動物だ。呼吸が出来なければ死に至るのは同じことだよ。結界に魔獣の身体と肺の酸素を焼く指定をしたら、どんな奴でもこうなる。ただ、暴れるのが面倒だけどね」
――ちゃっかり焼けてないところの革と肉、それに牙まで回収してて、カッコつけないでよぉ――
卵回収出来なかったのだから、仕方ないだろ。これは補填だ。
「ここへは、あまり来ないだろうという話ではないかね?……否……あまり、と云う事は、絶対ではないという事でもあるか」
気丈にしているのは、ヴィンセントとハル、アリスくらいか。ユウタとマリアは、揃って真っ青になって震えている。
普段から強気発言する奴ほど、ビビりな奴である証拠になるのかもしれないな。残り3人も放心してるな。
「とにかく、これから予定していた、森海の中に入る事になる。黒蛇がまだいる可能性もあるから、気を抜くなよ?因みにこの結界は、場所に固定する必要があるから、馬車にかけられないぞ」
「マジかよ……それがあれば絶対大丈夫だと思ったのに……」
「あ……アンタちょっとおかしいんじゃない?それに、こういう手段があったなら、なんで嫌がったりしていたのよ。それも……」
「マリア、待ちいや。結構暴れたっぽい跡あるし、何もせんかった訳やないやろ。多分、防音の結界とか張って、ウチらに気を遣ったんやろうし、それを怒るのも間違うとらんか」
随分大人な意見なリリーと、ぶつかり気味なマリア。仲は良いけど、意見は反対なんだな。そういう奴って、普通反目するものだと思うけど。
「グダグダ言っていないで、行くぞ。ここからが正念場なんだからさ」
「……うーん、今度は馬車、暴れないよね?」
「流石に大丈夫なんだよ。もう、目的地は見えてるんだから」
「……うん、そうだね」
いつの間にか仲良くなっていた、アリスとミーシャ。組む頃合いは何故か、ギクシャクしていたように思うのだが。
――何かあったんでしょ。どっちにしても、アンタにはいい事じゃない?――
さあ、どうだろうな……またハーレムとか、言い出さないよな?
――この国は、3人は良いんでしょ?だったら……――
遠慮します。オオカミは一匹を愛する者故。
何はともあれ、テントを崩し馬車の準備をして、全員で向かう場所を確認する。深い森の中に顔を覗かせる、白いピラミッド。
森の向こう側には、少し遠いが、海が見える。空間が歪んだその遺跡に、俺は行ける気はしないのだが。まあ、これも一興だろう。
目標、森海の中にある、未到達ダンジョン。名称、幻影のピラミッド。
精霊のボヤキ
――なんだかんだ言って、結局行くんだね……――
3日前に、3馬鹿が3人でも行こうとか、言ってたしな。
――甘いねぇ――
ほっとけ。力もないのに、こんな所に来たいと言う方が、甘いだろ。
――ハイハイ――
嗤うなよ、畜生!




