第3話 とある深夜の話
時刻は深夜。
アンダームーンを照らす太陽核の光が弱くなり、対面に見える街の灯りが星々の灯りとなって地球と変わらない夜空が広がっていた。
全体的な季節や気温は地球の日本を基準としており、九月下旬という夏真っ只中の季節であるためベランダに届く夜風の冷たさが心地良い。
冷たい風と月世界の夜空をその身に感じさせながら物思いに耽るアッパー。
そんな彼が思い出していたのは昼間のアイが言った言葉だ。
『アッパー、今度は一人にさせん』
アッパーの脳裏には先程からアイの言葉が繰り返しており、その度に自身の胸が熱くなるのを感じるアッパー。
胸の奥底に溢れ出る嬉しいという感情に疑問を抱きつつ、一方でその一言を思い返す度に無意識の内に口角を上げていた事にアッパーは気付いていない。
「……はは」
「随分と嬉しそうね?」
「うぉっ!? ってえぇ!?」
ふと漏れ出た笑みにまさか誰かが反応するとは思わなく驚愕のあまりに体を痙攣させるが、その直後に何故己の感知能力をすり抜けて同じベランダにいるのか横の存在に再び驚愕するアッパー。
その存在――ノウンはこちらを凝視して警戒しているアッパーの姿を見て笑みを零す。
「ふふっ、なーにそんなにビックリしてるのよ」
「いやいやビックリしますよ……何で隣にいるのかとか、何で俺に気付かずに近付けたのかとか……」
「ま、年季が違うっていうことね。まだまだねアッパー」
まだまだというが、クロノスのお墨付きで能力未使用の状態でもアッパーの強さはトップクラスであると認定されている。
だがそんなアッパーでさえも未熟と言うノウンの存在は、強いというレベルを超えているのではないのかとアッパーは思った。
「それで、今日は何か良い事があった?」
笑みを浮かべながらまるでアッパーを面白そうに見て質問をするノウンに、アッパーは今日の出来事を話すか否か迷う素振りを見せる。
というのも、アッパー自身も今日は良い事あったのかと問われても上手く説明できず、かといってありのまま今の様子を説明しても何故か気恥ずかしいと思って躊躇しているのだ。
「あ! ひょっとして好きな女の子から何か嬉しい言葉を言って貰ったとか?」
「いやいやいやそうじゃないですよ」
突如として突飛な憶測で言葉を述べたノウンに呆れながら手を振って否定するアッパー。
そんなアッパーをノウンは笑みを維持したままジッと見つめた。
「……なんですか」
流石に気まずいと感じたアッパーはノウンにそう尋ねる。
「ふーん? いえ、好きか好きじゃないかはさて置き、嬉しいと感じた言葉というのは何だろうって思っていただけよ?」
まさかのドンピシャである。
アッパーは一言も現在の気持ちや経緯を語っていないのに、ノウンは看破してみせたのだ。
「……また観察能力ですか? 俺結構ポーカーフェイス得意なんだけどなぁ」
アッパーのポーカーフェイスは自身の能力で底上げされた感情制御能力により得意という次元を遥かに超えている。
私生活では感情を制御していないが戦闘では意識的に感情を制御しており、感情を制御したアッパーの表情を見てアッパーの考えを読めるなど誰もできないレベルだ。
当然、能力による読心も過去にスピリットとの戦いで遥かに高い精神耐性を得ており、心を読めるアメリアやアイでもアッパーの心を読むことができない。
そんなアッパーではあるが唯一ノウンだけがアッパーの考えを看破することができ、それがよりノウンの異常さを際立たせた。
「そんな事は良いわよ。アッパーが嬉しいと思った言葉、私も聞きたいわねぇ」
「親戚のおばさんか、お母さんかよ……」
野次馬根性が過ぎるノウンにアッパーが呆れると一瞬ノウンの目が見開き、そして次の瞬間一体何が面白いのかノウンは更に笑みを深めてアッパーを見つめた。
「……今度はなんですか」
「いーえ? さぁ早く言いなさいよ~」
「……はぁ」
どうやら話さないといつになっても解放されないとアッパーは思った。
いつになくグイグイと強引なノウンに呆れながら、アッパーは今日の出来事を話し始めた。
「今日、久しぶりにとある人と会ったんです」
一年前、新しく能力を覚醒させたアッパーの元に現れた姉妹の片割れであるアイからアッパーに言った言葉をノウンに話した。
「その言葉を聞いて、何で嬉しいと感じたのか分からない……でも嬉しいと思っているのは確かです」
「ふむふむ」
「……変ですかね?」
「いえ、寧ろ当たり前の事よ」
「当たり前……?」
疑問に思うアッパーにノウンはいつの間にか部屋の中にある椅子二つを手に持って、それらをベランダに並ぶ。
そしてその椅子に座ったノウンは、アッパーも椅子に座るようジェスチャーをした。
「えっと……」
困惑するアッパーだが、恐らく話が長くなるのだろうと思いノウンのジェスチャー通りに椅子に座る。
近日中にサハラ砂漠にある任務に出発する予定ではあるが、アッパーの場合数分も寝れば全快するので徹夜で話し込んでも支障はないからだ。
「さて、カウンセラーらしく貴方の悩みを解決しましょう」
(そういえばカウンセラーだった……)
カウンセラーはカウンセラーでも能力を専門とするカウンセラーで、果たしてアッパーの話を聞いて何故カウンセラーとして話を聞くことになったのかは分からないアッパーである。
「――貴方のことについては報告書やら聞き込みで大体把握しているわ」
「はぁ……」
「さて、ここで誰もが疑問に思うようなことをいくつか。貴方って全ての人を守るなんて高尚な願いを持っているのに、それまでに至る経緯が欠けてるという言葉がチラホラかあるわね」
「……」
本人も気にしている事をドストレートに言うノウン。
確かにアッパーは物心ついた時から人を助けることに躊躇はなく、色々な厄介事に首を突っ込んでは怪我をし、厄介事に突っ込んでは怪我をするという毎日を送っていた。
それらはまるで強迫観念のように突き動かされているようで、能力が覚醒する前はそんな性格の自分に疑問を覚えていたと記憶している。
そんな今では強力な能力を覚醒し、やれないことをやれるようになったことで受け入れられるようになったのだが。
「ここからが重要なんだけど、貴方の全ての人を助けるという願いは、言い換えれば全ての人を守るべき対象であると見做していることよ」
「……確かに言い方を変えればそうなりますね」
「これを聞いて貴方の事を『全てを平等に下に見る高慢ちきな人物』と言う人もいるかもしれないけど、全く見当違いで糞食らえな意見だと私は思うわね」
「はぁ……」
「――本当に高慢ちきなら、死に物狂いで人を助けようとするわけないのにね」
そう優しさも含みながら悲しそうに言うノウンを見たアッパーは一瞬言葉に詰まった。
アッパーはノウンの事を知らず、一番長くノウンと付き合っているクロノスでさえも彼女の素性を知らない。
だからこそアッパーは思った。
クロノス曰くノウンもまた悪に容赦なく、善を救おうとするというアッパーと似た性格の持ち主であることから、彼女もまた過去に苦労したのではないのかと。
「まぁ思っても、生きて十七年の若僧には分からないけど……」
「ふふ、だから年長者の私が似たもの同士の貴方を導くのよ」
聞こえないような呟きを拾ったノウンに、アッパーは苦笑いを浮かべた。
「難儀なものよ? 皆を救いたいから頑張って、理由のない自分に葛藤して、それでも守りたい人たちのために強くなると、ふと気付いたら孤立していた」
「……」
強大な敵を倒し、大切な家族を取り戻し、未来からの宿敵が現れ、そして国を救ったことで己の存在は他者のためにあると思った。
思ったが故に見知らぬ誰かの幸せのために自己を犠牲にする事は厭わないと思ってしまっていた。
「まるで生きる平和維持装置みたいなモノよ? 私たちは」
「例えそれでも……構わない」
「そう、孤立しても構わない」
「……人を救うためなら全てを受け入れる」
「それでもなお嬉しいと思ってしまう」
――平和維持装置でも、心があるから。
「……」
「今見ている景色はどのように見える?」
唐突にノウンがベランダから見える景色に指を差してアッパーに問い、アッパーはノウンが指差した先を見て考えた。
普通であればアッパーの見える景色は、星の光として彩る街の灯りや暗くなった夜空、夏に感じる心地良い風や深夜の静けさが挙げられる。
だがノウンが聞きたいのはそれじゃないだろう。
この流れとして、アッパーの目に写っている景色は一体どうなっているのかを聞きたいのだ。
だからこそアッパーは『今の自分』に見える景色をノウンに言った。
「こことは反対側に並ぶ街並みが見える。数キロ先の建物の中の様子を聞き取ることができる。人が動く気配を感じれる。動植物の臭いを嗅ぎ分けられる。全ての動きが――」
「――予測できる」
五感で感じ取れる情報量の次元が違いすぎるのだ。
人間としての限界を超え、周りに見える光景は全て理解できる程まで強化され、それでも強化された精神が本来ならば狂っているレベルの情報量を耐えさせる。
それが今の状況。
それがアッパーが常日頃から感じる景色。
「戦って、強くなって、人として根本的に違っていって、そして気にしなくなった」
「……そして動き続けていった」
「『孤独』になりかけているとも知らずに」
これが能力者の宿命である。
どんなに強くとも、どんなに超人であろうとも、その内側には『孤独』という冷たさがあった。
「それが貴方が嬉しいと思った理由よ。大事にしなさいアッパー、貴方を心配してくれて一緒に歩もうとしている人たちが貴方の『理解者』なのだから」
アッパーの『孤独』は守るべき対象が消える事。
アッパーの『理解者』は守るべき対象が共に歩んでくれる事。
守るためには一人で戦った方が効率よく、しかしそのせいで『孤独』が進行する。進行させないためには『理解者』と共に歩む必要があるが、万が一があれば『孤独』が進行する。
「難儀、だなぁ……」
「これからの戦い、貴方は自分の欠点を理解しないとね」
「……まさかそのためにここに?」
「さぁね? それと理由探しはあとでも良いわよ」
もしかしなくとも、中身の無い目的についてだろうか。
「今の性格を形作ってきた過去があると同時に、これからの行動で今の性格に積み重なっていくものがあるからね」
そう言ってノウンは椅子から立ち上がり、帰るためにアッパーの部屋の玄関に向かっていく。
そんなノウンの後ろを見たアッパーは、ふと聞きたいことが浮かび上がり椅子から立った。
「なぁノウンさん!」
「ん、なあに?」
「ノウンさんも……俺と同じ能力なのか……?」
ノウンは能力が使えない。
しかし使えない状態でもアッパーを凌駕する身体能力を持っており、ナガラーシャ皇国ではアッパーに『強化』の使い方を教えられた。
能力専門のカウンセラーとしては、あまりにもアッパーの能力に詳しすぎた。
だからもし、ノウンの能力がアッパーと同じ能力であるならば色々な情報が繋がると思い、アッパーがノウンに質問をしたのだ。
そう思って質問したのだが……。
「内・緒☆」
「……」
そうウィンクして、玄関から出て行った。




