第40話 ナガラーシャ決戦 前編
(誰か……!!)
声にならない悲鳴で誰かの助けを呼ぶも、当然誰も反応してくれない。
能力が暴走しているせいで体の制御も能力の制御も効かず、それなのに意識だけははっきりしているためにこれから自分の能力が何をするのか分かってしまう。
何もかもが死んでしまう。
(おばあちゃん……! アメリア……! お父さん……!!)
大切な人達を殺してしまう。
その瞬間アトリは己の胸が締め付けられるような痛みを抱き、苦しみ始めた。
訓練にかまけて無勉強なアトリでも分かる。
これは『孤独』の症状だ。
罪悪感が溢れ出し、目には外の光景が写っているのに自分は暗い闇の中にいると錯覚する。
周囲の温度が途端に冷たくなったかのような錯覚がアトリの心臓を締め付け、その冷たさがアトリに孤独であると強調しているようだ。
すると体の芯が徐々に冷えていき、心臓の鼓動がまるで何かに焦っているように早鐘し、アトリの体を震わせた。
(誰か……誰か……誰か……!!)
誰か大切な人を殺そうとする自分を止めて欲しい。
その瞬間、アトリの脳裏に一番初めに手を差し伸べてくれた人の姿が浮かんでくる。自信のある表情で自分を引っ張っていくも、それでいて常に気を掛けてくれるその人物。
彼が声を掛けてくれたからアトリと人の輪が広がっていった、お人好しの彼がいたからアトリの絆が戻ってきた。
彼との出会いがアトリを変えてくれた。
だからこそ叫んだのだ。
その人の名を。
そして思い浮かべたのだ。
その人の姿を。
(アッパー……ッ!!)
かくして、その願いは――。
「アトリィィィィィイイイイイイイ!!!!」
(……あ)
その人の声が聞こえて、涙が止まった。
大きい手にひらが見えて、体の震えが止まった。
必死に助けようとする顔が見えて、体温が元に戻った。
その人物に気付くと同時に己の体に包まれる暖かい体温にアトリの心は安らかになっていき、あれほど辛かった『孤独』が徐々に癒されていく。
パキリ、と何かが壊れる音が頭の機械から聞こえた瞬間にアトリの手がまるで主導権を取り戻したかのようにピクリと反応した。
「辛い思いをさせて、ごめん……!」
アトリを抱きしめながらそう心からの謝罪を放つアッパーだが、そんなアッパーにアトリはまるで可笑しそうに笑みを零した。
「謝る必要なんてないよ……」
ようやく動けるようになった両腕をアッパーの背中に回し、強く抱きしめるアトリ。
アッパーから感じる心の鼓動や彼から感じる体温にアトリは安らぎを覚え、アッパーの耳元に優しく呟いた。
「アッパーは私を助けてくれた……このまま大切な人たちを殺すはずだった私を止めてくれた」
そしてアトリの叫びにアッパーが応えてくれた。
「ありがとう……アッパー」
その言葉にアッパーは目を見開き、心に刻み込むように笑みを浮かべた。
「まだ、終わってねーのになぁ……!」
アトリを良く抱きしめたアッパーは、全身に『強化』を張り巡らせて飛行船から空高く飛び上がった。
急に感じた重力に悲鳴を上げてアッパーを強く抱きしめるアトリに、アッパーは彼女を勇気付ける為に抱きしめ返し、そしてアトリに聞こえるよう声を張り上げた。
「なぁアトリ!」
「な、何!?」
突然の出来事に混乱しているアトリは、突如として自身の名前を呼んだアッパーにどもらせながら言葉を返す。
そんなアトリに苦笑しながら、アッパーは声高らかに叫んだ。
「これで終わりにしようぜ!!」
それを意味するものは何か。
しかし言葉数が少なくとも、アトリは正確にアッパーの言いたい事を把握して笑みを浮かべた。
「うん!!」
体が落下し始める。
そしてその落下先が飛行船の姿がある事を確認したアッパーは、落下速度の勢いを利用してその飛行船に向けて蹴りを突き出した。
全身に張り巡らせた『全力強化』によって放たれるその蹴りは、傍から見ればその飛行船に流星が落下したかのような光景を生み出し、ジークモルゲンが乗っていた飛行船を真っ二つに叩き割ったのだ。
「ぐぅお!?」
『有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ないィイィィィィィィイイィ!!』
どこか聞き覚えのある声を聞きながら、アッパーたちは真っ二つに折れた飛行船と共にナガラーシャ皇国へと落ちていった。
◇
幸い飛行船が墜落したのは人が避難し終わった区画のところだ。
だがその墜落の衝撃でその区画の建物は薙ぎ倒されており、周囲には建物の瓦礫しかない。
「……よし!」
「よし! じゃないよ!?」
人がいないとはいえ被害は大きい。
それらの被害を生み出した元凶のアッパーは、燃え上がっている周囲の光景を見て暫くした後に逃避し、そんなアッパーにアトリがツッコミを入れた。
「どうするのさ……?」
「……アンチノーマルのせい」
見事な責任転嫁にアトリは冷やかな目でアッパーを見た。
内心アッパーも反省しており、かといってまさかアトリに礼を言われた事で舞い上がってやってしまったなんてアトリには言えない。
普段戦う時は冷静でいられるアッパーではあるがこうして後先考えずにやってしまうこともあり、事実としてかつてサイとアイの二人を抱えながら地面に落下する際に、落下の衝撃を受け流す作戦を咄嗟で地面に蹴りを叩きつけて衝撃を相殺するという方法を取ったのだ。
なお、今回の墜落ではアトリに衝撃が行かないよう普通に着地した。
基礎能力が上がった上に『全力強化』による身体制御能力が上がったため、前回みたいな絶望もなく余裕で着地できた。
閑話休題。
湧き上がる感情で咄嗟に行動する癖を何とかしないと、とそう考えるアッパーに人の呻き声が耳に入った。
「……ぐぅ、糞が……!!」
「ジーク、モルゲン……!」
咄嗟に風の力で体を包んだのだろう、風の力がクッションとなりジークモルゲンは飛行船の下敷きにならなくて済んだ。
そんなジークモルゲンの姿を見たアトリは、自分が彼に拉致される際にパン屋の店主を傷付けた事を思い出してジークモルゲンに怒りの表情を見せた。
「アトリ、大丈夫だ。あのおばあちゃんはまだ生きてる」
「……え? あ、うん分かった……良かった、生きてたんだ……!」
アトリの感情を読み取ったアッパーは咄嗟にシエラがまだ生きている件についてアトリに言うと、アトリは最初に呆然としながらもアッパーの嘘偽りのない表情を見て、涙を流しながら喜ぶ。
笑みを浮かべながら喜ぶアトリの顔を見たアッパーは、次に顔を引き締めてジークモルゲンの方に見やった。
「ジークモルゲン……お前の復讐は終わった」
「復讐、復讐……あぁそうか……終わった終わってしまったな……」
体は無傷なものの、墜落の際に平衡感覚が若干狂ったのか、フラフラと覚束無い様子で瓦礫をどきながら立ち上がるジークモルゲン。
彼はアッパーの言葉を復唱して、ようやくその言葉の意味を理解したのかアッパーに憤怒の表情を見せて歯ぎしりをした。
「貴様かアッパー……!! 有り得ん、有り得ん!! あの状況をひっくり返しただと!? 俺の復讐が俺の願いが、俺の悲願が! 貴様に……、阻止、されただと……!!?」
獣のように牙を見せるジークモルゲンに、アトリは唾を飲み込んだ。
「スキーマーの言う通りだ!! 脅威だ脅威的すぎる!!」
ジークモルゲンの感情と共に彼の周囲に激流が、地震が、火炎が、暴風が吹き荒れていく。
その圧力にアトリは後退りしてよろめくも、アッパーが咄嗟にアトリを支えて守るために彼女を後ろに隠す。
「許さん、許さんぞ……貴様だけは、貴様だけは……!!」
一触即発の雰囲気。
だがその雰囲気をぶち壊したんのは、血みどろになりながら瓦礫の下から這い上がって笑い声をあげた一人の男だった。
『アーハッハッハッ!! やりよる、やるよるなぁクソッタレが!! あーあ前世では何をやったらこんな絶望的な展開が起きるんだよ!! ファッキンヴィーナス!!』
見知らぬ男だがその口調と聞く者をイラつかせる声音を聞いたアッパーは、その男の正体を看破する。
「お前、スキーマーか!?」
だが『全力強化』の状態でその男の気配を探ると、その男もまたスキーマーに憑依されていると分かった。
『あぁはいはい正解正解! だけどてめぇにくれる景品なんてない!! 俺は今機嫌が悪いからなぁ……!! 代わりに『死ね!』という言葉を贈ろう!!』
「返品してやるよ!!」
ここにもまた、アッパーを憤怒の表情で見る人物がいた。
スキーマーは混乱していた。つい先程まで作戦の成功を確信していたはずなのに、この結末を迎えたことで『策士』としてのプライドが木っ端微塵になったのだ。
それも予想外の『全力強化』という厄介な能力を覚醒させた好敵手も現れ、スキーマーは未来で得たトラウマによって心臓が早鐘するほどに鼓動させていた。
『あーあ、どういう手品だこれ!? 何で今のお前に『全力強化』なんてもんが使えるんだよぉ!? チートか? チーターなのか!?』
「誰がお前に答えるかバーカ」
あぁクソ!! とアッパーの煽りを聞いて頭を掻き毟るスキーマー。
すると突然、スキーマーはまるで先程の痴態が無かったかのように急に真顔になった。
『あぁうん、それじゃあ俺はこれで』
「は? おい待て!!」
『いやぁもういいです。『全力強化』使えるとかマジ卍チョー最悪。そういうの想定してなかったんで、それじゃ』
まるで急いで逃げて帰ろうとするスキーマーにアッパーは呆けるも、そんなスキーマーにジークモルゲンが呼び止めた。
『はい、何です? 俺定時で帰ろうと思ってんだけど』
「帰る前にアイツを連れてこい」
『ほーん? ぶっちゃけ影薄すぎたから忘れてた。そんじゃアッパー、君に置き土産だ』
「は?」
今の展開について行けないアッパーを無視して、まるで憑き物が落ちたかのような感じで崩れ落ちるスキーマー。
気配を探ればその男にはもうスキーマーの気配はなく、瀕死の容態で気絶している。
「何が起きて……!? この気配は……!」
スキーマーの相変わらずな振り回しに困惑するアッパーだが、その直後に感じた新たな気配に顔を顰めた。
「さぁ来いエリーゼ。俺の役に立たせて見せろ」
「お姉、様……?」
スキーマーが消え、今この場に現れたのはこの国の第二皇女であり、かつてアトリの義理の姉だった少女が虚ろな瞳でアッパーたちを見ていたのだ。




