第19話 子供
内通者としてウィン大臣の名前を言ったアッパーにジークライルが目を見開いた。
「ウィン大臣が内通者だと? そんな、彼は父上の治世から仕えてきた忠臣だぞ」
地球出身の能力者でありながら、ナガラーシャ皇国の大臣として活躍してきたウィン大臣。
幼き頃から父親である先々代皇帝の執政を見ながら、ウィン大臣の活躍を見てきたジークライルにとって受け入れがたい真実だろう。
「いえ、確かにこの目で見ました……といってもその証拠はありません」
確かにアッパーはウィン大臣の行動について、その目で見てきた。
能力暴走を引き起こす薬をナガラーシャ国民に売った雇われバイヤーをナガラーシャ城に導き、そのバイヤーと話をしていたウィン大臣の姿を。
しかしアッパーが言うようにウィン大臣が内通者であると示す証拠はなく、証拠が無くてはジークライルに確信させることはできない。
「ですが、これだけは覚えといてください。ウィン大臣は内通者です」
なのでこれぐらいしか言えない。
信じなくてもいい、ただそのことを念頭に置いて注意しろとしか言えないのだ。
「……あぁ分かった。上級能力者としての肩書きから君を信用しよう」
そんなアッパーでもジークライルは信頼すると言った。
彼は学生の頃、クロノスが務める超能力学園に通っていた時期もあり、上級能力者の選考方法も知っていた。
善良でなくてはなれない上級能力者という資格に、ジークライルはアッパーは信用したのだ。
「……ありがとうございます」
そのジークライルの言葉にアッパーは笑みを浮かべて礼をする。
そしてふと、アッパーはウィン大臣の写真について思い出す。
「そういえばウィン大臣の寝室で見つけた写真についてですが……」
そう言っても手元には件の写真がない。
なのでバイヤーの写真と同様、無地の紙に見てきた写真の絵を模写して手渡した。
流石に二回目なのかジークライルは呆れるだけで何も言わずに、その精巧に模写した絵を受け取る。そしてその絵を見て、ジークライルは怪訝そうな顔をする。
「うーん……すまないが私に心当たりはないな」
バイヤーの絵を見せた時と同じジークライルの表情を観察していたアッパーは、そのジークライルに言葉に嘘がないと分かった。
「ウィン大臣が就寝する前、その写真が入っていた引き出しを見て悲しそうにしていたんです」
「あのウィン大臣が?」
ウィン大臣は、ナガラーシャ城の住民から仮面大臣と言われており、その顔はいつも無表情で滅多に自分の心のうちを明かさない鉄人だったらしい。
そんな大臣の姿を見ていたナガラーシャ城の住民は、ウィン大臣が悲しい表情をしていたと聞かれてもジークライルと同様の反応をするだろう。
しかしそんなウィン大臣の意外な一面に心当たりが思い浮かんだのか、ジークライルは手に持っている絵を凝視する。
「そうか……これはあの使用人か」
「使用人?」
「あぁ悲しい表情で思い出した。ウィン大臣は一時期、とても落ち込んでいた時があってね」
ある時、ウィン大臣がとある子供をナガラーシャ城に連れてきた。
ボロボロの様子の子供を突然連れてきたウィン大臣に誰もが驚いたという。
出身も出自も経歴もまったく不明の子供だがしかし、ウィン大臣は周囲にその子供に使用人としてナガラーシャ城の一員として扱うように言ったのだ。
「子供も泣き止む鬼の大臣と言われていた彼が、だ」
その子供も恐れられていた大臣に良く懐いていた。
ウィン大臣はその子供を使用人でありながらまるで本当の子供のように、彼なりに溺愛していたと誰もが理解できた。
そしてその一年後。
「その子供は流行病で亡くなったらしい」
それ以来国政にも身に入らないウィン大臣の姿がそこにあった。
彼らしくないミスを何回も犯し、話しかけても上の空だったウィン大臣。そんな彼の様子に当時の皇帝はウィン大臣を解雇しようと考えたほどだ。
「だがまぁ、ある日ウィン大臣がテキパキと仕事をやり始めたことで問題なくなったが」
まるで子供を連れてくる前の頃、いやそれよりも苛烈に仕事を全うする姿に彼を知っていた人々は安堵とともに恐怖を抱いたほどだ。
「そうか……この写真はあの時の子供だったのか……」
ウィン大臣は未だに引きずっている様子にジークライルは、彼にも人間の情があったのかと意外そうに驚く。
正直、その子供が亡くなり仕事に没頭しだしたウィン大臣の苛烈さを見て、ジークライルはウィン大臣の事を血も涙もない鉄人だと思っていたという。
だがジークライルにも子供がいる事から、連れてきた子供を未だに引きずっているウィン大臣の辛さを理解した今では、ウィン大臣に対する印象を改めたジークライルであった。
そしてかつてウィン大臣が溺愛していた子供について話し終えたジークライルは、ふと写真を見て物思いに耽った。
「皇帝陛下?」
「い、いやすまない。ちょっと、私の娘を思い出していた」
ジークライルもまた、子供に関する悩みを持っている親である。
ウィン大臣の大切な人を思い出したジークライルは、自身の大切な存在である娘を思い出したのだろう。
「……アトリ、いやアリスの事ですね?」
「……まぁ知っているのも無理はないか。あの子が産まれた時にその膨大な潜在能力から大々的に宣伝してたからな……」
ジークライルの言う通り、アトリは産まれた頃からその潜在能力を見出され、アンダームーン中に宣伝していた過去がある。
そういった過去から、ナガラーシャ皇国はアトリの存在を認めていないにも関わらず、アトリがナガラーシャ皇国の第三皇女であることが分かるのだ。
「いえ、俺はアリスの友人です」
「君はアリスと友達なのか!?」
目の前の少年と自分の娘が友達という関係であった事に驚くジークライル。
何せこのナガラーシャ皇国から出て行って超能力学園に入学して以来、まともに近況報告や親子らしい会話もせずに過ごした親子である。
ジークライルがアトリの交友関係について知らなくとも無理はなかった。
「アリスは今……どうしてるんだい?」
仮にも自分の城に不法侵入しているアッパーに、ジークライルは自分の娘について聞いた。
その問いに、アッパーは意識を澄まして周囲の状況を把握してから答えた。
アトリの過去やアトリの悩みを通じて知り合い、そしてアトリの想いを知ったアッパーは彼女の納得できる親子の証明について一緒に探しているなど、ジークライルに今のアトリの様子を説明した。
全ての話を聞いたジークライルは、娘の想いを聞いて頭を抱える。
「……確かに頑なに娘として扱って欲しくないと言っていたが、まさかそのように悩んでいたのか」
ジークライルがアトリの状況を理解してから、娘の待遇を改善させるよう頑張っていたが、それでもジークライルとアトリの間にある溝は深いと思った。
ジークライルが考える原因の理由としては皇族扱いされずに冷遇されていた状況に嫌気が差し、そこから皇帝であるジークライルの娘という身分になりたくないと思っていた。
しかし実際のところは。
「『偉大な炎』が出せないから親子でいられる自信が無くなった……? 血の通った肉親以上の親子の証明があるのか? 分からない、私には分からない……」
環境が原因かと思った。
だが環境はきっかけであり、原因はアトリの心の問題だったのだ。
「……いや、分からなくて当然だな。私は一度『偉大な炎』を出せないジークモルゲンを突き放したのだ……そんな私が『偉大な炎』を出せないアリスに納得するほどの証明を出せないのは無理もないか……」
椅子に座り、顔を手で覆うジークライル。
だがそんなジークライルに、アッパーは反論するように言った。
「もう『貴方達』は親子である証を見つけています」
「……え?」
「親が子を、子が親を愛していれば問題ないんです」
「だが、現にアリスは……」
「確かにアリスは貴方の娘として親子の証明を求めている。『偉大な炎』を出せなくなった今でも他の方法で証明を探している。でもそれは単に自分に自信がないだけ。自信がないから目に見える証明が必要なんです」
今はアトリの考える納得のいく証明を一緒に探しているアッパー。しかしアッパーはアッパーで既にアトリがどのような着地点にいくのか早くに見つけていた。
例え色んな方法を模索しても結局はアトリが納得しないと前に進めない。差別意識に覆われたナガラーシャ皇国という国がアトリの脳裏に表れアトリはどうやっても前に進めないのだ。
「だからどんなに証明を用意してきても、この国が認めない限りアトリは納得できないんだ。だからアトリが納得できるようになった頃は、アトリがこの国に対して克服している事になる」
認められるのではない。
認めさせるのだ。
「アトリがその方法に気付けば、ようやく彼女は納得のいく証明を見つけられる」
――父親を愛しているという証明が。
「……アトリは気付けるのだろうか、その方法に」
そのジークライルの問いに対して、アッパーは笑みを浮かべた。
「実はもう既に気付いていると思いますよ」
だからこそアトリはノウンの下に行ったのだ。
自身が満足するために、アトリの言うナガラーシャ皇国をアッと言わせる方法を手にするためにノウンに師事したのだ。
それが自身の証明を認めさせる方法だと、無意識に思いながら。
「あぁそうか……もう分かっているのか……」
複雑そうに呟くジークライルだが、その表情は嬉しそうだった。
「しかしアトリか……それがアリスのアザーネームかい?」
途中、アッパーが勢い余ってアトリと言った事を思い出したジークライルは、その事をアッパーに尋ねた。
その問いを聞かれたアッパーはバツが悪そうに頬をかく。
「えぇまぁそうですね。すみません皇帝陛下の前では本来の名前であるアリスと呼ぶべきなのでしょうが……」
「いや、良いんだ。ここに来てからアリスは元の名前である有栖という名前を捨てて、ナガラーシャ皇国の第三皇女としてのアリス・フォン・ナガラーシャになった。アトリという名前は、皇国と自分を決別するのに必要な要素だったんだろう」
そうアッパーに言うジークライル。
その言葉に同意しようとして、アッパーは口を開き――。
「……これは」
それは突然察知した気配。
急に険しい表情で押し黙ったアッパーにジークライルは嫌な予感がした。
「どうした?」
ジークライルの疑問にアッパーは答えられない。
何故ならアッパーが察知した気配は、これまで察知してきた能力者よりも特異なものでアッパーにも判断が付かないからだ。
「これは……なんだ? 出力が大きくなっている?」
ふと窓を覗いて眼下の街並みを見やるアッパー。
驚異的な感覚を用いて、察知した気配を必死に捜す。
今でもこうして大きくなっていく出力にアッパーは疑問を覚えるが、それと同時に感じた気配が直近で感じた気配に似ていると気付く。
「まさか、昼のバイヤーか? だがここまで出力が大きいなんて事は……」
出力を感じられるということは相手は能力を発動している状態である。
勿論普通の能力者にはこの出力さについて知ることはできず、相手の能力と比べることで初めてどちらの能力が強いか分かるのだ。
しかし一部の能力者を含めたアッパーは、そうした能力の出力に関して察知できるようになっている。
だからこそ分かるこの気配の持ち主の異常さ。強化感応現象という同じ能力同士による出力強化とは違う、個人による出力の強化。
その事に対する答えが、自然とアッパーの口から漏れた。
「暴走……なのか?」
初めて感じる能力者の能力暴走。
その予想に驚愕すると同時に、次の出来事に目を見開く。
「同じような気配が……三つに増えた……?」
つまるところそれは、能力を暴走させた能力者が四人になったということであった。




