第2話 心の願い
「サイさんのお姉さんですか! 私の名前はラビィです、初めましてアイさん」
アイの自己紹介を聞いたラビィは、自身よりも頭一つ低いアイに向けて自身の名前を告げると、ふと疑問に思ったのかアイの身長を見て次にサイの身長を見た。
「……おい」
「は、はい!? いえ、何でしょうか……?」
ラビィと同じ反応をこれまで見たことがあるからなのか、己の身長と妹のサイの身長を比べているラビィに気付き、低い声で呟く。
(気持ちは分からんでもないが……)
確かに姉妹であると紹介されても初対面の人は戸惑うだろう。
妹のサイは年齢相応の身長や体型をしていながらも、どこぞとは言わないがとある部分が一般の規格以上のサイズを誇っていた。
反面、姉であるアイは一言で言うと一年経っているというのに女子中学生の体格をしていた。
オブラートに包むと幼い外見であり、身も蓋もなく言うとつるーん平原、ぺたーん平原、すとーん平原の三大摩擦力ゼロの大平原を体現している体型と言っても過言ではない。
そう考えてアイとサイを交互に見るアッパーだが、いつの間にかアイがアッパーの懐に入り光のない暗い目でアッパーを見上げていた。
「……なぁ今私とサイのどこを見て比べていた?」
暗い目というよりも闇だ。
「……クラベテナイデス」
「あ゛ぁ゛?」
コンプレックスは超人を怖がらせる。
そう胸に刻み込んだアッパーであった。
◇
一騒動があったものの案内役である男が部屋から出ていったことで冷静になった面々は、任務の概要を共有するために与えられたソファに向かう。
今任務を担当するアイは説明するために二つある内のソファを一人で座り、残った全員はテーブルを挟んで彼女の対面にあるもう一つのソファに座った。
「さて、先ずはいつも妹がお世話になっていることにお礼を言おう」
「いえ、こちらもサイさんを観察もといサイさんのお世話になっていますから」
「観察……?」
「取り敢えずアイ、これから俺たちが受ける任務の概要を教えてくれないか?」
ラビィの発言に首を傾げたアイだが、そこにアッパーが話を元に戻すようアイに説明を促した。
アッパーの言葉に賛同するように、サイもまた真剣な顔でアイを見やった。
「姉ちゃん、地球にエネミーがいるって……」
「ふむ、ではどこから話そうか……」
思案するようにアイが考え込み、暫くすると口を開いた。
「あの日、能力者社会史上初の地球でのエネミー交戦から三ヶ月経過した頃だ」
そのアイが前置きした内容にサイが唾を飲み込んだ。
本来エネミーとは能力者のいるアンダームーンでしか現れず、能力のもたない一般人の前に現れない。
つまり実質的に地球には現れないはずだが、何故かあの日は一般人がいるにも掛からわずエネミーが現れた。
当時の状況はアイやサイにも辛い出来事だったようで、不本意だが新人であるアッパー一人にエネミーを任せて脱出した当時に二人は苦々しく思っていた。
アッパーもまた二人の心境は理解できるが、当時は二人を守りながら戦うのは非常厳しかったため、先に二人を脱出させたことは後悔していない。
だがそのことを二人に言うつもりはアッパーになく、静かにアイの言葉の続きを待った。
「遠隔支援ルーム……今は司令室か。その司令室から地球のサハラ砂漠でエネミーの反応を拾った」
普段は新しい能力者の反応を探すために地球に向けて感知をするのだが、とある一人の『感知』系の能力者が三ヶ月前のエネミー襲撃事件を思い出し、試しに地球に向けてエネミー感知を行ったらしい。
結果はまさかの反応アリということで、急いで対策班が建てられたというのだ。
「待ってくれ! それじゃあ何でオレは知らないんだ!?」
そこまで聞いたサイは目を見開いて声を荒らげた。
だがその問いは想定内だったのか、アイは静かに説明をする。
「かなりの異常事態故に、当時は上級の中でも特級に届く実力を持つ能力者が選ばれたのだ」
そしてその内の一人はこの三ヶ月という期間を経てかなりの実力を得たアイが選ばれた。
少数精鋭ではあるがかなりの実力を誇る対策班が結成され、彼らは地球のサハラ砂漠へと調査に向かった。
「地球最大の砂漠であるサハラ砂漠からエネミーを発見するのはかなりの時間が掛かった」
サハラ砂漠が広大という理由もあるが、一番の理由としてはエネミーの存在がサハラ砂漠のそこら中にあったからだ。
だがその反応のあったエネミーを探すと、そこには件のエネミーの姿はなく、あるのはミツバチ型のエネミーだったのだ。
それらの情報を聞いたラビィは記憶の中にある情報と照らし合わせると、一つの情報を持って口に出した。
「まさか、存在撹乱のスピリットクラスエネミー『クインジャマー』……」
「あぁそうだ」
エネミーというのは全部で五種類存在する。
小型ではあるが群れで襲いかかってくる軍勢級エネミー。
半霊体の存在が多く、精神系の力を得意とする精霊級エネミー。
巨体が多く、体の一部が武器となっている危機級エネミー。
災害を体現し、一体だけでも国一つ滅ぼす災害級エネミー。
そして人型を保ち、知性も持つ新しく発見された破壊級エネミーの全五種類だ。
その内ラビィが言ったスピリットクラスに属する『クインジャマー』というものはハチの軍を統率する女王バチの事をクインジャマーと呼ぶのだ。
このクインジャマーが統率するハチは所謂『撹乱蜂』と呼ばれ、撹乱蜂はクインジャマーの命令によって隠蔽対象の表面を僅かに削り取り、周囲に散らばるという。
その隠蔽対象の表面を持った攪乱蜂からはその表面の持ち主と同様の反応を発するようになり、感知系能力者の能力を撹乱するのだ。
「……そのクインジャマーが、サハラ砂漠の大部分を覆うように複数存在していたのだ」
「何だその数……!?」
アイの放った言葉にサイが驚愕する。
そんな数のクインジャマーがサハラ砂漠にいるため、アイたちは感知反応に赴き、その反応を発するクインジャマーを殲滅していったという。
「途中アンダームーンにロードと同じデストロイヤークラスのエネミーが襲撃してきたと分かり、私たちもアンダームーンに帰還しようとしたが評議会から許可されなくてな」
そのお陰で多数の能力者が死亡したあの戦いに参加せずにいられた事でこうして生きていると、アイは亡くなった先達の事を思い浮かべ、皮肉るように言った。
「話を元に戻そう。エネミーとはいえクインジャマーには攻撃力がなく、かといって地球にエネミーが存在しているという異常事態を見逃せるはずもないため殲滅していったが、とある場所でクインジャマーじゃない存在がいたのだ」
それこそ、クインジャマーが隠蔽していた対象であるモブクラスエネミー、スピリットクラスエネミー、クライシスクラスエネミーの三種類のエネミーの大群だったのだ。
「そのような大群が、ディメンジョンの空間を通ってひっきりなしに現れ続けていた……!」
「……まさか、クインジャマーが撹乱していたのはエネミーの大群を地球に送り込むための時間稼ぎなのか……ッ!」
アイの言葉にアッパーが推測を述べた。
「クインジャマーをある程度殲滅し、その大群に気付いた時には既に私たちの手に負える規模ではなかった! だから私は評議会に報告し、応援を頼んだのだが……」
そこで評議会が選んだのはアッパーというわけである。
「それで、なのか……アッパーに任務が来たのが……」
「すまないアッパー……聞けばお前は数日前に国一つを救うほどの任務を終わらせたばかりだそうじゃないか……お前との再会は喜ばしいが、こんな形でお前と会いたくはなかった」
「ですが、お兄ちゃんの過去の実績やお兄ちゃんの実力を鑑みれば……確かにその大群を相手できるのはお兄ちゃんしかいない……」
サイとアイはあの時アッパー一人に任せっきりにしたことに対して負い目を感じていて、アッパーを任務に参加して欲しくないと思っている。
ラビィは合理的な理由を述べるが、それでも通常の人間であれば確実に許容オーバーの仕事の連続にアッパーを心配している。
アッパーの身を案じている女性陣を見やりながら、アッパーはまるで前から決めていたかのように確固たる決意で答えた。
「俺は、この任務に参加する」
『……』
静寂な空気が部屋に漂う。
兄の心配をするラビィに、参加を決めたアッパーを思い詰めるような表情で見る姉妹。
そんな彼女たちに、アッパーは笑みを浮かべた。
「知ってるだろ俺の能力。飲まず食わず休みいらずで僅か数時間、下手すれば数分休めば全快する能力だぜ? そんな能力が人のために使わなくてどうするんだよ」
「……その人のために、と簡単に言うのがお前らしいな」
「姉ちゃん……」
「だがなアッパー、そう自分を化物扱いするな。お前はただの能力者で、お前の存在全てが他人のためにあるという道理もないのだ」
かつての戦いでロードに言われたことがある。
――そうやって強くなっていく貴様はいつか必ず孤独に陥るぞ!と。
「私たちが欲しいのは『私たちと共に戦ってくれる仲間』であって『私たちを守ってくれる護衛』ではない」
そう言ってアイはアッパーに向けて手にひらを差し出し、アッパーに手を触れろと言った。
アイの言葉にアッパーは神妙な面持ちでアイの手にひらに自分の手のひらを乗せた。
すると。
「……前よりお前の事を読むことができなくなった」
まるで残念そうに呟く彼女を見れば、アイの瞳は赤く輝いていた。
「前は、お前の『理想の壁』を見ることができていた……どんなに高くとも遥か頂にある理想を確かに見据えて登っていくお前の姿が見えていた……だから私はお前に期待していた」
そう言ってアッパーの顔を見るアイの表情には、まるで泣きそうな顔をしていた。
「だが今は、私にはお前の姿が見えない」
「アイ……」
「その壁をお前が登っていると分かっているのに、私にはお前の登っている姿が見えない。それが酷く不安な気持ちになり、もしかしてお前がその壁から落ちるかもしれないと思うようになった」
それほどまでにアッパーのいる位置とアイのいる位置が広がっていた。
まるで置いて行かれるような、まるで遠くに行ってしまうような気になってアイはアッパーを心配していたのだ。
「思えばその壁を一人で登っているのが間違いなのだ」
落ちたら誰も助けてくれない。
登りきったら誰もついて行けない。
アイは自分の手をアッパーの手から離す。
赤い色に輝く瞳が元の黒眼に戻っていき、アイは決意を込めた眼差しでアッパーを見つめて言った。
「アッパー、今度は一人にさせん」




