第21話 SCHEMER/スキーマー
「未来からだと……!?」
「そそ! 全部アッパーのためにここまでやって来たんだよねぇ!」
「俺のため……!?」
目の前のいる男、正確にはその男に憑依している男は未来からやって来たアッパーの『宿敵』であると名乗った。
その話を聞いて驚くアッパーを見たスキーマーは更に笑みを深くする。
「あぁいいねぇその驚いたか・お! ねぇ今どんな気持ち? 今どんな気持ちぃ!?」
「お前……そのためだけにこの状況を生み出したっていうのか……!」
怪我人は全て治し、住宅街の住民を避難させてはいるがそれでもこの悲惨な状況のせいで死者も出ているのだ。
そんなアッパーの憤慨に対し、スキーマーは手を叩いて笑う。
「おいおいおいおい! この俺がお前を嫌がらせするためだけに未来からやって来たと? この『策士』の名を冠するこの俺が!?」
自分に指を指してアッパーの指摘を聞くスキーマー。
確かに未来からやって来た男がただ一人の嫌がらせのために、このような悲惨な状況を作り出すがない。きっとそこには『策士』の名を冠するほどの思惑が――。
「そーだよぉ!! 俺はお前に嫌がらせするために遠路はるばる未来からやってきたのさ、ざまぁ!」
この男にそれ以外の思惑はなかった。
子が親を殺し。
親が子を殺し。
友人が友人を殺し。
人間と人間を殺し合わせ。
その人間の居場所を破壊して。
生活の営みを破壊して。
恐怖に陥らせて。
その全部が、ただアッパーに嫌がらせをするためだけの物だった。
「てめえ……」
「おーっと、まだ俺の説明は終わってないぜぇ……? その怒りを鎮めなぁ? なぁ?」
その言葉を待つほどアッパーは冷静ではいられない。
足に力を込めて走り、拳に強化の力を込める。
スキーマーの顔面を穿つイメージを持ちながら、深く笑みを浮かべているその男に向けて拳を振り上げる。
「この男が死んで大丈夫なのか?」
その拳が当たる直前に、スキーマーの呟きがアッパーの耳に入る。
そしてアッパーは、その態勢のまま動きを止めた。
「殺せないよなぁ? お前は全員救おうと考えてるからなぁ? あぁそうそうこの体を含めたコイツラ暴走能力者は『悪』じゃないぞ? どいつもこいつも『現象系』じゃないだけでこの国の奴らから差別を受けて、貧乏な生活を送っていた不遇な奴らだぜぇ? お前が救済外の対象である『悪』じゃねぇのは勿論さぁ!」
スキーマーの言葉に嘘は見当たらない。
「分かるだろぉ? 俺が嘘を言ってないってこ・と! その自慢の観察力でいくらでも俺を見ればいいぞ、このスケベめぇ!」
「……それも、計算の内か?」
「いやぁ温い温い。この俺が保身のためだけに人質を取ったって? ばーかーやーろー、お前に嫌がらせするために人質を取ったに決まっているじゃないかぁ」
この男の行動原理は全てアッパーの心を弄ぶためだけにあった。
しかしそれでも対応を変えれば十分だとアッパーは考える。この暴走能力者四人とアッパーの実力は広がっており、万が一にもアッパーが負けるはずもない。
暴走能力者たちを拘束して、スキーマーを取り出す方法を超能力学園の司令室に問い合わせれば問題ないとアッパーは考え、一旦距離を取った。
そんなアッパーの行動を見て、スキーマーは目を丸くさせる。
「あれれー? いいのボクちんを殴らなくて? あっそうだ拘束しようと考えているでしょお前? だがざーんねん! 俺らを拘束するのには……時間が足りないかもよ?」
そう言って、アッパーに後ろを見るように顎で示すスキーマー。
アッパーはその男の言葉を信じるわけではないが、スキーマーは嫌がらせをするために策を弄する男である。
スキーマーを含めた暴走能力者たちの動きを警戒して後ろを振り向くアッパーに、異常な光景が目に映る。
「――なっ」
アッパーの遥か後方。
その住宅街の住民を避難させたその場所。
――そこには。
『な、なんだよこれ!』
『出られない!?』
『な、何!? 内側に向かって動いている!?』
誰もが目に見えない『壁』によって徐々に元いた住宅街に追いやられている姿があった。
その透明な壁に抵抗して押し返そうとしている人や、能力を使って透明な壁をぶち破ろうと試みる能力者もいるがその『壁』は無慈悲に人々を押し出している。
このままでは『精神系』能力者の能力範囲に入り、また殺し合いが始まる。
「クソが!」
そうなる前に透明な『壁』を壊す。
そう思ってアッパーは脚力に強化を施し、その壁に向かって駆け出した。
「あ、おい俺の話を最後まで聞けって。……よし忠告したぞ?」
スキーマーの言葉を敢えて無視して一瞬でその壁の付近にまで辿り着くと、そのままの勢いで拳を振り上げる。
「『強化』ォ!!」
強化されたアッパーの拳。
それはメタリカの『硬化』でも烏丸源十郎の強化感応現象によって強化された肉体であっても、その強化されたアッパーの拳はそれらを突破してきた。
だからこそその壁を破壊できると信じてぶつけたその拳は、そのまま壁を破壊し……。
「――え」
その結果は、自身の拳が砕かれる事で終わった。
「ぐ、ああ……」
骨が皮膚を突き出て、そこから血が噴き出す。
久方振りに感じる痛みに顔を顰めたアッパーは、すぐさま痛覚をカットする。だが痛覚をカットしても腕が麻痺をするように動かせない。
「だ、大丈夫か!?」
突如見知らぬ少年が現れ、そのまま壁に拳を叩きつけてその拳を負傷させた少年を見た住民はアッパーを心配して近付く。
「あ、ああ大丈夫……いや来るな!」
自分を心配してくれている住民に、アッパーは問題ないと答えるも直後にアッパーの元に近付いてくる存在を察知して彼らを遠ざける。
そこに現れたのは『精神系』能力者以外の暴走能力者だ。
「ヤッホォォォイ!! 血ぃ出た? 怪我した? やったぁ俺が一番乗りィィィ!!」
「う、うわああああ来たぞぉぉぉ!!?」
勢いよくアッパーの下にやって来たスキーマーの姿に恐怖する住民は、そのまま逃げ惑うように離れていく。
スキーマーは今のアッパーの状態を見て、今日で一番の喜びを見せた。
「何だ……これは!?」
狂喜乱舞しているスキーマーの姿を見てアッパーは叫んだ。
見れば逃げ惑っている人々はアッパーたちから離れていってるも、未だにその透明な壁から外に出た者はいない。
そんなアッパーの叫びに、スキーマーは動きを止めて壁に向かって両手を広げた。
「これはねぇ~君たちが知らない『概念系』の能力によって出来た壁さぁ!!」
「『概念系』……だと!?」
アッパーの知っている系統に『概念系』と付く能力はない。
能力は系統と呼ばれる物があり全部で七つある。
強化系。
変化系。
現象系。
精神系。
制御系。
創造系。
独自系。
それらの系統に当てはめた型がそのまま枝分かれしていき、それが能力者の持つ能力の分類となる。
唯一例外なのが長政や烏丸源十郎の持つ『無効化系能力型』というものがあり、それらは烏丸家との戦いから判明した新しい八つ目の系統だ。
だがスキーマーが言った『概念系』というものはそれらの系統とは全く違う、新しい系統の名前だった。
「『概念系』とは世界のルールに干渉する能力! 今見えるこの『透明な壁』はその能力によって出来た現象であり、対象が人間であれば『絶対』に通さず、なおかつ徐々に中央に向かって狭まるように設定した!!」
人間に概念を操る力はない。
例え能力という超常的な力を持っていようともそれらはあくまで概念という前提に則っていて、能力者はその概念の中で能力を使用するのだ。
クロノスでさえも時空という概念の中で能力を使用しているだけであり、その概念を逸脱した能力の発現ができない。
時空が炎を出せないように、強化が獣に変化出来ないように。
しかし概念系は違う。
概念を干渉するその力は、新しく概念を作る能力だ。
だから概念系によって作り出された概念の壁は、アッパーのいかなる物理的な攻撃を受けても破壊されない。
「何でそんな物が……!」
「これは、俺が未来から持ってきた『技術』だ」
本来スキーマーという存在とアッパーが相対するのは未来の話だ。
その未来で『概念系』という能力者が作り出され、戦争が激化したという。
「作り出された……?」
「あぁそうさ! 俺が所属する『アンチノーマル』が様々な試行錯誤の果てに作り出した『概念系』という新しい系統だ!」
アンチノーマル。
それはクロノスから聞かされたアンダームーンの敵対者であり、スキーマーはその組織に属しているという。
「俺らアンチノーマルが目指すのは無能力者たちを廃した後の世で能力者による世界を作り出す! そのためには俺らの邪魔となる能力者どもをこの世界から排除するというのが俺らの目的だ!」
「そんな目的なら、何で俺に嫌がらせをするために過去に来た!?」
「えー大変遺憾な物ですがね? いくら『概念系』の能力者を量産しようとも圧勝できないどころか、所々負けてるんだよね? まぁぶっちゃけお前のせいですわ」
そう言って傷を抑えるアッパーに指を向けるスキーマー。
これが初めてアッパーに見せるスキーマーの『憎悪』の感情だった。
「強い、強すぎる。度重なる強化の果てで最早手が付けられないほどに強い。クロノスとかも楽勝だと思えたのにお前の存在が俺らを脅かす」
その目には憎悪が篭っていた。
その目には狂気が浮かんでいた。
「生憎と俺はお前を倒す事はできない。だから過去に来た。だから俺はこう名乗った! 俺はお前の信条をぶっ壊す男だと! お前を『孤独』に陥れるためなら、俺はお前の大切にしている奴らを全員ぶっ殺す!」
そう言い切ったスキーマーにアッパーは顔を顰めていた。
「そのためだけに……」
「あぁそうさ。お前がいなければ、お前という存在がいなければ! 俺ら『アンチノーマル』はとっくに目的を果たしていた!」
だからこそアンチノーマルは決断したのだ。
アッパーという存在を殺すために、全総力を結集させると。そしてその組織は、スキーマーが未来から『技術』を齎したお陰で、数年に及ぶ計画が縮まったという。
最早彼らの目的はすり替わっており、そこに大義名分など無かった。
「さぁ行き止まりだアッパー。この『透明な壁』は一秒ごとに五十センチ狭まり、最終的に行き着くのはあの『精神系』の能力者だ! その前に他の暴走能力者が蹂躙するのが早いだろうがなぁ! そしてこの壁を解除したければ条件がある!」
そう言って指を一本突き立ててアッパーに向けるスキーマー。
そして言った条件の内容に、アッパーは目を険しくした。
「この暴走能力者どもを全員殺せ」
「……」
「ただし殺せるかなぁ。コイツラを殺せばお前が貫き通そうとしている信条に反するだろうなぁ。そうなればお前を『孤独』に陥らせるのが早くなるかなぁ!」
アッパーの歯ぎしりをする音は、スキーマーの高笑いによって掻き消えた。




