第7話 妹の行方、そして敵
「また……この時間に起きたか……」
昨日の戦闘から僅か数時間後、広樹はアラームの時計が鳴る前に朝の6時丁度に起きた。
それも前と同じく僅かな時間しか寝ていないにも拘らず身体、精神共に疲労は無く、コンディションは常に最高の状態だった。
だが身体は昨日の状態から何も変わらずいつも通りだった。
(おかしいな……あんなに長時間戦闘をやれば劇的とはいかなくとも変化があるはずなのに……)
能力の覚醒から、あの詐欺師グループと戦いの翌日に、気付けば自身の身体能力は上がっていた。
それなのに今回はあの戦いよりも濃く、長時間戦っていたにも拘らず何も変化が起きていなかったのだ。
だが広樹は気付かない。これは広樹の成長した学習能力と適応能力により通常時は普通の人間より強い程度の力までセーブされているということに。
そして広樹は気付かない。自分の基礎能力は『強化』を使わずとも、既にほぼ超人並になっていることに。
彼が自身の本当の変化に気付くのはそう遠くない未来。
その事に気付かないまま、広樹は今の時間にアイ達を起こすのは駄目だと考え、普段通りの生活を送ることにした。
◇
『もしもし? 広樹か?』
朝食を終え、広樹は洗濯物や家事をしている最中、広樹の親友である水無月光からの電話が来た。
「もしもし。どうした? こんな朝っぱらから」
『いや、昨日話の途中で誰か来たみたいだからな。誰だったんだ?』
どうやら昨日、電話の最中に訪問してきた人物について気になっていたらしい。
「……親の知り合いという人だったよ」
能力者という問題事を小学校からの親友である水無月に巻き込ませないため、広樹は咄嗟に嘘をついた。
『マジか!? それで広樹の親について何か話を聞いたか!?』
「どうやら親父達と同級生らしくてな、思い出話に花を咲かせてたよ」
実際は能力者の歴史を聞いて、憂鬱な気分になったが。
『そうか……そういえば広樹の親が亡くなってからもう10年か……』
「……そうだな」
今でも広樹は家族とのを思い出せる。例え広樹が亡くなった両親の本当の息子ではなくとも彼らは広樹を本当の息子のように接してくれた幸せな過去。
そしてもう一人。広樹の両親と同じく変わらず広樹の事を本当の兄と慕ってくれた大切な家族が……。
『お前の両親が亡くなってからずっと、お前一人で家に過ごしている様だけどちゃんと俺にも頼ってくれよな』
その言葉を聞いて広樹は思わず黙り込んだ。眉間に皺を寄せ、携帯を持っていない右手は無意識の内に強く握る。
『……広樹?』
広樹が突然黙った事で心配する水無月。
「ああ、いや。なんでもない」
『なぁ、本当に大丈夫か?』
「大丈夫だって! おっとそれよりまだ家事が終わってないんだ! それじゃな!」
これ以上の会話は苦しい。自分の認識と相手の認識に違いがあることに怒りや寂しさを感じる。だから広樹は水無月との通話を切ろうとした。
『お、おう。それじゃ……またな』
「おっと待て! ……一つ確認していいか?」
『なんだよ、忙しい奴だな。まぁ別にいいけど』
それでも広樹は確認したいことがあった。例えそれが、何回質問しても同じ答えが返ってくると分かっていようとも、広樹は確認したいことがあった。
「なぁ……斉藤まゆりって奴を知らないか?」
――頼む、知っていると言ってくれ。小学校からの腐れ縁だったお前なら知っているはずだ。何故なら彼女は俺の大切な――。
『またその質問か? これで何回目だよ。……俺はその斉藤まゆりって娘は知らないぞ』
思考が止まる。望んでいる答えは得られず、広樹は呆然とする。
「……あ、ああ。あーそうかありがとうな。それじゃ切るわ。またな」
『お? そうか、それじゃまたな』
通話が終わった。だが広樹は携帯を強く握ってその場で考え込む。
何故、自分はまた同じ質問をしたのだろうか。自分に能力が覚醒して、何か変化したと期待しているのか?
「はぁ……結局何も変わらないか……」
「何が変わらないって?」
突然背後に現れた声に反応して広樹は咄嗟に距離を取る。
「へ?」
その視線の先には腕を組みながら立っているサイの姿が居た。
◇
斉藤広樹は捨て子である。
そのことを知ったのは広樹が6歳の頃で、両親が事故で死に、遺産の中にある手紙から知った。
その手紙には斉藤広樹自身の出自についてということと、例え血が繋がってなくとも妹をよろしく頼んだぞという内容が書かれていた。当然、いきなり知らされた広樹はショックを受けるも、ただそれだけだった。
斉藤広樹自身の性格によるものもあるが、両親が実の息子のように広樹を育ててくれたことを、両親が自分を大切にしていたことを未だ幼い広樹には理解できていたからだ。だからこそ広樹は多少のショックで済んでいた。
だがそれでもこの先一人で生きていくことになったら例え広樹でも孤独のあまり泣いていただろう。
それでも挫けなかったのはひとえに義理の妹の存在が大きい。例え広樹が本当の兄ではなくとも妹の斉藤まゆりは変わらずに兄と慕ってくれたのだ。
そんな義理の妹を助け、時に助けられながらも広樹は両親の言うとおり、いや自らの思いから妹を守ると決めたのだ。
それから二年後。
広樹は妹と一緒に大変だがそれでも幸せに暮らしていた。だがある日、兄妹の下に黒尽くめの男達がやってきた。
『斉藤まゆりを烏丸家の養子として引取りに来た』
その男達は烏丸家とは何か、何故まゆりが養子になのか一切説明せずたった一言だけ言い、まゆりを連れ去ったのだ。
当然、広樹とまゆりは抵抗した。
だが子供二人の腕力では到底敵わず、広樹はその男達により気を失い、広樹が気付いた頃にはまゆりは何処にもいなくなった。
そして、この日から斉藤広樹の周りの様子がおかしくなった。誰もが斉藤まゆりという存在を忘却していた。小学校からの腐れ縁である水無月光も斉藤まゆりの存在を忘れていたのだ。
まゆりの私物や妹の存在を示すあらゆる物でさえも消えていた。警察にも通報したが誰も烏丸家の存在、そして斉藤まゆりという人物が居たという戸籍情報もなかった。
こうして広樹は自身の無力を感じながら、そして妹を助けられない状況でも尚他人を助けようとする自身の性格に僅かな嫌悪を滲みながら、日々を過ごした。
◇
「それが、お前が能力者の世界に来る決意をした理由か」
今、広樹はサイと一緒に外で散歩しながら自身の過去について話していた。
「そうだ。能力者の世界に行けば、裏舞台に行けばまゆりを攫ったあの『烏丸家』について何か分かるかも知れない」
「こう言っちゃ何だが……お前の妹を攫ったあの『烏丸家』は多分……」
「ああ、十中八九『能力』関連だろう」
どの様な能力があるかは分からないが、もしあの特定の個人に対する記憶や持ち物を消す能力があるとすれば周りに起きた様子を説明することが出来る。
そして説明できることはそれだけではない。もし『烏丸家』が能力に関係する物だとしたらもしかするとまゆりには……。
「…………」
「まぁその話はいいや。サイ、実はお前に話がある」
「なんだ?」
「実は昨日、散歩している途中に数百体の化け物に襲われた」
「……化け物だと?」
普段なら気が狂ったのか? と疑うような話だがサイはその化け物に心当たりがあるのか真剣に昨日起こった内容を聞いていた。
「まさか……いや……何故この町に……」
「サイ?」
ブツブツと周囲に聞こえないような声量で呟くサイ。だが素の身体能力が上がっていた広樹には自然とサイの呟いていた内容について聞くことが出来た。
『まさか、『エネミー』なのか? いや『エネミー』ならば何故この町に現れる……あいつ等は一般人が居る場所に現れないはずだ』
エネミー。これがサイが呟いていた言葉だった。
昨日襲ってきた化け物は『エネミー』と呼んでいるらしい。だが一言、サイの呟きに気になる言葉があった。『何故この町に現れる』ということと『一般人が居る場所に現れない』という言葉だ。
あの時は、広樹の他に犯罪者ではあるが能力を持たない一般人が居た。にも拘らず、『エネミー』が襲い掛かってきたのだ。
(サイの呟きから推理すると『エネミー』という奴は能力を持たない一般人の前に現れることはなく、その一般人が住んでいる町にも現れない……ということか?)
だとしたら何故昨日襲い掛かってきた?
広樹は奇しくもサイと同じ疑問を抱いた。だが所詮『エネミー』についての知識を推理しただけに過ぎない広樹は分かるはずもなく、サイに訊いた。
「なぁサイ。その『エネミー』というのは一体なんだ?」
「!? ……もしかして聞こえていたのか?」
「おう、バッチシ」
「マジか……はぁ『エネミー』という言葉を知ったからには話すしかないか」
サイは広樹の前に立ち止まって真剣な眼差しで広樹を見つめる。
「いいか? 本当はお前をオレ達の居る場所に連れてから話すつもりだったが昨日襲われたとあっちゃ仕方がねぇ」
「前置きはいいから早く言え」
「『エネミー』っていう奴らの目的は唯一つ。オレら『能力者』を殺すことだ」
「……はぁ? お前何言って」
『GAAAAAA!!!!』
「……え?」
広樹が疑問の声を上げようとした時、前方から人ならざる声が響き渡り、その声と同時に逃げる人々。
「まさか、こんな時間にだと!?」
この状況に気づいたサイは驚きの声を上げ、遅れて広樹も現在起きている状況に気づく。
『RAAAAAA!!!!』
今目の前の光景には異形の化け物が町を破壊していたのだ。しかも昨日襲ってきた化け物に加え、見慣れない奴もいた。
「馬鹿な!? 『ゴブリン』ならまだしも『ジャイアントマーダー』までも出てくんのかよ!?」
体格に差はあれ、サイが言った『ジャイアントマーダー』らしき化け物は身長約4から6メートルで右腕の肘から先は分厚い大剣が生えている人型の化け物だった。
そんな化け物共が最低でも100体以上。
そして昨日襲われた緑色の化け物、サイが言うには『ゴブリン』という化け物が目測だけでも1000体。
「おい……なんかあいつ等こっちを見ているぞ……!」
初めての事態に混乱する二人。それでも状況は二人の意思に反して最悪な方向へと進み、広樹は否応にも過酷な戦闘を強いられることになった。