第9話 加速していく物語の先に
拘束されている仲間を見ると、その背にはスピリットの手下と思わしき存在が漂っていた。輪郭はぼやけており、青白く発光している半透明なそれは、側から見れば幽霊のようだ。
それでも仲間は特級能力者の資格持ちないしそれに近い実力を持つ能力者だ。しかし彼らは未だに抵抗を見せていない。
そこから導き出される事実は、何らかの事情、それも恐らく彼らの背後にいるスピリットの手下によって抵抗する事もできないと予想できる。
彼らを何とか助けられないかと思案する。しかし他の仲間と同じくエネミーの人質となったアイが後ろから現れた事で思考を断ち切られた。
「アイ……!」
彼女がいつの間にか捕らわれていた事に驚愕するアッパー。
確かに仲間の悲鳴を聞き、アイを置き去りにしたのは確かだ。しかしそれでもアッパーの感知能力ならば、アイが捕らわれる前に気づく事も出来たはずだ。
何なら異変が起きる前に事前に気付けたはずである。
(何が起きている? 何故さっきから俺の感知能力が機能しない?)
立て続けに起きている能力の不調に疑問を抱く。思い当たる節があるとすれば、それはこのような事態を引き起こしたスピリットだろうか。
一年前と違いその圧倒的な存在感はより増しており、あの半透明で輪郭が不明瞭な物体が、今や青白い半透明な『鎧武者』の出で立ちとなっているスピリット。
そのスピリットが、何かしていると考えた方が自然であろう。
「……何が、目的だ」
結局のところ今のアッパーには何もできない。幾らアッパーが音速以上の速さで動けたとしても、デストロイヤークラスを冠する相手では通用しないと考えるべきだろう。
それで万が一不意を突いて通用したとしても、バラバラの位置に立たされている仲間を救えるのは精々が一人のみ。それ以上は完璧に対処してくるはずだ。
「一体、お前の目的は何だ!!」
出来ると言えば質問をして情報を引き出しつつ、時間を稼ぐことだけ。
例え時間稼ぎだと気づかれていても、そこに僅かな隙が生まれるのならばこの選択は間違っていないはずだ。自身の思考を二つに分割して、作戦立案のための思考とスピリットから情報を引き出すための思考を備えたアッパーは、静かにスピリットの言動を注視した。
「……本来は、その能力者が目的だった」
『!?』
そう言って、スピリットが示したのはアイ。
静かに呟かれたその一言はこの場にいる者たちを十分に驚愕させ、特に名指しされたアイは固唾を呑んでより一層スピリットを警戒した。
「……」
対するアッパーも、スピリットの発言には驚かされたものの、仲間が見せた反応によって新しい情報を得ていた。
皆に共通しているのは驚愕の感情。それでも誰も声を出さなかったのは、能力者として高い実力と豊富な経験を持つプロであると鑑みて、目以外の表情や体がピクリとも動かさないのは明らかに異常だ。
つまり仲間たちは抵抗以前の問題として、体も動かせないという推測ができる。
「……どういうことだ」
そのことが分かったとして、最悪から絶望的な状況になっただけで依然としてアッパーにできることはないため再びスピリットに質問をした。
「我らの計画を遂行するための取引先が、希望してきた事だ」
スピリットの言う取引先は彼らエネミーが忌み嫌う能力者でありながらスピリットたちの計画を成功に導く鍵だという。そして先方が協力してくれる条件としてアイが必要だったのだ。
「待て! アイが必要だった? ならこの任務は始めっからアイが目的だったというのか!?」
一体どこから?
そう思ったのは幾ら何でも今回の作戦が実施されるに当たって、数々の偶然が積み重ねてきたという点だ。流石に始めからアイが目的だとしても、運要素が強すぎるとアッパーは思った。
今回の作戦が計画された経緯としては、先ず司令室にいるエネミー感知の能力者がふとしたきっかけで地球のエネミーを感知しなければ調査任務が発生しなかった。そして次にその任務が発生してもアイが任務に参加してくれるとは限らず、別の能力者が参加する可能性もあったのだ。
不確定要素の強い杜撰な計画にアッパーは混乱するが、次に放ったスピリットの一言で空気が凍った。
「――誘導させたのだ」
「なんだと……?」
「先方は自らの手でその娘を始末をしたいと願っていてな。面倒ではあるが、私が能力者どもの精神を誘導させてその娘を地球に招き入れたのだ」
その話を聞いた一行は絶句した。
もしそれが本当ならば、あの時アイたちを選んだ対策班の彼らはスピリットの誘導に掛かっていた事になる。そしてその中には、特級能力者最強のクロノスという存在がいたのだ。
(あの人までもが……スピリットの誘導を受けていたのか……!)
デストロイヤークラスを冠するエネミーは伊達ではなかったという事だろうか。
あのクロノスでさえ碌な対処もできず、ただただ時間制限という運だけで退いたクラス持ちのエネミーという事実に、一行は改めて目の前の存在を脅威だと認識した。
「ふん、無論誘導するのに必要な下地はあったがな」
それこそが一年前のエネミー襲撃事件という存在や、その事件を経たアイが鍛錬をして実力を上げたという事実があったからこそ精神の誘導が上手くいったとスピリットが言う。
だがそのような事を今更聞いても、クロノスを含めた対策班を誘導せしめた事実は変わらない。
今でもアッパーの脳内にはアイたちを救う算段をしているが、先ほどの話でより得体が知れなくなったスピリット相手にそれらの思考が停滞し始めている。
ならば時間を稼ぐしかない。今度はスピリットの言う取引先について質問をするアッパー。幸いなのはスピリットが黙って質問を聞いてくれることだけだ。
「……誰なんだソイツは」
「誰だと問われても私は能力者の特徴など興味はないが……一つ、先方からその娘に対する伝言を受け取っていた」
警戒しているアイの方にゆっくりと首を向いたスピリットは、静かに受け取った伝言とやらを喋った。
「――『お前にやられた片目の借りは返す』、とな」
正しくアイに向けての伝言故にアッパーはその言葉の意味は分からない。
だがそれを受け取ったアイはというと――。
「……」
目を見開いていた。その表情は唐突な内容に呆然したのか、それともその伝言を放った人物の存在を理解して思考が静止したか。様子を見るに恐らく二つとも。
そしてもう一人、アイの他にも反応を見せた人物がいた。
「――! ――!」
アイの妹であるサイだ。もしエネミーの拘束がなければ暴れまわっていたと想像できるほど顔を険しくさせていた。
感知能力が鈍くなったと自覚しているアッパーではあるが、その瞳に抱く感情を間違えずに読み解けるのなら、それは正しく『憎悪』と呼べる感情だろう。あの誰とでも元気に接し、少女らしくない男口調でありながらも仲間思いなサイが始めて見せる負の感情にアッパーは言葉を失った。
(アイだけの問題ではない……二人が反応するその存在は一体……)
この場にいる姉妹だけが元凶の正体について知っている。だがそれを問いただそうにも二人は捕まっていて、とても口を開ける状態ではない。
質問が残り少なくなり、マズイと心の中で歯噛みをするアッパー。その直後に彼の脳内から見知った声が聞こえた。
『アッパー君、大丈夫!?』
アッパーの脳内に響いたのはテレの能力を通じて語りかけたクロノスだ。クロノスからの声が脳内に響き渡った瞬間、これまで悩んでいる素振りをそのまま演じ続けながら、クロノスと念話をする。
『ええ、ナイスタイミングでしたよ!』
『突然メティスちゃんとノウンに押しかけられて、貴方たちを感知したらこんな状況になっててビックリしたわ!』
そう念話するまでの経緯を硬い声で話すクロノス。
ノウンの場合どうやって知ったかは分からないのでいいとして、どうやら『予智』でこの状況を予測したメティスが休憩していたクロノスに押しかけたらしい。
一先ず『時空』の能力があるクロノスがこの状況を把握できたのならば、空間転移で仲間を救い出せると考えたアッパーは早速クロノスにそう提案した。
『分かったわ。でもアイちゃんたちの様子を見るに背後にいるエネミーを対処しないと厳しいわね』
クロノスの見立てでは背後にいるエネミーは仲間の精神に干渉して拘束しているとの事である。
『ではどうするんです?』
『『精神系』能力持ちの能力者たちに命令して、彼女たちを拘束しているスピリットクラスのエネミーを何とかさせるわ』
『なら準備が出来たら言ってください。空間転移のタイミングは俺に任せても?』
『オーケー、タイミングは任せたわよ』
これで退路は確保した。ならばクロノスたちの準備が終わるまで時間を稼ぐために、アッパーは再びスピリットに向けて口を開いた。質問の内容は先ほどの続きである。
「その存在とアイの間に因縁があることは分かった。だが何故今この場所に現れない? アイは拘束されていて、始末をつけるのに絶好の機会だと思うが」
アイには悪いがもう少しの辛抱である事からこのような質問になった。
「……優先順位が変わったのだ」
「優先順位だと?」
「言っただろう本来はその娘が目的だったと。だがそれは先方の目的であって私の目的ではない」
その瞬間、肌寒い夜のサハラ砂漠の温度が更に下がったような感覚がした。
「私の目的は貴様だよ、アッパー」
「――」
不意に、ナガラーシャ皇国で遭遇したスキーマー及びその男が所属している組織の目的とスピリットの言葉が重なった。
(何で、俺なんだ……!)
ただ人々を救いたかっただけなのにアッパーを狙う存在が多すぎる。そして共通しているのがアッパー個人ではなく彼が大切に思っている存在を危機に陥れているということである。
「当初の目的はその娘を地球に招きいれ、私たちの同胞との連戦で消耗させた後に先方が作戦を遂行する予定だった」
だがその時、一人の能力者が目覚めたことで計画が狂った。
「それが、今から一ヶ月前の話だ」
「……ッ!」
それはアッパーが昏睡状態から目覚めた時期である。
「貴様があの状態から起きただけでも驚愕に値することだが、特段こちらの計画に問題は無かった。だがその翌日、貴様はありえないことに『能力』を使ったのだ」
本来であればスピリットによって能力は封じられ、使えない状態になっていた。だがそれが僅かな期間で不完全ではあるが能力を使用し、そしてその翌月に『全力強化』を発動させた。
「あぁ流石に戦慄したぞアッパー。貴様が私の枷を強引に外し『全力強化』をも使って見せた時は私ともあろうものが自身の司っている力に疑問を覚えたほどだ」
だからこそアッパーを始末する必要があると計画を変更した。
「俺を指名したのは評議会だ……まさか、評議会までも精神を誘導させて……!?」
「ふん、確かに誘導しても良かったがどの道貴様は選ばれていただろうよ」
「なに?」
「貴様はそういう星の下に生まれたのだ」
「お前……俺の何を知っている!?」
「貴様の知らないことさ」
先ほどまで佇んでいたスピリットが一歩、前に出た。
「ッ!」
「貴様が人を救おうとする度にこうして誰かが巻き込まれ、貴様の命を付け狙う。それが貴様の運命だ、それが貴様の未来だ」
一歩、また一歩とアッパーに向けて歩いてくるスピリットにアッパーはそれに合わせて後ずさる。だがその直後にアッパーの脳内にクロノスの声が響き渡る。
『アッパー君! 準備ができたわ!』
「学園長――」
「――良い事を教えてやろう」
「づあぁ!!?」
アッパーは突如として生まれた頭痛によって苦しみだした。
これは昏睡状態から目覚めて初期の頃に『強化』の制限時間を超えて使用する度に頭痛が起きていたと同じ症状だ。しかし今のアッパーはまだ能力を使っていない。
それどころか『全力強化』を使用できるようになった日以降からそのような制限時間はとっくに無くなっていた筈なのだ。
「何故貴様が私たちの存在を感知できなかったのか」
「ま、さか……ッ!?」
「何故貴様が未だに頭痛に苦しむのか、何故私が月の能力者どもの様子を把握できていたのか」
『アッパー君!?』
「貴様の能力を封じた時に私の力が貴様の中に残ったのだ。それを貴様が能力を使う度に力が薄れていったが、それでも周囲の様子を『貴様を通して』見聞きできた」
『アッパー君、アッパー君!! ……クッ!』
「幸運だったのが、そこの娘が任務に参加する直前まで毎日見舞いに来て報告してくれたことだ」
そうしてスピリットの視線が向けたのはアイだ。そう、アイは三ヶ月の間エネミーとの戦いで昏睡していたアッパーの見舞いに来ており、一度もアッパーを一人にしなかったのだ。
不幸にもその際アンダームーン内の様子を話していたせいでスピリットに情報が漏れていた。
「スピリットォ……!!」
アイは言っていた、もう一人にしないと。こうして宣言したのはアイとアッパーが再び出会ったあの日ではあるが、アイはずっとアッパーが昏睡状態になった日から決心していたのだ。
アイを見れば、そこに今回の事態を引き起こした後悔と責任によって顔を歪めている彼女の姿があった。
――違う、こうなったのはお前のせいじゃない!
「いいや、助けになったのは紛れもなくその能力者のお陰だ」
「――ッ、彼女の思いを、踏みにじるんじゃねぇ!!」
その思いと共にアッパーの体を強烈な力が駆け巡り、アッパーを苛む頭痛が和らいでいった。
「『全力強化』か。だがこれを聞いてもまだ使用できるかな?」
『あああああああああああ!!!』
その瞬間、拘束されていた仲間たちの口から絶叫が上がる。
「能力者のゴミ共が私の手下に干渉したようだが無駄だ。例え体を構成するコアが破壊されようとも、私が手下の体を通して彼らの精神に直接ダメージを与えることができるのだ」
「止めろォォォッ!!」
「それが、貴様の『理解者』だろう?」
目の前にいる敵は全てを把握していた。その光景はかつてアッパーを襲った宿敵が、アッパーの『孤独』を狙った光景と似ていた。
だが狙われた存在が大切な人たちであることからアッパーはこの時初めて『憎悪』を抱いた。
「てめぇは必ず――」
――殺してやる、そう言おうとした矢先にアッパーの体は下に向けて落ちる。
「!?」
驚愕したが次の瞬間には理解した。
これはクロノスの『時空』だ。
「学園長ッ!! どうして!? まだ皆があそこに!!」
サハラ砂漠に繋がっている『空間』は既に遥か上空。周囲を見れば既に太陽が落ち始めており、夜の時間帯であったサハラ砂漠とは違う夕方の時間帯だと分かる。
『ごめんなさい。これはアイちゃんたちのお願いなの』
「何を――」
『『――生きて』、それがあの子たちの願いよ!』
「……ッ」
アイたちがアッパー一人だけ生き残らせるようにクロノスに願ったのだ。
そしてそれを、クロノスが叶えさせた。
「そんな……そんな、クソ……クソォォォォォ!!!!」
慟哭しながら下にある街へと落ちてゆくアッパー。だが運命は強引にアッパーを前に進ませる。偶然か必然か。直前にクロノスが使った『空間転移』とスピリットの力がせめぎ合い、本来の転移先からこの街に繋がった。
その街とはアッパーが今の両親に拾われ、そして育った街。
そこでアッパーは新しい縁と共に、スピリットとの戦いが始まる。
◇
「あれ? さっき広樹の声が聞こえた気がする……」




