のすたるでぃーあ
テレビが広まるとラジオを聞く奴は減った。
ネットが広まり、テレビを見る奴は減った。
廃墟と化したビルの中。二人の男がいた。片方の男は銃身のやけに長い銃でもう一人の男に狙いを定めている。まるで奇妙な二人だった。狙う男は灰から出てきたばかりのような薄汚いくすんだ灰色のコートと帽子。狙われる男は落ち着いた色のスーツを粋に着こなした。鼻の大きな男であった。
「………もう、終わりだ、君の時代は終わり。新しい時代が来る。」
「そうだね。きっとそうなる。」
鼻の大きな男の声は落ち着きがあり、色気があった。一世を風靡した偉大なるラジオ・スター。
だが、それはもう過去の話だった。テレビジョンは彼を含めた英雄たちをじわりじわりと殺めていき、もはや後は彼を残すのみとなったのだ。
「もう、若い連中は君の名前を知りもしない。
どこかで聞いたような歌詞とメロディーが、君の音楽よりも持て囃され。
脳足りんのお遊びが、君の言葉よりも流れ。
どうでもいいような情報が、君よりも重要に扱われている。君は死んだんだ、ラジオ・スター。」
「そうだね。そうだろう。」
灰色の男は苛立っていた。自分は止めを刺しに来たのだ。くだらない過去の遺物に縋り付く亡者を。記録という闇に放り込むためにやって来た。だのにこいつは、昔聞いたような声で、慌てもしないで。
だから、引き金を引いた。
ガスが抜けるような、小さな空気音。ラジオスターはその胸を撃ち抜かれた。
「なぁ、君…パイプを持っていないかい…?」
「はっ。落ちぶれたなラジオ・スター。もう誰もお前に差し入れをしない。そして、お前は受け取れない。」
灰色の男は虫の息の男に背を向けた。マッチの擦る音が聞こえた。趣味も古臭い奴だった。
「はっはァー!どうしたんだ老いぼれ!」
灰色の男は老人になっていた。人々に勇気を、希望を、そして絶望を、狂乱を届けてきた。人々は彼に熱中した。灰色の服はやがて色とりどりのスーツへと変わり、彼を画面上に見ない日は。局は一日たりとてなかった。
だが、彼にも終わりがやって来た。
ごく普通のどこにでもいるような格好をした男だった。判で押されたような、顔、服、台詞。きっと考えもしないんだろう。
その服はかつて偉大なロックスターの愛したスタイル。それに憧れた創業者が作った素晴らしく頑丈で、加工のし易く、吸湿性に優れたジーンズ。安さと品質を求めた男が作った会社のありふれた素晴らしいシャツ。友人の登山家のためにある鞄職人が作った、頑丈で機能性に優れたショルダーバッグ。
特集が組まれたこともある。素晴らしいストーリーを持つ物を、モブ役のような男が身に纏っている。
彼に聞いてみた。政治主義は?好きな新聞は?憧れる偉人は?
彼は答えた。男が知っていることしか彼は答えなかった。薄っぺらい知識を聞きかじりの情報とへそ曲がりの想像で彼は出来ているのだ。そして、彼は男よりも人気なのだ。
世界中の人々が彼を見た。イカした放送は電波に乗って世界中の網に広がる。もう画面はテレビのものではなくなり、あらゆる物を飲み込むバケモノのようなデバイスが画面すらもテレビから奪い取った。もはやテレビは画面の支配者ではなく、単なる画面の住人となったのだ。しかも、複数の中で言えば弱い立場の。
「おらっ死ねよ!お前はもう終わったんだよ!」
彼が振り下ろすバットを、男は何をするでもなく受け止めた。ただ力任せに振り回すだけの一撃は、痛いだけで死を感じることはない。
そして、どれだけ殴られただろうか。やがて彼は額の汗を手で拭い、男を蹴り飛ばすと去っていった。
男は死にかけているが生きている。なんということだ。今時のやつは殺すことも出来ないのだ。
鼻の大きな老人がいた。老人ホームの中で痴呆の進んだ友人と挨拶を交わし、体が動かない友人の元を訪れる。その片手には最新機種のデバイスが握られている。彼は震える指先で、画面をタップする。拡大された文字を老眼鏡越しに眺め、ゆっくりとスクロールバーを操る。
「なんてこともないものさ。」
老人はしゃがれた声で言った。
でもラジオを聞く奴もいるし、テレビを見る奴もいるし、ぜーんぶネットで済ませる奴もいる。
実はそんなに心配することでもないんじゃないかな?そう思わない?