第38話 奇跡の力技
煽るだけ煽って、スキーマーとの念話は途切れた。
解除されたと思った『透明な壁』は解除されておらず、不満は残るものの納得はいった。
皇国を破壊し、住民を殺すという目的を持った彼らがみすみすクロノスの『時空』で住民を避難させる可能性を残すはずないのだ。
それに加えてスキーマーの目的はアッパーを『孤独』に陥らせることだと考えれば、なるほど実に理に適った作戦だ。
(吹き飛ばすか!? だが今の俺でどうやる!?)
吹き飛ばせるにしても一部分だけだ。
大竜巻などの局所的な災害であれば今のアッパーでも対処できるが、全方位を囲む津波に対しては皆目検討もつかない。
(だが一部分だけ吹き飛ばせても……!)
例えイチかバチかの賭けで一部分を吹き飛ばせても意味はないのだ。
津波の恐ろしさはそ大きな建物をも押し流す水圧であり、水であるため溺死する可能性もあり、それ故にナガラーシャ皇国を津波から救うためには津波自体を先ずどうにかしなければならない。
「どうすればいい!? どうすれば良いんだ!?」
堂々巡りである。
アッパーはこのような範囲的な攻撃に対する対処法はなく、それでいてこのナガラーシャ皇国の能力者は大半が『現象系』の能力者で、あの大津波に対処できるはずもない。
それに加えて外部からの救援は『透明な壁』によって阻まれているため、期待もできない。
(『現象系』の人たちで強化感応現象を引き起こして吹き飛ばさせるか?)
国中の人々を集めたら何とかできそうではある。
だが最大の問題として時間が足りない。
絶望している人々を一箇所に集め、その人たちに強化感応現象を使わせて津波を撃破するように頼む時間が圧倒的に足りない。
(ならば暴走能力者はどうだ?)
一人で数区画を破壊する能力者を複数用意して、意図的に暴走能力者による強化感応現象を引き起こして津波を吹き飛ばす。
ただ問題として彼ら暴走能力者たちにも周りの能力に巻き込まれて被害を食らう可能性もあり、そもそもの話として今皇国中にいる暴走能力者の数は少なくなっている。
それも他ならないアッパーの手によってだ。
強化感応現象を引き起こす暴走能力者に対処するために強化感応現象を引き起こす同種の能力を徹底的に気絶させたのだ。
それによって今このナガラーシャ皇国にいる暴走能力者は、この津波を吹き飛ばすほどの強化感応現象を引き起こすことはできないのだ。
(ここまで考えていたのか? 皇国を確実に破壊し、俺を『孤独』に陥らせるためにここまで布石を整えていたのか!?)
ありとあらゆる希望の可能性を除去して、あるいは除去させて、確実に目的を遂行するためにここまでスキーマーは考えていたのだ。
まさに絶体絶命。まさに絶望的な状況。
そんな時である。
『アッパー、まだ諦めていないでしょうね?』
焦るアッパーにまた、ノウンの念話が届いたのだ。
そんな彼女の突然な行動に司令室の面々が驚くも、モニターに映るアッパーの顔を見ながら笑みを浮かべているノウンを誰も止めようとしない。
本来ならばこのような異常事態に勝手に念話をするノウンを止めるべきだろうが、彼女の笑みを見るたびに誰もが言いようのない安心感を感じて止めるのに躊躇しているのだ。
(あれは……アッパー君と同じ『善悪の笑み』……!?)
味方であれば勇気と安心感を抱かせ、敵であれば絶望と不安感を抱かせる英雄の笑みとかつてのノウンは言った。
だがそれはアッパーが敵と相対するときに浮かべる笑みに対する解説だからで、まさかそれをノウンも使えるとは彼女と一緒に数世紀生きたクロノスでさえも知らないことだった。
『対処法は全て潰されたけど、今動けるのはアッパーしかいないわ。もう一度聞くわよアッパー、貴方はまだ諦めていないわよね?』
それはまるで答えの分かっている問いだった。
本来なら絶望でしかない状況に誰もが自らの生を諦めるほどではあるが、アッパーの答えは決まっていた。
「諦めきれるわけがない……! 俺が人を救うのに諦めるという選択肢はない!」
『なら、やることは分かっているわよね』
――あの大津波を消し飛ばす。
◇
腰を屈め、両手を地面につくクラウチングスタート。
『いい? 暴走したアトリちゃんの能力でも瞬時に大津波を作ることは不可能。それでも今の状況を作り出せたのは一重にナガラーシャ皇国を囲む湖によるものなの』
息を整え、一直線で走り抜けるために前方を見据える。
『謂わば広大な湖の水を持ち上げて津波として利用しているわけなの』
カウントダウン開始。
それと同時に屈めた腰を持ち上げる。
『走りなさいアッパー。津波の表面を走りながら湖ごと湖に干渉しているアトリちゃんの能力を消し飛ばすのよ』
指に力を込めて、息を止める。
『さぁ――』
――走りなさいアッパー。
「『強化』」
足に力を込めて地面を蹴るとアッパーの姿は瞬時に津波の前に来た。
このままでは津波を突き破るのだが、津波のその手前で足に力を込めて直角に曲がる。
上空から見れば右回りに大津波の内側すれすれを走っているように見え、アッパーの右側には津波の壁が見える。
この時、アッパーの体は既に高速の世界に入っており僅かに動く津波を除きアッパーの周囲はまるで止まって見えていた。
走り続けていくと津波がナガラーシャ皇国に入り込んでいるせいか、アッパーの進行方向には押し流れされそうになっている建物が見える。
そのまま走り続けていけばアッパーは確実にその建物に衝突するだろう。だが、アッパーの足はそこで止まらなかった。
(――!)
アッパーは構わずにそのまま走り、そして建物を突き抜けたのだ。
アッパーの体は建物に衝突しても問題ないほどに頑丈にできており、周回するためにアッパーは建物を壊しながら走り続けた。
それが先ず一週目。
ナガラーシャ皇国全域を走ってスタート地点を超えたアッパーはそのまま二週目に突入した。
次は、と考えたアッパーは津波の壁となった自身の右側を見て、徐々にその津波に近づいて行くとアッパーはその津波に足を掛けたのだ。
「――っ」
足が津波の壁に僅かに沈み込んでいくがその前にもう片方の足で前に踏み出して、足を持ち上げる。
それを高速で行うことでアッパーは津波の壁を走ることができたのだ。
先程よりスピードが落ちているが問題ない。
この大津波を消し飛ばすためには、先ず前提として津波の表面を走る事が前提なのだから。
アッパーがやっているのは水面走りならぬ、水壁走りだ。
そんな水壁走りをしながら、アッパーは自身の右手の指を津波の壁に引っ掛けてまるで水面を引き裂くように走る。
それと同時に五秒のインターバルを行いながら自身の右手に強化を集中させた。
『貴方の能力は自身の目的を遂行するために体を強化させる能力よ』
ノウンとの会話が脳裏に過る。
『霊体を主とするスピリットクラスのエネミーでも貴方は殴り殺せる。それは一重に貴方の能力が霊体に触れることができるように強化させていたから』
だからこの右手の指に強化の力を込めるのだ。
『湖の水に干渉しているアトリちゃんの能力を引き裂くのよ。そのために――』
(――そのために、アトリの干渉を引き裂く力を右手に強化させる)
高速で走ってはいるがそれでも着実に津波の脅威はナガラーシャ皇国に狭まってきている。
その前に、アッパーがこの大津波を引き裂くことができるのが先か、それとも先にナガラーシャ皇国が崩壊するのが先か。
(『強化』『強化』『強化』――!!)
勢いがなければ水壁走りはできなくなり、集中して強化を発動しなければこの津波を干渉しているアトリの力を消し飛ばせない。
つまり足と能力が共に均衡を保っていなければ、ノウンの作戦は成功しないのだ。
「――ぅ、くぅっ――」
アッパーの口から苦痛の声が漏れる。
何故なら一向にアトリの能力を引き裂いている感触が得られていないのだ。
(やはりダメなのか……!?)
もう既にナガラーシャ皇国全域を何周もしている。
それなのに、現状できているのはこの津波の壁を走っているだけ。
刻一刻と迫る制限時間にアッパーは焦り始める。
その時である。
焦るアッパーに、ふとナガラーシャ皇国の上空にいる飛行船の姿が視界に入ったのだ。
(飛行船……? 何故ここに……)
アッパーが飛行船の存在に気付かなかったのは、その飛行船がアッパーの感知範囲の外にいたからだ。
だが水壁走りをしているアッパーがその飛行船に気付いた今、アッパーの超人的な視力がその飛行船の船頭にいる人物の姿を捉えた。
「――アトリ!?」
飛行船の船頭に立っていた人物はアトリだったのだ。
見れば彼女は機械らしき物体を被っており、微動だにしていない。
微動だにしていないが、アッパーには見える。
彼女の顔に一筋の涙が流れているのを、アッパーは見えたのだ。
(苦しんで、いるのか)
アトリは自身の能力を利用され、今まさに自身がこの国を滅ぼそうとしていることに苦しんでいる。
幼少の頃から差別を受けてもなお、アトリは自身がこの国を滅ぼすことに苦しんでいるのだ。
「アトリ……!!」
ならば頑張るしかない。
今この状況を打開できる存在はアッパーただ一人だけであり、その方法もアッパーしかできないのだ。
「う、うぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」
自身を鼓舞するように叫び、自身の腕に強化の力を込める。
一秒しか維持できなく、五秒のインターバルなど遅すぎる。
もっと強く、もっと長く。
「!? くぅ!!」
例え頭が割れるように激痛が来てもアッパーは強化をやめない。
口から、目から、鼻から血が出ようともアッパーは構わない。
「『強化』!」
遅くなった加速を再加速させる。
「『強化』!!」
津波全体を走るために上から下へと往復するように何周も走る。
「『強化』ォ!!」
頭が痛い。
これ以上強化するなとどこかの半透明なエネミーが囁く。
(構うものか)
今発揮しなくて何が能力だろうか。
元よりアッパーの願いは人を救うことであり、そのための能力が人を救うのに満足に発動されないというのは何事だ。
(行けよ。行けよ。もっと、俺に力を……!!)
人を救うための力が欲しい。
例え欲しいと思った理由が無くてもアッパーは願い続ける。
(『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』『強化』――ブゥゥゥゥストォォォォォォオオオオオオ!!!!!!!」
口に出すまで願い続けて、ついに何かが壊れた。
その瞬間、アッパーの姿は閃光となった。
(あぁ……!)
口元に笑みが浮かべる。
これが答えだと言わんばかりにアッパーの体は加速をし続ける。
バチ、バチチとアッパーの指から青白い稲妻が迸る。
まるで何かとせめぎ合っているかのように、まるで何かを引き裂くようにアッパーの指から稲妻が迸っていく。
体中に感じる強化の力がアッパーに懐かしさを感じさせた。
「『全力、強化』……!!」
アッパーの体は強化に包まれていた。
これがアッパーがあの時の戦いで失った『強化』の次の段階であり、体中に満遍なくかつ限界ギリギリまで強化を施す常時強化。
その強化している体でもう何周をしたのかも分からない。
ただ分かっていることは三つだけ。
アッパーの能力が再び『全力強化』を使えるようになったこと。
アッパーが水の表面を押し込むように蹴り出してそれを全ての津波の表面に行ったことで、津波の進行が止まったこと。
そして、アトリの干渉が徐々に消えているということ。
「うぉぉぉおおおおお!!」
ナガラーシャ皇国の住民は、目の前の光景を唖然するように見ていた。
数分前まではこの巨大な津波によってナガラーシャ皇国が沈むと思われていた矢先に、突如として生まれた青白い閃光によって津波が止まったのだ。
これは奇跡なのかと、誰もが思った。
「アトリィィィィィイイイイイイイ!!!!」
そう叫んで、ナガラーシャ皇国を覆う津波は全て消し飛ばされた。




