18話 どうする?
前回:――ダンジョンの真実……色々間違ってた――
一度ギルドから、お屋敷の方へ戻って、話を続けることになった。ギルドで行くかどうかを話すと、ついてくるヒトが増えるから、らしい?どうしてそこを気にするんだろう。
「上手い具合に1級危険生物の縄張りが、そのダンジョンらしい建物の周囲を囲んでいる。その3種類を追い払う事が出来なければ、近づく事すら不可能だ。
それが、この森海ダンジョンの未到達の、理由の1つだ。どうやって近づくかは、方法は確立されているけどな」
食堂の窓際の席に座ったヴァンくんは、体を揺らして、めんどくさそうに話してる。怖い話だけど、近づく方法があるなら、何とかなるんだよ。
「で……その方法って?」
他のヒトは椅子に座ったまま固まってるから、聞いてみたんだけど……大丈夫なんだよね?安全な方法ってなに?
「うーん……マンティコアとキメラは、錬金薬で何とかなるんじゃなかった?」
ヴァンくんの代わりに、アリスちゃんが疑問に答えてくれたんだよ。知ってるの?
「確か、色んな素材で、作り方も複雑になっていた……高い金額になる、錬金薬だよね。それも、火で焚きつけて周囲に漂わせる物だから、風が強いと効果が薄いって」
「そう、効果範囲が甘いんだ。馬車1台くらいなら、流体結界を利用して籠もらせることが可能だけど、人数が増えると、準備する量が倍々で増えていく。
必要とする、食料や装備なんかを運ぶ馬車も、守る必要が出てくるんだよ。空間収納があっても滞在する事を考えると、限度があるからね」
「限度ってなんだよ。空間収納ってどれくらいの大きさとかあるのか?」
そういえば、知らない。どれくらいの大きさなのかな。たくさんの道具を持っていけるだけの魔法なんだけど、便利だからって、誰でも持てる訳じゃないし。
空間魔法の適性が無いと無理だし、その適正だって、低いと意味がないっていうのは聞いてる。それで覚える為に物凄い時間を掛けなきゃいけないから、あんまり使えるヒトがいない……。
「保有マナの総量に左右されるってのが現実でさ。おおよその目安で、保有マナが千あると、小さめの納屋1つ分、5m × 5m × 2mくらいの範囲の空間の容積を使える感じだ。
この間は、直前の狩りの獲物を結構入れていたから、魔牛2匹吊るしていたんだけど、俺の総量なら、本来あれくらいは入る。5千近いからさ。
そんな量、普通馬鹿げているって言われるくらいだけどな」
普通、千超えてるだけでも凄いって言われるくらいじゃなかったかな?……5千ってすごいんだよ、ヴァンくん。
「おかしいだろ……チートだよ、おまえ……」
「ユータ、この事は今は置いておきたまえ。
それで、そのダンジョンの近くに寄るのに、必要な薬剤があり、それが非常に高価な物。
それ以外にも、滞在用の物資が必要。そして、多くなると、馬車や人数が増える度に、それらが総じて増える為に、探索は厳しくなると?」
そういう事なのかな?我慢できなくなったのか、マリアちゃんが立ち上がった。
「でもそれなら、アタシらだけなら何とかなるんでしょ?ギルドの人で、ついてくる奴がいたら困るから移動したんだし、行ってみてもいいじゃないのよ!さっさと準備して、探索してもいいでしょ!」
そうなるんだよ。だから、大丈夫なんじゃないかな?
「……ハア。探索の時間はあまりかけられないっていう事でもあるんだ。実際、その錬金薬の効果時間と金額の割合でも、負担が多すぎるんだよ。
2時間で焚火をして、金貨1枚消費だぞ?効率以前の問題だ。
それ以外にも、問題はあるだろ。今年入ったばかりのメンバーと、監査を受けているメンバーが、1級危険生物の巣窟に入るっていう事だぞ?
ギルドからしたら、安心材料が全く無い。俺がいてもそうだ。探索じゃなく、あくまで見に行くだけ。錬金薬の方は俺が持って、その補填をワイバーンの卵で賄えばいいんだけどさ……」
「翼竜の卵……それで、補填ができるのですか?そもそも、その様な仕事、あるのは知りませんでしたが……」
「あるにはあるんだよ。最も、そんな物を取りに行ける奴が、ほとんどいないからさ。
ワイバーン討伐部隊と、竜人の一団と、俺くらいにしか声をかけられていないんだ。もし可能なら、1個で金貨7枚なんて破格で買い取ろうとする奴が、貴族にいるんだ。
そいつは獣人は好かないが、それ以上に卵料理が好きって奴なんでな。俺からでも簡単に買い取る。直接会わないしな」
そんなお金持ちなのかな、貴族って?翼竜なんて、あんまりいいと思わないんだよ。
「でもそれって、この間討伐に行った人たちは、稼いでいるって事だよな……巣食ったとか言ってたじゃないか?巣があったら、何個かあるっていう事だろ……」
「ああ、その一団は8個見つけたらしい。その貴族はそれを使って、パーティ開くとか言ってたらしいぞ?」
卵料理ばっかりのパーティ……あんまりいいと思えないんだよ。……そんなに美味しいのかな?
「それより、自分達の立場を忘れるなよ。あくまで冒険者の下位なんだ。
岸壁にワイバーン、森の中に、世界最高クラスの危険生物・黒蛇と、一級危険生物のマンティコアとキメラ。避ける薬剤が無くなったら、戦闘になる。
しかも、薬剤が効くのはマンティコアとキメラで、黒蛇は効くとは言っていないからな。つまり、黒蛇とは戦闘になるつもりでいろっていう事だ。ワイバーンも同じ。
ルートとしては、黒蛇がいない、岸壁から離れた、上空から目視出来ない場所で、ようやく通れるというところだ」
何それ、聞いてない……じゃなくて、そういう事なんだよ。コワイ魔物が全部避けてくれるって、ちょっと思い込んでた……
それに、実力の方でも、わたしたちはあんまり戦闘経験ないし、ヴィンセントさんたちは充分強いと思うけど、そんな化け物から生きて帰れるとは思えないんだよ……?
「あ、あんたがいれば黒蛇でもなんでも倒せるでしょ?!そしたら……」
「俺の場合、ドラゴンはブレスを無効化できるから、余裕を持てるんだ。空中だろうが、地上だろうが、高速で動くから捕まらない。
だが、黒蛇に対しては、特に強いと言える要素はない。黒蛇は瘴気も毒も吐き出す。硬さも一級品で、まともに勝負して、確実に、安全に勝てる訳じゃない。
しかも、誰かを守りながらなんていう状態で、確実なんて言えるはずもないだろ。勝てない要素は、それなりにある。生き残れない要素は、それ以上だ」
自信満々に言われても、困るんだよ……なんだか、腕を組んで顎を突き出してるけど……。
「どっちにしたって、行くのだけでも危険すぎるんだ。遠目に見るのが関の山。現状はこれくらいだよ。
それに近づいても、空間が歪んでるんだ。気が付いたら建物が後ろにあるって言うから、あまり近づかない方がいいんだよ。気が付いたら黒蛇の巣に踏み込んでいたなんて、イヤだろ?」
後ろにあるって、空間を通り過ぎちゃうの?
「……転移魔法は、むずかしいって聞いたんだよ……それをムリヤリやるの、できるのかな?」
「空間結界にあたるんだよ。転移魔法じゃない、空間凍結魔術の一種だ。
極論すると、空間収納だって同じ、空間凍結だ。凍結と言っても、実際に凍らせる訳でも、時間を止める訳でもない。その空間に干渉できないっていう事なんだけどさ」
おっきい、空間収納……ああ、だから中に入れない?入り口を作らないと、いけないから?
「フム……これは少々、談義を保留にしようか。もし、彼でも勝てるか分からない黒蛇に対してでも、対抗が出来ると云うなら、もう一度、談義してみようか」
ヴィンセントさんも、ちょっとムズカシイ顔をしてる……行きたいんだけど、死んじゃうのは嫌だし……
「談義するでもなく、先にやらないといけない事、あるよな?マリア、ミーシャ。装備をどうするか、ちゃんと答え出せよ。2人ともナイフのままじゃ、攻撃も防御も、クソなんだから」
う……ヴァンくんキビシイ……席を立とうとしたみんなも、足を止めたんだよ。
「ちょっと、まだ言うの?!いいじゃない、ナイフ一本だって……」
「ヒョウ爺ほど、機敏に飛び回れるなら、良いけどな。あのヒト、普段から服に刻印入れててさ。
簡易結界や跳躍術式を使って戦闘していたらしいけど……お前ら、着てる服とかに刻印あるか?」
「にゃい……付けても、変わらないって言われちゃった…………」
あれを言われたのは、ショックだったんだよ。すごいパワーとか欲しかったのに。
「何を望んだんだ?」
「筋力とか、硬くなる魔法?」
とたんに、わたし達以外の人が、みんなため息ついた……なんで?
「あのな、お前ら3人だったらそりゃ、筋力あまりないだろ?筋肉でも、スピード用と持久力用とがあるんだ……ミーシャの場合、速度上昇と衝撃吸収を付ければ、今の1.3倍くらいは早く動ける。マリアも、流体結界や障壁、もしくは……」
「ちょ、ちょっと待って、アタシは、ちょっとは服に刻印入れてる……軽量化、だけだけどさ……それに、武器は別に、良いでしょ?」
「それなら、遠征は中止だ。ヴィンセントの記憶を見た時、最初が子供をオークから奪う時だが、ミーシャが速度に慣れれば、あれ以上の効果を出して魔法の間を縫って斬りつけられるし、リリーは道具が足りないから、あまり打って出れなかっただけで、改善できる。
しかし、現在ネックなのは、並人という特長の無い種族で、攻撃に強みもリーチもない状態で、体術もできない、お前なんだよ。
お前が相手を引き付ける要素を持てば、2人が裏を掻けるんだがな?しかも、防具は鎖帷子なのに、軽量化だ。理屈も糞もない。元々軽めの鎖帷子には意味無い効果だよ。
武器もダメ、盾や防具もダメ。なら、今のお前に何ができる?現状、ユウタ以下だ。
ユウタはビビっても盾を離さない。その後ろからアリスやエイダが魔術で叩いた後、ハルがサイドに回って、反対のヴィンセントと連携していたんだろ。お前は、何やった?」
……そんなところまで見ないで欲しいんだよ……あの時、ちょっと怖くて、泣いてたんだよ?……みゅう……どんなふうに見られたかな?
「それは……」
……ナイフだから、あんなでっかいの、むずかしいんだよ……だから言われているのかな?
「そない言うなら、自分はどうすればええと思うんや?マリアを無意味に攻めとるんじゃ、意味無いで?」
リリーちゃん、反撃なんだよ?ちょっと珍しいけど、本当に怒ってる時しか、しないんだから……あんまり怒らないで欲しいんだけど、ヴァンくんは何て言うんだろう。
「俺だったら、自分が魔術を使えないとしても、格闘とナイフでもガツガツやるけどな。何なら、やってみるか?俺独りで、お前ら3人。当然、俺はナイフのみ……いや、格闘のみだ」
「「「えええ!」」」
自分で、レベル下げたんだよ?格闘のみだったら……あ、やられる未来が今、見えた。
「ヴァンくん、待って……た、多分だけど、わたし達負けるんだよ」
「ちょ、待ちいや、ミーシャ。流石に、3人相手に……」
「そうでもないよ。ヴァンは魔法無しでも、格闘だけで結構凄いよ……?
3等級が4人組でこいつと演習した時も、3人打撃で、1人は奪った武器で倒してたし……あれも、巨人族のハーフが、ツヴァイハンダーを片手で持ってて、おまえは奪ったナイフ1本だったよな?」
頼りないヒトがヴァンくんの援護に出たんだよ…………ウソでしょ?
「当たり前だろ。ナイフでアレを受け流して、その威力で体を浮かして、空中に浮いたところで、3連蹴り……ジークンドーの、3連脚だったかな?回し蹴り2回と後ろ蹴り1回。回し蹴りは、1回目はコメカミ掠る感じで」
……踊りみたいな蹴り?強いの?……それで、勝ったの??
「しかもみんな、ロングソードや槍で襲って来たのに、だよな?……ありえないだろ」
「否、充分に扱える者でなければ、武器を奪われる事も有り得る。3等級からでは、奪うのは容易ではないだろうが、気絶した後であれば、可能だろう?
それに、炎武ではゴブリンキングを、子供の頃でも、攻撃を避けながら、反撃したのだと云うし」
「そう、かわそうと思えば、かわせる。1直線になっていれば、仲間が盾にされる状態だしな。攻撃不可能だ。
で、槍を持ってた奴が踏み込んで来たところを、武器を掴んで蹴り飛ばして、慌てて動いた奴ら2人をスキをついて顎を殴って気絶、槍のヤツのこめかみを蹴って気絶。
1人のナイフを頂いて、武器を受けて、最後の1人を蹴りで気絶。ざっくり言えば、こんな流れ。
そもそもキングって、あの木偶の棒だろ?のろまな攻撃だったから、余裕だった。
3人だったら、悪いけどマリアの腕を捻って盾にして、狼狽えた2人をさっさと打撃で仕留める。そんなところだな」
「……それを自信もって言うのなら、実際できるつもりなんだろうけど、言っちゃったのなら……」
「多分、他にも方法があると思うんだよ?……分からないけど、一番最初にわたしがやられるのは、運命なんだよ」
やられるイメージ、違うのだった。イメージ沸いても、負けるんだよ、絶対。
「……分からんでもないな。ミーシャも獣人やし、早く動くやん?ほんなら、あんたは何か対策はあらへんのかいな?叱るだけじゃ、進まへんで?」
確かに、ヴァンくんは、武器とかを話してるけど……
「ユウタが持ってる盾、あるいは、似た構造を仕込んだ、レイピアなんかだな。そういう物を作ることはできるぞ?
どうせなら、リリーが作ればいいんじゃないか?刻印は幾らでもあるし、俺オリジナルの構造も、結構多い。
結界効果を持ったサーベルとか、スタン系の下級魔術を使うとか、いろいろ出来るけど」
「それって、自分が作ることも、作り方をウチに教える事も出来るんかいな?……どないや、それ」
「それは実戦面でも、かなり有利になろう物ではないか?レイピアとダガーの二刀流、そこに結界や障壁があれば、攻守共に優れたものとなる」
「もし、可能であればですが。竜巻の結界や岩盤の壁なんかも作れるのでしょうか?上位の結界魔術ですが……」
……竜巻の結界?そんなのあるんだ。
「え、余裕なんだけど」
「「え……?」」
エイダさんとアリスちゃん、固まっちゃったんだよ?……よゆう、なの?
精霊のボヤキ
――あんたは普通に黒蛇殺せるじゃない――
暴れまわるだろ、あれ。まともに戦えば、逃げながら魔術撃ち込みまくって、始めて倒せるくらいじゃないか。こいつら、必ず挽き殺されるって。
――それで、あんなこといったの?――
俺は生き残れるよ?残りが全滅するなら、意味無いだろ?




