第6話 掃討戦、開始
サイの体力も回復し、サハラ砂漠の気温も下がり始めた頃に一行はキャンプ用具を撤収して目標地点まで向かった。
太陽が沈み、辺りがオレンジ色に染まるその時間に一行はようやく目標地点から僅かに離れた砂丘にたどり着いた。
「これは……」
先導していたアイが目標地点前に立ち止まり、呆然とつぶやく。
そんな彼女の様子を訝しみながら隣に並んだアッパーはアイが向いていた方向に遠目で見ると、彼もアイと同じように息を飲んだ。
「なんだなんだ?」
首を傾げるサイを余所に、ヒットがアッパーの背負っている荷物から双眼鏡を手に取るとヒットもアイとアッパーが向いている方向に双眼鏡を使う。
するとヒットの口から思いも寄らない言葉が発せられた。
「マジか……前見た時より数が多すぎるな……」
そう言ってヒットは手にある双眼鏡を皆に回す。
そして双眼鏡越しに見た光景を見て、誰もが息を飲んだ。
彼らが見ている光景にはエネミーの大群があったがしかし、その数が異常すぎた。
特級能力者の面々が前見た数よりも更に多い数のエネミーに誰もが顔を顰める。
アッパーの記憶にあるロードとの戦いは、戦いの場所である惑星がエネミーであるためその地面からエネミーが現れるというものだった。
アッパーの周りを覆い尽くしていたエネミーの光景は確かに異常な数であると今でも思えるが、如何せんその大群の中心にいたためか、それがどれぐらいの数か実感できていなかった。
だが今見ている光景は砂丘から遠目で見れているためか、大群という数がどれぐらいなのか当時の戦いよりも実感できた。
何故なら目に映るエネミーの大群は、一言で言うと『海』だ。
大小様々なエネミーが蠢き、それらが海の波みたくうねる光景が彼らの目に映っていたのだ。
「これでもここから見える一番端の光景か……」
「これが大群の一角とか笑えるね!」
あまりの異常な数にヒットは呆れを含んだ乾いた笑みを浮かべ、リカは脳天気そうな笑みとは裏腹に重い現実を口に出した。
「……ここから見えるエネミーの種類は俺たちでも問題なく狩れる」
「問題はその数の多さ、ね」
現状を確認するレンジとイス。
二人の言う通り、本来ならばエネミーが大群で押し寄せても特級能力者である彼らにとって敵ではない。
敵ではないがこの数は流石に度が過ぎており、殲滅する前に先に体力が尽きるのが安易に想像できる。
「どうしますかアイさん?」
「策という策ほどではないが……」
と、一瞬チラッとアッパーの方へと申し訳なさそうに見やったアイは、ラビィの問いに答えるように口を開いた。
「……交代を繰り返し、エネミーどもを駆逐する」
◇
「さて、先ずは私が先ね」
先ほどの地点から目標地点までかなり近付いた砂丘にて、エネミーに気付かれない距離でイスが前に出た。
「すぅ……」
深く息を吸い込むイス。
そして十分息を貯めると、イスは口を開き声を出す。
《――》
それは声ならぬ声、即ち音である。
イスの能力は『声音』。これは声でも音でももしくは大気中を振動する波も彼女の能力の一部という非常に強力な能力である。
『GU……?』
音のない音受けたエネミーたちが何かを探すように辺りを見渡す。
だが彼らがイスの姿を発見する前にそれが起きた。
『ギ、ギ……ギャッ――』
数体のモブクラスエネミーである『ゴブリン』がその体を破裂させ、死んだのだ。
だがその現象はゴブリンだけではなく、ゴブリンよりも遥かに体が大きいクライシスクラスエネミーである『ジャイアントマーダー』にも起きたのだ。
これはグラスを人の声によって割ると同じ現象である。
グラスの共鳴する周波数に合わせて振動を加えるとグラスが割れるという現象を、イスは自身の能力を使ってグラスの代わりにエネミーを対象にしたのだ。
『GAAAAAAA!!!??』
史上最大の核爆弾が放った衝撃波は、地球を三週するほどの衝撃だという。
イスの放つ声も流石にそれほどではなく、自身の喉から発せられる声を媒介にしているためエネミーの大群を全滅させるほどの範囲はない。
だがそれでも能力によって倍増された音は数キロにも及ぶ範囲を誇り、彼女の声を聞いたエネミーが一つ残らずその命を散らしていく。
やがて彼女の能力によって齎された結果は、彼女の目で見える範囲の場所にはエネミーの血とその肉片だけが残るようになった。
「――……ふぅ、取り敢えず今の私が出せる全力はこれぐらいかしら」
自身の喉に手を添えて、先程までの澄んだ声の持ち主とは思えない枯れた声で後方に待機しているメンバーに報告をするイス。
そんなイスと彼女によって齎された結果を初めて見たアッパー、ラビィ、サイらの三人が口を開けて呆けていた。
「あぁご苦労、イス。イスはリカの隣で休憩しててくれ」
「りょーかい」
さも当然のようにイスの結果を受け止めているアイがイスをリカの隣に行くよう指示を出し、次に残りのメンバーに顔を向けて指示を出した。
「さぁ彼奴らが事態に気付きこちらにやってくるぞ」
その前にこちらから襲撃するのが次の作戦である。
「いっちょ派手にぶちかましますか!」
アイの指示を聞きながら、アッパーが下ろした荷物から様々な重火器をその身に装備するヒット。
その顔には久しぶりに大暴れできる喜びが浮かんでいた。
「……頼りにしているぞ、アッパー」
両腕に装備した巨大な機械式手甲の様子を見ながら、アッパーに言葉を送るレンジ。
その言葉を聞いたアッパーは「分かった」と了承するも、ヒットとレンジが装備している武装を見てそれらの装備が今まで背負っていた荷物の中に入っていたのかと内心思った。
「……ふぅ、よし」
ラビィの自らを鼓舞する声が聞こえる。
見ればラビィは自身の胸に手を当てて精神を集中しており、それと同時に彼女の服の隙間から淡い光が漏れ出ていた。
「さーて、頑張るぜ!」
「ミスをするんじゃないぞ、サイ」
次にサイが自身の体を伸ばして気合を入れ、アイが懐に装備した刀の重さを確かめる。
「ぶーぶー! 私も戦いたかったんだけど!」
「今回、貴女は後方で回復担当よリカ」
後ろでは不満げな様子で頬を膨らませるリカの姿があり、そんな彼女を諌めるイス。
これで全てのメンバーの準備が終わり、イスとリカを除いたメンバー全員は横一列に並んで前方にいるエネミーの大群を見る。
「いいか? 体力が無くなってきたら無理せずリカのいるところまで待機し、体力を回復させろ」
『了解』
「……アッパー、この戦いはお前が頼りではあるが決して無理するなよ」
「心配するなアイ。これも適材適所だ」
「……すまんな。それではこれより! エネミー掃討任務を開始する!!」
『おう!』
「――行け!」
そのアイの言葉と共に、先に駆け出したのは自身の体を『全力強化』を施したアッパーと、胸にあるもう一つの『重力』で出力を上げた量子加速移動を使ったラビィの二人だ。
「はぁあああああ!!!!」
最高速度で敵エネミーに接敵したアッパーは、その拳から放たれた拳圧で前方一直線にいるエネミーの集団を吹き飛ばし。
「やぁあああああ!!!!」
上空に転移したラビィが下にいるエネミーの大群を『重力』で押し潰した。
突然の出来事に例え知能が低い、いや低いからこそエネミーの大群は一瞬自らの時を止めた。
だがアッパーとラビィの攻撃によって大量に死んでいく自らの同胞を見て、彼らは次第に今の事態を飲み込めるようになった。
『RAAAAAA!!!』
『ギギギギャギャギャギャ!!!』
『――』
クライシスクラス、モブクラス、スピリットクラスのエネミーが方向を上げる。
それはまるで自らのテリトリーに侵入した能力者を全軍に通達しているようで、事実としてエネミーの大群が一斉にアッパーとラビィに殺到していく。
――ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。
サイレンのように鳴り響くこの声はクライシスクラスエネミーである『バスタースパイダー』だ。
体は巨大な蜘蛛で、頭の部分が大砲となっているそのエネミーは本来ならばその体の柔らかさを露呈させないようディメンジョンの空間を通って頭の砲台部分だけ現れるエネミーだ。
しかし今回はディメンジョンがいないからかその姿を現しており、何千体ものの数の砲台がアッパーらに向けられていた。
「……ッ」
それらの光景を見て、アッパーは一年前の光景を否応にも思い出す。
ロードの号令によってディメンジョン越しに現れたバスタースパイダーの砲台、そしてサイとアイを抱えながら逃げているアッパーに向けて放たれる砲弾。
そのような光景が今の光景と被り、アッパーはその顔を顰める。
「――今度はやらせねぇ!!」
その可愛らしくも頼もしい声はサイだ。
彼女は自らの体を浮かせて、二人の次にこの戦場にやってきた。
それと同時に発射されるバスタースパイダーの砲弾。
そのエネミーの砲弾もまたエネミーで所謂ミサイルの擬似的なセンサーのようなものであり、着弾の結果問わずに対象が近くにいれば勝手に爆発する砲弾だ。
――だが。
「へっ! 今度はやらせねぇって言ったろ?」
バスタースパイダーに向けて手のひらを向けるサイの前には、バスタースパイダーの砲台から飛び出したはずの砲弾が砲台の前に止まっている光景があった。
「……サイ」
目を見開いてサイの姿を見るアッパー。
サイが使ったのは自身の能力である『念力』だ。
出会った当初では『念力』の強大な出力によって彼女自身も使いこなせず、代わりに自身に命令を下すことで『念力』を制御していたサイ。
だが今回はそのような命令は必要なく、手を翳すだけで『念力』を自由自在に使いこなせているほど成長していたのだ。
「はぁっ!!」
突き出した手にひらをぎゅっと握るサイ。
するとバスタースパイダーの手前に停止していた砲弾が一斉に爆発し、その衝撃によって何千体もののバスタースパイダーが破壊される。
「へっ、どうよ!!」
不敵に笑みを浮かべるサイにアッパーは笑みを浮かべる。
すると、アッパーの前方にいたエネミーの体に無数の穴が穿たれた。
「成長した愛しのあの子を見てボーッとするんじゃねぇぞアッパー!」
からかい気味に言葉を発しながらアッパーに近付くヒット。
見ればヒットの両手には二丁のサブマシンガンがあり、そこから弾丸を飛ばしたようである。
「ハッハー!!」
「ちょ!?」
そして次にヒットが行った行為にアッパーが面を食らう。
何故ならヒットはサブマシンガンのある両腕を水平に開き、その場で体を回転させながらトリガーを引いていたのだ。
当然そのような撃ち方だと周囲にいる敵は愚か味方にも当たるのだが、不思議とサブマシンガンから放たれる弾丸は味方に当たらない。
「……これは」
放たれた弾丸をその目で追いつけるアッパーが見たものは、ばら蒔かれた弾丸が勝手に自身の軌道を変え、敵にのみ命中していく光景が見えたのだ。
これがヒットの能力である『命中』である。
たかが命中であると侮ることなかれ、ヒットの能力は当たるも当たらないも自在に操ることができ、その効力は投げたもの、狙ったもの、物理的、精神的、確率の問題、果ては因果まで操作し、対象に命中させるのがヒットの能力。
――故に。
「狙った獲物は逃げさないってことさ!」
ヒットを中心に無数のエネミー蜂の巣にされていく。
そしてヒットの他にもエネミーを倒す存在がいた。
「……ぅぉぉぉおおおお!!」
レンジだ。
彼のガタイから考えられないほどの速さでエネミーに近付き、対象を殴ると対象のエネミーを含んだ周囲のエネミーが衝撃によってその体を崩れさせながら死んでいく。
それはまるで先ほどのアッパーのような攻撃だ。
そのデカイ体格とマッチする豪快な戦い方に、緑色の巨人が敵をなぎ倒すアメリカンコミックのヒーローみたいな姿にアッパーは目を輝かせる。
「順調のようだな」
そこに、レンジと同タイミングで戦場にやってきたアイがその手に持った刀でエネミーを切り捨てながらアッパーに言う。
「あぁそうだな」
「さぁアッパー。まだまだこれからだ。皆を頼んだぞ!」
「任せろ!」
時刻は夜。
空に巨大な月や星の光が地上の砂漠を照らす時間帯に八人の能力者と無数のエネミーが、ここに対決した。




