第34話 皇帝VS大臣
執務室で優雅に紅茶を啜っているウィン大臣を見ながらジークライルは顔を険しくさせ、ウィン大臣に詰め寄った。
「ウィン大臣……これが貴方の目的なのか!」
「ふむ、一体何のことですかな?」
手元にある紅茶を揺らめかせて、恍けるウィン大臣。
そんな彼にジークライルは声を荒らげて「ふざけるな!」と叫んだ。
「ふざけるな……ふざけるな、ですか……それは俺に言っているのか?」
途端に口調を変え、その身から憤怒の圧力を漏れ出すウィン大臣に、ジークライルはその顔に冷や汗を流した。
何せ目の前にいる人物は冷酷無比な先々代の頃からこの国に仕えてきた忠臣で、滅多に心の内を明かさない鉄人と言われている人物だ。
ジークライルもまたウィン大臣の圧力に苦手意識を持ち、こうして彼が内通者と言われようとも子供の頃からの苦手は変わらない。
「ふざけるな、とは俺がこの国に対して最も言いたい言葉だ」
「……差別意識、か……」
ウィン大臣の言葉に、心当たりのあったジークライルが答える。
それはこの国の最も歪んだ部分であり、このような惨劇が起きている根本的な原因だった。
だがそんなジークライルの言葉にウィン大臣は、ジークライルでも分かるほど悲しそうな表情を浮かべていた。
「そうだ、害悪でしかない概念だ……」
「それでこの国を壊そうと……? 何故? 貴方はこれまで我が国に仕えてきたのだろう……!?」
「だからなんだ?」
スラリ、と机に置いてあった剣を鞘から引き抜いたウィン大臣の姿を見てジークライルは身構えた。
「俺がこの国に仕えてきたことと、俺がこの国を破壊しようとした事は何ら関係ない! いや、寧ろ俺はこの国を見限ったからこそ破壊しようとした!」
「くっ……」
暴風がウィン大臣の足元から吹き荒れ、大臣の前にあった机が吹き飛ぶ。
当然その机の対面にいたジークライルに机が襲ってくるが、ジークライルは風の力で飛んできた机を両断し、左右それぞれに吹き飛ばした。
「っ……ウィン大臣、それで良いと思っているのか!? 差別意識があろうと我が国民には未来がある! これから歪みを正せば――」
「――もう遅いのだ!!」
剣を構えながら迫るウィン大臣にジークライルは土の力で床から巨大な壁を生み出し、ジークライルは後方に下がると同じく土の力で棒状の武器を作り出してウィン大臣に備えた。
「ハァッ!!」
その瞬間、土の壁が横に切り裂かれそこからウィン大臣が現れた。
ウィン大臣の戦い方は自身の能力である風を操りながら如何なる状況でも剣で切り伏せる場を整えることだ。
それを過去に聞いていたからこそジークライルはこうやって動揺せずに済んだが、いざ鍔迫り合いをするとジークライルの顔が歪んだ。
「くぅっ!?」
こういう切り合う状況ではウィン大臣の方が遥かに上手だ。
接近戦では敵う筈もなく、だがそれでもウィン大臣にはないジークライルの強みがある。
「吹き飛べ!!」
ウィン大臣の横っ腹に向けて炎を爆発させた。
その衝撃でウィン大臣は吹き飛んだが、ジークライルの予想に反してウィン大臣の体は無傷のようだ。
「……こうして皇帝である私に刃を向けるとは……!」
「お前はもう分かっているのだろう? あの騒ぎを見て真っ先に俺のところに来たという事は誰がこの国を裏切っていたのか分かっていたはずだ!」
「分かっていたからこそだ! この国を良く知っている貴方だからこそ、この国を正せると思っていたのだ!! 貴方と一緒ならこの国を正せる! こうして争うことなんて――」
考えていない、そう言おうとしたジークライルにウィン大臣が叫ぶように遮った。
そしてそのウィン大臣の言葉に、ジークライルは息が詰まった。
「――俺の孫は、この国の人々に殺された!!」
「……え?」
孫と告げたウィン大臣は悲痛そうに表情を浮かび、その目には憎悪が宿っていた。
突如告げられた衝撃の言葉にジークライルの思考が真っ白に染まる。
「ウィン、大臣……?」
そして執務室の扉から聞こえた声にびっくりする。
「!! カサンドラ!?」
そう、この国の皇后でありジークライルの現妻であるカサンドラ・フォン・ナガラーシャが、ウィン大臣の執務室の扉にいたのだ。
「何故ここにいる……?」
「ウィン大臣の執務室から……大きな音が出て、それで私は……」
どうやら執務室からウィン大臣とジークライルが起こした戦いによって発生した轟音にカサンドラが気になったのだという。
だがそれでも皇后であるカサンドラがそのような場所に一人で近付く事が許されず筈もなく、カサンドラの傍には近衛兵たちが数人いた。
そんな彼らは、この国の皇帝と大臣が争っている光景に呆然と口を開き、体は硬直していた。
「これはこれは都合がいいなぁ……皇后」
突然現れたカサンドラという存在に、都合がいいと笑みを浮かべるウィン大臣。
カサンドラはそんなウィン大臣に困惑しており、部屋の中に入ろうとする。
「何が、どうなって……」
「来るなカサンドラ!」
そんな彼女にジークライルが声を張り上げて、部屋に入るなと止める。
ウィン大臣は確かに昔からの臣下ではあるが今は敵であり、そんな敵にカサンドラが近付くのは危険だ。
こうして声を張り上げたジークライルに我に返ったのかカサンドラの動きが止まる。
彼女の動きが止まるのを見たジークライルは、カサンドラの近衛兵に目を配りカサンドラを守れとアイコンタクトをする。
そうして彼女の近衛兵がジークライルの命令を察し、カサンドラより前に出るのを見たジークライルはウィン大臣の方へと顔を向けた。
「ウィン大臣、どういうことだ? 貴方に孫がいるなんて事は……まさか」
そこまで言ってジークライルは脳裏に過ぎったとある人物を思い浮かび、まさかと目を細める。
「あの時貴方が連れてきた……子供なのか?」
ウィン大臣は滅多に感情を表に出さない鉄人だがそんなウィン大臣でも、唯一彼なりに感情を出した存在がいた。
未だジークライルの父が皇帝として君臨していた時代、ウィン大臣が一人の子供をナガラーシャ城に連れてきたことがあり、その子供こそがウィン大臣の感情を引き出した唯一の存在だった。
そんなジークライルの言葉に、ウィン大臣は思い出すように遠い目をした。
「……かつて俺が捨てた息子たちの形見だ」
ウィン大臣が能力を発現した頃、ウィン大臣には既に妻と赤子である息子がいた。
あの頃のウィン大臣は世間に飽き、何か刺激がないものかと日々退屈していた。
だがそんな毎日はウィン大臣が能力を発現したことで変わった。
非日常的な力に非日常的な世界。
アンダームーンからの誘いを受けたウィン大臣は、妻と息子を捨て彼らに自身に関する記憶を消させた。
そしてある日のこと。
アンダームーンの知人から地球に残した妻と息子が死んだとの訃報が入った。
「……あいつらを捨てたのに、家族が事故で死んだと聞かされた時俺は悲しかった……人の情とも呼べるものがこの俺にあったことに愕然し、あの時捨てた家族に俺は死ぬほど後悔した!」
そして出会った。
両親と祖母を同時に亡くし、部屋の片隅で縮こまっていた子供の存在を、ウィン大臣は見つけたのだ。
その子供こそがウィン大臣の孫であり、彼が自身の家族を捨ててかなりの年月が経っており、息子に家族が出来ていたのだ。
自身と血の繋がった家族がいることにウィン大臣は驚き、彼は決めたのだ。
「それなのに……!」
ウィン大臣の足元に風が生まれ、彼はホバーしながらジークライルに斬りかかってきた。
「くっ!?」
「この国のせいで!」
自身の孫に能力がない事は分かっていた。
何せ息子が生まれたのは能力が発現されていない時期の自分であり、その時に生まれた子供には能力が無かったのは当たり前だった。
だがそれでも今の大臣としての生活を放っておくこともできず、ウィン大臣は自身の孫を能力者社会であるアンダームーンに連れてきたのだ。
迫ってきたウィン大臣にジークライルは手に持った土の武器を分解し、腕を交差して分解した武器を土の防御壁に再構成。
ウィン大臣の攻撃を受け止めるも、風を纏った剣撃によって土の防御壁が砕け散るがジークライルは砕け散った土の欠片に干渉して再び棒状の武器に再構成する。
だが目の前の人物は大臣であると同時に、武人である人物だ。
両足に纏わせた風によってウィン大臣の動きは予測不可能であり、自分の攻撃が防がれたと分かったと同時にウィン大臣は両足に纏った風で自身の体を宙返りに回らせ、ジークライルに蹴りを入れる。
「ぐお!?」
予想だにしなかった攻撃に顎を打ち据えられたジークライルは仰け反るも、足に力を入れてその場に踏みとどまる。
だがその直後にジークライルの左頭部に硬いものがぶつかり、視界がチカチカと明滅する。
(鉢植え……だと!?)
ウィン大臣が風の力を使って鉢植えをジークライルの頭にぶつけさせたのだ。
そんなウィン大臣の予想外の動きにジークライルの態勢は崩れ、そこにウィン大臣の突きが放たれる。
「クソッ!!」
ウィン大臣が風を操れるのならば『現象系属性型』の能力を持つジークライルにもできる。
ウィン大臣のように自身の体に風を纏わせて強引に態勢を変えて、ウィン大臣の剣撃を避けるジークライルだが、その剣に風を纏わせていたのか、例えウィン大臣の剣を避けてもその風によってジークライルの体に傷ができてしまった。
「ジークライル!?」
「ぐ……!」
ジークライルが倒れ、カサンドラの悲鳴が聞こえる。
そんな二人に、ウィン大臣の口から言葉が呟かれた。
「内臓破裂だそうだ……」
「な、なに……!?」
傷を受けても立ち上がりながら、ジークライルはウィン大臣の言葉に目を見開いた。
ある日とある貴族の子供に孫が無能力であると知られ、いじめを受けていたらしい。
「あいつは最後まで俺に何も言わなかった……」
顔や腕などといった目に見える箇所に傷を負わせないよう、徹底的に腹や背中などにリンチをしていたらしい。
それも能力による手段で、だ。
孫が死に、その貴族お抱えの医者によって病死だと聞かされたウィン大臣が真実を知ったのは、その数ヵ月後のとある日に、その貴族に大臣としての仕事の件で伺った時に彼らの子供が影で話していたのを聞いたからだ。
「お前は言ったな……この国の奴らにも未来はあると……! だが俺の孫はどうなんだ!? 子供でありながらこの国の差別によって殺された俺の孫にも未来があるというのか!? 答えろジークライルゥ!!」
もう何もかも遅かった。
ウィン大臣には正当な理由があってこの国に復讐をしようとしてることに、ジークライルは心の底から分かってしまった。
「私は……!」




