第9話 敵を滅ぼせ
「広樹! 間に合ったな!」
サイが安堵したかのような表情で駆けつけてくる。
「『バスタースパイダー』の砲弾が発射された時はどうなるかと思ったぜ……」
「『バスタースパイダー』?」
「『バスタースパイダー』は『ジャイアントマーダー』と同じ危機級のエネミーだ。その口から発射される砲弾は口径約80cm程度の大型砲弾でその威力は直撃されたら幾ら能力者でも一たまりの無いほどだ」
広樹の疑問に答えたのはアイだ。そしてまたもや広樹にとって聞き覚えの無い単語が出てくた。『バスタースパイダー』、それに『危機級のエネミー』。
字面だけ見ればその言葉の意味は理解できる。だが果たしてそれは広樹が認識している意味ならばの話だ。
例えば、能力者達の間で理解できる暗号や比喩ならば能力を覚醒して4日の、もっと言えばアイ達と知り合って一日目の広樹には理解出来ない事である。
そして何よりも今の広樹には情報が必要だ。先程の戦いで理解できた。
広樹の能力は『強化』だ。文字通り身体、精神問わず広樹が理解できている範囲で無差別に自身を強化することが出来る能力。
それも広樹の集中力が続けば続くほど強化の度合いが際限なく増加していくほどの強力な能力で、それに合わせて能力と共に覚醒した異常な学習能力もあり、並大抵の敵では歯が立たないほどだ。
だがそれも事前に過去からの経験や情報があったからの話であり、こと未知なる現象や敵に対しては後手に回る必要がある。
これからの戦いに備えるために、その事について質問をしようとする広樹だが周りの状況は許すことも無く、見れば広樹たちの様子を警戒していたエネミーは少しずつ此方に近づいて来ていた。
「まぁ広樹なら『バスタースパイダー』の攻撃を受けても問題ないと思うがな。……話しは以上だ、戦闘体制に移行しろ」
エネミーの様子に気付いたアイは話を打ち切り、戦闘の準備をするようにこの場にいる広樹達に指示をする。
「広樹、姉ちゃんと一緒に戦う時はちゃんと姉ちゃんの指示に従えよ?」
「……どうしてだ?」
「指示に従えば分かる」
サイの要領を得ない言葉に首をかしげる広樹。だがその自信満々な表情を見るとそんな些細な疑問はどうでもよくなってきた。
その些細な疑問はサイが言ったようにアイの指示に従えば分かると、取り敢えず様子を見る広樹であった。
『GRAAAAAAAA!!!』
此方を威嚇する数体のジャイアントマーダー。それに合わせて周囲のゴブリンも武器を鳴らして此方に近づいてくる。
そして何よりも、
――ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。
「な、なんだ!?」
「あれが、『バスタースパイダー』の鳴き声だ」
身体の奥底に響く、不気味な唸り。それはまるで戦闘の開始を告げるサイレンの音のようだった。
「さぁ来るぞ、サイは周囲にいるゴブリンを一掃。広樹は私と一緒にジャイアントマーダーの駆除だ!」
「バスタースパイダーはどうする?」
「その時が来たら私が指示する」
まるでその問題はあまり重要じゃないかのような物言い。一体何処からそれほどまでの自信が来るのか。
(まぁその時が来たら分かるか)
「それじゃ先ずはオレからだ!!」
広樹が考えている横にサイが敵に向かって突撃した。正確に言えばゴブリン共が密集している付近にだ。
「対象を前方の『ゴブリン』に指定、『吹き飛べッ』!!」
瞬間、サイの呟きと共にゴブリンが身体をひしゃげながら吹き飛んだ。
「まだまだァ! 対象を空中の『ゴブリン』に指定、『叩き潰せ』!」
未だ空中に滞空しているゴブリンだった物はサイの言葉と共に一斉に下にいるゴブリンに向かって強烈な叩き付けをした。
「なんだあれ……?」
サイの言葉通りに実行される不可思議な現象。幾ら能力を覚醒し、エネミーと遭遇しても動じなかった広樹だが、流石にこの物理現象を捻じ曲げた光景には度肝を抜かれた。
「まぁ物理現象主体でしか見てこなかったお前にはあの光景はビックリしただろう」
広樹の様子に気付いたアイは広樹に言った。
「あれこそがサイの持つ能力、『念力』だ」
念力。それはよくあるSFの世界に登場する最も有名な超能力の一つ。内容は、触れずに物体を動かすというシンプルな能力だ。
「実際、態々言葉に乗せる必要は無いのだがあの子の能力は『念力』の中でも強力なものでな。ああでもしないとコントロールをミスって周囲無差別に影響を及ぼすほどだ」
「大丈夫……なんかそれ?」
アイの言葉に少々、いやかなり不安になる広樹であった。
「大丈夫だ、ミスした時は私が報告しよう。では私達も行くぞ!」
広樹の返事を待たずに駆けて行くアイ。先行き不安になる広樹だがそうも言ってられない程の状況なため、アイの直ぐ後ろに並んで走った。
向かう先はジャイアントマーダーの群れ。だがその走る速度を緩めずにアイは手に持つ刀をすれ違いざまに抜刀。
「フッ!」
『GA!?』
「なっ!?」
抜刀速度は広樹の目からしてもあまり速くなかった。それなのに切り付けられたジャイアントマーダーの身体には特に抵抗も何も無く綺麗に真っ二つに分かれたのだ。
「疾ッ!」
次々とジャイアントマーダーの胴体を切り離していくアイ。一体その小さい身体で何故ああいう芸当が出来るのだろうか。抜刀速度も並、剣速も並、唯一凄いと分かるのはその剣筋だろうか。
全くのブレも無く、その気迫は超人の粋でさえ届く程なのに、それなのにその身体能力は普通の少女とほぼ、いや若干それよりも上でいながらあの異形の化け物共を次々と真っ二つにしていく。
(これもアイの能力……なのか?)
広樹もアイの様子を観察しながらアイに群がるジャイアントマーダーの胴体を消し飛ばす。こっちはこっちで異常な光景だった。
(ん?……あの目の輝き……昨日見た輝きとは違う)
昨日、アイが広樹の思考を読んだ時、アイの瞳は赤く輝いていた。それが今日の戦闘では青く輝いていたのだ。
(まさか、瞳の色によって能力の内容が変わるのか……?)
赤色の瞳だった場合は『思考を読む能力』で青色の瞳だった場合は『物体を真っ二つにする能力』ではないかと推測する広樹。
もしそうだとすると今起きている現象には一応の説明がつく。そう思わなければあの光景は異常の一言だった。
身体を動かしながらもアイの能力について思考する広樹。するとアイは突然此方に振り向き、こう叫んだ。
「広樹! 三秒後に前方からバスタースパイダーの砲弾が来るぞ!」
唐突で意味不明な指示。一瞬広樹の思考は白くなるが、サイの言っていた指示に従えという言葉を思い出し、前方の空間から来ると思われる攻撃に身構えた。
一秒、二秒そして。
「三秒――」
瞬間、前方の空間が裂けて中からあの巨大な砲口が見えた。
(出て来る前に潰す!)
脚力を全力で強化、あの砲口が空間の裂け目から出てくる前に疾走。だがそれでもあの空間付近に到達する時は既に砲口の半分ぐらい出ていた。
それでも自信の速度緩めず、寧ろ更に加速し跳躍。
「《一点全力強化》……」
広樹の右足が傍目から分かるほどの圧倒的な圧力が放たれ、白く光輝く右足。その右足を広樹はバスタースパイダーの砲口に向かって蹴り飛ばした。
轟音。暴風。衝撃。
そのあまりの威力に蹴り飛ばしたバスタースパイダーの砲口はおろか、裂けている空間でさえも、周囲のエネミーさえも消し飛ばしてしまった。
流石にこの状況を予想していなかったのか、アイは口を開け呆然と呟く。
「あー……あの砲弾が来るから避ける準備をしろと言いたかったんだが……まさか空間諸共消し飛ばすとか……」
「な、なんだよあれ!? 何がどうなって何が起きたんだよ!?」
あまりの出来事に混乱する二人の様子を見て、広樹は暢気にこういった。
「まだまだ残党が残ってるぞ。急いで片付けようか」
自分が起こした状況に目もくれず、未だ残ってる瀕死のエネミーにトドメを刺そうとする広樹であった。