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ブーストアッパー ~加速する強化の先で~  作者: クマ将軍
第二章 能力と向き合うために
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第33話 混乱する皇国

 自身の胸にナイフを突き立てた少女は顔を苦痛に染めながらゆっくりと、胸のナイフを抜き出す。

 そのナイフを一センチ抜き出す度に少女の傷の隙間から大量の血液が止めどなく溢れていく。


「『強化(ブースト)』ォォォォォオオ!!!」


 その光景をナガラーシャ皇国の遥か上空の『透明な壁』から見ていたアッパーは、少女のやろうとしていることを止めるために自らを阻む『透明な壁』を破壊しようと『強化』を纏わせた拳を叩きつける。


「ぐぅっ!?」


 だが結果はこの前と同じ、自らの拳が砕けて終わった。

 右腕の骨が中で折れ、その破片が肉を突き破る。

 あまりの激痛に顔を顰めるアッパーだが、それでも諦めずに再び『強化』を発動して無傷の左で叩きつける。


「がぁっ!?」


 分かっていたことだ。

 何度『強化』を纏わせても、ナガラーシャ皇国全域に張られている『概念系』で作られた『透明な壁』を物理的な手段で破壊することはできない。

 解除する方法は二つだけ。

 アッパーの死か、人工能力者である少女の死か。

 

「ウアアアアアアアア!!!」


 両腕は既に砕かれ動くこともままならず、常人ならあまりの激痛に気を失う程の怪我だ。

 そんな状態であるにも関わらずアッパーは再び『強化』を発動し、血まみれの拳で何度も何度も叩きつける。


「『強化(ブースト)』『強化(ブースト)』『強化(ブースト)』――ぐぅっ!? ぐ、ぐ……ウウォォオオオ『強化(ブースト)』ォォォ!!!!」


 一秒の間なら『強化』の重ねがけができるも、一秒が過ぎると途中で激しい頭痛が起こり能力が途切れる。

 今のアッパーは満足に能力を行使できる状態ではなく、能力の持続時間は一秒のみで再使用するのに五秒のインターバルが必要だ。

 

 だからこそその頭痛によって能力が阻害され、頭痛が治まるための五秒のインターバルを必要とする状態で叫んだ『強化』は、ただの叫び声に過ぎず能力は発動されない。


「クソ……クソォ……!」


 悪化した傷口から血が滴り、その血が『透明な壁』を通って下に落ちていくのを見るアッパー。

 そしてアッパーの目に中央広場の様子が映った。


 完全にナイフを抜き出した少女の胸からまるで噴水のように血が飛び出す。

 仰向けに倒れた少女の目がまるで上空にいるアッパーに向けられているように見え、アッパーは顔を顰めた。


『きゃああああああああ!!!!』


『な、なんだ!?』


 幼い少女の胸から吹き出るありえないほどの大量の赤い噴水に中央広場の人間たちは絶叫する。

 いや、彼らが絶叫しているのは突如として中央広場のど真ん中に現れた血液の噴水からで、誰もその倒れている少女に気付かない。


 世界から認識を否定されている少女に誰も気付かない。

 ただ一人、『透明な壁』の外側を見ているアッパーだけがその少女の悲惨な姿を見ていた。


「あ……ああ……」


『グッ……!? ぐ、あああああああ!!!??』


 一人が誤って噴出した血液を口の中に入れてしまったことで、その者の能力が暴走する。

 同じく一人、また一人と同じように血液を浴びた人々が能力を暴走し始める。


 運の悪いことに『風』の能力者もそこにいた。

 その能力者の体から吹き荒れる大竜巻に、空気に漂っていた血液が巻き込まれて霧となった血液がナガラーシャ皇国中に広がっていく。


「――!?」


 そしてふとアッパーの体を受け止めていた『透明な壁』が消えた。


「まさか……」


 自身の体がナガラーシャ皇国に向かって落下し始めるアッパーは、スキーマーが言っていた『透明な壁』を解除するための条件を思い出して顔を顰めた。

 その条件とはアッパーか人工能力者のどちらかの死だが、アッパーは勿論死んでいない。

 つまり考えられるのはただ一つ、『透明な壁』が消えたということはあの少女が死んだということだ。


「俺は……俺は……!」


 少女を止められなかった。

 それによって起こる悲劇を止められなかった。

 この混乱を阻止できなかった。


「ぐぅ……」


 胸が締め付けられるように痛い。

 体が凍えるように寒い。

 腕から感じる激痛よりも、その現象がアッパーを苦しめる。


 だがそれで諦めるわけにはいかなく、アッパーの眼下には苦しんでいる人々が見えるためアッパーは切り替えようと感情を制御させる。


(切り替えろ俺……! まだ、まだ救うべき人がいるんだ……ッ!)


 アッパーは気付かない。

 感情を制御しこれまでの悲しみや絶望を飲み込んだ筈のアッパーの表情には、悲しみで顔を顰めていた。


「……――『強化(ブースト)』ォォォォ!!!」


 足に強化を施し、その能力者が生み出している大竜巻を割くように踵を落とす。

 それによって大竜巻を縦に割き、着地した衝撃で周囲の血液を吹き飛ばしたアッパーはこうして能力を暴走させた住民がいるナガラーシャ皇国に降り立った。




 ◇




「あ、あれは……!?」


 ナガラーシャ城にある執務室の窓から見える巨大な赤い噴水に驚愕したジークライルは、考えたくもない最悪の事態がやったきたと悟った。


「何が……起きて……」


 とそこに、ジークライルの脳内に女性の声が響いた。


『ジークライル皇帝、聞こえる!?』


「その声、クロノス学園長!?」


 かつて通っていた学び舎の長を勤めているクロノスからの『念話』がジークライルに届いたのだ。

 予想外の声にジークライルは驚くが、超能力学園から派遣されたアッパーの存在を思い出してジークライルは納得が行った。


「という事はあの光景はやはり『アンチノーマル』の仕業……!」


『アッパーは良くやったわ。寧ろ私たちの予想を上回った相手が上手(うわて)だったのよ』


 そこから説明されるアンチノーマルの取った手段。

 人工能力者という存在にも驚愕したが、その国民を巻き込むという非道な手段を使ったアンチノーマルやジークモルゲンの行いにジークライルはあまりの怒りに拳を握り締める。


「……っ、ふぅ……『暴走』を含んだ血液が風に乗ってこのナガラーシャ城にやってきたらマズイですね」


 深呼吸をして何とか怒りを収めたジークライルは、自身の想定をクロノスに言う。

 何故ならこのナガラーシャ城にいる能力者はみんな中級能力者以上の実力を持っており、特に優秀な能力を持った皇族が能力を暴走させる血を吸ってしまった場合、それによって起きる被害は想像できない。


『そこら辺は大丈夫だと思うわ』


 そう言ってクロノスは司令室にあるモニターの光景を見る。

 そこには手のひらを振り回し、そこから生じる衝撃波や風圧で散らばった血液を集めながら人々を遠ざけるアッパーの姿があったのだ。


「そうか、彼が……」


 その様子を教えられたジークライルは、懸命に動いているアッパーに感謝の念を込めるように目を閉じた。

 そして目を開けたジークライルは、執務室から飛び出して駆け出す。


『ジークライル皇帝、どこに行くつもりなの!?』


「決まっています……! 皇帝としてケジメを付けに行くんですよ!」


 向かった先はとある人物の執務室。

 父の代から長年この国に仕えてきた忠臣であるはずの人物。

 そしてこのナガラーシャ皇国を裏切り、敵側の内通者となったこの国の大臣。


 バンッ!!


 勢いよく扉を開けて中に入るジークライル。

 その部屋の中には優雅に紅茶を飲む人物がおり、勢いよく部屋の中に入ってきたジークライルの姿を見て笑みを浮かべた。


「……ノックして貰わないと困りますぞ陛下」


「ウィン……大臣……!」




 ◇




「な、何!?」


 突如として大きな音にびっくりしたアトリが、ソファから飛び降りて不安そうな顔をする。

 そんな中、いち早く外の様子を確認したアメリアがアトリに説明をした。


「アリス様! 今外では暴走能力者が国に溢れています! ここにいては危険です、今すぐ避難をしましょう!!」


「ぼ、暴走能力者!?」


 アトリがこの国に飛ばされた後に、アッパーは一連の出来事をアトリに説明したので彼女も暴走能力者の存在を知っていた。

 だがまさかこのナガラーシャ皇国で、暴走能力者が大量に発生したことにアトリは驚いたのだ。


「な、何で暴走能力者が……」


「斥候によると中央広場に突如として噴出した赤い水によって人々の能力が暴走しているそうです!」


 そう言ってアメリアは、アトリの腕を掴んで避難しようと引っ張る。

 アメリアの説明に呆然していたアトリは自身の腕を掴んだアメリアによって我に帰り、このパン屋の店長の存在を思い出す。


「お、おばあちゃん……ねぇアメリア!? おばあちゃんは? おばあちゃんは今どこに!?」


「私ならここさね」


「おばあちゃん!」


 シエラの姿を見つけたアトリは、心配そうにシエラの元に駆け寄り一緒に避難しようと誘う。

 そのアトリの言葉を聞いたシエラは、彼女の誘いに乗る。


 というのも。


(能力の暴走……今の私じゃあ相性が悪すぎるね……)


 シエラの能力は『強化系活性型』だ。

 自身の細胞を活性化させる彼女の能力は使えば寿命がリセットされる能力で、もう生に飽いたシエラは天寿を全うしたいがためにここ九十年能力を使ってこなかった。


 だが万が一シエラの能力が暴走をするとなれば、これまでの寿命を迎えるための人生は無駄になり、それどころか暴走した活性が最終的にどうなるのかは分からない。

 そのため、シエラもアトリ一緒に避難すると決めたのだ。


(だがまぁ……この老骨がこの子らの盾になるというのも良いかもしれないねぇ)


 そうシエラが決意していることに気付かず、アトリたちは避難の準備を始める。

 アメリアが所属している隠密部隊の斥候によると、赤い霧を体内に入れた瞬間に暴走をするため、アトリたちは顔全体を覆うマスクを被って外に出た。


 避難先としてはこのナガラーシャ皇国が定めた施設の地下が候補だ。

 なのでこうしてアトリの他にもその場所に向かって避難している住民がいるが、進行方向に暴走能力者が現れ誰も行けずにいた。


「ここはダメです! 迂回して別の道を探した方がいいかと!」


 そのアメリアの提案にアトリは頷こうとするも、能力を暴走させている能力者の表情を見たことで考えを改める。


「――なっ!? ダメですアリス様!」


 顔を引き締めたアトリに嫌な予感を覚え、彼女に『読心』を使いアトリの決意を知ったアメリアは彼女を止めようとするも、その前にアトリが駆け出した。


「アリス様!!」


 悲鳴を上げるアメリアの声を聞き、それでもアトリは能力を暴走させている能力者の前に飛び出した。

 その能力者の表情は苦痛に塗れており、それを見たアトリは顔を顰める。


「これが暴走能力者……! でも!」


 懐に仕舞っていた大型拳銃型のディディスを取り出して、銃口をその暴走能力者に向けた。

 今のアトリは無力なままのアトリではなく、アトリを手伝おうと一緒に訓練してきた仲間たちがいる。


 だからこそ、アトリは暴走能力者を止めるために前に踏み出せたのだ。

 ――彼らによって得た、力があるから。


「『暴風、充填』……!」


 その言葉と共に、アトリが握っている銃把(じゅうは)から緑色のエネルギーがラインに添って銃身の充填装置に集まっていく。


『バインド、アサイン』


「『縛れ! ジェイルフーガ』!!」


 付与完了の音声がディディスから流れ、アトリは声高らかに叫んで引き金を引いた。

 その瞬間、その銃口から風の弾丸が放たれ、その弾丸が暴走能力者に着弾する前に横に広がった。


「ぐぅお!?」


 アトリのジェイルフーガを受けた暴走能力者はその衝撃と共に気を失い、体中から受ける風の圧力によって体を動けずに倒れた。

 その光景を見たアトリや、避難中の住民は暫くの間呆然と言葉を失い、そして歓声を上げた。


「や、やった……!」


 アトリにとってはディディスという補助器具とはいえ、初めて自身の能力で成し遂げた成功に尻餅をついた。


「アリス様!」


 そんなアトリにアメリアが心配そうな声で駆け寄り、アトリを抱きしめた。


「無茶な事はしないでください……」


「ははは……ごめん……」


「全く、無茶をするねぇ……」


 お互い抱き合った二人にシエラが近付き、呆れるように言葉を呟いた。

 だが事態は治まっておらず、暴走能力者はまだいる。

 この場にいれば自分たちも暴走する危険性を孕んでおり、一刻も早く避難しようと三人はこの場から離れようとした。


 だがそんな三人に数人の男を従えた男が声を掛ける。


「ディディスかぁ……俺も一時期使ってたが止めたぜ」


『!?』


 一斉にその声の持ち主の方向へと向ける三人。

 アトリは知らない故にその男に対して怪訝そうな顔をするが、シエラとアメリアはその男について知っているのか目を見開いて驚愕していた。


「なんせ結局は自分の力じゃねぇからなぁ……虚しくなってきたんだ」


「あ、貴方は……」


 アメリアが呆然と口を開く。

 そしてアメリアが自身のことを知っていると分かったその男は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「初めましての奴は初めまして。俺の名前はジークモルゲン、お前の叔父だよアリス」


 その男こそこのナガラーシャ皇国に復讐を誓い、こうして混乱に陥れた犯人。

 ジークモルゲン・フォン・ナガラーシャその人が、アトリたちのいる場所に現れたのだ。

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