12話 晩餐
前回:――ヘンタイ、現る?――
ケンカみたいになりかけていた会話が止んで、料理が並び始めた。さすがに、さっきのは話が続かないと思うし……みんなの前に、ナイフとスプーン、フォークが並べられる。その後、可愛いお皿が置かれた。
「何これ……小さいお菓子みたいな……」
お皿にチョコンと乗っている四角い、透明なモノ。絵みたいにキレイな形がお野菜で作られてて、枝みたいなものが飾ってある。食べれるの?
「アミューズ、簡単に食べられる保存性の高い物や、作り置きした食べ物を出す、食事の準備の為の料理だ」
「……お通しか?」
ヘンなヒトがヘンな事言ってる?
「まあ、同じだよ。それよりお前が、お通しを知っている方が俺には驚きだなあ」
「いや、父さんがお通しがあるのがおかしいって……」
「ああ、日本人の心を知らないバカな話、という事だな。
お通しは自分の店の味はどのレベルか、どんな味かを証明する物としての一面があった筈なのに、一般的になり過ぎた上に、庶民が贅沢を言い過ぎるようになって、有っても無くても変わらなくなっていたし。
お通し料なんて口実で、金を手に入れる道具にもなっていたけど、それが無ければ酒の値段上げるだけだし、意味があるのか分からない存在だな」
……2人の間で分かる事なのかな?よく分からないんだよ。
「因みにこれは、鳥肉と野菜を煮た物をスープで固めた、煮凝りと、カラギ菜とイワシのマリネだ」
「これ、断面が随分綺麗な形を取っていますけど、何かの形を模していませんか?花のような……」
「……うん、華と木の実を意識して、重ねて飾ってみた……」
……みゅう煮凝りって言うの、キレイな形なんだよ。あの子はこんなゲイジュツみたいなことを考えてやれるんだ……?みゅう。
「しかし、これを先の時間だけで作るのは、不可能であろう?一体、何時作っていたのだ?」
「ああ、昨日の夜の時間で、基本的な材料を作ってあったんだ。他の料理にしても、ある程度仕込んでいた。魚だけは、さっきギルドで、肉と交換してきたんだけどね」
おさかなあるの?!最近パンばっかりで、飽きてたからうれしいんだよ!これも、トリだって言ってたし!……ゼイタク?
「一応、フレンチみたいに順番に出すつもりだったけど、皿を下げる前に先に次の料理出すぞ。さあ、食べてくれ……」
「ギンロー、つぎのりょうりは?」
独り、全部食べちゃってる子がいた……みんな見た目がきれいで、楽しんでたのに。
「ハルはそうだろうと思ったから、大盛りだったんだが……次、オードブル、冷菜。カルパッチョ。魔牛のスライスにオリーブオイルを掛けただけのものだ。ワインと交互に口に入れてくれ」
急いで食べようとしたその子を止めて、ワインを勧めてる。2人がみんなのテーブルに皿を置いて行った後に、ワインをグラスに注いでる……グラス、ガラスで作ってあるし、青くて飾りがついてる?高いヤツ?
「魔牛を生、か……こう云う物も、中々口にはできまいな」
「……カルパッチョって、魚じゃないのかよ?」
「魚だけだと思っているのは、日本人だけだぞ?サケのカルパッチョは美味いけど。牛肉の方がセオリー、それが西洋の常識らしい」
……さかなもあるのかな?そっちでもよかったんだよ……?
「みゅう……これ、贅沢な味なんだよ……」
「さらに、オードブル、温菜。クロックムッシュ。硬いパンにモッツアレラ、ハムとガーリックバター、トリュフというキノコを重ねて焼いた……ちょっと温度下がったな。温めるか」
なんか説明した後、手から火を出してる……魔法、便利だね……。
「ヴァン……トリュフなんてあったのかよ?」
「この間、森中獲物探して、走り回ってた時にね。猪の野郎なら、あの匂いを嗅ぎ当てるのは当然だろうさ。俺も覚えた」
……イノシシが見つけたものなんだ?キノコの薄切りなんて、見たこと無い。それに、ちょっとヘンなニオイ。
「なんや、どんどん出てきよるけど……これだけで胸がいっぱいになりそうやな……」
「確かに……最近、黒パンくらいしか食べられない生活だったのに、こいつらといると、豪華になりすぎる気がするわ……孤児院でも、たまに肉とか魚は出たけどさ……」
こんなに出てきたこと、無いよね。量は少ないけど、今、前にある料理だけで、一日分のご飯の量になりそう。
わたし達は、食べていいのかわからなくて、あまり食が進まない。
「次、スープ」
「なにこれ?なにもはいってないよー!てぬきだー!」
なんか、透明の何も入って無いスープ。なんで?……ここまでお野菜とお肉が出たから?
「馬鹿め、コンソメスープと呼べるものは、具材など入れん。むしろ、入れた時点で別の料理だ」
「いや、普通入れるんじゃないのかよ?コンソメの素とかどうなんだよ!」
「知ったか乙。あれはブイヨン。ブロードとかフォンとか言われる物。つまり、出汁。ポテチとかも、出汁味って言った方が正確なんだよ。ウソだと思うなら、コンソメの素だけでお湯で溶いて、三ツ星店の味を再現してみろって話だ。
本物のコンソメは、その出汁に玉ねぎやカラメルなどを使って、味わいと色を調整して作る物だ。そもそも、コンソメという呼び名は、完成されたものという意味なんだからな。
これは1つのスープの、完成品なんだよ。完成品に他の物を足すのは、邪道とも言えよう」
なんかカッコつけて話してるけど、スープなんだよ……何も入って無いのは寂しい気がするけど、オイシイのは本当だね……?
「次、桜魚のポワレと練り芋のムースリーヌ。ムースリーヌは芋を茹でて裏ごし、バターとミルク、生クリームを入れて混ぜたもの。
とろりとした旨味が芋と魚、それぞれからする。その旨味がワインと合うはずだ。一緒にクルミのパンを添えておく」
さかな、きたんだよ!……高そうだけど。ちょっと飾りに、お野菜と木の実もあるけど……クルミのパンって、聞いた事ないんだよ?……これだけで、わたしは、ごはん充分だと思う。
「この魚、なんでピンク色なんだよ……皮も実もピンクって、どんな魚だよ……」
「フム、ユータは実物を見た事が無いのかな?確か、共和国の首都で多く水揚げされる物の1つの筈だが」
「こいつは魚は嫌いじゃないけど、種類を知らないんだ。それに、これは高いだろ?臆病者には手が出ない物なんだよ。だって、鯛だし」
「タイなの、これ?!うっそおお?!」
……タイって何か知らないけど、オイシイね。どれもおいしいけど……どれも高いのかな?
「……そこの3人はあんまり食が進んでないけど、大丈夫かあ?食わないとチカラ出ないぞ?」
こんな、おいしいけど高そうなのは、あまり食べ続けられないんだよ……さくら色のおさかな、おいしいけど……。
「ウチらは孤児院出身やしな、ちょっとくらい、ひもじくてもかまへんのよ……お腹いっぱい食べるなんて、それこそ、夢やったしな……?」
リリーちゃんが言った言葉で、みんな黙っちゃった。ウソはないし、悪気もないんだよ。でも……
「でも、ここは孤児院じゃない。冒険者の仕事もタフだから、エネルギーを必要とする。今までは難しかったとしても、今は俺が身柄を預かってるんだ。タダ飯なんだし、食えるだけ食え。
それに大事な事が、あと2つある。美味いか?そして、会話を楽しんでいるか?
これが何もない食事は、つまらないだろう。豪華でもひもじくても、そこは変わらないはずだ」
分かるんだけど、でも……
「なんでアンタは、こんな普通にしていられるの?高い料理が出てきて、普通にしていられないでしょ、分からない?
……アタシは、確かにこういう……お金があって、良い家に住んで、美味しい食事して、みんなで幸せに過ごしたかったけど……」
「……俺は住む家は、洞窟でもいいんだがな?真っ当な神経している奴は、お前の気持ちがよく分かるはずだろう。
そして、それは羨望の的で叶わない事が多いけど、持つと別の面倒も相手をする事もあるんだ。それが嫌で、ヴィンセントは冒険者になったって言うんだしさ。それは我儘じゃないと、俺は思うけどね。
こんなデカくなくても、ちゃんとした家に住んで、普通に食事しているっていうだけで、どれだけ幸せなんだろうな?」
「なんで、あんたが……」
そうだね。孤児院に居たんじゃないのに……
「俺も、家族というか、一族に捨てられたのは事実だし、ユウタは帰れないんだ。お前らと境遇は違うけどな。
俺の場合、捨て方が計画的な気がするし、目論見がありそうだ。
ユウタは、偶然迷い込んだだけ。親がどうとか、関係ない。
その上で、高い食材を買って料理しているのは、俺だ。理由は単純。高くても安くても、美味ければそれでいい。美味ければ、それが食の正義だ。俺は理屈が多いが、究極を言うと、美味ければ何でもいい。
ついでに、俺は料理するときにも、栄養価を少なからず考えている。身体をより、活かすためだ。
食べる事で、心も身体も、生きる力を得るんだ。身体が生きて、心が活きる。それらが成り立って始めて、生活が成り立つんだからさ。
次の料理はジュレだ。全部の前菜から魚料理が終わって、それからこれを口にしてくれ」
ヴァンくんなりの、考え方かな?分かるような気はするけど……ちょっとづつ出てきていた料理、プルプルの透明なもので、閉められるのかな?
これを食べたら、終わり……?みんな、全部食べおわって、ジュレって言うのを口にした。味がさっぱりしてて、プルプル。ちょっとだけ、しょっぱい?
「そして、メインディッシュ。今回は白ワインしか手に入らなかったから、それに味を合わせて作った。
この間の狩りでの最大の獲物、デビルボアの角煮、塩味だ。ルーカン鳥の茹で卵と一緒に煮込んだ」
「ってここだけ和風かよ!」
終わりじゃなかった……なんか、ウルシャイヒトは騒いでるけど……これって?
なんか、見た事のあるような……ちょっと口に入れてみる。
「みゅ?!食べたことある味!なんか、凄く懐かしいんだよ、これ!」
「懐かしいって……孤児院でも、何回か似たようなの出てきてなかったっけ?」
マリアちゃんは普通に食べ始めちゃってるけど、リリーちゃんも手を止めてる……あの事、思いだしちゃったのかな?
「まあ、俺が作ってるのを調理場に教えたら、あっという間に街中に広まったらしいしな。作り方は簡単だけど、ワインや蜂蜜酒を使うのが、一般人にはちょっとネックなんだよな……」
「ここ数年で広まった料理とは聞いておりましたが……あなたでしたか、作り出したのは」
「ええええ!日本の料理じゃんか!こいつの手柄じゃなくて、日本の手柄だろ?!」
にゃんでウルシャイのかな、このヒト!……どうでもいいんだよ、全く!
「ああ、それでいいから。実際、それを調理場に教えただけで、俺は得をした訳でもなければ、羨望なんてものも受けてないしな。お蔭で、波風立たなくて穏やかだよ。有難い」
「なんで無双ネタ普通にやっててそんな地味な存在なのがいいのかな?目立とうよ!」
「バッカ、そんなことしてみろ。半端な知識だったら、確実に途中でネタ切れになって、絶対に飽きられる。
飽きられないような努力っていうのは、ネタを作り続けられて初めてなんだ。ガチの料理人でなきゃ、無理がある。
一発屋芸人になりたいなら、それでいいがな?」
「無双ネタをそう思ってたのかよ??!」
「……ウルシャイ…………グスッ」
「ミーシャ?…………泣いとるん?」
みんな、分からないだろうけど…………わたしには、大事な味なんだよ。忘れちゃ、いけない……あのこと…………忘れたら、ダメな……
「えええ!なんでここで泣きムギュ……」
「ユウタ、ここは騒ぐところじゃない」
「フム、何か昔の事を、この味で想い出したのだろうか?穏やかな味わいだが……」
「ごめん、ここはあまり触れないであげて……アタシらには、大事な事なんだけどさ……」
あの子の事、絶対、忘れない……あの日……スラムで一緒に…………孤児院でも、それに…………あの子は、このおにく……シアワセ、って……
…………シアワセ…………?
「フミャア?!思い出した!スラムで、このおにく、あの子と分けて食べたんだよ!?さっきまで、思い出せなかったんだけど、思い出したんだよ!
……あの子がくれた、あの子の好きな、シヤアセのお肉なんだよ!」
ずっと、思い出せなかったことが、ちょっとだけ想い出せた。忘れちゃいけない事が、あの子だったのに!……名前なんだっけ!?
「ミーシャ、あの子って……」
マリアちゃんとリリーちゃんが、わたしを心配して見てる。けど、考えている子が違うんだよ。同じ子もいるけど、違う子もいた……ハズ?
「えっと、あの子って2人の知ってる子と、そうじゃ無い子で、それであの、えっと、知らない子の方が、このおにくをくれたの!」
「……おにく、くれる子って何?」
ハルちゃんが首をひねったまま、こっち見た……みんなわたしの方見てた……ハジュカシイ……みゅう。
「ヴァン、何か知ってる?彼女が言っている事って、ヴァンくらいしか思い当たらないんだけど」
「ああ、森で暮らしてたんだもんな。スラムとか、ちょっとくらい分かるんじゃないか?狩りしてたんだし……」
「さあ、何を言いたいのか、よく分からなかったし。
狩りはしていたけど、スラムで命狙われ始めてから、あまり1ヶ所に滞在できるものじゃなかったんでね。それに、あの子って誰だろうね?」
「うーん、ヴァンじゃないなら、誰かそういう人が居たのかな?」
みんな、ヴァンくんだと思ったみたいだけど、にゃんで?ヴァンくん……だったのかな?
「ヴァンくん、なの?……その、おにくの子?」
「……俺はオオカミですが、何か問題でも?お肉は好きだけど、お肉の子供じゃないですよ?」
……ふざけてる。みゅう。
でも、違うのかな?それでも、忘れちゃいけないはずの事を、思い出した。あの子はたまに、こういう料理をくれていたはず……なんで忘れてたんだろう?
小さい頃の事だし、その後も色々あったけど…………ヴァンくんが、あの子だったら、もっと嬉しいのに。
精霊のボヤキ
――何をトボけてるの?――
いや、あの子がどう、といわれても、何を見たでもなし。
――森で作ってた料理なのに――
本人は忘れていたみたいだし、自分で言っていること、多分理解できてないだろ。
――これ、話流す気?――
ドヤッてどうなる?それこそ意味無いじゃないか。下らない自尊心だよ。自慢する奴は、馬鹿な餓鬼だよ。




