12話 巨大イノシシ
前回のあらすじ:コソコソのぞき見。お巡りさーん!ここに変態が!
「ノーーーーーーーーン!!」
今現在、全力で逃走中。
追いかけるは、黒服のハンター……ではなく、冒険者でもない。
黒いイノシシ。体高2mはある。全長は4メートルに達するだろう。デカスギル。
狩りをしているときに遭遇し、いつものようにBangしてみたのだが、頭頂部を爆破する魔法なのに、爆破できなかった。で、ブチ切れて突進してきたので逃走、現在に至る。
――おー……体当たりで木をなぎ倒すって相当だね――
「落ち着いて言ってる場合か、イフリータ!そりゃ普通の猪でも、60kmで走って車に正面衝突して車壊しても、ケロッとしている事もあるんだけど!そんな場面リアルで見たことあるけどさ!」
当たり所もあるんだろうが、案外、普通の動物でも、結構とんでもないスペックだったりする。
というか、人間が弱すぎるだけなのだが。30kgの犬1匹でも、人間を襲うように調教すれば、ゴリマッチョでも色黒軍人でも負ける。武器が無ければだけど。
熊を柔道技で倒したとかいう話も聞くことはあるが、大抵熊としてはおとなしいツキノワグマが相手で、殺したのではなく、逃がしただけ。
ヒグマを殴り殺すボクサーって話にでもなれぼ、倒したことになる気もするが、現実には無理。実際、倒すイコール殺すじゃない。
つまり何を言いたいかと言えば、まともにぶつかれば、俺もこいつに負ける。下手すりゃ死ぬ。
俺はそんなガタイがいいとは思わないし、こいつのパワーからしたら紙以下でしかない。Bangも効いてなかったし、他の方法で攻撃とか、肉に傷をつけそうで嫌だ。
食えなくなるのは問題だ。
――ここまで来て食べる事しか考えないのねぇ、尊敬するわ――
アリガト、大精霊様。そんなウットリとした溜め息出されても照れるだけだぜ(棒読み)
なんておふざけをやっている間に、目の前に崖。聳え立つ崖。サスペンスとは違って、崖の下に追い込まれた感じ……逃げ道、無いよね?いや、右手は森だけど。あっちは確かさっきヒトが歩いていたし、そのヒトって、確か……
――どうする?覚悟決める?――
「やるしかねぇだろぉおおおお!」
俺はそのまま崖の方へ全力で走り、そのまま駆け上がる。当然途中で失速するので、ギャグみたいにカベを走って登れるわけがない。そんなことができる魔法とかも知らない。
だから、途中まで登って壁を蹴る。巨大猪の方へ向かうために。
「――――!」
猪が崖の前に来て止まる。別に崖に突っ込んでくれるならそれでもいいんだが。
止まればそれで済む話なのだ。止まってないとあれは当てづらい。
あとは、
「――点火――、Bang!Bang!Bang!」
失敗した時の為に点火しておき、頭を吹き飛ばす。確実にするため、3度。
流石に連続はきつかったのか、あるいは戦闘態勢になったのが影響したのか、イノシシの頭部がブクブク膨れ上がって異様な形になる。
……破裂はしなかったが、でも血しぶきは上がった。そしてそのまま倒れ込む。
「イヤッハー!モードフロスト!……アグッエグッアベシ」
空中で歓喜していると、猪の背、腹、地面へと叩きつけられた。受け身忘れてた。寝転んでいても世界が少し回ってる。
「なんで吹っ飛んだり吹っ飛ばなかったりしたかわからんけど、これで良し!狩れたからそれでよし!」
――点火だね、きっと。威力上がってたよぉ――
起き上がって猪に向かいながら疑問をぼやいていると、大精霊が答えを出す。
氷の剣を一本出し、喉を掻っ切る。心臓がまだ完全に死んでいないのか、勢いがいい。
案外、まだ完全に死んでないかもしれない。牛とかも血抜きしきらなきゃ死なないっていうし。
「なら大物相手の時はなるべくやっといた方がいいのかもね。さぁさぁ、解体の時間で……」
さっさと吊るして血を流し切ろうと思っていたその時、ハスキーな声が響き渡る。
「――サンダーボルト!――」
「あ゛あ゛あ゛あ゛!」
当たった。多分、間接的にだろうけど。
そして、昔聞いたことがある。
落雷の直撃を受けていても金属を大量に身につけていれば、死なないことがある。電気は抵抗の低いところを通っていく。
今、俺は体に氷を身に着けている。確か温度が低いとか気圧が低いと、電気通しやすいとか、無かったか?
頭頂部から足先までの複数個所に防具のように氷がついている。そこを重点的に流れて言った感じなのか、氷の接している部分の皮膚が異様に熱かった。
おかげで、俺は感電死も、気絶もしなかった。その分、体に通った電気で感電してるんだけど。
……この瞬間にここまで思考するとか、どうなんだろう?危険はまだ続いているんだけど。冷静なのか、現実逃避なのか?現実逃避だ、間違いない。
「ちょっと!危ないじゃないの!」
危ないのはどっちだ!点火してなかったら、俺も死んでたぞ!って言いたいのだが、声が出ない。動けない。……あれ、体震えてない?
怖くて動けないとか、そういうヤツ?
「あ…………」
声出てこれだけ。後ろ振り向くのにも、筋肉がギチギチ言って……おい、イフリータ。これって、
――麻痺、魔法に含まれてるっぽいね。悪いけど、アタシも動きづらい――
イフリータもなんか。マヒするんだ、精霊って。
それはとにかく、首を回す。森の方から、金髪のエルフが走ってくる。
「ちょっともぉ!」
俺のそばまで来て、しゃがみこんで俺を掴もうと手を伸ばしてくる。ヤバい、詰む!死ぬう!
「獣人君、なぁんでこんな奴に近づいたりとかしてんのぉ!こいつはねぇ!」
あ、捕まれた……と思ったら、体動いた!
「イイイイイィィィヤアアアァァァァァァァァ!」
とりあえず、振り払って全力で走って逃げよう、走った後は全開で氷の道とバリケード。あと、イフリータさん、やっちゃってください!
――もうやってるよぉ!仕返し仕返し!――
「ちょっと!獣人君!?」
――――――――――――――――
大精霊曰く、結界か何かに阻まれて、雪玉は届いても弾かれたそうな。ケージの方がよかったかな?って、そんなこと言ってる場合じゃない。
まず、あいつらは追って来ているのか?
――来てない、大丈夫――
よし、このまま離れれば、命は保証される。
次、肉はどうなったかだが、記憶にある限り胴の部分、わき腹の真ん中あたりに黒い丸が書かれたな、落雷で。
首の傷口の様子を見る限りでは黒く変色して、血ではなくて湯気が出てたな?
たしか、こんなのを聞いたことはある。落雷と同じエネルギーを持つ球電現象はヒトに当たると、皮は一部を除いて生、当たったところと体の中の肉が、黒焦げというか、炭になると。ちょっと眉唾だが。それと同じ事が起きたと?
――そうだね、大体そんな感じっぽかったよ――
……そこは違うって言ってよかったんですよ。ていうか、言って欲しかった。それってもう、喰えないじゃん。ただの炭じゃん。スミじゃん……
「ちくしょー!どうしろってんだぁぁぁ!……あ、ああ、あああああ!」
捨てる神あれば拾う神ありとはこのことか!愚痴言っているときに「ヤツ」と同じ匂い!同じ足跡!
「おぉなぁじぃっ!姿アアアァァァぁぁ!Bang!!」
途中で氷の道は切ってあったんだが、点火したまま走っていた。
そして、あいつは俺に今ようやく気付いたところで「落ち」た様子。つまり、戦闘状態だったさっきよりかは意識が弱い。簡単に当たってくれたし、絶命したし、肉も柔らかいはず!
「今度こそ!首切って、しっかり解体……」
「――エクスプロージョン!」
「んばあぁぁ…………」
開いた口が塞がらない。顎関節が外れてズレ落ちたかと思った。それくらい、開いた。おかげで変な声になったじゃないか。
目の前の肉が問答無用で、ぶっ飛ばされた。猪の上半身が消し飛んでいる。残りも火がついて燃えている。何が起きたのかわからないが、敵襲なのは確実か。
しかも現れた姿は騎士服っぽくないから、また冒険者らしい。
今度は……
「あれぇぇ、外しちゃった?」
なんか、これぞ妖精な感じの、背中に薄い羽根のついた幼女と、
「はああ?!使えねぇ、俺がやる!死ね、人狼!」
DQNだった。いつもの面子に一人加えてる。バカが短絡的に走ってくるので、とりあえず……
――カシャン――
「だああっ!また氷の檻かよ!」
サルは黙っとけ。考えず突っ込んでくるからこうなる。
――うわぁ、妖精は無理ぃ……――
あれ、妖精でいいんだ。イフリータさんは妖精がお嫌い?好き嫌いはダメですよ。お残しは許しまァ……いやそれは違うな。
――あいつら、精霊を踊りで無理やり使役したりするんだもん。攻撃はしてこないんだけどさ――
つまり、今のは大精霊が居たから外れてくれた、ということか?なんとご都合主義。
「畜生が!ケンジを放せ!」
と、矢をつがえる偽ロビン。え、DQNってそんな名前なの?知らんし興味ないから。というより改名して?全国のケンジさんに失礼です。
「――アイスフィールド――」
腕に生やした爪を地面に突き立てる。俺のマナをほぼ全開で地面に流し、氷の足場とバリケードや『要らんオブジェ』を展開する。
大丈夫、奴らは死なない。きっと多分。そして踵を返し、走り出す。
「勝手にやってろ、アホども!畜生、俺の肉ー!」
本当に、今日は散々だ。
開発していた奥の手まで使って、何とか生き残れただけ。
取れたはずの肉が全滅、だろうか?食べられるところ、残っていてくれればいいけど。
せめて帰り際に普通のトリ、キジっぽいやつとかいないだろうか?
そんなことを思いながら、逃げていく。大精霊が火のマナを吸収していたので、少ししたら魔法も使えるだろう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ちょっと!獣人君?!ちょっとぉ、どこいくのぉー……」
「エリナ、これ見て」
獣人君が離れていくのをショックを受けながら見ていると、リサがアタシを呼んだ。
あの子以外に大事なことって今あるのだろうか?うん、無い。無いよねぇ?
「だって、走って行っちゃったんだよぉ?流石に……」
「いいから、ここ見て」
言い訳しているアタシに、リサは指をさし、見るよう促している。その先は、猪の首筋。深い切り傷があり、そこが焦げている。少し、湯気も立っているみたい。
「…………どういうこと?アタシこんな……ぁ」
「頭にもね、ちいさい穴が開いてるの。何か、わかる?」
……少し顔が怖い。本気で怒る一歩手前だ。
「あの子、仕留めてたから近づいてたって事?でも、デビルボアだよ?あんな子供1人で仕留められるような……」
普通なら大人数人で倒す相手だし、ムリだと思うんだけど。リサはアタシに呆れているみたい。
「あの子、精霊連れてるんでしょ?魔術で倒したーって事じゃないのー?」
反対に回って見てみると、確かに頭にも亀裂が入って、そこから焦げ臭いにおいが漂う。攻撃した時には見えなかったけど、そういう事なのかもしれない。
「え、つまり、アタシ邪魔したって事?あの子がせっかく狩りで取ったもの、ダメにしちゃったのぉ?
ええぇぇ!どうしようリサぁ……あの子、代わりのお肉持ってったら許してくれるかなぁ?」
良かれと思ったのに、邪魔をしちゃうなんて考えていなかった。焦りすぎたかもしれない。
「その前に、逃げられちゃうじゃない。ちゃんと話をすることができるようにしないと。ね」
「えええ……どうしよぉ……」
狼狽えるアタシを、リサは肩を抱いて慰めてくれる。
「とりあえずー、このサイズのデビルボア相当のお肉って言うと、金貨5枚くらいにはなるよねー」
現実とリサは甘くなかった。アタシに買えって事?金貨1枚で1か月暮らせるくらいなのに……アタシはあの子助けたいだけなのに……何でェ?
――――――――――――――――――――――――――
「やっと、帰って来たぁ……」
――お疲れぇ。久々だねぇ、何も手に入らなかったの――
今日は残酷な、成果なし。
実際、狩りに行っても成果なしなんてざらにある。それでも少しの木の実とか見つかれば、多少はしのげるものだが、今日に限ってはそれすらない。
どんぐりとかないのかな、この辺り?バナナは少し離れたところにあったけど。
現在、第5アジト。森の中にある川べりの洞窟で、奥まで深く続いている。
かなり湿気ていたが、結界効果で湿気は粗方除去される。大精霊が持つ技はいくつあるのだ?万能じゃなくて全能(火に限り)じゃないのか。それだと全能は言いすぎか。
とりあえず、干し肉をしまい込み、少し口に運ぶ。
「そういえば、最近角ウサギ少し減ったな。狩りすぎたのか?」
――どうかねぇ?ウサギって、結構簡単に魔物化するからすぐ繁殖するよ?その中でも最弱だけど――
なにその四天王の中では的な言い方。とにかく、喰えるものが減るのは困る。成長期なんだ。たっぷり喰わねば……なんであろうと。
――芋虫はやめてね――
「イフリータさんあれ嫌いだね。味は悪くないんだけど」
――あんまりおいしくないし、あれも一応魔物だからね?――
……そうだったのか。んじゃ、あれが最弱でいいんじゃないんだろうか?無駄にでかくなっただけで攻撃力無いヤツ。はねるしか知らないコイみたいなやつと一緒じゃないか。
「……あいつら、あのまま帰ったのかな?少し、様子見てこようか」
――未練がましい、けど……分かるから何とも言えないなぁ――
ですよね。あれだけデカいんだ、ちょっとの爆発くらいはなんてことないはず。
そしたら、もも肉かどこか使えそうなの余ってそうだ。もしDQNが残っていたら、もういい加減切り刻むが、いいよね。どうせいつまでも追いかけてくるし。
――アイツら、エルフが来ない限りのろのろ追っかけてくるもんね。いい加減やっちゃおう――
「そして、全員スライムの刑に処そう。そうしよう」
餓鬼だったら絶対口だけになる事を、大精霊と共に決意する。
地味にうざいし、そのくせ危険はあるんだ。やるならやってやる。「銃を抜いたからには命を懸けろよ。そいつは脅しの道具じゃねぇ」って言ってやる。この世界に銃ないけど。
そして決意とともにまた走り出した。
結論、あいつらいなかった。エルフが見つけたのかもしれない。あと、後ろ右足のもも肉だけは、ひと塊だけ食えそうだった。……はぁ…………。
余談:主人公の口にしている虫。ジャイアントモスの幼体。成体になると毒の輪粉を撒き散らします。痒いとか、痛いじゃ済みません。肌が溶けたり腐敗します。意外と危険。




