第41話 ナガラーシャ決戦 中編
前編の次が後編だと思ってた時代が僕にもありました。
そこには現れたのはナガラーシャ皇国の第二皇女であるエリーゼ・フォン・ナガラーシャが、虚ろな目でアッパー立ちの前に立っていたのだ。
「何故、ここに彼女が……」
「お姉様……」
先ほどの男のようにスキーマーに憑依されている気配は感じられない。
考えられるのはジークモルゲンの手によって何かされたとしか考えられなく、アッパーもまたエリーゼの存在についてそれほど気にかけていたわけでもないため具体的に彼女が何をされたかは分からない。
「ジークモルゲン! お前彼女に何をやった!?」
「単純に洗脳を施しただけさ」
曰く、能力を暴走させる薬の売人を堂々と探しているエリーゼの姿を見かけたジークモルゲンは、気まぐれで彼女を捕らえて洗脳を施したらしい。
「気まぐれで洗脳……」
「アリスさえいればこの国を破壊できるし、常識的に考えればあの大津波を出せた時点で既に止めようがなく、俺の復讐は成就するはずだった」
エリーゼの意識を残すように洗脳を施したため、彼女に崩壊した祖国を見せて、何年かアンチノーマルの仕事を行った後に正気に戻そうかなと楽しそうに今後のスケジュールを話すジークモルゲンに、アッパーたちは顔を顰めた。
下手しなくともエリーゼはそこで『孤独』を発症させて廃人になるか、もしくは死に至る可能性がある。
それを承知で、いやナガラーシャ皇国やその皇族を憎むジークモルゲンならばそれが『狙い』でエリーゼを誘拐したのだろう。
「彼女は謂わば、復讐後の遊びなのだよ」
そう笑いかけるジークモルゲンだったが、その直後に憤怒の表情でアッパーを見た。
「貴様のせいで、今後の予定もパーになったがな……!!」
それも本命である復讐もアッパーによって失敗に終わったのだ。
これまで積み重ねてきたものがたった一人の能力者のせいで失敗に終わり、次の復讐の機会も下手すれば永遠に失った可能性もある。
ジークモルゲンの胸中にあるのはスキーマーと同じくアッパーに対する憎しみの感情であり、例え自身の復讐が失敗に終わってもその原因であるアッパーを倒すまで止まらなくなったのだ。
「さぁ目覚めろエリーゼ! 妹との感動の対面だ!!」
使えるものは何でも使うと言った感じで、ジークモルゲンは虚ろな眼差しをしていたエリーゼを呼び起こす。
アッパーの信条に関してはスキーマーたちから聞いたため、アッパーの守る対象であるエリーゼを使えば多少は戦いやすくなるのだろうと考えたのだ。
まぁ最も、ジークモルゲン自身もここでエリーゼを使うとは思っていなかったのだが。
「エリーゼに施した洗脳はただ一つ!! それは敵と味方の区別! 彼女の信条も、性格も、考えも、思考も全てを残した上で彼女の敵味方の区別を弄った!」
「う、ううん……?」
ジークモルゲンの言葉と共にまるで寝起きのような仕草を取るエリーゼにアッパーは身構える。
ただの第二皇女であると侮るなかれ。
彼女から感じる気配はこれまでよく感じた暴走能力者と同じ気配が感じられ、それでいて彼女には正気を失った様子が見られないのだ。
「ふっスキーマーめ……試験用の暴走薬を投与したな? 全くこの時だけ気が回る男よ」
エリーゼから感じる気配に心当たりがあったのかジークモルゲンがそう言って笑みを浮かべ、彼の呟きを聞いたアッパーはエリーゼの様子を推測できた。
恐らく彼女は自身の意識を維持させる試験用の暴走薬を投与されているらしい。
(それが本当ならヤバイぞ……!!)
街数区画分影響する程までに能力を増強する代わりに能力者の意識を奪い能力を暴走させるというデメリットがある薬が、もし暴走薬を投与されても意識を残っているのならそのデメリットが消えるということになる。
(つまり実質的な能力増強薬……!!)
薬を投与すれば気軽に能力を強化できる手段をアンチノーマルが既に手に入れつつあるということだ。
「ここは……?」
「起きたかエリーゼ」
「ジークモルゲン叔父様……? ここはどこですか……?」
周りを見れば炎に包まれた瓦礫の街だ。
訝しむように見渡しているエリーゼは呆然とジークモルゲンに尋ねた。
「ここはナガラーシャ皇国だよエリーゼ」
「ここが……!? ここが我が国なのですか!? そんな酷い……!!」
「あぁ酷いだろう? それをやったのが……あの子だ」
そう言ってジークモルゲンが指差した先は、目覚めたエリーゼ相手に顔を強ばらせているアトリだ。
「え!?」
「なっ、貴女は……!!」
突然指名されたアトリは驚愕し、アトリの姿を見たエリーゼも驚愕する。
と、そこでエリーゼは何やら納得がいった様子にアトリに向けて目を細めた。
「アリス貴女……恥知らずにも我が国に復讐しに来たのね?」
「ち、違!? 私じゃ――」
「勘違いにも甚だしい! 貴女が『偉大な炎』を出せなかったせいなのに我が国に被害を齎すとは!!」
アトリの話を聞こうとしない。
これが勘違いであれば説得なりなんなりできるが、エリーゼの場合は『洗脳』だ。説得は通じないし、そもそも応じる気配さえない。
(何て茶番だよ……)
あまりの展開にアッパーは呆れて物言えない。
ただエリーゼは皇族だけあり、巨大な炎という『偉大な炎』を扱える時点で能力の出力は上級に差し掛かる中級レベルであり、アッパーはナガラーシャ皇国の初日にエリーゼと交戦して彼女が扱う棒術が実戦レベルにあると分かっている。
それに加えて正気を保った能力の暴走だ。
正気のない暴走能力者も厄介だが、正気のある暴走能力者も厄介だ。
何せ周囲にぶつけるだけの能力が本人の意思で対象を集中して能力を使うため、その威力も段違いである。
「アトリ、お前は隠れてろ」
確かにナガラーシャ皇国を覆う津波を作り上げるほどの潜在能力を持つアトリでも、それは能力を暴走させた状態だ。
ディディスもない状態のアトリではこの戦いについて行けないのだろうと考えたアッパーだが、そんなアッパーに向かってジークモルゲンの火炎が舞い上がった。
「さっそくだな!」
勿論ジークモルゲンの動きは把握しているため、アッパーはアトリを抱えてジークモルゲンの火炎を跳躍して避けた。
「この俺が逃すと思うか?」
「やっぱ逃さないよなぁ……!」
何せジークモルゲンの目的が皇族を含めたナガラーシャ皇国の崩壊だ。
前まではアトリを見逃すと考えをしていたはずだが、アトリのこの国に対する憎しみが低いということで失望し、アトリを復讐対象の枠組みに入れたのだ。
(さて、ここからはアトリを守りながら戦うってことか……)
今のアッパーは『全力強化』が使えることができるため、はっきり言うとジークモルゲンや能力が強化されているエリーゼの二人と戦っても問題ない。
だが十分な実力を持つ二人とアッパーが戦えばそこからとんでもない威力の余波が発生する可能性が高く、その余波を発生させずにアトリを守るというのも中々分が悪い。
そう考えるアッパーなのだが、背後に隠れていたアトリが一歩前に出たことで思考を止めた。
「アッパー……私も戦う」
なんとアトリがアッパーと一緒に目の前の二人と戦うと言いだしたのだ。
「ダメだアトリ。お前が敵うような相手じゃない」
「ううん。ここは私も戦うよ……一回お姉様に一泡吹かせたかったから、ね!」
『!?』
アッパーの言葉を無視してアトリが二人に向けて能力を繰り出す。
その瞬間、振るったアトリの手から巨大な炎が飛び出たのだ。
「この大きさは……!?」
「チィッ!?」
アトリの予想以上の火炎にエリーゼは驚愕し、ジークモルゲンの急いで水のベールでアトリの火炎を防いだ。
二つの相反する属性が触れ合った瞬間、アトリの火炎とジークモルゲンの水壁の間から大量の蒸気が溢れ出す。
「この威力……まさか!?」
風の力で蒸気を吹き飛ばしたジークモルゲンは、先程アトリが出した炎の威力に何か勘づき目を見開いた。
一方アッパーもアトリの異常な大きさの火炎に驚きながらも、まさかと思い冷静にアトリの気配を探ると僅かではあるが見知った気配を感じ取れた。
『暴走状態か!?』
アッパーとジークモルゲンが自身がたどり着いた答えを同時に口に出した。
そう本来野球ボールと同等の大きさしか出せないアトリが、先ほどの大きな火炎を出せたのは彼女の能力が暴走している状態にあったのだ。
(そういや暴走状態にあったアトリがたかが制御装置を破壊しただけで正気に戻っていた……)
暴走能力者の特徴は能力が強化される代わりに本人の正気が失う。
暴走の時の出来事は正気を失っていた状態でもちゃんと覚えており、本人の意識が戻るのは気絶から復帰した時だ。
だが思い返せばアトリの場合、暴走する能力に僅かでも抵抗しており頭の制御装置を破壊しても気絶した様子もなく、まるで最初から正気を保っていた節がある。
(何が起きている……何が……?)
アトリを注視していたアッパーは無意識の内に集中をしたのか自身の目に強化の力が宿り始める。
(!? ……あれは)
アトリを強化した状態で見たアッパーが驚愕する。
何故ならアッパーの目に写っているアトリの背後にまるで守るように漂っている青い半透明な女性の影が見えたのだ。
その女性の影はどことなくアトリに似ており、まるで――。
「まさか……」
思い出すのはアトリが自身の過去を話していた時に出てきたジークライルの言葉。
過去のジークライルが幼いアトリに向けて発した言葉がアッパーの脳内に出てきた瞬間、アトリから声が来た。
「アッパー、来るよ!!」
「――!」
アトリの声にふと我に返ったアッパーは、こちらに巨大な暴風を放つエリーゼの姿を見て、咄嗟に右腕を強化してその巨大な暴風を吹き飛ばした。
「そんな……私の風が!?」
「普通の強化でもその度合いが上がっている……それはともかくアトリ、本当に戦うんだな?」
「勿論! お姉様を認めさせて……私は前に進む!!」
「そうか……」
アトリの言葉を聞き、次に後ろに見える女性の影を見たアッパーは一瞬だけ思案した後に前に出たアトリの隣に並び立った。
「ならやろうじゃないかアトリ!」
「うん!」
「ほざけ、所詮一時的な強化だ!! この俺の手で葬ってやる!!」
そうして始まるナガラーシャ皇国での決戦。
アッパーの短い滞在と、アトリの長い苦しみが今解放される。
この章もあと二、三話ぐらいで終わりになります。
その時まで付き合ってくれたら幸いです。




