10話 森の小さな料理人
前回のあらすじ:新技&エルフは助けたい?
随分と雨が多くなってきた。その中で、
「――Bang――」
俺の声が響いたその直後に、倒れ込む1つの体。
ブルーベリーっぽい木の実を食べていたイノシシは頭を内部から割られて絶命している。
この狩りの方法にも随分慣れてきた。気取られることなく、近づくことで確実に狩りに行ける。後は、近づいて気付かれなければいい。
「しかし、雨で匂いが流れてるから、探すの大変だな」
――仕方ないよ、雨季だし――
実際、スコールかゲリラ豪雨かってぐらいに振る時もある。しかし、どういう訳か、あの荒野のような場所一帯に向かうと雨がほとんど降っていない。
――水の精霊がずいぶんと偏ってるみたいね。それでこっちばっかり森ができるの――
「つまり精霊が天候を片寄らせてるのか。火のある場所に火の精霊で、水のある場所に水の精霊、じゃないんだな」
前世で誰かが言ってたフィクションの内容だ。フィクションだからあまり細かく突っ込んでもしょうがないと流していたんだが。
――ならアンタの頭の上にいるのは何よ?アホ毛の精霊?――
自分でそんなこと言わんでください。自虐ネタなんて……
――実際、火があれば精霊がいるとして、いつ来るのよ。火が付いた瞬間生まれるの?火が消えたら、死ぬんだ。ああ、アタシってなんて薄命――
イヤミったらしく悲劇のヒロインごっこしないでください。
「実際、行動を制限して遊ぶゲームから来た考えとか、人が考えていた妄想の類だろうからいいんだけどね」
しかし、その地にいる精霊の種類や割合の違いで、実際に土地ごとに変化ができているのは事実のようだ。
現在滞在中の荒野の第4アジトはあまり雨が降らない。
まぁ、降られても困る。塩が溶け出して、落盤とかされればアウトなのだから。
森で狩りをして、肉を最低限処理、アジトに持ち帰り、調理だ。
――そういえば、ゴブリンの奴でヨロイつけて、お金持ってる奴いたねぇ。アイツらまともにヒトの世で生きていく知識ないくせに……何だったのかなぁ?――
知識や知能というレベルで言えば、ゴブリンはチンパンジーに劣るようだ。ニホンザルと比べても変わらないか、あるいは下か。そのぐらいらしい。
――だれかにテイムされることはあるみたいだけど、稀だしね――
「いや、誰がテイムするんだよ、あんなヤツ」
解体しながら、下らない話に花を咲かせる。
このイノシシは、まだ親離れしたかどうかぐらいなのだろうか、まだ小さい。もしかしたら、離れる前に親に旅立たれたのだろうか?
……それだったらなんとラッキーなんだろう。親が居たら絶対面倒だった。
「それと、ブルーベリーっぽいこの木の実もまた回収していくか。蜂蜜も雨が降り出す前の頃に結構回収してあるし、いくらかジャムとか作れるだろ」
解体が粗方済んだ状態で、俺は木の実を見る。
本物のブルーベリーなら乾燥と多湿に弱いとかいうのだが、よく似ている実をつける割に、この辺りにちょいちょい生えている。
この雨に耐えられるとか、どんなだ?別種にしては、見た目が似すぎている。味も、ほぼ同じ。少し渋いが。
――またあれ?作ったのに全然食べてないじゃん――
「意味は分かってるでしょ?保存食だし、あれだけじゃどうにもならないし」
料理に使うのなら、いくらか方法はあるだろう。それでもフレンチ料理のソースみたいにして使うにも、状況も材料も問題がある。
何はともあれ、ウサギの革で自作した革袋にブルーベリーもどきを摘み取り入れていく。
袋がパンパンになれば有難いのだが、それには高い位置の実も取りたい。そのままでは取れないか。氷を足場にしてみようか。
「バリケード」
――いや、そこまでする必要ないから――
なんか突っ込まれた。まぁ、それならそれで諦めるっていうか、ここで打ち止めにしてもいいかもしれない。
アジトにある分と今ここにある分で、大瓶のジャムくらいはできそうだ。蓋も作っておこうか。
蜂蜜を回収したときに崩したハチの巣がある。かすにしてほったらかしだが、それを煮込めば、蜜蝋が手に入るんだったか。あれば便利だから作っておくことも考えよう。
解体と言っても、主に腹わたを抜いて洗っただけ。しかも雨で勝手に流されていくので丹念に洗った訳じゃない。
それを剥いだばかりの皮で包み、背負って第4アジトに戻る。
――――――――――――――
こちらは酷くないとは言っても、霧雨くらいは降るみたいだ。いや、もはや普通の霧って言った方が正しい気がする。
腸などをしっかり洗って汚れや臭みを流し、塩に付け込む。ほとんどの肉も、同じく塩を擦り込んだ。このまま放置すれば、ハムやパンチェッタのようになるはずだ。
――鍋、良い感じになって来たよ――
大精霊の報告で、塩漬けの作業を中断して、鍋を覗き込む。今やってるのは、バラ肉の塩ゆで。下処理だ。
――ここからどうするの?――
「充分あく抜きはできてるね。そしたら出し汁を入れてもう一度、今度はハーブ類と岩塩で煮込む」
言いながら、水を入れ替える。
こっちは比較的雨は弱いのだが、水が濁ってしょうがない。当然だが、今使っている水は、自作したろ過機で、ろ過したものだ。煮沸もしている。きれいにしてはいるけれども、これだけで手間だ。
それから肉を適当な大きさに切り分け、再度鍋に投入、塩とハーブと一緒に出し汁で煮る。灰汁はしっかり取っておく。再度煮立って来たところで、蜂蜜酒を投入し、落し蓋をする。
「これで、一度冷ましてから余計な脂取ってもう一度煮立てて、汁気がなくなってきたら、俺流角煮の完成……でいいかな?」
――自信ないんだ……――
不安そうな大精霊だが、そもそも塩味の角煮自体は多分そんなにない。大体は醤油だろうと思う。
そして、使った出し汁も、豚骨ならぬ猪骨で、使う肉もイノシシ肉。極めつけに、みりんがないので蜂蜜酒で代用。ジビエ型角煮って言っていいのだが、そんなのあるかどうか知らない。
これに自信持てって方が無理。ジビエなんて前世でやってないし、料理自体そんなに詳しいって程じゃない。
なお、出し汁は一度煮立てすぎて失敗。豚骨ラーメンみたいなスープになったので、それは別にして作り直している。
これはラーメン以外の使い方は、鍋料理とかってところだろうが、野菜が実家に帰省していますので、ムリ。
――実家って、どこよ?――
「とりあえず酔っぱらう前に、俺は離脱。よろしく!」
大精霊の突っ込みを無視して、さっさと作業に戻る。
塩漬けの方は問題ないので、次の作業に取り掛かる。ウサギの革を加工することも必要なのだが、蜜蝋を作りたいので、ハチの巣のカスを取ってくる。
入れるのはゴブリンの持っていた麻袋。銅貨やらが何枚か入っていたので、人間からかっぱらったんだろう。持ってても無駄なので、いただいてきた。大丈夫。ゴブリンからだから。
それにこの世界のやつら、きっと日本の警察みたいに優秀ではないから。言い換えれば、いい加減で、冤罪なんてエンドレスに増え続けるんだろうけど。
袋を洗ってから!中にハチの巣を入れる。後は水で煮て冷ます。温度は65度だったか。そうすれば水面に蝋が溶け出してくる、はず。
沸騰しないくらいの温度で煮込むのだが、ここで問題発生。洞窟の中でやるもんじゃなかったらしい。クサすぎた。
――アンタ何やってんの?それなに?――
「ハチの巣、って思考読めるんじゃないのか」
――今まで離れてたから無理――
そういうものなのか、まぁそれは置いといて、
「ちょっと外でやってくる。流石にこれはあかん」
鍋だけ持って移動する。ちなみにだが、角煮を煮ているのは石をくりぬいてというか、溶かして作った、石鍋だ。今使ってる方が、普通の鍋。
なんかあべこべになってる気がする。
「魔法使うのに慣れすぎじゃないか、俺?」
覚えて……何ヶ月くらいだろう。そんなに時間は経ってないけど、いつしか当たり前になってる。
そんなことを考えていながら外にでると、
「アガァ!」
――お、またゴブリン?――
変な声がして、大精霊が洞窟から出てくる。
しかし、声の主は別の人物のようだ。そう、人物。
「あああぁぁぁ!人狼だー!」
平民っぽいヒトが幌馬車に乗って……あれは行商人かな?んで、逃げていくのはあの町の方角。ああ、うん。奴らを呼ばれるな。
何で道から外れたここに来たのかな?ここ、街道からずいぶん離れてたはずだけど。
――あーしかなたいね。移動した方がよさそう――
「確か、昨日の夜動いてた時は騎士団みたいなやつらが南から来ていたよね。夜にそっちを抜けていこう」
言ってて、ちらとリーゼント集団が頭をよぎった。違うから、俺。塩漬けの入った石の樽……?の蓋を閉めて中を見えなくしておく。
そして角煮は、
「出来てるじゃん。汁気ほとんどないし。ちょい味見」
ちょっとだけ、出来栄え確認。うん、問題なさそうだ。食える。というか、うますぎるだろ、これ。予想に反してまっとうな角煮に劣らないどころか、超えるかもしれない。味は違うけど、口に入れた瞬間ボロボロに崩れて脂と旨味が
――はい、良いから支度――
お母さんがうるさいので一旦中断。
角煮を作っておいた四角い木の器に移す。きちんとふたを閉められるように計算して作った、木製タッパーとでも言おうか。スプーンもつけて、ひもで縛りつける。
「あとは、全部の道具を隠し穴に入れて、岩で塞いで」
――ほら、ポーチに入れるもの。忘れてる――
確かに、角ウサギに出くわす度に作っているほし肉。硬いが、まずくはない。最近、ちょっとやり方を工夫してみてはいるがあまり変わった気がしない。
何はともあれ、大事な食糧だ。今持っていける分、全部持っていこう。見つからないとは限らない。ついでにジャムも持っていこう。蜂蜜で作った、ブルーベリージャム。
「ほんじゃ、イフリータさんあれ、掛けて下さい」
あれ、とは……傘もカッパもない状態で外を歩くと、服を着たまま川に飛び込んだ状態になる今の天候でも、雨に濡れないようになる結界の事。
単純に言えば、雨が蒸発する。泉に飛び込んだ時にすぐ乾いたものと同じらしい。どこまで世話焼きなんだこの子。
――誰の事だか……?――
なんかよく分からないことを言っている大精霊様。
蒸発の術式の後、ポーチとウサギの革をつなげて作った袋、鉈をもって、洞窟に結界をかけてもらってから外に出る。
「そういえば、薪とか使わなくても、燃やし続けられる火とかあったよな?前使ってたけど。あれ、俺も覚えられるの?」
――あれ、アンタのマナを基本にして作ってるからね?作れなきゃおかしいって。焔属性の火はあんな特徴なのよ――
「なにそれ。俺がいれば作り放題って事?その火を使えば、永久機関作れそうじゃん。世界一エコな火力発電できるじゃん」
夢が広がりそうな想像をしながら、霧の荒野から豪雨の森の方へと走っていく。
ここで見つかればアウトかもしれない。森に入ってすぐに誰かいてもアウトだが。
誰もいないでくれって願うと、誰かいそうだから……誰か来い!どうせなら金髪来い!あ、やっぱ来ないであの人は無理マジでムリごめんなさい許してくださいお願いします申し訳ありませんでした勘弁してください
――何1人で言ってるの?――
杞憂を想像しながら、森へと走る俺に、大精霊は溜め息をついていた。
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森では、誰も出あわなかった。が、やっぱり手鍋とか手持ちの調理器具に不安なのもあるし、出来れば寸胴とかないかな?と思いながらスラムに行ったところ……
「おい、いたぞ!」
DQNが来たよ。最近は他の冒険者は見たけど、あまりしつこく追いかけられてなかった。
こいつらは何度目だろう?しつこいんだよ、こいつら。見かけても諦めないのはいいんだが、ただしつこいだけで実力が伴ってない。他の奴は強そうだったんだけど。
「陽炎ってやつ、やってみようか?」
幻覚魔法、陽炎。イフリータは得意じゃないらしいが、俺はあっさりできた。大精霊のサポートありきでだけど。
――やってみよう、それとアレも――
幻影を作り出し、俺は森へ、幻影は草原へ駆け出す。
陽炎っていうと、ゆらめきの事のはずだが、蜃気楼の意味合いでも使われる。それらを合わせて使う幻覚魔法らしい。
幻影の名前は、影法師。それっぽいような、違うような。
そして、大精霊の隠蔽と合わせて行使すれば、うまくいくと……
「森へ逃げたのが偽物だよ、今消えた!」
バカは騙せる。
俺は森に行くのをやめて、氷の道を後ろから延ばす。浸食の速度は最速。地面が一気に凍って、U字の道が彼らに迫る。
それに気づかない彼らが行く先は……
「きゃああぁぁ!」
一番遅れていた偽僧侶が滑って、偽勇者にしがみつき、
「うわおいつがあぁぁ」
重心がずれて、氷の足場に足を取られて、2人で転び、
「「あ゛あああぁぁぁぁ」」
前2人の足を掬って倒し、道連れにして、4人で仲良くボブスレー
ゴール位置に、バリケードを作った時に同時に作ってみたお遊びアイテムを設置、入り口を開けておいて、『カシャン』動物用の檻を再現した氷の中にゴール!
超エキサイティング!!
「おめでとうございます!今の感想は?」
出せとか助けてとか殺すとか言ってるヒト達に、軽く嫌味を言ってから、その場を離れる。
アッカンベーをしてみたらそれが一番効いたのがなんかショックだった。子供かよ。あ、俺が子供だった。
――フッ、フフフフフフ――
「イフリータさんが怖い笑い方してるー」
――だって、動物に捕まる人間ってプッ――
大精霊の意外なツボ、発見。なるほど、俺と仲良くなれる訳だ。納得だ。
「どうせならあいつらも料理してみる?」
――うっわぁ、絶対ヘドロ味だわ――
俺の怖い言葉に乗って、毒吐いた。何この子最高!
焔属性:マナが燃料なので燃えるものは必要ない。焼きたいものだけ焼く。ただし、燃焼効率は悪い。