4章 エピローグ
前回:――クサい演説、うるさい飲兵衛、玉乗り狼――
宴が終わって、次の日は気持ちが悪くて、一日中寝てしまった。
宴は、食が進まなかったが、それでも少なからず口に入れ、飲み込むように酒で流した。そしてそのまま、朝日が街を包むまで、彼らと共に飲み明かした。
銀狼……ヴァン殿の語るように、少々私は固すぎたらしい。多くの人に、肩の力を抜くよう諭された。
成程、考えてみればここ数年は、継承争いで長兄と競う為に、それ以前から上位の貴族である事を理由として、肩ひじを張って生きていた…………それも自ら、疎ましく感じていたのだが。
「ヴィンセント様、おはようございます。ご気分は?」
何時ものようにエプロンドレスを身に纏い、落ち着いた物腰の彼女は、朝早くから何時ものように、仕事についていたらしい。
普段着のモーニングに袖を通し、気分を伺う事にする。
「ああ、問題ない。君は大丈夫かい?宴では、全く食が進んでいなかったようだったが」
「はい、少々辛い気持ちは残っていますが、それでも少しづつ……」
騙る彼女は、少し顔が蒼い。普段通りという程では無いのだろう。彼女は、心が強い訳では無い。
私もそうだ。誰かに頼るのが癖になっていて抜けない面があるのだ。自立しなければ、と思う時もあるのだが……
「ハルはどうしているのかな」
「彼女は、庭の芝刈りをしています。どうやら、あの武器についていた機能の1つが、草刈り鎌状のマナの刃を作る物だったようで。それを使って彼女は、あの武器で芝を刈っています」
……彼は武器に何を付けているのだろう?しかし、あの武器や盾のお陰で、確かに助けられていた。聞いた話では、彼に救われたのは、下水道内にいた冒険者の、殆どがそうだったようだ。
1人だけが生き残ったチームは高を括っていて、アンデッドラットが来ても不用意に攻撃を放ち、部隊のバランスを崩した結果、1人目が肉を削がれたらしい。
それを見た者達は慌て、殆どの者が食い殺され、最後の1人が、盾の結界を使って生き残ったそうだ。その者は、自身がやった事に、涙を流していた。
残りのチームも、アンデッドラットと遭遇していながらも、その中で彼が来るまで、盾の結界の中で全員で応戦した者達と、遭遇せずとも障壁を利用して攻勢を強める事で、何とか乗り越えられた者達ばかりだそうだ。
彼の用意した盾が、如何に有用かが解る。
ハルにしても、防御の陣営の中に侵入しようとしてくるラットやローチは、彼女の手によって叩き落とされていた。それもほぼ、打たれた箇所が、不自然な程に陥没しながら。素手ならば、それ程にはなるまい。
「1つ、考えていた事がある。君たちの意見も聞きたいのだが、良いかな?」
宴の最中に、ふと思いついただけなのだが、これだけで、随分と生活も変わろうものだ。
上層街の一角にある、部屋数だけでも20程はあるこの屋敷は、一介の冒険者の住む物ではない。貴族の物だ……それは、今の私には、身の程に合わぬ物であろう。
「彼らもここに住めないか、打診してみようと思う」
―――――――――――――――――――――――
「うわあ……豪邸じゃないか……こんな場所で質素とか、引くわ……」
狩りで朝方帰ってきたところで、ヴィンセントに屋敷に来て欲しいと言われ、良く分からないまま連れてこられた。アリスとおまけのユウタも一緒だ。
豪邸というか、漫画で見るような宮廷のような……俺だって、今の財力なら買えなくはないけど、買ってもしょうがないし、無視してた。
――しょうがないって言っても、お金の使い道は食材買うくらいでしょぉ――
こら、精霊さん。食べる事は生きる事、大事なの。家はとりあえずあればいいじゃない。贅沢する必要は無いの。
――ケチィ――
あなたのお家は、俺のアホ毛でしょ。ってそんな事言ってないで、何で呼んだのか聞いてみなきゃな。
「で?この豪邸に俺を呼んで、何するのさ。まさか掃除してくれとか?」
先導していたヴィンセントに話しかけて、反応を見る。どうやら昨日あたりで、何か心境の変化があったようだ。
どこか、憑き物が落ちたような、一昨日まであった堅苦しさが抜けている……緊張していたのもあるんだろうな。
――仮にも貴族だったんでしょ?そりゃ、気を張るってぇ――
「宴の後、考えてみたのだ。肩肘を張るのも、疲れて仕舞っていてね。そのように思った処で、ふと考えたんだ。
あの宴のような騒がしい環境は、意外と心地よくて、気取らない者達の抱擁感が堪らない。どれだけ悲しい現実を前にしても、あれほどの喧騒だ。悲しみを、掻き消してくれる。貴族には無かったものだよ」
言わんとするのは分からなくはない。何しろキチガイばかりですから。
――あんたもでしょ?――
そうです、しってます。スイマセンデシタ、畜生!
「それはいいけど、酒場はいつもあんな感じだぞ?極論、ギルドに住んでる俺みたいな奴には、日常でしかないしな」
「あれが毎日って……ヴァン、いつも料理してるの?宴の料理も、ヴァンが作ったんだって聞いたよ」
アリスさん、言わなくていいです。黙ってるユウタを見習……わなくていいね。デカい庭に噴水、その周りに馬車用の道、屋敷はでかすぎ、その脇に厩もある。厩には馬とかいないけど。
その庭にある樹木も、複数種類があり、花が咲き誇っている。ナンバーワンは無さそうだ。この光景を見て、ユウタのヤツ顔が真っ青だ。ビビる事じゃないがな?
「そうなのか。いや、申し訳ない。あまり食べられなかったものだから」
「最初はそんなもんだよ。ヒトの死を見て平然としているなんて、精神異常者なんだって」
「ああ、だから……と云うのも違う気がするが、この屋敷に住んでみないか?好きな部屋を使ってくれて構わない。チームの者と共に、生活してみようかと思うんだ」
と、容疑者は申しております。
「ってなんだそりゃあああ!何故いきなりそんな話になる?そりゃギルドの酒場が居心地良いってのは判ったが、それとこれとは違うだろ!」
はにかんだヴィンセントと、すまし顔のエイダ、目を白黒させているアリス……ユウタは白くなってる。そろそろ、灰になってサラサラ風に乗って、飛んで逝きそうだ……うん、逝ってらっしゃい。
「ああ。だが、私はもう貴族ではない。身に合わない屋敷に3人で住むのも、少々違うのではと思ってね。どうせなら誰かを招待して、共に住もうかと思って」
いわゆるルームシェアだ。いや、この場合はハウスシェアか。夢を語っても、結局夢に終わるのが現実。
こういうのを夢見ても、現実にやってみると、案外想像と違って泥臭いのが現実だが。なぜそんな事言えるか?前世で経験済み、以上。
「第一、エイダは俺の事、信用できないとか言ってなかったか?それに一緒にいないけど、ハルはどうなんだ」
「ハルは今、草刈りをしてます。貴方の渡した武器についていた、草刈鎌で。ワタクシはヴィンセント様の意見を尊重いたします。それに、貴方の事を信じてもよいかと、考え始めていますし」
どこから信用されるに至った?
――あの、うさん臭い演説の最中に、なんかはっとした顔してたねぇ。あのタイミングじゃない?――
イフリータさんよく見てるなー。俺は全然気づかなかった。何言うかで、一杯一杯だったよ。
それと、勘違いが1つ。
「一応、あの鎌は戦闘用なんだがな?突き刺すなり斬るなりで、止め刺す用。まあ、どう使うかは使用者次第だから、好きにすればいいけどさ」
どうしてあの子、草刈りに使っているんだろう……使えるには使えるが。鎖分銅を付けて闘う、戦闘用の鎌を元としてるから、ちょっと違うと申したい。
「まあ、そこはいいとして、本当にここに住めと?」
話しながら歩いていたので、デカい玄関の扉の前まで来てしまった。この屋敷の敷地だけで、アリスの村くらいの規模になるだろう。デカスギルワ。
「ああ、もし良ければなのだが、どうかな?私としては、是非お願いしたい」
そう話しながら、ヴィンセントは扉を開ける。
どこかの大きい図書館のエントランスホールのような、一作目の定番ゾンビゲームの屋敷とか、そんな雰囲気の空間が広がっている……ギルドのエントランスより、広くないか?
目の前の大階段から、左右に更に、階段が伸びている。うん、どっかの映画の、パーティとかで見る、魅力的な人が下りてくるあれみたいなヤツできそうだ。やらなくていいけど。っていうか、そんなもんマジに家に作る馬鹿って、いるんだな。
流石貴族……気取り過ぎだ。買ったヴィンセントも負けず劣らずか?少し毒気は抜けたから、ましにはなるだろうけど。
ちらと、アリスとユウタを見る。アリスはここまで緊張しているだけだったが、そろそろ挙動不審になり始めた。ギルドの師匠の部屋でさえ、ようやく慣れ始めた頃合いだったんだ。最初はちょっと固い顔していたし。
ユウタは、師匠の部屋が高い物で溢れているって気づいてから、ギクシャクした動きだったけど、ここまであからさまな高級住宅には、追い付けなさそうだ。どこまで小心者なんだよ。
「俺はいいけど、こいつらはついていけてないぞ?それに共同生活には、トラブルがつきものだが、それを考えているか?」
「ああ……申し訳ない。こちらの勝手で……行き成り過ぎたね。だが、検討しては頂けないだろうか。それぞれの個室を持てるし、自由に部屋を使ってくれていい。私は、仲間と生活したいんだ」
「ムウ……しかしなあ……」
「あ……うーん、あの……ヴァン。ワタシも、皆で生活するの、良いと思う」
悩む俺に、珍しくアリスが、自分の意見を伝えてきた。そういえば、この子最初に会ったとき、友達を欲しがってたしな。
――どっちかって言うと、あんたをペットにしたいとか思っていたり?――
アリスにはそれは無いでしょ……ないよね?
「うーん、まあ、アリスがいいなら、別にいいか?俺は、どこで生活しようと関係ないし。どうせなら、森の洞窟で生活してやろうかとか、考えていたくらいだし」
「それはどうなんでしょう。せめて街の中に居た方が、良くありませんか?」
Oh、いつもならここでユウタが突っ込むんだが、エイダに静かに突っ込まれた。周りに苦笑いが漂うだけにとどまったよ。
「ユータ殿はどうだろう……ユータ殿?」
「こいつには畏まらないでいいよ。訳わかんない理由で、勝手に放心しているだけだから」
いつの間にかへたり込んでいたユウタは、放置で。
――つまりいつも通りね、分かる――
「否、そうは言ってもだね……やはり、彼も仲間なのだし……伺うのは通りだろう……ユータ殿?」
声をかけても、エントランスに座り込んで、動かないユータ。蚤の心臓ここに極まる、ってとこか?流石に全く動かないので、ヴィンセントも諦めたようだ。
「ああ、そしたら当面ここで住んでみるとして、師匠の部屋の掃除を頼んでおかないとな。俺らの使ってた部屋の引き払い登録をして、それから荷物か。空間収納に移動させればいいとして、全体的に終わったら、厩があったな。狩りで馬借りていたけど、使わせてもらっていいか?」
話ながらヴィンセントについて行く。行き着いた部屋は、食堂のような場所だろうか。長いテーブルに、赤いクロスがかかっていて、花が飾られている。
壁際にも、タペストリだの銀の食器だの、いろいろ飾られていて、隣の厨房に繋がっているであろう扉が奥にある。廊下側の壁に、柱時計のようなアーティファクト。そのまま、時計なんだけどね。高い奴だ。
「結構、色々契約などがあったのだね。厩なら好きに使ってくれていい。流石に、全員で面倒を見るのは大変だろうが……」
「多少、面倒の見方は知ってるから、何とかなるよ。何しろ、研修として1月だけだけど、牧場で教えられながら、住み込み生活したことあるからね」
師匠は本当に、俺1人でできる事の数を増やしすぎだ……感謝しているけど。もはや、冒険者じゃない。万能者だ……何だそれ?
――自分で言ったんじゃん、全く――
「ヴィンセントさまー、バカがほーしんしてるけど、どーしたの?」
バカの方向を見ながら、首を傾げつつハルが部屋に来る。まあ、そうだろうな。
「ああ……あれはだね」
「あれは無視してたら、勝手に元気になるからほっといていいよ。それより、厨房使っていいか?お茶にしよう」
立ち話も何だ、お茶でも用意しよう。リラックスは必要だ。厨房であろう扉に向かう。
「うーん……ヴァン、適応力高すぎない?」
そうだろうか?そうだとしたら、生存能力が強いという事だろうな。
――何も考えてなくて、鈍感なだけじゃない?――
何とヒドイ。イフリータさん知ってるでしょ?バカはバカなりに、考えているんですよ。そうです、俺も馬鹿です。悪かったですね、畜生!
――自爆、乙ぅ――
「あ、ギンロー。ハルがやるー!」
俺の行動にハルが飛び出し、我先にといった感じでドアを開いた。
「いやいや、お茶は俺がやるから、ハルはお菓子を用意してよ」
「えー、おかし買ってくるの?」
「え、それなら作ろうか?何がいいかな……」
なぜか厨房についてくるハルは、人懐っこく嫌味が無い。中身、子供のままなのかね。はて、どこかから苦笑いしながら見る目線が?また例の分からない視線か……
――いや、後ろからだよぉ――
……なぜだ、納得できん。お菓子を作るのはおかしくないだろ。簡単に、メレンゲの焼き菓子にでもするか。
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ギルドマスターの自室にて、例のアーティファクトを差し出す。自分の持つこの球体に、彼の目が鋭くなった。
「これが、地下墓地にあったと?ホウ……」
呟きながら、彼は手に取り、球体を眺め始めた。しかし、その直後に球体にひびが入った。これは一体……マスターの魔力殺しの影響か?
「フム……エリナ君が報告に挙げていた、スフィアの変化した姿の物と、よく似ている。もっとも、こちらの方が小型のようだがね」
険しい顔で、彼はアーティファクトをテーブルに置いた。一体、何だというのだ。
「それはつまり……?」
「……これまで、銀狼が相手をしていた者が、直接街に攻撃を仕掛けてきたという事だよ。彼には既に十数回、このアーティファクトの相手をして貰っているが……これから攻め方が、変わるのかもしれないね……」
それは言い換えれば、今までの方法が通用しないという事なのだろう。いや、むしろもっと早くそうなっていて、おかしくなかったくらいなのだ。
「そうとなれば、容易には行くまい……もっとも、あの子でなければ解決できなくて歯痒かった者からすれば、嬉しい事だろうがねぇ」
彼は嗤いながら、こちらを視る。悔しいが、確かに歯痒かった。包囲網を敷けば、後は縮めていくだけと思って進んでみれば、どういう訳か、知らない間に隊列がばらけて離れてしまう。
あの範囲の中を確実に通れたのは、彼を含め、獣人の者だけだった。
「しかし、今度はどうなるのでしょう。こんな小さな物なら、街中でだって……」
「恐ろしいね。対策を考えるとしよう……彼は独り立ちしたばかりだ。これからまた大変だろうから、彼以外の者を集めるとしよう」
大変、という事も無いだろうが、彼はこれまで、必要以上に、深い世界に関わりすぎた。少しくらいは、休ませようという事だろう。
自分は一礼をして、マスターの居室を辞した。
精霊のボヤキ
――ここに住むにしても、小屋が無いよね――
……どういう事?
――そりゃ、アンタの小屋でしょ――
犬小屋ってか?!俺はオオカミだっての、畜生!




