第30話 嘲笑う悪意
自ら出した推測に目を見張り、嫌な予感に胸がざわついたアッパーは洗面所から飛び出して店を出た。
流石のアッパーでも『連絡』系能力を阻害する結界は察知できないため、テレから言われるまで気付けなかったのだ。
携帯を使って連絡すればいいのだろうが、生憎と潜入任務という事から着替えと任務の概要が書かれた書類、変装用の衣類や上級能力者の証である腕章と僅かな金銭しか持ってきていない。
それに今は着替え以外の荷物は潜入時に全て地面の中に隠してある。
『アッパーさん? そちらでは今何が起きているんですか?』
テレの訝しむような声がアッパーの頭の中に響く。
当然だ、ナガラーシャ皇国は昨日まで結界によって外部との連絡が途絶えていたため超能力学園側は何も情報を得ておらず、テレが知らないのも無理はない。
情報を共有するため、アッパーは走りながらテレに今までの状況を話した。
そして説明し終えると、テレではなく他の声がアッパーの頭の中に響いた。
『もしもしアッパー君? クロノスよ』
超能力学園の学園長を務めるクロノスだ。
『テレちゃんは各方面に先ほどの話を説明するために席を離れているから、私が対応するわ』
『ついでにオレ達もいるぜ!』
クロノスの他にもサイやラビィ、そしてノウンもいた。
どうやらアトリのことを心配して昨日から司令室にいたらしい。
『今『千里眼』系の子らがナガラーシャ皇国中の様子をモニターに映している最中よ。これからこの司令室はアッパー君のバックアップに回るわ』
「了解」
クロノスは評議会に認定された『特級能力者』の位にいる能力者だ。
故に評議会の許可なしに能力を使用することはできないためアッパーの助けになることはできない。
なのでこうして司令室を通じてアッパーを助力になろうとしているのだ。
『モニターに映るナガラーシャ皇国には特に異常が見当たらない。貴方の感知能力は?』
そう言われてアッパーは自身の感知能力を『強化』込みで広げる。
しかし一瞬で広げた感知ではあるが、アッパーの感知には特に異常な気配は感じられない。
勿論感知範囲を広げながら周りの観察もしているが、何も異常な光景は見当たらない。
「ダメだ、何も感じられない」
『お前でも感じられないか……』
まるで行き詰まったかのように呟くサイだがアッパーはそれでも諦めなかった。
脳裏にチラつくスキーマーという存在がアッパーの心をざわつかせているのだ。
ただアッパー一人の嫌がらせのために策を張り巡らすその男と、昨日まで連絡網を『阻害』させていた結界が消失したことと関係ないとは思えない。
だが現に何も感じられない今、相手の出方が分からないのも事実だ。
「相手の出方か……」
と、そこでアッパーは考え込んだ。
『お兄ちゃん?』
「この国を崩壊させるなら、相手はどういった手段を取るのか考えてたんだ」
犯人の立場となって犯行に使うであろう手段を推測していくプロファイリング術だ。
先ず現場の証拠を用いて犯人像を推測する通常のプロファイリングと違い、今回の事件は犯人が確定している。
ジークライルの弟でこの国に復讐を誓ったジークモルゲンだ。
だがそのジークモルゲンの背後にはアンチノーマルという組織が絡んでおり、両者は六月の半ばに能力暴走事件を各地で引き起こしていた。
『確かジークモルゲンは能力の暴走を引き起こす薬を売っていたバイヤーですね』
アッパーからの予め共有していた情報からジークモルゲンの情報を引き出すラビィ。
そう、能力暴走事件はジークモルゲンが売った薬によって引き起こされたものだ。
そんな事件を引き起こしていたジークモルゲンの目的はナガラーシャ皇国を壊滅させることと、自分を見捨てた皇族への復讐だ。
「なら、その復讐方法はなんだ? 物理的な手段である事は明白だ。皇族を含めたこの国の人々を皆殺しにするって言ってたからな」
しかし実際問題そのような方法は限られている。
一遍に皆殺しをするというのならこの国に向けて超絶的な破壊力を持った兵器を使うか――。
『――この国を一度に滅ぼせる能力……ということね』
『だがそのような能力者、この超能力学園にある能力者データベースで探してもそれらを行えるのは数人しかいないぞ。それも皆の所在は分かっているし』
そのような能力者は大体が『特級能力者』であり、彼らがナガラーシャ皇国に入国した履歴も反応もないと説明するサイ。
それにその能力者たちがこのナガラーシャ皇国で人を殺すのなら、その殺意をアッパーは感知できるはずだが今のところそのような反応はないのだ。
しかしその強力な能力者以外でもこの国を滅ぼす可能性は残っている。
「それが能力を暴走させる薬だ」
思い出すのは五日前に起きた暴走能力者によるテロ事件。
「思えば彼らの能力は予想より強化されていなかったんだ」
彼らは共に『強化系』や『変化系』そして『精神系』の系統であり、そこから考えられるのは彼らがそのような系統だからこそ、あの程度の強化で済んだという理由が容易に思い浮かべられる。
「どの系統でも強化できるんじゃなく……」
『特定の系統でしか強化できないとなれば……?』
コップの中にある水を凍らせる程度の能力者が能力を暴走させる薬を投与された際に、その能力は数区画にも及ぶ範囲を凍らせるほどのレベルになった。
今になって思えば、それらの被害を起こしていたのは全て『現象系』の能力者ばかりだ。
『って事は相手はこの国の能力者を暴走させて、この国を壊滅に追い込もうとしているのか!?』
この国にいる国民の八割九割が『現象系』の能力持ちだ。
もし能力を暴走させる薬が何らかの形で国民全員に投与されたら、ナガラーシャ皇国が滅亡するのは目に見えている。
だがそのような結末に至るまでにとある問題を解決しなくてはならない。
「この国に復讐しようとしている人間が能力暴走事件の薬を売っていたんだ。考えられるのはそれしかない……しかし問題はどうやってこの国の人間を暴走させるか、だ」
『なら話に出ていたあの例の香りスプレーが怪しいのでは?』
追悼式三日目の昼、人々が花束を買っていた際にその花束にはとある香りスプレーが吹き付けられていた。
その香りスプレーの匂いを嗅いだアッパーはその香りに嫌な予感を感じ調べたところ、その香りスプレーには能力を暴走させる薬と同じ成分が入っていたのだ。
『だがその成分は大幅に希釈されていて、能力を暴走させるほどの効果は無いはずよ』
『それにそれらのスプレーは全部回収されているしなぁ……』
例え能力を暴走させるほどの効果がないにしてもアッパーが念のためにジークライルに報告し、それらのスプレーは回収されている。
だからこそ香りスプレーに件に関しては、このプロファイリングをアッパーがやるまで頭の片隅においていたのだ。
『やっぱりスプレーが鍵なのか……?』
「取り敢えず、そのスプレーが保管されている場所に行ってみる」
そう言ってアッパーは高速で移動しながらナガラーシャ城の中に入る。
衛兵の目も警備も掻い潜り、スプレーが保管されている倉庫に辿り着いたアッパーは、静かにその倉庫の中に入る。
そしてアッパーは目の前にある光景を見て司令室に連絡を入れた。
『どう、様子は?』
「あぁ……何も異常はない」
そう何も異常はないのだ。
目の前にあるのは無数に陳列された香りスプレーの存在があり、そこに何か工作された様子はなく、アッパーの目で見ても仕掛けの類いが見当たらなかった。
『すると香りスプレーは関係ない……?』
ラビィの呟くを聞いてアッパーは思考する。
(本当に関係ないのか……? だが能力を暴走させるという線は合っている筈だ……でなければジークモルゲンがこれまでやったことが無意味になる……いや、関係ない?)
確かにラビィの言うように関係なかったとしたら?
能力を暴走させる薬ではなく、この香りスプレー自体がジークモルゲンの復讐と関係なかったとしたら。
「学園長――」
自身の推測を司令室にいるクロノスに言おうと『念話』を再開させるアッパー。
しかし『念話』先の様子がおかしいことに気付き、言いかけた言葉を止めた。
さっきまで議論していた声が聞こえず、向こうの様子が分からなくなったのだ。
「なんだ……? 学園長? ラビィ? おいサイ――」
『――聞こえなくても分かってますよバーカ』
「……っ!?」
突如にアッパーに向けて放たれた罵声と共に聞こえる意外な人物の声。
聞いたその声に、アッパーは聞き覚えがあった。
忘れもしない、アッパーの目の前で自らを好敵手と名乗った男の名前とその声を。
その声の持ち主は。
「スキーマー……ッ!」
『はぁい貴方の永遠の好敵手であるスキーマーさんですよぉ!』
聞けば聞くほどこちらを苛つかせる声音と口調にアッパーは顔を顰める。
そう今のアッパーに『念話』しているのは先ほどまで繋がっていた超能力学園の司令室ではなく、スキーマーなのだ。
「てめぇ……! どうして『念話』を!?」
『まぁこれもボクちんの能力だと思ってくれたまへ。さて今どうなってますか? 元気にやってますか? 世界を救おうと思っていますか? うーん実に反吐が出るねぇ』
「どこにいるんだお前は!」
『俺ェ? 俺はね、その国のそ・と!』
「……は?」
まさか正直に答えるとは思っていないアッパーは呆然とした。
だがこの国の外にいるということが分かっている今、アッパーはナガラーシャ皇国の外に向かって駆け出す。
しかしそんなアッパーを嘲笑うかのようにスキーマーが言葉を続けた。
『果たして君はその国を出られるかな?』
「……!」
思い出すのはテロ事件で住宅街全域を『透明な壁』で封鎖された記憶。
新しい系統である『概念系』で作ったその壁は如何にアッパーであろうと破ることはできず、壊そうとしたアッパーの拳はその壁によって砕かれている。
まさかと思いながらもナガラーシャ皇国の港に辿り着いたアッパーは、そっと目の前に手を伸ばした。
「……クソが!」
やはりそこには透明な壁があった。
それにスキーマーの口ぶりからすると、このような壁がナガラーシャ皇国全域に張られているということになる。
つまりそれは、誰であってもこの国から出るのが叶わないことを意味しているのだ。
『あーあ、随分と離れたねぇ』
「何が言いたい……」
『如何にお前が高速で動けようとも、悠長にそこにいていいかなぁ?』
嗤うようにアッパーを煽るスキーマー。
目障りな人物からの煽りを聞いて苦渋を噛み締めているアッパーに、スキーマーが上機嫌に言葉を続けた。
『答え合わせしよう! 先ずはそう! 根本的な話からだ!』
そう言ってスキーマーは一つの問題を出した。
――Q.能力を暴走させる薬はどこから作られているのか?




