第24話 アメリア
ジークライルの本心を聞いたアッパーは自分が露骨に顔を顰めていると分かるほど、険しい顔つきをした。
それはそうだろう、アッパーは自らの能力で全てを救おうと考えていて、しかしその結果自身の存在によって犠牲者が出てしまった。
ジークライルはそれを国が変わるきっかけと吐露した。
勿論ジークライルもまた自国の民が危機に晒されて黙って見ているわけではなく、ちゃんと住民を避難させるように部下に命令するなど行動した。
だがそんな国民の被害を、国が変わるきっかけと答えたのだ。
「……」
それでも、アッパーはジークライルに反論するような言葉を言えなかった。
アッパーの能力は人々を守るのに向いていない物で、むしろ目に見える敵を撃破するのにその真価を発揮する。
いくら自身の能力や学習能力を高められてもアッパーはまだ生きて十七年の子供であり、差別意識や人々の意識に関する改善など答えが分かるはずもなく、だからアッパーは反論できない。
目に見える敵だけ潰していけば、全てを救えると思った。
全ての『悪』を潰していけば、大切な人が死ぬ事のない世界になると思った。
そのような理想とそれができる力を持ってしても、世界は単純ではないのだ。
救うというのは人々の心をも救わなければならないと、ジークライルの自嘲するような表情を見てアッパーはそう再び自覚した。
そんな思いつめるアッパーの顔を見て、ジークライルはため息を吐いた。
自身の苦悩や情けない大人の本心を、いくら上級能力者であってもまだ子供であるアッパーに聞かせるというのは大人げないと思ったのだ。
だからジークライルはこの重い空気を切り替えるように話を変えた。
「まぁ私の本心がそうだからといって、アンチノーマルが我が国を蹂躙していいという理由にはならない」
ナガラーシャ城にはウィン大臣という敵の内通者がおり、ジークライル自身も皇帝という身分であっても自由に動き回れるほどの立場がないといった問題が残っている。
それにアッパーは先の戦いで大勢の人々に姿を見られており、アッパーの能力は『現象系』ではないということもあって、このナガラーシャ城で彼に協力する人物は少ないという問題もある。
「今後の方針を決めよう。お互いがお互いの理由で自由に動けない今、私と君は手を組む必要がある」
「ええ……だからこそ俺は皇帝陛下に現状を説明したんです」
ジークライルはナガラーシャ皇国の為政者からの知識としてアッパーの調査を助け、アッパーはそれらの知識から敵をあぶり出す。
そのような方針を考えてジークライルは、今後の予定をアッパーに話した。
「我が国は明日から犠牲者の追悼を五日間やる予定だ」
ナガラーシャ皇国の慣例行事としてこのように人が大勢亡くなった日の翌日に追悼を五日間やるものがある。
ナガラーシャ皇国の国民が持つ『現象系』に関連して、基本四元素である火、水、風、土とそこから派生する属性を五日間に渡り順番に空に打ち上げるのが追悼の内容だ。
「中止にするわけには行かない行事だ。勿論その期間の間に敵が活動する可能性もあるため、アッパー君にはナガラーシャ皇国中のパトロールを頼みたい」
「勿論、姿は見せずに……ですね」
「君の能力を見込んで、だ。遠くからでも暴走能力者を感知するほどの感知能力に、彼らの暴走を瞬時に食い止められる実力を持つそんな君だからこそ頼みたい」
それにジークライルは誰にも知られずにこのナガラーシャ城に潜入してみせたアッパーなら、姿を見られずに動けられると確信しているのだ。
そんなジークライルにアッパーは口を開いた。
「……そして俺の協力者として人を用意したんですね?」
この部屋に通された時に、アッパーはとある存在を察知していた。
その人物に敵意はなく、ジークライルもまたこの部屋に入った瞬間にアッパーが察知した人物の方向を見ていることからジークライルもその人物について把握していた。
だからこそアッパーはその隠れている人物がジークライルの協力者なのではないかと考えたのだ。
「……あぁそうだ、君なら気付くと思ったよ」
そう言ってジークライルは隠れていた人物を呼ぶ。
そして出てきた人物は、その身に侍女の服装を纏っている女性だった。しかし侍女の服装を来ているからって、彼女の佇まいや身のこなしは見た目通りの物ではない。
「紹介しよう、これから君と私の仲介役として協力してくれる――」
「――アメリアです。よろしくお願いしますアッパー様」
礼儀正しく礼をする彼女に、アッパーはその名前から一人の女性を思い出す。
それは前にアトリの過去を聞いたときに彼女の話から出た侍女の名前と似ており、皇族扱いされなくなったアトリから離れた友人の一人がアメリアという名前だったのだ。
「……よろしくお願いします」
かといって今聞くのは時間の無駄だろう。
アメリアと名乗った彼女の表情にはまるで長年の後悔が染み付いているような表情をしており、彼女が過去に相当後悔していたと分かるほどだった。
今でもジークライルに申し訳なさそうにしている態度をしている様子から、恐らく彼女が後悔しているのジークライルに関することか、それともジークライルの娘であるアトリに関することか。
「今後、彼女を通じて私を連絡を取り合う感じになるだろう」
「分かりました。ところでこの部屋で寝ている彼らはどうしましょう」
そう言ってアッパーが示したのは、皇帝のベッドに寝ている暴走能力者四人だ。
皇帝だからかジークライルの寝室にあるベッドは、キングサイズならぬエンペラーサイズと言い換えても言っていいほどデカイ。
四人がそこで寝てもまだ余裕があると言えばそのサイズのデカさは察せよう。
暴走していたとはいえ彼らは住宅街の住民に危害を加えていて、それによって亡くなった人もいる。
それによって被害を受けた住民は彼ら暴走能力者たちを恨んでおり、アッパーが連れ出さなければこの場にいる暴走能力者たちは、住民の手によって全員その命を散らしていただろう。
だがアッパーは勢いで彼らを助けるために連れてきたため、このあとの彼らの処遇をどうするのか決めていないのだ。
「能力を暴走させる薬について聞き出すか……?」
アッパーがそのように呟くが実際に彼らに対する対応はその他になく、昼間にウィン大臣と話したバイヤーに問い質してウィン大臣に聞くというのもある。
そのように考えるアッパーに、アメリアが小さくする挙手をする。
「では私が彼らの記憶を見ましょう」
「記憶を?」
「アメリアは対象の記憶や思考を読み取る『読心』の能力持ちだ」
「『現象系』……じゃない?」
ジークライル曰く、アメリアは侍女長から産まれた子供でありながら両親の能力を受け継げなかった子供らしい。
しかしそんなアメリアを彼女の両親は愛情を注いで育てたのだ。
差別意識が根強いナガラーシャ皇国では珍しいを通り越して異常であるその思考。
普通ならば真っ当な思考ではあるが、このナガラーシャ皇国ではそれらの思考は異常とみなされるため、アメリアの両親は隠れながらアメリアを育成してきたのだ。
そしてある日、ジークライルは偶然彼らを見つけてしまったのだ。
兄であるジークリヒトが崩御し、その弟であるジークライルが娘であるアトリを連れてナガラーシャ皇国にやってきて数日が経った時だ。
逃げ出したアトリを連れ戻すために、侍女長を探していた折にアメリアと話していた侍女長を見つけたのがきっかけだ。
アメリアの能力でジークライルもまたナガラーシャ皇国の差別意識に囚われていないと分かった侍女長は、アメリアの正体を周囲に隠すようにジークライルに頼むも、ジークライルは自身の権限でアメリアを侍女に雇ったという。
アメリアの能力やジークライルの権限ならばアメリアの能力を隠し通しるのだろうと、そしてなおかつジークライルの娘と同じ年齢のアメリアならばアトリの友人になれるのだろうと、ジークライルはアメリアを雇ったのだ。
それ以来侍女長の娘として英才教育を受けたアメリアは、今や自身の能力を隠しながらも侍女長としてこの城に務められていたのだ。
そこまで話したジークライルに、ちょうど彼ら暴走能力者の記憶を読み終わったアメリアが結果を言う。
「……彼らに能力をさせる薬を投与させた人物が分かりました」
そう言って彼女は無地の紙四枚に絵を描き始めた。
恐らくアッパーがやった模写と同じ方法で自身の見た光景を説明するのに、そのような技術を持っているのだろう。
そして描き終わったアメリアが、その描いた紙をジークライルに渡す。
その紙を見たジークライルは、眉をしかめた。
「……これは」
流石に紙に描かれている光景は、アッパーの写実的な模写とはいくらかクオリティは下がるがそれでも彼女の描いた光景は精巧な物だった。
アッパーもその絵を見ると、見覚えのある人物がそこにあった。
「あの写真と同じ男……」
アメリアが彼ら暴走能力者の記憶を読み取ったところ、そこにあったのはアッパーがこのナガラーシャ皇国にやって来た原因である能力を暴走させる薬を売るバイヤーの男と同じ男が描かれていたのだ。
「……その男からの言伝です」
そういうアメリアの声は震えていた。
そして彼女の言葉を聞いたジークライルとアッパーは共に目を細める。
何故ならアメリアが見たのは他人の過去の記憶だ。
その過去の記憶から言伝を受け取ったという事はまるで記憶を読み取れる人物がこの記憶を見る前提で、言伝を用意したと言っても過言ではない。
しかもアメリアの様子を見る限りその言伝はジークライル宛である事は明白である。
恐怖に震える自分を抑えて、アメリアはその男からの言伝を伝える。
「……『久しぶりだなジークライルの兄上。相変わらずこの国は最悪だぜ。見ろよまだまだ差別意識が残っている連中もいるし、そんな奴らから不当な扱いを受けている連中もいっぱいいる』」
アメリアが紡ぐその言葉にジークライルは顔を顰めた。
「『俺の名前はジークモルゲン。地獄の底からこの国をぶっ壊すためにやってきたぜ?』」




