第39話 未来を変える光
「さぁ憎しめアリス!! それがお前の原動力だ!!」
ナガラーシャ皇国の上空を浮かんでいる飛行船。
そこには頭に機械のようなものを付けられたアトリの姿と、そんなアトリを扇動するジークモルゲンの姿があった。
「――!」
アトリに投与された能力を暴走させる薬によって、彼女の意識とは別に能力が勝手に発動される。
薬によってこじ開けられた真理の扉からアトリの異脳に流れ込む大量の真理の認識が、異脳の容量を超えてもなお流れ続けていく。
不要かつ容量外の認識を切り捨てる工程が薬によって切り捨てられているため、異脳がアトリの脳を守るために能力が勝手に発動したのだ。
「この国を破壊しろアリスゥ!!」
「――――――!!」
アトリの頭に取り付けられている機械は、アトリの憎しみを増幅させ発動された能力の矛先を変える機械だ。
それによってアトリの膨大な能力が彼女の憎しみに反応してナガラーシャ皇国に集中すると、彼女の能力がナガラーシャ皇国の周囲にある湖に干渉していく。
(憎い、憎い、憎い……)
ジークモルゲンの口から憎いだろうと問われた。
いやその口調からはまるで答えが分かっているかのような声音であり、事実としてジークモルゲンはアトリの内心を把握していた。
アトリも憎いのだ。
大好きな母が亡くなったとしてもようやく立ち直りかけ、穏やかに暮らすのだろうと思っていた日常から引き離された悲しみ。
皇族の証である『偉大な炎』を出せないと知り、アトリを見放したナガラーシャ城の住民に対する怒り。
そこからアトリの元から離れていく上辺だけの友人たちに、愛する父との関係を絶とうとしてくる周囲からの理不尽。
(でも……!)
確かに憎い。
しかしジークモルゲンはアトリの過去を知っているだけで、アトリの今を知らない。
アトリを未だに愛してくれる父の存在。
アトリを育ててくれたパン屋の店主。
超能力学園で得たアトリの目的を応援してくれる新しい友人に、本当の意味で友となったアメリアの存在。
そしてアトリを助けるために最初に手を差し伸べたアッパー。
彼らの存在がアトリの憎しみを薄れさせ、アトリは前に進めたのだ。
それが分かっているからこそ、アトリは頭に取り付けられている機械に抵抗できているのだ。
「う、ぐ、あ……!?」
「何だ?」
「恐らく、彼女が制御装置に抵抗しているのでは……」
突如として呻きだしたアトリにジークモルゲンは訝しみ、そんなアトリの状態をモニターで把握している部下が推測する。
「ほう? 何だアリス、お前はこの国を恨んでいないのか?」
目を細めてうめき声を出しているアトリを見やるジークモルゲン。
ジークモルゲンにとってアトリは理解者であると認識している。
そして彼女にとっての自分もまた、彼女の理解者であると感じている。
皇族の証である『偉大な炎』が出せないことで二人は幼い頃から冷遇されてきており、ジークモルゲンは殺されかけて、アトリは孤独となった。
しかし二人の共通点はそれだけじゃない。
アンチノーマルに拾われたジークモルゲンは、その憎しみを原動力に戦闘訓練を始めると彼の戦闘に関するセンスがずば抜けていると分かった。
そう、ジークモルゲンもまたアトリと同じく『偉大な炎』とは関係ない才能の持ち主だったのだ。
だからこそより憎しみが激しくなった。
ジークモルゲンには戦闘に関する才能があった。
アトリには膨大な潜在能力があった。
それなのに両者は『偉大な炎』が出せないだけで差別を受けた。
たった一つ欠落しているだけで他を見ようとしないナガラーシャ皇国の住民に、ジークモルゲンは己の復讐心を燃え上がらせたのだ。
それなのに自分と同じ憎しみを抱いているアトリが今更になって恨んでいないと分かり、それが分かったジークモルゲンはアトリに失望を抱き、冷たい眼差しで部下に命じる。
「制御装置の出力を上げろ」
「……彼女のことはもうどうでもいいので?」
「ふん、生かそうと思ったが気が変わった。最終的にこいつも母親と同じように殺せばいい」
「――っ!?」
ジークモルゲンの発した言葉を聞いたアトリが反応する。
例え能力が暴走しようとアトリの意識は残っており、本来ならばその意識も頭に取り付けられた制御装置によって憎しみに侵食されて消えるはずだった。
だが憎しみが薄れていたアトリは辛うじて意識を保っており、そのお陰でアトリはジークモルゲンの漏らした言葉を聞くことができたのだ。
ピクリ、と反応したアトリに気付いたジークモルゲンは、その顔に酷薄そうな笑みを貼り付けてアトリに近付く。
「母親は病で死んだのではないか? そう思っているのだろうアリス」
「――! ――!」
喋ろうとするも能力が暴走している状態では聞くことしかできない状態のアトリに、ジークモルゲンは当時のことを話した。
「お前の母親を殺したのは、この俺だ」
「――」
ジークモルゲンが告げた事実にアトリの時が止まり、目を見開いてジークモルゲンの顔を見やる。
「俺を見捨てたジークライルが地球の日本で幸せそうに暮らすのを見て許せないと思ったよ。だってそうだろう? 俺はこんなにも苦しいのに、まるで俺の事を忘れて暮らしててさぁ……ふざけるなと思ったな」
だから、その幸せを潰そうと思った。
精神を侵食し、あたかも病によって死んだかのように見せる能力を持つアンチノーマルの部下に命令して、ジークライルの妻を殺したのだ。
と、そこでジークモルゲンはまるで何かに気付いたかのように大仰に驚き、口角を上げた。
「あぁそうか! ジークライルの妻と同時にお前の母親だったなぁ!」
これは申し訳ないことをした、と呟くジークモルゲン。
実際、ジークモルゲンの認識としては憎きジークライルに復讐するためにジークライルの妻を殺しただけであり、別に自身と同じ境遇であるアトリに対する悪意があって命じたわけではないという。
「だが、まぁ」
そう言って区切ったジークモルゲンはアトリのいる位置から前に進んで、船頭から見える眼下のナガラーシャ皇国を見た後に振り返って言った。
「そんな二人の間に生まれたお前も運が悪かった、ただそれだけだ」
そうぬけぬけと、言ったのだ。
「―――!!」
お前が言うなと、私の家族を否定するなと叫びたいのにアトリの口は彼女の意思に反してピクリとも動かない。
手も足も、目の前で笑っているジークモルゲンを殴りたいのに動くこともできない。
「憎いか? 憎いよなぁ? だがその憎しみはこの国に向けろ」
ジークモルゲンは制御装置を操作している部下に向けてアイコンタクトを送ると、それを受け取った部下が目の前にあるパネルを動かす。
途端に、アトリの頭に取り付けられている機械が静かに甲高い音を発する。
「……あ、あぁああ!!」
頭が割れるように痛み、開かなかったアトリの口から叫びが放たれる。
先程までジークモルゲンに抱いていた憎しみを頭の制御装置がナガラーシャ皇国に向くように誘導させているのだ。
「……ふ、持ち上げているな」
苦しみだしたアトリの姿を尻目に、飛行船の上からナガラーシャ皇国を囲む湖の様子を見たジークモルゲンが呟く。
アトリの能力が湖に干渉して、波を持ち上げているのだ。
「さぁ野郎ども、俺の声を飛ばせ! これが終わりの始まりだ!!」
◇
『いやぁお疲れちゃーん』
ナガラーシャ皇国中の住民に演説を行ったジークモルゲンは、心を踊らせながらナガラーシャ皇国が崩壊する様子を見ていた。
今ナガラーシャ皇国の周りを覆っているのは、この国の美しい湖ではなくアトリの能力で作った破滅の大津波だ。
そんな光景を笑みを浮かべながら見ているジークモルゲンの元に彼の部下が軽い調子で言ってきた。
「その口調、お前かスキーマー」
『ハハッ、バレた?』
茶目っ気に舌を出す部下、もといスキーマー。
ジークモルゲンが自身の部下をスキーマーだと気付いたのは単純に普段固い部下が軽い口調で発したことと、その憑依された部下の目は白目を向いて、立っている姿はどこか覚束なかったからだ。
『ま、とにかくお疲れだよジークモルゲン』
「ふん」
スキーマーの労いにジークモルゲンは素っ気なく返す。
スキーマーとジークモルゲンは共にアンチノーマルに所属する同士ではあるが、スキーマーに対するジークモルゲンの印象は胡散臭い男だと認識していた。
(スキーマー、自称未来から来た男……)
ジークモルゲンの後から入ってきた癖に、未来から持ってきた技術というもので一気に幹部までのし上がったスキーマー。
それもスキーマーだけじゃなく、彼と一緒に未来からやってきた能力者もおり、その冗談としか思えない能力を持って幹部になった人たちもいた。
そして聞けば彼らが未来からやってきたのは、一重に一人の能力者を打倒するためだという。
(馬鹿馬鹿しい……その能力者がいくら強力だとしてもアンチノーマルには敵わん)
アンチノーマルの持つ能力者との戦いを想定した戦い方は能力者社会であるアンダームーンよりも最先端であり、能力に関する研究も最先端だ。
だからこそそんな自身の所属している組織がたった一人の能力者相手に苦戦するどころか、劣勢に追いやられると聞いて、誰がそれを信じられるのだろうか。
聞けばその能力者もこのナガラーシャ皇国にいるらしいが、それでもこのような状況を止められていないではないか。
やはり件の能力者や未来に関することはスキーマーの迷い言であり、しかしそれを本人に言えば今度はその能力者はまだ覚醒していないからだと返される。
(覚醒していない? はっ、能力者であるのにか?)
能力が使えばそれは覚醒というのではないのか。
なのに能力者であるはずなのにまだ覚醒していないとは矛盾も甚だしいと、内心舌打ちを打った。
『何を考えているので?』
そんなジークモルゲンの内心を読んだか分からないが、何かしらジークモルゲンの様子を見て察したスキーマーが問うた。
「……つくづく勘が鋭いなお前」
『鈍感じゃないんで』
相変わらずふざけた野郎だと思ったジークモルゲンは、素直に先程まで考えていた事を話す。
「……お前のいう能力者の事を考えていた」
『あぁ……あぁ! はいはいなるほどアッパーの事を考えていたノーネ?』
「真面目に話せないのかお前は……あぁそうだそのアッパー? という奴について考えていた。確かお前は言ったな? アッパーこそ我らアンチノーマルの最大の脅威だと」
『そうですなー』
「だが見ろこの光景を。お前たちが執心とする件の能力者は何もできなかったようだぞ」
『まぁこの時代のアイツでも生き延びるけど、うんそうですなー』
(生き延びる? この大津波でか?)
『つまりあれかな? 何だアッパーって大した事ないじゃん! って言いたいの?』
有り体に言えばその通りである。
だがそのような軽い口調で言われると肯定しづらいものがあり、ジークモルゲンは首肯するだけに留めた。
『ま、今のお前たちがそう思えればいいや』
「……何?」
『未来は酷かったぜ? 大した事ないと思ってチョッカイかけたらとんでもない倍返しをされたんだからな。だから今のお前たちのように実際大した事ない今のアイツと戦って、何だ大した事ないって心の底から思えたのなら、これらの作戦を考えた俺も嬉しいってことよ』
――未来ではそう思った矢先に絶望をしたからな。
だから今の時代の住民であるジークモルゲンたちがアッパーと対峙して絶望をしないのならそれだけで嬉しいとスキーマーは言ったのだ。
「……調子が狂うな」
軽い口調とは裏腹に、アッパーに対する言葉には妙な説得力があった。
『さぁフィナーレだ!! こうして順調にアッパーを葬られて、俺良かった!』
実際はアッパー一人だけでもこの大津波から生き延びられる可能性もあるが、スキーマーの目的はアッパーを『孤独』に陥らせること。
救えなかった住民を見たアッパーは必ずや『孤独』に陥るはずだと、スキーマーは確信を持っていた。
そう嬉しそうに手を広げるスキーマーを見たジークモルゲンは、知らず知らずの内に笑みを浮かべて彼と同じように皇国の様子を見る。
その時である。
「……ん? 何だあれは?」
『は? 何さ? ……いや待て、あれは!?』
初めはジークモルゲンが気付いた。
そして次にスキーマーが気付いた。
ナガラーシャ皇国を囲む大津波の内側に、突如として青白い閃光がナガラーシャ皇国全域を覆っていたのだ。
その光景を見たジークモルゲンは疑問を抱くことしかできないが、ただ一人スキーマーだけがその光景を見て絶叫していた。
『ああぁあああああああ待て待て待て待てぇ!! 何なんだよ何なんだよお前はよぉ!!? 何で? 何でだぁ!?』
「お、おいどうしたスキーマー!? 何が起こっているのか教えろ!」
『分からないのか!? あぁ分からないだろうなぁ!? 間違いない間違いない!! あれは能力と能力がぶつかって干渉しあっている現象だ!!』
未来で何回も見た絶望的な光景が、今目の前に起きている事にスキーマーは悲鳴を上げずにいられない。
『どうして!? どうしてだ!? 早まったのか? 俺たちが来たから早まったのか!? 想定より早い、五年早い!! 糞がァ!!』
頭を掻き毟り、その部下の表情には大量の汗が流れていた。
『『全力強化』だ、『全力強化』だ間違いない!!』
その時である。
あれだけ飲み込むと思われていた津波が一瞬で消え、船体の下から少年の声が聞こえる。
「アトリィィィィィイイイイイイイ!!!!」
(これが、これがアッパーの力なのか……!?)
この瞬間、ジークモルゲンの悲願は失敗に終わった。




