第35話 それぞれの思い
まるで自身の感情と連動するように、ウィン大臣の体から漏れ出す風がこの執務室の中に吹き荒れる。
彼がナガラーシャ皇国を破壊しようとしている理由は、彼の孫が殺されたという正当な理由からだ。
「アイツ等に何もしてやれなかった俺が、アイツ等が残した家族を育てようと思った! 何も与えていなかった俺が死んだアイツ等の代わりに……アイツ等が残したあの子に愛情を与えようと……!! 無駄になった時間をあの子と一緒に取り戻そうと……!!」
そこに、鉄人と言われた大臣の姿はいなかった。
そこにはナガラーシャ皇国に復讐せんとする家族を失った一人の男がいた。
「答えろジークライル!! お前は俺の思いを聞いてまだこの国に未来があると言えるのか!? この国の歪みをまだ正せると言えるのか!? 俺の孫を奪ったこの国の闇を、まだ晴らせられると言えるのかジークライルゥゥゥゥ!!!」
その心からの叫びにジークライルはゆっくりとウィン大臣の目を見やり、そして言った。
「私は……私は貴方の復讐を認められない」
ジークライルもまた自身の娘に問題を抱える親の一人だ。
皇族の証である『偉大な炎』を出せなかったせいで周りから皇族扱いされなくなり、下手すればウィン大臣の孫のように殺されていた可能性もあった。
「……貴様はそれでも一人の親か……!!」
「あぁ……! 親であるとも! それと同時に私はこの国の親でもある!!」
一歩間違えれば自身もウィン大臣と同じように復讐に取り憑かれる可能性もあったのだ。
だがウィン大臣の話を聞いて同じ境遇の彼に共感できたとしてもウィン大臣の復讐を容認できなかったのは、単にアトリが殺されておらず、それによって周りを見渡せる余裕があったからだ。
「復讐は断てねばならない! 歪みは正せねばならない! 歪みを正さず、命を奪うやり方で行けば誰もが貴方みたいな復讐鬼になるからだ!」
「口だけの理想論者がぁああああ!!!」
激突する二人の男。
共に体から発現する暴風を互いに叩きつけて、鍔迫り合いをする。
「貴様なら分かってくれると思った! 俺の苦しみを理解してくれると思った!! それなのに……!!」
「あぁ分かっているとも!! だからこそ我らの違いは根本から治すか、根本を折るかというだけしかない! 目を背くか、前に進むでしか違わないのだぁぁああ!!」
風に火の力を混ぜてウィン大臣の体を連鎖的に爆発させ、ウィン大臣を後方に下がらせた。
だがそれでも爆炎から出てきたウィン大臣の体に傷はなく、やはりウィン大臣が自身の風を使って爆発を逸れさせたのだ。
「膿は切除しなければならない! 歪んだこの国は!! 歴史から消すしかないのだぁあああ!!」
「っ!?」
ウィン大臣は自身の手に持っている剣をジークライルに投げた。
自身の得物を投擲武器にしたウィン大臣の行為にジークライルは内心驚愕するも、反射的に風の力を使って吹き飛ばした。
だがそれは陽動。
ウィン大臣の武器を吹き飛ばすという一動作の隙を突いて、風で自身の体を浮かび上がらせたウィン大臣がジークライルの懐に入る。
そのウィン大臣の動きに一瞬の硬直を見せたジークライルは、ウィン大臣の鳩尾への打撃を甘んじて受けてしまった。
「ぐふっ」
「貴様は何も知らない! 子を失った悲しみを! 仕えてきた国による裏切りを! この俺の苦しみをォォォ!!」
人体の急所を突いた連撃がジークライルを襲う。
ウィン大臣は剣や自身の能力を使う戦い方だけではない、自身の体を使った肉弾戦をも得意としている万能の戦士だ。
何千年も続く歴史を持つ武術から学んだその動きは、能力を使った戦い方しか知らないジークライルにとって非常に厳しいものとなった。
「皮肉なものだなぁ! 刺激を求めこの世界にやってきたというのに! この俺が最終的に求めたのが家族との平穏だと!!」
急所への激しい打撃がジークライルの呼吸を妨げていく中、ジークライルはこの状況を脱しようと我武者羅に風の力を爆発させた。
「くっ! ――だが!」
風の波に吹き飛ばされたウィン大臣だが空中で自身の剣を風で操り、ジークライルに向けて剣を迫らせる。
風で敵を吹き飛ばしたジークライルは呼吸するために荒く息を吸う中、執務室の窓から注がれる太陽の光がジークライルに迫る剣に反射してジークライルを迫り来る剣に気付かせた。
「すぅ……土よ!!」
小さく息を吸い、自身の手に土の棒を作ったジークライルは迫る来る剣を叩き落として、ようやく空中から床に着地したウィン大臣の下へと走る。
そんなウィン大臣にジークライルが叫ぶ。
「ウィンよ! ウィン大臣よ!! 病は治さなければならない! 遥か昔から続く病を治すためには!! 今の私らが治さねば病は無くならないのだ!!」
根本から正さずに差別意識に塗れたナガラーシャ皇国を破壊しても、いつかの未来にはナガラーシャ皇国と同じ差別意識に塗れた国が生まれるのかもしれない。
だからこそジークライルはこの国を正そうと決めたのだ。
今の罪を受け入れ、それを後世に伝えることで差別という意識こそが悪であるという認識を作るために、ジークライルは戦う。
結局、二人の考えは正しいのだ。
国を正すのには再生か破壊の二つでしかなく、二人はそれぞれの手段を選んだだけのことだ。
「私は知っているぞ! 差別によって苦しむ人々を! この国の腐敗を! だからこそ腐敗を正し、その人々にも未来を作りたいのだと! 闇の無い未来を作りたいのだとォォォ!!!」
「もう何もかもが遅いのだァァァ!!!」
ウィン大臣が自身の腕を引く。
それと同時に、ジークライルの背中から激痛が走る。
「きゃああああああ!!??」
カサンドラの悲鳴が聞こえる。
彼女の近衛兵からのどよめきが聞こえる。
何故なら彼女らの目には、ジークライルの背にウィン大臣の剣を突き刺さっているのが見えたからだ。
ウィン大臣の風を使った刀剣遠隔操作によって背中に剣を入れられたジークライルの口から、血が吐血した。
「ぐふ――う、うぉぉぉぉおおおおおおお!!!!」
「何!?」
だがそれでも、ジークライルは自身の足に力を入れて前へと駆け出し、そんなジークライルを見たウィン大臣は先ほどの武術の構えで態勢を整え、ジークライルを迎え撃った。
(――きっかけが欲しいと思った)
繰り出される拳を腕で受け止めて、腕が折れた。
(――誰かがこの国を破壊して欲しいと思った)
折れてない腕でウィン大臣を殴ろうとするも、関節を極められて折れた。
(――だがそれで前に進めるのだろうか)
泥臭くウィン大臣の顔に向けてジークライルが水の力を口から吐き出し目潰しをした。
(――歪んだ物を正せずに殺して、それでいいと思えるのだろうか)
ウィン大臣は怯んでジークライルに掛けている関節極めを緩める。
その隙にウィン大臣の関節極めを抜け出したジークライルは、ウィン大臣に頭突きをして衝撃で離れた際にウィン大臣の額に爆発性を込めた炎を仕掛け爆発させた。
(――ウィン大臣、貴方もそれが分かっているはずだ)
ジークライルもその爆風で額にダメージを受けるも、仰け反る体を抑えて前に進み、風の力で背中に突き刺さっている剣を抜き出したジークライルはウィン大臣に向けて剣を突き出した。
その際、薄目を開けてジークライルの突進を見たウィン大臣は、笑みを浮かべた。
「――俺の、負けか」
その場には、ジークライルの剣がウィン大臣の腹を貫いた光景があった。
◇
ジークライルの前には、口と腹から血を流すウィン大臣の姿が見えた。
だがウィン大臣の顔には先程のような憎悪の瞳を宿してはおらず、穏やかな笑みを浮かべていた。
「ウィン大臣……!」
ジークライルは分かっていた。
これがウィン大臣の本心であり、この国のためにと動いた結果がこれであると。
「……後は任せた」
そう一言残し、ウィン大臣は腹に剣を抱えながらゆっくりと下がる。
そしてウィン大臣は目線を唖然としているカサンドラたちに向けた。
「これが……これがこの国の闇だ……」
「ウィン……大臣……」
カサンドラが目尻に涙を浮かび、口に手を添えてウィン大臣の名前を呟く。
「……能力がないだけで、俺の孫は殺された……『現象系』じゃないだけで、人を差別するこの国は……滅びたほうがいい……!」
ウィン大臣の憎悪は本物だった。
ウィン大臣のこの国に対する憎しみは本当だった。
だがそれでも。
「俺のような存在がこの国にはごまんといる!!」
結局はジークライルが死んでも、ウィン大臣が死んでもどうでも良かったのだろう。
最終的にウィン大臣はこのような争いを第三者に見せつけたかった。
このような悲劇を知らせたかったのだから。
「これが……この国の……ツケだ……」
ばたりと、仰向けに倒れたウィン大臣。
そんなウィン大臣にジークライルは覚束無い様子で近付くと、彼の口が小さく動いているのを見たジークライルは、静かにウィン大臣の口を読む。
そして読んだジークライルは、目を閉じて悲痛そうな顔をした。
ウィン大臣はもう息をしておらず、その目に光を失っていた。
最後にウィン大臣がジークライルに言ったこととは――。
(『もっと早く……お前みたいな奴が皇帝になれていれば』……か……)
◇
同時刻。
アトリたちは劣勢に追い込まれていた。
「ほうやるなぁ! ディディスだけでこいつらを対処できているとはなぁ!!」
アトリに迫る暴走能力者の男たち。
そんな男たちにアトリは顔を顰めてディディスに音声を入力した。
「くぅ! 『暴風、充填』!!」
『ラピッド、バインド、アサイン』
「『数多を縛れ! ジェイルフーガ』!!」
連射、拘束という意味を付与したという機械音声を聞いたアトリは、手に持ったディディスの引き金を引くとディディスの銃口から風の弾丸が連射される。
そしてその弾丸が男たちの体に着弾した瞬間、その男たちの体が風の圧力によって身動きができなくなった。
「まだまだ追加と行こうじゃないか!」
だがそれでもアトリの劣勢は止まらない。
どこからやってきたのか分からない、暴走能力者たちがジークモルゲンの言葉と共に大量に追加されてくる。
そんな現実に、アトリは顔を顰めた。
遥か後方で笑みを浮かべている自身の叔父名乗った存在に。




