第32話 絶望へのカウントダウン
「やっぱり……香りスプレーは無関係だったか!」
つまりは時間稼ぎだ。
本命である人工能力者の時間を稼ぐために、能力を暴走させる薬と同じ成分が入っている香りスプレーに意識を向けさせた。
ラビィの発言でアッパーも香りスプレーは関係ないと気付いたが、その直後にスキーマーからの『念話』が繋がったことでアッパーたちはスキーマーに釘付けとなった。
『これも全て、時間稼ぎのため……!』
「だが何故人工能力者の情報を俺たちに話す!?」
アッパーたちは未だにその人工能力者の気配を掴めないままであり、それどころかスキーマーが答えを言わなければ手段すらも把握できないままであった。
本当に時間を稼ぐのなら、何も言わないまま待てばいいわけである。
そんなアッパーの問いにスキーマーは案の定どころか安易に予想できる答えを出した。
『それは勿論、目的を確実に遂行するため! それと同時に目の前でバイオテロを見せるためだ! つまりてめぇに嫌がらせするためだよバァーカ!!』
スキーマーは未来からやってきた自称アッパーの宿敵である。
そんな彼の目的はアッパーの人を救うという信条を壊すためにあり、アッパーに対する嫌がらせはその一環であった。
『聞いてた通りのクズ野郎だな……!』
サイのスキーマーに対する罵倒する声が頭の中に響く。
彼女の言葉に同意したいアッパーではあるが、今は人工能力者の所在を把握するのが先決だ。
アッパーの感知は対象の負の感情や一般の人と比べて異常な気配を出している人物を探し出せることができ、その範囲はナガラーシャ皇国をカバーできるほどだ。
だがそんな感知能力を持つアッパーでさえも、今もこうして自身の把握能力を『強化』して広げているのに一向に気配を感じられない。
『おんやぁ? 良いのかなぁそんなに悠長に考えてて~』
『お兄ちゃん!』
スキーマーの煽りにラビィがアッパーを心配する。
そんな彼らの声を聞いてもなお、アッパーは静かに目を閉じて可能性を考える。
(確かスキーマーは言った……)
吹き出した大量の血液が空中に散布し、そこから空気感染を引き起こすバイオテロであると。
バイオテロと聞いてアッパーはとある映画を思い出す。
それはウイルス感染をテーマにした映画で、ウイルスの凶暴性を描きそのウイルスを用いたテロを主人公たちが阻止する内容の映画だ。
(敵組織がウイルスをばら蒔くのなら、大抵は人口が密集している都心だ……)
何故ならそこが一番被害が出る場所であるからだ。
ジークモルゲンの目的を考えれば、この国を崩壊させるために国中の人々に能力を暴走させる薬を与えなければならない。
となると考えられるのはこの国で人々が集まりやすい場所だ。
アッパーの脳内でナガラーシャ皇国の地図が広がり、各地域、各施設、各道のりの名称と所在がアッパーの脳内に羅列していく。
その中で一番人が集まる場所といえば。
――いや、一番ナガラーシャ皇国中の人々に血液を届けられる場所といえば。
(ナガラーシャ……中央、広場……ッ!)
ナガラーシャ中央広場。
それはこの国の中央にある広場でこの国の各区域を繋ぐ中継地点であり、ナガラーシャ城と住宅街、市場に港などの道を繋ぐ広場だ。
そこであれば大量の血液が空中を漂い万が一に『風』を操る能力者が吸った場合、暴走した『風』が血液を各区域に運ぶ恐れがある。
『アッパー!?』
駆け出したアッパーの様子をモニターで見たサイが叫ぶ。
そしてもう一人、そんなアッパーの様子を見て反応を示した人物がいた。
『ほーん? ま、これぐらいはなぁ!』
スキーマーだ。
彼はアッパーが気付いたことにまるで予想通りと言わんばかりに楽しそうに嗤う。
『さぁゲームの始まりだ! あの人工能力者が爆発するのに後一分の猶予がある! そして肝心の『透明な壁』の設定だが、以下のように設定しといた!』
1.いかなる人間であっても外に出ることはできないし、中に入ることもできない。
2.ただし『空間』系の場合、外から内に入る事はできないが、中から外に行くことはできる。
3.そしてアッパーか人工能力者が死亡することで『透明な壁』が解除される。
『以上の三つだぁ!』
「ふざけるなぁ!!」
アッパーの怒号が辺りに響く。
その怒号にスキーマーは「おぉ怖い怖い」というだけで、そのまま鳴りを潜めた。
『この先は……! そうか中央広場ならいるかもしれない!』
アッパーの向かう先を見て、クロノスもまたアッパーと同じく予想がついた。
クロノスはモニターに映している映像を中央広場の映像に移すように『千里眼』のオペレータに命令し、『探知』系の能力者に人工能力者らしき人物を探すように声を張り上げる。
そして中央広場に辿り着いたアッパーは、忙しなく目を動かし人工能力者らしき姿を探す。
黒いローブの喪服を着た人々が朝の広場を歩き、挙動不審な様子のアッパーに目を配らせながら通り過ぎていく。
そんな人々の視線を無視してアッパーは中央広場を隈なく探すのだが、それでも気配もその人工能力者らしき人物は見当たらない。
『はーい三十秒前~』
「クソッ!」
余りにも時間がない。
アッパーは中央広場にある最も高い建物に瞬時で飛び、人工能力者を俯瞰しながら探す。
「どこだ……どこだ……ッ!」
『はい二十秒前~』
スキーマーのカウントダウンが余計にアッパーとクロノスたちの精神を削っていく。
『ほい! 十秒前!』
よもや万事休すか。
『強化しなさいアッパー』
だがそんな時、アッパーの『念話』にこれまで黙って佇んでいた女性の声が聞こえた。
「ノウンさん……!?」
『……誰だそいつは』
アッパーは突如として聞こえたノウンの声に驚き、スキーマーはこれまで楽しそうな声音だった物が一転して警戒するような声に変わった。
『『認識力』を強化するのアッパー。この世界はあの子が存在するという認識を拒否していて、今や周囲に対するあの子の認識が消えつつある。見つけるには貴方の『認識力』を強化してあの子を探すしかない』
(……ッ!? このアマ、どうして未来のアッパーがするはずの対応を知ってやがるんだ!?)
ノウンの口から出た内容にスキーマーは声に出さずに驚く。
対して、そう言われたアッパーはそう言ったノウンを訝しむものの彼女の言うとおりに『認識力』を強化をし始めた。
『……マズイ!』
スキーマーの焦る声が漏れるも、集中し始めたアッパーには届かない。
ノウンの言う『認識力』という曖昧なものを強化するのだがしかし、アッパーのイメージが足りないせいか上手くいかない。
そんなアッパーに、ノウンが言葉を続けた。
『相手は確かにそこにいるの。ボヤけた輪郭を一つに纏めるようにイメージしなさい。そしてイメージしたらそのまま集中して――』
――『強化』。
静かに目を開けるアッパー。
すると中央広場のある一点、そこに裸足のまま黒いローブを着て歩く白い少女の姿が見える。
「……見つけた」
手に大きいナイフを持っているにも関わらず、周りにいる人々は誰もその少女に気付かない。
ノウンの言葉を借りれば、あの少女の持つ『認識』は徐々に薄れており誰も気付かないのだろう。
スキーマーの言うとおり『暴走』の能力を持った人工能力者に傷があれば、その傷から血が噴き出して『暴走』の因子が宿った血液が空気に広がる。
そして人工能力者である少女がその手にナイフを握っているのを見れば、その少女が何をするのかは自ずと理解できた。
「――やめろォォォォォオオオオ!!!」
建物の屋上からその少女を止めるために跳ぶアッパー。
誰もが突如として聞こえた叫びに驚く中、アッパーはスローモーションとなった世界で少女に向かって飛んでゆく。
だがそこに。
『保険はちゃんと作るもんだなぁ……! アァッパアアアアアア!!!』
虚ろな目をして、スキーマーの声を出しながらアッパーの行く手を阻む『人々』の姿があった。
(――……憑依)
アッパーの脳裏に先日のテロ事件の記憶が蘇る。
それはアッパーが初めてスキーマーと出会ってしまった日であり、スキーマーは『強化系』の能力を使う能力者の体を使ってアッパーと接触したのだ。
それが今目の前で起こっている。
違うのはスキーマーが憑依したのは一人じゃなく複数。
それもさっきまで広場で喪に服していた人々の体にだ。
「クソがァァアアアア!!」
少女を止めなければならない。
だが目の前に集団で固まる人々を薙ぎ払うわけには行かず、ならばと押し出すしかないとアッパーは考える。
一人。
また一人。
遅延した世界でアッパーの進行を妨害する人々を押しやり、少女に向かって強引に進んでいくアッパーにもはや通常の時間を気にする余裕はなく、どれぐらい猶予があるのかは分からない。
ただ進むのみ。
ただ目指すのみ。
例え人工能力者とかいう訳の分からない存在であろうと、例え世界から認識を拒否られていようと、そこに命がある限りアッパーは救おうと手を伸ばす。
距離が縮む度に一人押し退け、一人押し退ける度に少女との距離が縮んでいく。
(――っ)
そしてまた一人押し出すと、アッパーは僅かではあるが少女の顔が見えた。
(……なんて顔をしているんだよ)
アッパーに呼び止められた状態で振り向いた少女の顔には、まるでようやく誰かに見つけられたというような喜びを含んだ表情を浮かべていた。
押し退けた手とは違う片方の手で少女に伸ばすアッパー。
そしてふと。
押し退けた住民の顔に見覚えがあったアッパーは、その住民の方へと顔を向けた。
「――あ」
ニヤリと口角を上げたその住民にアッパーは呆然と声を出す。
アッパーが押し退けたその人は、昨日アッパーが追いかけた『空間転移』を使うジークモルゲンの護衛と同じ顔をしていたのだ。
『ざーねん☆』
どこからかスキーマーの嗤う声が聞こえる。
そしてその瞬間、アッパーの視界が変わった。
「スキーマァァァアアアアアアアア!!!!!」
突如として、アッパーの下から風が叩きつけられる。
風の音が耳に入り、轟音を鳴り響かせる。
アッパーは今、空中に放り出されていた。
先程までいた広場の光景が消え、アッパーはナガラーシャ皇国の遥か空から下に落ちているのだ。
「ぐぅ!?」
そしてその途中で、アッパーの体は『透明な壁』にぶつかり落下の勢いが止まった。
通常であればあの落下速度であれば何か硬い何かに衝突すれば、砕け散るに違いない。
だがアッパーの体は度重なる強化で高度からの衝突で、体に衝撃が来るだけでその体が砕け散るわけがない。
そう、アッパーの体は他の人間と違うのだ。
――ゴキッ。
「……!」
一瞬アッパーの前方で何か落ち、『透明な壁』に衝突して砕け散った。
それは先程アッパーをこの空に飛ばしたジークモルゲンの護衛だ。
体が砕け散り、その護衛のもげた頭を見てアッパーは目を見開く。
何故ならその頭に付いている護衛の口が僅かに動き、こう言ったのだ。
一秒、と。
そしてそのまま砕け散った肉片は『透明な壁』を通過し、ナガラーシャ皇国に落ちる。
それを見ながら、アッパーは中央広場の様子を『透明な壁』の上から見た。
「あ、あああ……」
そこには、自身の胸にナイフを突き立てる少女の姿があった。




