第28話 アトリとアメリア
「アトリ……?」
「……アッパー?」
お互い思わぬ再会によって相手の名前を呆然と呟く二人。
手に持った大型拳銃のディディスをアッパーに向けていると気付いたアトリは急いで銃口を下ろして、懐にしまう。
そんなアトリに、アッパーは険しい表情で聞く。
「……一体、何が起きた?」
今このナガラーシャ皇国では、先日に起きた能力暴走事件によって犠牲となった被害者に対して追悼式を行っている途中だ。
だが暴走能力者たちの記憶を覗いたアメリアによってジークモルゲンのこの国に対する復讐を聞かされ、その内容の中に皇族を一人残らず潰すという物騒な物もあった。
今では皇族扱いされていなくても皇帝ジークライルの娘であるアトリも対象になるのかもしれない。
そんな状況でアトリがナガラーシャ皇国にやってきたということに、何か作為的な雰囲気を感じるアッパーであった。
「分からない……! 突然知らない男に呼びかけられて……!」
混乱した様子のアトリは若干早口になりながらも、アッパーに飛ばされる直前の状況を説明する。
ディディスを用いた特訓が終わり、帰路に着いたアトリに見知らぬ男から話しかけられ、突然視界が歪んだらここにいたという。
そんなアトリの説明を聞きながらアッパーは考える。
(その男がアトリを飛ばした可能性が高いが……)
アッパーはその説明の中にアトリが何か隠していると感づく。
実際アトリは見知らぬ男との会話を意図的に省き、アッパーに話していた。
今ではアッパーやラビィなどの友人に囲まれ、自身の目的のためにノウンから師事を受けている生活を送るようになったアトリは、他人の持つ優秀な能力に嫉妬することも少なくなった。
だが少なくなったとしても決して消えたわけじゃなく、時々アッパーたちの能力を見て嫉妬をすることもあり、その度に自身の醜い負の感情に嫌悪を抱いている。
その嫉妬の対象が自らの友人だということに、アトリはアッパーたちと出会う前よりも激しい嫌悪を抱くようになった。
加えてアトリは、自身の持つ負の感情を他人に知られることを何よりも嫌っており、見知らぬ男によってナガラーシャ皇国に対する恨みを持っていないかという問いに図星を突かれたアトリは、このことをアッパーに言うのを躊躇ったのだ。
当然アトリはアッパーの能力を把握しており、アッパーが自身の隠していることに隠していることに感づいていると分かっている。
だからこそアトリはアッパーに申し訳なさそうな表情を浮かべ、それを見たアッパーはそっと溜息を吐いて、彼女を追求しないようにした。
「取り敢えず……場所を移動しよう」
「うん、分かったよ」
そういう会話した二人はこの建物から出ようと歩き出す。
しかしその途中でアッパーは、この建物に入る見知った人物の気配を感じて足を止めた。
「ん? どうしたのアッパー君?」
そうアトリに聞かれるがアッパーはどうしたものかと考え込む。
やがて答えを出したのか、アッパーはアトリに振り向くと……。
「まぁこれも何かの縁だと思って」
「え?」
そして二人の前に現れる人影。
その人はジークライルの命によってアッパーと組まされたナガラーシャ城の侍女長を務める人物であり、かつてアトリの元から離れた人物。
「はぁ、はぁ……ようやく辿り着きました……っ!?」
「……アメリア?」
「アリス……様……」
数年ぶりに、アトリとアメリアが再会した瞬間であった。
◇
「いやぁ久しぶりだねぇ! おばあちゃんは嬉しいよ」
「うん、ごめんねおばあちゃん」
道中アトリとアメリアの間に会話はなく、気まずい空気を出していた。
だがアメリアが手配していたアジトに向かう途中に、懐かしい店の前を通ったアトリが突然この店に入ると言ったのだ。
場所は店通りのとあるパン屋。
そこはかつて教育係との勉強が嫌になったアトリがよく逃げ込んできた思い出のパン屋であり、数年ぶりに突然やってきたアトリたちの姿を見た店長のおばあちゃんは彼女たちを快く迎え入れた。
ここでもアメリアの声はなく、彼女はパン屋のおばあちゃんとアトリが会話をしているのを見て手を強く握り締めていた。
そんな彼女を見たアッパーは果たしてどうしたものかと考えていると、パン屋のおばあちゃんから暫くここで休んで行きなさいと言われる。
おばあちゃんの顔を見れば彼女もアトリとアメリアの気まずい関係に感づいており、こうして提案してきたのだろうと伺えられ、その顔からは悪意が見当たらない。
「……ならアメリアとアトリはここで休め。俺はパトロールに行く」
おばあちゃんの提案は好都合だと思ったアッパーは、二人にここで休むように言う。
しかしアッパーがそう言うと、アメリアも「わ、私もパトロールに付き合います」と言った。
「なら貴方もここで休まないと、ね?」
「まぁ、しょうがないか……」
「あ……」
アメリアの唖然とした声を聞きながら、おばあちゃんは三人を奥の部屋に案内する。
そして案内し終わったおばあちゃんは厨房でパンを用意すると言って出ていき、この部屋にはアッパーとアメリア、そしてアトリの三人が残った。
部屋の中は案外広く、備え付けられたソファに座るアッパーとアトリ。
だがアメリアは一人だけアッパーの背後に佇んでおり、対面のソファに座っているアトリと目を合わせようとしない。
アトリも時折気まずげにアメリアの顔を見ており、この場にいたアッパーはあまりの気まずい空気に辟易とした。
「……あ! それじゃあ俺はおばあちゃんの手伝いしにいくわ!」
逃げた。
それはもう、アトリとアメリアがアッパーの逃げた方を見て唖然とするほどの清々しいほどの逃げっぷりであった。
案の定この場に残された二人はお互いどう話していいのか掴めずにおり、視線を時々交差しながら顔を背くという繰り返しだ。
「アメリア……だよね……?」
やがてこの空気に耐え切れなかったのか、アトリが先に口を開いた。
アトリの質問にアメリアは体を震わせ、まるで躊躇するようにアトリに言葉を返した。
「覚えて……いらしたのですか……?」
「うん……」
「それは……っ、当然ですよね……」
何せアトリとアメリアが最後に会ったのは、数年前アトリの呼びかけをアメリアが無視して走り去った時だったのだ。
友人と思っていたアメリアが自分の元から離れていくのを皮切りに、アトリは皇族扱いされなくなっていった。
そのことでアトリがアメリアの事を今でも覚えているのは、彼女が自分を恨んでいるからだとアメリアは思ったようだ。
「……確かに一時期アメリアを恨んでいた事もあったよ」
「……っ」
「でもね、今になって思えばアメリアが私から離れていった時に悲しそうな表情をしていた気がするんだ」
目を瞑って当時の事を思い出すアトリ。
そこには自身の呼びかけに振り返ったアメリアの表情が見えており、アトリの顔を見たアメリアが息を詰まり、まるで涙を流すのを堪えて走り去ったように見えた。
「ねぇアメリア……どうして悲しそうな顔をしていたの?」
静かに目の前のかつての友人に問い掛けるアトリ。
暫く沈黙を保ったアメリアだが、やがて意を決したのかアトリの瞳を見据えて口を開いた。
「怖……かったんです……」
そこから始まる当時の出来事。
先ず知らされたのは、アメリアの能力は『現象系』ではないということにアトリは驚く。
アメリアは『現象系』の能力を持つ両親から生まれたにも関わらず両親の一部の能力が混ざり合って他の能力を持つようになった子供だった。
父は現象系雷型で母は現象系念力型。
父の能力からは超微細な電気能力、母からは念力に使われる干渉能力が混ざり合った。
混ざり合った能力は別の能力になり、空気中の電気を通じて脳を伝達する電気シナプスに干渉し、記憶や思考を読み取る能力に生まれ変わった。
それが今のアメリアが持つ『精神系読心型』の真相だ。
だがナガラーシャ皇国は『現象系』でなければ平気で我が子を捨てる差別意識に塗れた国だ。
そのような国の中で、それでもアメリアを愛し続けた両親のことが他人に知られればアメリアは当然として彼女の両親も冷遇されるのが目に見えていた。
それは皇帝となったジークライルがアメリアを侍女として雇って生活を保証しようとも、何かしらの拍子にアメリアの能力が『現象系』ではないと知られればアメリアを含んだ家族の身が危ない。
そしてとある日、必死に自身の能力を隠しながら日々を生きるアメリアの元に一人の少女が話しかけてきた。
「私は、自分の能力で相手の考えが読めるんです……だからアリス様から話しかけられた時、私はビックリしたんです」
そう当時のことを思い出して涙を堪えるアメリアは、アトリから話しかけれた時の事を嬉しそうに説明する。
アトリの出身国は確かにこのナガラーシャ皇国だが育ちは地球の日本からで、故にアトリの思考や常識にはこの国の人々のような差別など微塵もなかった。
そのことが分かったアメリアは初めて気楽に人と接することができ、初めての友人を得た。
「嬉しかった……! 貴女と過ごす日々がこんなにも楽しかった……!」
次第に堪えきれなかったのかアメリアの瞳から涙が溢れる。
しかしやがて楽しい日々は終わりを迎えた。
アトリが『偉大な炎』を出せないことで、周りから陰口を叩かれるようになったのだ。
そしてアトリと一緒にいるアメリアまでもが巻き込まれた。
能力を周囲から隠すにはなるべく目立たないのが秘訣だ。
だがアトリと一緒にいたことでアメリアは目立ち始め、アメリアは気が気ではなくなっていく。
バレれば家族全員がナガラーシャ皇国中の人々から冷遇される。
愛する家族が自分によってそのような状況に陥るなど耐えられなかったアメリアに、とある人物たちがやってくる。
「それが……ディートリヒト様とエリーゼ様です」
「お兄様と……お姉様が……!」
彼らはアトリと親しいアメリアにこう持ちかけたのだ。
――アトリから離れろと。
彼らはアメリアの能力について知らないと自身の能力で分かった。
だがこの提案は今の状況に耐えられなくなっているアメリアにとっては、悪魔の囁きだった。
愛する家族と、親しい友人。
それを天秤に掛けられたアメリアは、前者を選んだのだ。
「でも後から分かった、分かってしまった! 私は怖かったんです! 家族のためにと思ったこの選択はただの私が生き延びるための保身だっていうことが! 私の能力がバレれば今の生活がなくなると怖かったから! 私は貴女の下から逃げたんです!」
そして後悔した。
何年も何年も、こうしてアトリと話し合っている今でもアメリアは後悔し続けていた。
自らの保身のために友人を捨てて、その友人に何もできないままこの国から去っていった友人に、アメリアはずっと負い目を感じていたのだ。
指で目から流れ落ちる涙を拭き取るも、まるで際限なく流れる涙にアメリアは手で顔を覆う。
まるで心の内に溜め込んだ後悔が涙となって溢れているみたいで、それをアトリに知られたくない一心で自身の顔を覆う。
だが、そんなアメリアにアトリが答えた。
「うん、スッキリした」
「え……?」
指の間から見えるアトリの笑みに、アメリアは顔から手を離した。
そこには満足したような表情のアトリにあって、アメリアはポカンと口を開いた。
「すっ……きり?」
「うんスッキリ」
そしてアトリはあろうことか。
「ねぇアメリア、また私の友達になってくれる?」
涙を流すアメリアに向けて、アトリは笑みを浮かべてそういったのだ。




