9話 チカラ
前回のあらすじ:出来損ないのコンフィと蜂蜜採取
「ウッ……ウィック…………」
俺の手元には、蜂蜜を使って作ったあるものがある。が、まさかこの反応が起こるとは思わなかった。
――あんた、酔っ払ってるの?……においだけで――
「わりぃかよぉ。こっちらって、よいらくれよっれんららいろ!」
――ごめん、何言ってんのか、わかんない――
いや、言いたいことは分かるだろ。
蜂蜜酒は蜂蜜を水で薄めて放置するだけ、である。
確か3倍にするんだったか。そんなお手軽な方法で、酒になる。って言っても飲むための物じゃない。
そもそも飲んだ訳ではない。
「犬が酒のにおいだけで酔っぱらうって、本当だったのか……」
手元から蜂蜜酒を遠ざけて、水を飲んで落ち着かせた。
みりんなどの代替え策になれば、と思って少量作ったのだが、このままでは生活に支障をきたす。あくまで、あれは料理酒にする予定のものだ。においを嗅いで酔う為のものじゃない。これは、考える必要がありそうだ。
つまりは、欲しいのは調味料だ。料理をしていきたいが、ワインだとかビネガーがない。自分で作るにしても、時間も素材も人手もない。仕方ないだろう。
ハーブ類は、ある程度、一族の人から教えて貰った物が、数種類自生している。岩塩もある。
問題はそれ以外が手に入らない事だ。
「……せめて、解体の時間とかを短縮できれば、……時間をかければできるのか?酢とかは無理か。自分だけでやれるものじゃないし、アルコール発酵から酢酸発酵までさせる必要がある。やり方知らん。
それより今はやれるべきことに集中したほうがいいか。作りたいものがある」
――え、何を?――
冒険者たちの迎撃に使っていた、氷のチカラ。あれを改良すれば、さらに便利で強い武器になる気がする。
そもそもあれは、リスクを抑えた形での利用法なのだが、それでも効果はでかいのだ。あれが火の属性になるとリスクに加えて威力も一気に増大するんだが。
――何を……ってあーなるほどねぇ――
俺の勝手なイメージというか、TRPGやRPGにおける魔法って言うと、「攻撃魔法」「防御魔法」「支援魔法」の3つしかないみたいな方向性が、世の中の人間の頭の中に出来上がっている、と思っている。
じゃあ、実際やってみてどうか、というと。
地面を凍らせるのは、どれとも言えない。支援に近いと言えるものだが、あえていうなら、「妨害魔法」になる。あるいは、イタズラか。
何せ、持続時間とか効果が「支援」というものに届かない。雪玉も同じだ。中に石でも入れれば武器にはなるけど、さすがに速射砲に合わせて入れ込むなんて芸当はできない。役割は一瞬の足止めだ。
精霊が俺に刻印したというエンチャント魔法点火を派生させて、氷属性で自由にモノを作ったり凍らせたりできるのだが、まず考えるのは、矢だの槍だのと言ったもの。
槍と言っても、馬上槍だのランスだのって呼ばれるものの形、つまり、つらら状になる。で、それは普通の魔法でもできるものだということだ。それじゃ意味があまりない。
そう考えて、まずは確実に逃げるための算段として作ったのが「雪玉」「氷の足場」「バリケード」なのだ。
あくまで、逃げるためなので、攻撃は考えてはいなかった。というか、それはむしろ悪手に繋がると思う。
敵を必要以上にあおる必要はない。警察を攻撃してケガさせたらどうなる?という話と同じだ。
しかし、条件変われば見方も変わる。妨害の為に使うのではなく、戦闘にも使えるけど、あくまで料理や解体の為となれば、使う道具も変わる。
つまり、
――氷でナイフ、ねぇ。そんな使い方するヒト、あまり見ないかもね――
剣だけで戦うのもいいかもしれない。格闘面も補強できれば尚良し。
「あと、杭になるような形、ハンマーみたいなもの、円月輪みたいな刃物、出来ればいろいろね」
――円月輪……チャクラムの事?なんで?――
「解体の時に皮をはぐのに使うのさ。円形ノコギリってのも、ありかな?」
円形で勝手に空中を動き回る刃物があるなら、解体もしやすいと思う。そういう理由だ。
――で、それはそのまま武器としても使える、と。主にゴブリンやウサギなんかに使えるかもね――
「そういえば、他の奴って見ないよな?いないの?」
現状、あいつら以外は見ていない。たまに他に匂いを感じとる事があるのだが、何故か姿は見ていない。
――さぁ、討伐されてるんじゃない?――
出会っていないのは、運がいいだけなのかもしれない。動物は普通にいるが、角ウサギだけは大量にいるのは確実だ。
討伐しているところは見ていないが、騎士団か冒険者か、その辺はちゃんと仕事しているのだろう。
――魔物になると繁殖力が無駄に増えるからねぇ。もともと繁殖力の強いネズミとかだと、分裂って言った方がいいくらいに増えていくよ。ウサギもそうなんだろうねぇ――
「いや、普通の動物が魔物になるってのがちょっと理解できない。そしたら人間もなるってことか」
――そうねぇ、魔人って言われてるけど――
なんかめっちゃ怖そうなイメージの言葉が出てきた。
――身体能力は、普通の人間と変わらないよ?ヴァンパイアでも、アンタの記憶にあるような霧だの蝙蝠だのに化けるなんて、バカみたいなことできないし――
「考えた事を読んだ上に全面的に否定して、ファンタジーファンをがっかりさせる上にディスる言い方しないで、ファンタジーの存在ど真ん中の精霊さん!」
なんだろう、安心する情報あるんだけど、すごく残念な気分。
ともあれ、考えた形の術式を組み上げる。なんでも想像した形に創造できるのではなく、ある程度原型を作り、手で形を整えるなどしてから、それを刻印するのだそうで。
今までの雪玉とかも作るのに少し時間はかかったが、刻印した後は何回出しても同じ形の物が出来上がっている。一応新しいものは、料理用、解体用、戦闘用で組み上げる予定……なのだが。
――うーん――
いざ作り始めたら、これだ。イフリータなりの拘りらしい。
「もうこれでよくない?切れ味も充分だし、あまり邪魔な物つけてもしょうがないと思うけど」
ちょっと長い出刃包丁みたいな形の氷を手に持ちあちこちから眺めてみる。
――いや、ここが大事なんでしょ。
柄の部分に書く模様とか、ちゃんとしてないとかっこ悪いし、柄頭なんか握ってても見えるものでしょ?
縁の部分もちょっと不格好だし、曲刀の形だけど反りが甘い、でも、突くならこれでいいのかな?
鍔は、全然ダメ、やり直し。桶もつけた方がよくない?
切先はもうちょっと薄くして、それから、刃文は少しうねりを加えて――
「細かいしなんでそんなに知ってるの?あなたは剣士じゃないでしょ」
なんか、日本刀を作っている気分になってきた。別に刀打つわけじゃないし、強度とかもあるからあまり細かく細工しても意味ない気がするのだが、精霊は見た目も性能も気にしているようだ。
というか、気にしすぎだ。……料理用のノシ棒にすら、芸術がとか言って何か刻もうと躍起になっていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「で、これでもう大丈夫なんだね?」
――うーん、こんなところでしょ――
やっと満足いったようである。
出来上がった氷の剣を大精霊が刻印する。全く、デザインだけで2日使った。そろそろ移動したいのだが。
というか、ここは攻めてくるモノがいない第3アジトだが、逆に言えば、獲物も近づいては来ない。食料がないので狩りをしなければいけない。
「岩塩も減ってきたし、そろそろ新しいアジトを開拓しますかね」
――つまり、岩塩を採取できる場所ってことだねぇ――
「そうだね。流石にわかるの早いね」
調理用の手鍋はそのままに、一応作っておいた細口のビンに蜂蜜酒を入れ替えて、蜂蜜と一緒にポーチに入れる。
リュックやポーチをつけて、安全を確認しながら移動を開始する。
向かったのは、最初の洞窟の裏手にあった、森のすぐそばにあるのが異様な荒野の土地。少し距離があり、4本足で走っても1日かかる。
ずいぶん離れているが、そこに行くまでには森ばかりで、特に危険というほどでもない。
「……やつらがいなければ、ね」
――だねぇ――
「キュイィ」
かわいらしい声とは裏腹に、角で串刺しにしようとしてくるウサギが、いつものごとく飛びついてくる。いつもならここで、格闘戦になる。
が、今回は今までとは違う。
「――点火――モードフロスト、アイスエッジ」
出来立ての術式を展開する。
出てきたのは氷でできた刀剣3本ほど。それが空中を舞う。実は見えないが、周囲にいる精霊が協力して動かすらしい。
なので俺が触れなくても、自由自在に空中を飛んで、相手を切ってくれる。慣れれば本数を増やせると思うが、今はこれで充分だろう。
同時に腕から手の甲を覆う形で氷の爪が2本出来上がる。飛び込んできた角ウサギ3匹にそれぞれの刃を振るう。
戦闘というものですらなくなった、これが結論だ。短絡的に突っ込んでくるウサギが剣を避け、走り込んだところに追加で出したバリケードに突っ込んで、動けなくなって終わり。いや、斬れよ、俺。
ともあれそのまま解体作業に流れ込む。
「何となく動きが分かってたとは言え……ほんと、狩りや戦闘というよりは、作業だね。何で動きが分かるのか意味わからんけど」
――いいんじゃない?これで、食糧事情が改善できるんだから――
それはある。あとは、ここをあいつらに見つからなければ……
「あ……いたぁ!」
木のこすれる音とともに、少し遠くから声が聞こえた。そちらを振り向けば、あの金髪エルフ……ヤバい。
何がヤバいって、前イタズラしたし、強さで考えてもDQN達を遥かに凌いでいる。でなければ奴らも怯えないだろうし、仲間なのに怯えるレベルってことは、結構ムチャクチャな性格のヒトなんだろう。
――よし、逃げよぉ――
「三十六計逃げるに如かず!」
解体していたウサギをひとまとめに凍らせてリュックに入れ背負い込み、一気に走り出す。
「あっ!ちょっと!」
「なんか言ってるけど、気にし……」
突然目の前に素早く動く影が現れた。
普通に走って来たにしては早すぎた。プラチナブロンドの方だ。
怖い顔で腕を振るってきた。いや、怖い、じゃない。殺気立ってる。
「いいいいやあああああぁぁぁあぁぁ!」
殺される!
振ってきた腕を全力で回避して、方向転換。
大精霊も焦ったようで雪玉を全力投球している。俺も地面を凍らせて浸食、つまり俺の通ったところからドンドン氷が広がるようにしていく。
ある程度やったら、これを切って方向を変えて走る予定だ。
いったいどうやって移動したのか、それは気にはなるが、とにかく走って逃げなければ、何されるか分からない。
「ハァ……ハァ…………あれ、肉は?」
肉というか、肉を入れたリュックがなくなっている。
――あの女の人の手に弾かれて取られちゃったよぉ――
「…………はあ?なんでだあああ!」
その後、また狩りをしなければならないのは当然の事だ。今日の損失、ちいさいリュックとウサギの肉と皮。
地味だが結構痛い。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「いったー……このリュック、石でも入ってるのかな?」
リサは獣人君の行動を阻もうとして、失敗したみたい。手を抑えてる。
できれば脅かさない方がよかったんだけど、近づいたと思ったらすぐに逃げてしまうので、一気に捕まえようとしたみたい。
「ちょっと、リサ大丈夫?これ、あの子の……?」
アタシの足元にリュックが落ちている。
「うん、これ掴めばつかまえられるかなって思って。でも失敗しちゃったー」
見れば元々くたびれていた物を使っていたらしく、すり減った金具が割れている。リサが思いっきり掴みかかったことで引きちぎれたんだと思うけど……
「少し骨にヒビ入ったかもー。ジンジンするー」
「はぁ、しょうがない、見せて」
「あー、言うほどじゃないから直さなくても大丈夫だよ?自分でやるし」
手当てしようとしたら、手を引いて自分で包帯を出す。こういう時は、無理にやろうとすると怒ることがあるから、触らないでおこう。
アタシは溜め息をつきながら、あの子のリュックに何が入っているのかを確認しようと、中を開けた。
「って、ナニコレ。解体されたばっかりのウサギ肉が入ってるんだけど」
「え?石じゃないの?掴んだ時は何か重くてかたい気がしたからそう思ったのに」
リサの考えとは違って、どう見ても生肉。骨があるから、その部分で勘違いしたのか、或いは……
「流石にリュックにそんな重いの入れる奴はいないでしょぉ。それより、ねぇ、この氷の道どぉ思う?」
あたしはあの子の通って行った、今も氷が侵食して広がり続けている道を見て、リサに聞く。
あまり見ない魔術の形式、多分精霊魔術だとは思うけど。あの子が行った方向が全て凍り付いている。
「…………キレーだねー。凍ってキラキラしてる」
この子、本音で言ってるね。うっとりしながら眺めてる。景色とか芸術の話じゃないんだけど。
「あ、消えてった。ザンネーン」
地面に広がっていた、木々にも少なからず侵食していた鏡のような氷の道は少しづつ砕け散っていった。
「つまり、魔力で凍らせてるんだろうね……ある程度残ることを前提として」
生肉の場合は、凍らせていてもリュックを下ろしたらすぐに元に戻すために制限していたために直ぐ溶けたということなんだろう。
「あぁ、とにかくあの子もう一度追わないと。どうせまたあいつら謹慎溶けたら勝手に探して殺すとか言い出すだろうし」
「そうだねー。その前に捕まえないと、保護できないよねぇ」
保護、させてほしいんだけど。前の時もそうだったけど、警戒しすぎてて近寄れない。
話だけ聞いてもらえれば、納得させられると思うんだけど。
アタシ達はそのまま、彼が行ったであろう方角へまた歩き出す。




