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白詰草  作者: 本知そら
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後章 その気持ちに正直に2

 ……だよ。……、こっちだよ。


 また誰かが僕を呼んでいる。


 もう何度目かになる夢。暗闇の中で瞬く光。微かに聞こえる声。変な夢。不可解な夢。夢だと認識しているのに抜け出せない夢。


 毎日見てきた同じ夢。しかし光は少しずつ、確実に少しずつ僕に近づいてきていた。そして今日、ついにその光が目前にまで迫った。


 躊躇することなく手を伸ばす。恐怖はなかった。その光が優しいことを、僕は知っていたから。


 指先に何かが触れる。手のひらを広げ、やや強引に掴んだ。


 それは小さな手。僕と同じ、いや、僕にそっくりな手。


 ハッとして顔を上げる。光の中に見たのは、嬉しそうに微笑む、女の子の僕だった。


 ◇◆◇◆


「寒い」


 十二月に入ると、冬本番といった感じに寒さが一段と増した。駅のホームで電車を待つ僕は裾の長めのコートを着て、マフラーを巻き、両手には手袋をつけ、耳には耳当てというフル装備でベンチに座っていた。ちなみにタイツは最後まで悩んだ結果、却下した。なんとなく僕には似合わない気がしたから。寒がりなくせにファッションを優先するあたり、少し考え方が女の子寄りになった気がする。うーん。


 しかし、それにしても寒い。女は冷え性が多いと聞くけど、どうも僕もそうらしい。冬はそんなに好きではなかったけど、寒いしトイレが近くなるしで、さらに嫌いになった。


 駅のホームと言っても、無人駅であるこの駅に大した風よけはなくて、吹き付ける風に体を縮こまらせて、ただただ耐えるしかなかった。


「夏樹」


 顔を上げる。そこには両手に缶ジュースを持った誠司がいた。既にその右足にギプスはない。彼は主治医も驚く回復力により、僅か一ヶ月で完治したのだ。


「ココア、好きだったろ?」


「うん。ありがと」


 手袋を取って受け取る。温かい。と、蓋が開いていない。


「誠司。開けて」


「おいおい。蓋も開けられないのか?」


「か弱い女の子なもので。というのは冗談で、手がかじかんで力が入らないんだよ」


 寒さで震える手を見せつける。


「そんなに震えるぐらい寒いか? ほらよ」


 僕から受け取った缶を楽々と開けて返す。湯気の上がる飲み口に口を付けると、甘くもほろ苦いココアが口の中に広がった。


 ホッと一息をつき、視線を感じて顔を上げる。


「なに?」


「ん?」


「僕のこと見てたよね?」


「ああ。そうやって両手で缶を包み込んで飲む姿。すっかり女の子だな」


「中身はどうであれ、見た目は女の子だからね。それらしいポーズを取ればそれらしく見えるよ」


 クスリと笑ってココアを飲む。甘くて美味しい。


「一応言っておくけど、別にこれはぶりっ子してるわけじゃないからね。ホントに寒いんだよ」


「はいはい」


 ポスッと頭の上に手が置かれる。その手がゆっくりと動き、頭を撫でる。


 誠司からすると、僕が座っていても立っていても、ちょうどいい位置に頭があるらしく、ことある毎に撫でてくる。


「撫でるの、飽きないの?」


「全然」


 ふーんと興味なさげに視線を下ろす。実際はほとんどの感覚がそっちに持って行かれちゃっているのだけど。


 子供扱いされている、見下されている、気安い。そんな感じがして、最初は頭を撫でられることが嫌だった。だけど毎日撫でられているうちに、少しずつそんな気持ちは薄れていって、今では可愛がられている、構ってくれている。なんて感じるようになって、心地よさと安心感を覚えるようになってしまった。


 ずっとなでなでされていたい。出来ればぎゅっと抱きしめてもらって、なでなでされたい。


 最近よくそう思う。もちろん口には出さない。欠片ほどに残された僕のプライドが許さなかったし、なにより元男を抱きしめろだなんてこと、僕だったら嫌だし。


 そんな自分を悟られないよう、ふにゃりと頬を緩ませたいのを我慢しつつ、素っ気ない態度をとって誠司の手を黙って受け止める。


「おっと悪い。髪ぐしゃぐしゃにしてしまったな。つい触り心地が良くて遠慮を忘れてしまう」


 いつもより長かった幸せな時間が終わる。離れていく誠司の手に「もっと」と言いたくなるのをグッと我慢して仏頂面を貫く。


「別に良いよ。すぐ直るし」


 手櫛でささっと直す。僕の髪にはワックスもスプレーもムースも付けていない。シャンプーしてトレートメントしてドライヤーで乾かしただけのフワフワの髪なのだ。いつ撫でられてもいいように、また撫でたいと思えるように。


 近くの踏切がけたたましく警報を上げる。やっと電車が来たようだ。


 飲み終えたココアの空き缶を近くのゴミ箱に捨て、黄色い線の前に立つ。


 一両編成のワンマン電車が駅のホームに滑り込む。無人の駅から乗り込むのは僕と誠司だけで、『開』のボタンを押したのは僕だった。


 プシュッと空気の抜ける音がして、後方のドアが開く。電車に乗り込み、数字が印字されただけの整理券を受け取る。後から乗り込んだ誠司が『閉』のボタンを押すとドアが閉まり、電車がゆっくりと動き出した。


 車内は満員だった。朝のこの時間、この一本だけは比較的いつも混雑しているが、これだけぎゅうぎゅう詰めになるのは地方のローカル線としては珍しい。


 繋いだ手をクイクイと下に引き、近づいてきた誠司の耳元で囁く。


「今日はいつもより混んでるね」


「街の方でイベントでもあるのかもな」


 誠司はつり革に掴まっているが、僕は少しばかり身長が低いので、朝のこの時間は誠司と手を繋ぐことにしている。元はと言えば誠司の「やっぱ恋人なら四六時中手を繋ぐもんだろ」という偏った恋愛観によるものだけれど、おかげでつり革に届かない、なんていう恥ずかしい事態を誠司に知られなくて済んだので、良しとしている。


 次の駅に到着し、ドアが開く、凍えるような冷気が足元から這い上がってきて、ブルッと体を震わせる。


「すみませーん。もっと奧に詰めてくださーい」


「むぎゅっ」


 今日は本当に人が多いらしい。さらに人が乗り込んできて、僅かにあった隙間さえ埋まってしまう。反対側のドアに追いやられた僕は、押し返す力もなく、ガラスに頬をくっつけた。冷たい。


「おい、大丈夫か?」


「らいじょうぶ。つめらいけど」


 降りる駅まで長くてもあと十五分だ。それくらいならなんとか。


 冷たさと窮屈さに我慢していると、ふいに体が軽くなった。ドアから頬を離し、その場で体を反転させた。


「よお」


 僕の頭の斜め上に手をつき、覆い被さるようにして僕を守る誠司がいた。男らしくてかっこいい。なんてことをほんの少しでも思ってしまったことは、もちろん秘密だ。


「いよっ、さすが男の子」


「茶化すな。結構この体勢しんどいんだぞ」


「だったらもっとこっちに寄って、ドアに肘をついたら? そっちの方が疲れないでしょ」


 誠司が後ろを振り返り、混んだ車内を見やる。そうしてから「んじゃ遠慮なく」と肘を曲げてドアについた。自然と近づいて来る誠司の胸にすっぽりと収まった。


「苦しくないか?」


「ううん」


 むしろ誠司の匂いがして落ち着く、なんて言ったら誠司が引くだろうか。うん、確実に引く。


 バレない程度に体を密着させ、顔を誠司の胸に押しつける。


 すりすりすり。


「……なにしてんだ?」


 あれ、バレてしまった。


「え、えーと。その、ちょっと電車に酔っちゃって」


「電車で酔うって……体調悪いのか?」


 誠司が眉尻を下げ、僕の顔を覗き込む。


「ま、まあ、そんなところ」


 ううっ、罪悪感が。


 目を泳がせつつ、チラリとだけ誠司を見上げる。すると何を考えたのか、彼は顔を赤くして、遠慮がちに耳元で囁いた。


「……もしかして、せ、生理ってやつか?」


 ため息をつき、半眼を向ける。


 なんだよその女の子が体調悪いイコール生理という短絡的発想は。なによりデリカシーというやつが足りない。僕が男だから気兼ねがないのか?


「公衆の面前で何を言ってるのやら」


「す、すまん。ただお前が心配だから……」


 心配……はっ。駄目だ駄目だ。喜んじゃいけない。ここはしっかり注意しないといけないのだから。


「心配でも、そういうことは聞いちゃ駄目だ。答える僕が困るじゃないか」


「そうだな……。気をつける」


「分かればよろしい。……ちなみに生理なら先週終わらせた。電車に酔ったのは人の多さだよ。降りればすぐ治ると思う」


 若干の恥ずかしさを覚えつつ、正直に答える。後半はでっち上げだけど。


「なるほど。だから先週の夏樹は、やたらイライラしたり、いつもよりぼーっとしたり、情緒不安定だったん――」


 はい、足先ゲシッと。


「いっだ!?」


「誠司。うるさい」


「すみません……」


 睨み付けると、誠司は涙で謝り、しゅんとしてしまった。自業自得だ。


 ◇◆◇◆


 中身はどうであれ。僕は誠司にそう言ったけど、ご覧の通り、最近じゃ中身もすっかり女の子になってしまった。割合で言うと、男四女六というところだろうか。


 女の子の過剰なスキンシップにドキドキしたり、更衣室で裸を見たり見られたりすることに羞恥心を覚えるのは、まだ僕に男の部分が残っている証拠。映画やドラマを見てよく泣くようになったり、男の裸を直視できなくなったのは女になった証拠。気付いたら誠司を目で追っているのも、僕が女になった証だろう。仕方ないよね。誠司かっこいいし。たぶんクラスで一、二を争うぐらいに。絵里子には否定されたけど。


「なっちゃん。アレ持ってない? 急に来ちゃった」


「えっ、あ、うん。あるよ」


 ポーチから生理用品を取り出し、絵里子にこっそり渡す。彼女は礼を言って、そそくさと教室を出て行った。


 ……まあ、こういう会話を恥ずかしがることもなく、普通にできるようになったことが、一番女らしくなったところだと思う。


 お昼休みになると、誠司と二人で食堂へ。窓際の奧にある二席の対面テーブルに座った。


「はい。誠司の分」


 テーブルにお弁当箱を広げ、三つあるうちの二つを誠司の前に置く。


「卵焼きにハンバーグ、ポテトサラダに……これは?」


「茄子の豚バラ巻き。昨日テレビで見て美味しそうだったから作ってみた」


 大して難しい料理でもないのに、誠司が「おぉ」と感嘆の声を漏らし、茄子の豚バラ巻きを口の中に放り込んだ。


「うまい。夏樹はホント料理が得意だよな」


「まーね。これでも毎日三食ご飯作ってるんだから」


毎日本と睨めっこして、両親や知人に味をみてもらい、創意工夫していれば、僕じゃなくても誰だって上手になる。しかしそれを続けられるかどうかはまた別で、手を抜くことなく今日まで続けられたことは僕の少ない自慢であり、料理は僕の誇れる特技の一つとなっている。


 一口毎に旨いやらすげえやらと褒め称える誠司。ふふんといい気になって僕も箸を動かす。僕のお弁当箱は誠司に渡したものより一回り小さい。小食なのだ。


「相変わらず少ないな」


「朝ちゃんと食べてるからこれでいいんだよ」


「俺も食べてるぞ?」


「誠司と僕が同じだけ食べてもおかしいでしょ」


「たしかに」


 誠司がチラリとこちらを見て、すぐに視線を戻した。瞬く間に減っていくお弁当箱の中身。僕も一ヶ月前まではこんなに早く食べられたのだろうか。食べっぷりが気持ちよくて、ついつい箸を止めて見てしまう。


「ん、ほしいのか?」


 誠司がほれと茄子の豚バラ巻きを差し出す。同じお弁当なのにほしがるわけがない。答える代わりに自分のお弁当箱から茄子の豚バラ巻きをお箸で挟み、持ち上げる。すると何故か誠司は残念そうに小さくため息をついた。


「ところで、今日も誠司の家に行って良いの?」


「ああ。親は来週いっぱいまで出張だ」


「じゃあ今日もそのまま行くね」


 千里学園を受験すると知ってから、ほぼ毎日誠司から勉強を教えてもらっていた。


 センター試験まであと一ヶ月。僕の学力では悠長に家でゴロゴロしているわけにはいかないのだ。


「夏樹の家でも良いんだぞ? 夜の寒空の下を帰るのもキツイだろ」


「誠司の家が良い。自分の部屋だと集中出来ないから」


「そ、そうか。それなら仕方ないか」


 誠司がにへらと笑う。本当はあまりにも女の子女の子している自分の部屋を見られるのが嫌だから、とは言えない。


 フリフリのピンクのカーテンはさすがにないと思うんだ。……前の僕の趣味を疑う。

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