表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブーストアッパー ~加速する強化の先で~  作者: クマ将軍
第二章 能力と向き合うために
71/210

第25話 皇帝の決意

「ジーク……モルゲン……」


 顔を顰めたジークライルは、その場で拳を握り締める。

 まさかとは思っていた。

 アッパーから写真を見せられた時からジークモルゲンであるという可能性があったのは事実で、それが今暴走能力者たちの記憶を読んだアメリアによって確定された。


 ジークモルゲン・フォン・ナガラーシャ。

 その人物はかつてジークライルの実の弟で、皇族の証である『偉大な炎』を出せない事で実の父からも見捨てられた男。

 そして皇族を信奉する過激派によって殺されたはずの男。ジークモルゲンこそが、能力を暴走させる薬を売っているバイヤーの正体であった。


「『これは宣戦布告である。俺の目的はこの国を壊すことであり、差別意識に塗れた国民とそれを推奨させるナガラーシャ城の為政者どもを皆殺しにする』」


 アメリアはジークモルゲンの言伝をそのまま続ける。

 しかし彼からの言伝を思い出す度にアメリアの顔は苦しそうに歪み、彼女の額から脂汗が大量に吹き出ている。


「『皇帝ジークライルよ、これは俺の復讐であり不当な扱いを受けている者達への救済だ! 俺はこの国が繁栄する未来を許さない! この国の住民が他者を軽んじる現状を許さない! このアンダームーンという世界にナガラーシャ皇国が存在することを許さない!』」


「ジークモルゲン……」


 憂いを帯びた声で弟の名を呼ぶジークライルもまた、心の内でどこかそう思っていた者の一人である。

 ナガラーシャ皇国は本来暗黒時代に喘いでいる人々のために、初代ナガラーシャ皇帝が建国した国である。

 だのに今やこの国の住民は初代皇帝が『現象系』であることから『現象系』の能力を優遇し、この国の上層部は初代皇帝が出す『偉大な炎』を皇族としての証だと信奉する。


 それに犠牲になった人々は数多く『現象系』ではなかった能力者は冷遇され、『偉大な炎』を出せなかったアトリは心にトラウマを残し、同じく『偉大な炎』を出せなかったジークモルゲンは殺されかけた。


「『今更悔いても遅い。今更嘆いても無駄だ。この国は終わるのだ! 他ならない自らの業によって!!』」


「アメリアもう止めろ」


「……はっ、かしこまりました」


 聞いていられないジークライルは、咄嗟にジークモルゲンの言伝を言うアメリアを止めた。

 それを聞いたアメリアはその場で口をつぐみ、ジークライルに申し訳なさそうにした。


 彼女自身も好きでこのように演技かかった言伝を言うつもりはない。

 しかし彼女の能力が他人の記憶を読み、それを現実世界で再現させるために件の記憶を思い出すとアメリアはトランス状態に入り、記憶の持ち主や状態、聞いた言葉や放った言葉までもが記憶に引き摺られるのだ。


「大丈夫か?」


 ジークライルがアメリアを心配するように声を掛ける。

 事実としてアメリアは息を切れさせており、顔を青ざめていた。

 アメリアの脳裏に映るのは、能力を暴走させる薬を投与されながらジークモルゲンの言葉を聞く暴走能力者たちの苦しみだ。

 緑色の液体を自身の腕に注射された暴走能力者は、激しく頭痛を引き起こしながら体の芯が冷えていく感覚の中で苦しんでいたのだ。


 それでもジークライルの言伝を聞くために彼ら暴走能力者たちに気絶する事は許されておらず、気絶しそうになったら強引に意識を留めておくために痛みを感じさせた。

 だからこそ彼らの記憶を読み取ったアメリアは、その記憶を思い出すとそれらの苦しみを感じていたのだ。


「勿体無きお言葉です、皇帝陛下」


 アメリアは心配させまいと気丈に振る舞う。

 そんなアメリアの気持ちを汲んだジークライルは、これ以上追求せずに話を進めた。


「そうか……言伝以外には何が?」


「……宣戦布告の内容ばかりでした」


 アメリアの表情を見ていたアッパーは、彼女が何か隠していると分かった。


「嘘ですね……他に何か言われたんでしょう?」


「そうなのかアメリア?」


「……はい、申し訳ございません皇帝陛下」


 アッパーとジークライルの追求に観念した様子のアメリアは、他にもジークモルゲンから言われた言葉の内容を言う。

 それを聞いたジークライルは顔を顰め、何故アメリアが口をつぐんだのか理解した。


「『皇族は一人残らず潰す。お前の兄やお前の妻のように』……か」


 顔を顰めながらジークモルゲンの言葉を復唱したジークライルは、次第に笑みを浮かべて乾いた笑い声を上げた。


「ハハ……ハハハハハハハ!! ハハハ……クソォ!」


 そして勢いよく壁を殴るジークライル。

 その顔には先ほどの笑みはなく、悲しみの溢れた表情を浮かべていた。


「お前なのか……? ジークリヒトの兄上もアズサも死んだのは、お前のせいだっていうのか!?」


 ジークライルの先代皇帝ジークリヒトは、病によって崩御された。

 ジークライルの妻である永良梓は病によってそのまま帰らぬ人となった。


 両者の共通点は病死で、いずれも治らないまま亡くなり最終的にジークライルがナガラーシャ皇国の皇帝となった。

 もしこれらの死因が病ではなく、他者によって引き起こされた物としたら。

 もしジークモルゲンの言う通り皇族を一人残らず殺すために用意された布石だとしたら。


「……あぁ……クソ……! クソォ……!」


 涙を流し崩れ落ちるジークライル。

 愛する家族を殺したのは自身が見捨てた家族という事実に、ジークライルは手で顔を覆った。

 これは一体何の罰だろうと、前世では一体どのような罪を負ったのだろうかと自問せずにはいられないほどジークライルは絶望をする。


「報い……だというのか……」


 そう呟くジークライルに、最早さっきまであったアッパーとの共同戦線を組むときの決意は無かった。

 全てはジークモルゲンの手のひらで泳がされていただけであり、ジークライルのこれまでは全て無駄であると言われたような感覚がする。


 国を変えるきっかけを待っていた筈が、そのきっかけはこの国を終わらせるきっかけとなる物だった。

 意図せずにアッパーがいてもいなくても、この国は終わるという証明となった。

 他ならぬジークライルが見捨てたジークモルゲンの手によってだ。


「違う」


 だからこそアッパーはそれを許さない。

 差別意識に溢れているこの国を他ならないジークライルが正そうとしていた。

 立場も権威も居場所も無くなったこのナガラーシャ城であっても、ジークライルは自らのやるべき事を探し足掻いてきた。


 そんな彼の結末がこのような悲惨なものでいいのか。


「立ってください皇帝陛下。貴方の人生はこれで終わりでいいんですか」


 たった一度のすれ違いを悔いりながら、これまでの人生を他人のために尽くしてきた男がこのような結末になってもいいのだろうか。

 正そうとしてきた彼に、愛する家族を奪われたままでいいのか。


 ――良いわけ無いだろう。


 目の前にいるのは自らの罪を受け入れる『善人』である。

 悪しき環境によって罪を犯したただの『善人』である。


 ならアッパーのやるべきことはただ一つである。

 目の前に苦しむ『善人』がいるのなら、アッパーは支えるだけである。


「だが私が見捨てたせいでジークモルゲンはこうなった! 私がジークモルゲンを見捨てたせいで兄上は……アズサは……!!」


「それでジークモルゲンの復讐は当然だと? それで自身を含めたナガラーシャ皇国中の人々が殺されるのが当然だと!?」


「それは……!!」


「良いわけない! 当然なわけもない! 差別意識に塗れているからって死んで当然なんて理屈、そんなのない! 真正面から正そうとせずに安易に殺す逃げ道に走ってそれで良いわけがない!!」


「……」


 心が締め付けられる。

 アッパーの叫びがジークライルの心に突き刺さる。


「この国の人々が何も知らないまま、正されないまま殺される! 自らの過ちに気付いて正そうとしてきた貴方も殺される! こんな結末になっていいのかジークライルさん!!」


「私、は……」




 ◇




 五日間の追悼式が始まる。

 誰もが故人を偲ぶために喪服として黒いローブを着て、皇帝の追悼式の演説を聞くためにナガラーシャ城に集まっている。


 そんな彼らをアッパーは遠くの屋根で注意深く観測していた。


 ナガラーシャ城に入る前に検問していたのである程度は問題はないだろう。

 荷物検査は当然としてだが、残念ながら他の国で当然にやっている『読心』系の能力を使った検問をしていないため、危険思想を持った人に関する検査は疎かになっている。

 これも『現象系』以外の能力を差別するナガラーシャ皇国故の弊害だろう。


 なのでアッパーはこのナガラーシャ城に集まった国民を一人一人観察して、そのような危険な人物を探しているのだ。

 今のところそのような人物は感じられなく、感じられたのは昨日のテロ事件で身内を失った人々の悲しみや怒り、そして暴走能力者に対する憎しみだけだ。


 悲しいがそれでも今この場で暴動を起こすような気配はないため、アッパーは彼らから意識を移し他を観察する。

 するとそんなアッパーの下にアメリアが近付いてきた。


「お疲れ様です、アッパー様」


 彼女もまた黒い侍女長用の服を着ている。


「あぁお疲れ」


 ジークライルの演説はもう始まっている。

 内容はありきたりに、テロ事件の首謀者は許さないことと犠牲となった人々に対する喪を服するといった旨の演説だ。

 そのような演説を遠くで聞きながら観察するアッパーに、アメリアが驚いたような声音でアッパーに言った。


「やはり……ここからでも見えるのですね」


「そうだな。まぁ見えるだけじゃなく聞こえもするが」


 今アッパーたちがいるのはナガラーシャ城から数キロ離れた屋根の上にいる。

 とても人間がナガラーシャ城の演説場所を見通せるわけもなく、演説の内容を聞くこともできない距離だ。

 アメリアの問いに視線を外せずに答えたアッパーに、彼女は呆れるように溜息を吐く。

 邪魔しないようにと小さく呆れるという配慮をしていたアメリアだが、聴覚を強化しているアッパーにはばっちり聞こえていた。


「……演説が終わったぞ」


「なら次は冥福の打ち上げですね」


 初日は水を空に打ち上げる。

 何故なら初代皇帝が建国初日にやったのは、水に飢えていた国民を自身の能力で水を分け与えたからだ。

 なのでその忠実を元に、いなくなった人々のために潤いの水を上げるようにと初日に水属性の能力で空に打ち上げるのだ。


 ジークライルの持つ数種類の属性を持つ『現象系属性型』の能力で最初に水を打ち上げると、次々に水属性を扱える国民が空に打ち上げる。

 そして空に打ち上がった水は空中で弾けて、地上に降り注ぐ。

 まるでそれは悲しみの雨にように降り注ぎ、こうして五日間の追悼式が始まった。


「……アッパー様、この国は……存在していてもいいのでしょうか?」


 アメリアの疑問がアッパーに届く。

 思い出すのは昨日の出来事だ。


 ジークモルゲンの告白によって絶望したジークライルに、アッパーが言葉を投げた。

 このままでいいのかとこのまま終わりでいいのかと。

 そのアッパーの言葉を聞いたジークライルは拳を握り締めて、叫ぶ。


『私、は……私は、報いを受けるべき人間の一人だ……!』


 しかしそう言ったジークライルの瞳に先ほどのような悲惨な思いはない。


『だがそれは今じゃない! 逃げずにこの国を正して、誰もが誇れる居場所を作る! 私で終わりだ、終わりなのだ! この国を変える事も、この国の闇を一身に受けるのも! ジークモルゲンのような復讐を受けるのも! 私一人で終わらせる! これが私の終わり方だ!』


 それが、ジークライルの言葉だ。

 罪を受け入れてもなお、やるべき事のために足掻き続ける男の言葉だ。


 それでもアメリアのようにこの国の未来を疑問視する人たちもいる。

 いくらジークライルが差別のない未来を作ろうとも、これまで不当な扱いを受け続けてきた人たちは今でもこの国を恨み、いない方がいいと思っている者もいるだろう。


 そんなアメリアにアッパーは口を開いた。


「俺の目には悲しみで涙を流す子供が見える」


「……っ」


「恐らく俺が救えなかった人たちの中にその子供の大切な人がいるんだろう。アメリアはその子供を見て悲しそうと思うのだろうか、可哀想だと思うのだろうか」


「それは……」


「でもその子供も差別意識を持っているとしたら?」


 アッパーの言葉にアメリアは何も言えない。


「子供だから何も知らないのは当然だ。でもその子供を導くはずの大人も差別意識に溢れているんだ。誰も子供を正そうとしないからそのまま大人になったんだ」


 そして何も知らないまま殺されていくのだ。


「確かにアメリアさんの言う通り、差別意識に塗れた国はいない方がいい」


 ――だからアトリのお父さんは新しい国に作り変えろうとしているんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ