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ブーストアッパー ~加速する強化の先で~  作者: クマ将軍
第二章 能力と向き合うために
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第18話 写真の男

 ゆっくりとジークライルの口から手を離す。

 アッパーの衝撃的な言葉を聞いたジークライルはその表情を険しくして、アッパーの顔を睨んでいた。


「……その言葉を信じろと?」


 案の定ジークライルはアッパーのことを信じていない。

 というのも目覚めたら見知らぬ少年に、自分の口を塞いだ際の高速移動。そしてその少年が発した自分の国の危機という言葉にジークライルじゃなくとも誰もがジークライルのような反応になるだろう。


 しかしそれでもアッパーと対話する考えがあるのか、アッパーがジークライルから離れても大声で叫んだりしなかった。


「先ず、俺がこのナガラーシャ皇国に来た経緯を説明します」


 アッパーはジークライルに能力暴走事件に関する任務を超能力学園の能力者協会から受けたことや、ナガラーシャ皇国が件の事件に関係あると考え、こうしてナガラーシャ皇国に来た経緯を説明した。


「能力暴走事件の容疑者が、この国に……」


「知らなかったんですか?」


「残念なことに……皇帝決裁以外の案件は任せられていないんだ」


 これまで分かっていた通り、皇帝の立場が低いというのは本当のようだ。

 しかし皇帝がお飾りのような状態になっているのに、こうしてジークライルは過労で寝落ちしている。つまりジークライルは少なくとも過労するほどの仕事をしていたようだが。


 少なくとも今の説明と関係ないため、アッパーはこの国の現状説明を続ける。

 といってもその容疑者の姿が本当にいるという証拠を出すためにも写真を見せるべきなのだろうが、残念ながら写真を含めた書類を持ってきていない。

 必要ない荷物を持ち歩きながら潜入というのは流石にリスクが高いからだ。

 そのためこのナガラーシャ城に潜入する前に、ナガラーシャ皇国に持ってきた荷物は全て地面の中に隠したのだ。


 なので仕方なく、アッパーは書斎の机の上にある無地の紙とペンを手に取った。


「何を?」


「すみませんが暫くお借りします」


 黒色のペンを持ち、机に置かれた紙をジッと見つめるアッパー。

 そのアッパーの突然の行動に訝しむジークライルだが、アッパーがその紙にペンを置いたことで驚愕することになった。


 脳裏に思い浮かぶのは記憶したバイヤーの写真。

 それを目の前の紙に重ねて、黒ペンでなぞる。


 アッパーがやったのは模写だ。

 完全記憶能力により記憶した写真を目の前の紙に模写をする。

 高速に動く手が記憶上の写真をなぞり、無地の紙に絵が生まれる。


 正確さ、精密さ、記憶能力、素早さ。


 それらの要素が組み合わさり、無地の紙に現れたのはモノクロとなったバイヤーの写真であった。


「はい、これが例のバイヤーの写真……というよりも絵ですね」


「……は?」


 目の前に起こった出来事が流石に予想外過ぎたのかジークライルはポカンと口を開けて呆けた。

 多種多様な能力者がいるアンダームーンの能力者社会であっても、他人の能力を見て驚くことはそう少なくない。

 能力というのは基本的に超常的な概念である。

 アンダームーンでも物理法則や常識を学んでいるため、自分に超能力があっても他人の能力を見れば驚くのは無理のない話しなのだ。


「……俺の能力で模写した絵ですよ」


「あ、あぁすまない……拝見してもらう」


 能力で模写したことは間違っていない。

 アッパーの差し出した絵に呆けたジークライルだが、アッパーの言葉に我に返る。彼はアッパーに謝罪して、アッパーの描いた絵を手に取るとジークライルはその絵を見た。


 そして自分の絵を手に取ったジークライルに、アッパーは注意深くジークライルの表情を見やり、その写真から推測した情報をジークライルに話した。


「推定40~50歳の男性。身長約178センチの体重約65.2キロがこの写真から割り出せた数値ですが」


「……これは……いや、まさか……」


「何か心当たりでも?」


「いや……すまないが勘違いだ」


 そう言ってジークライルはアッパーの絵を返そうとするが、アッパーは受け取らなかった。代わりにアッパーがジークライルの心当たりについて聞く。


「いやこの写真の人物に似ている人物を思い浮かんだが……」


「話してください」


 有無は言わせずにアッパーが頼み込む。

 ジークライルが話すのに躊躇する心当たり。アッパーがジークライルを観察した際に分かったことは、疑惑や苦悩、そして深い後悔が見えた。


 深い溜息をした後、ジークライルはゆっくりと心当たりの人物について話した。


「かつて先々代ナガラーシャ皇帝……つまり私の父上には、息子が()()いた」


 長男ジークリヒト、次男ジークライル、そして三男。


「その名をジークモルゲン……皇族の風習によって葬られた私の弟だ」


 後悔たっぷりの表情を含んだジークライルは、かつての過ちをアッパーに話す。


 ジークライルには弟がいた。

 優秀な兄達とは違い、凡庸であったジークモルゲンは努力の子だった。

 兄達と比べられても心は折れず、兄達の優秀さを見せつけられてもめげないジークモルゲンに、ジークライルは彼なりに弟を心配していた。


 当時、彼ら三兄弟の父であり先々代皇帝は非常に厳しく、弱者に容赦がない冷酷無比な皇帝だったという。

 だからこそ凡庸なジークモルゲンに対して厳しかったらしい。


「そして皇族として民に示す儀式に、事件が起こった」


 その一言に、アッパーは完全に理解した。

 事実、アッパーの想像は完全にその通りであり、ジークモルゲンはその儀式で『偉大な炎』を出せなかったという。『偉大な炎』を出せない皇族は皇族じゃない。そういった例に漏れず、ジークモルゲンは皇族扱いされなくなった。


 しかしアトリと違ってジークモルゲンは悲惨なものだった。


『ナガラーシャ皇国に『偉大な炎』を出せない皇族はいない。その意味が分かるな?』


『お待ちください父上! これは何か間違いです!』


『私は貴様の父上ではない。貴様には選ばせてやろう……貴様の存在全てを抹消しここから去るか、もしくは今すぐここで死ぬか』


『そんな……!』


 そう突き放す当時のナガラーシャ皇帝に、ジークモルゲンは項垂れる。

 そんな弟を見たジークライルは、意外にも何も思わない。当時のジークライルもまた『偉大な炎』を出せない皇族は皇族じゃないという差別意識があったのだ。


 そしてジークモルゲンは死ぬよりかはマシだと判断したのか、ナガラーシャ皇国から出て行くという選択肢を選んだ。

 弟の荷物も部屋も全て抹消され、ジークモルゲンは後ろ髪を引かれながらナガラーシャ皇国から飛び立ち――。


「ジークモルゲンは……」


 ――事故に巻き込まれ死んだ。


 ナガラーシャ皇国から他の大陸に移動する一般的な横断列車に乗ったジークモルゲンは、横断列車の謎の爆発に巻き込まれその消息を絶ったのだ。

 恐らく皇族を信奉する過激派の事故に見せかけた仕業で、ジークモルゲンのいた車両が炎に包まれて海の底に消えたのだ。


「今になって思えば、なんて馬鹿だったんだろうと……血の通った肉親で、冷遇されている弟を心配もしていたのに『偉大な炎』を出せないと分かれば他の人と同じく突き放した……その事に気付いたのはアリスが『偉大な炎』を出せないと分かった時からと、あまりにも遅すぎる理解だった……」


 地球の日本にいた頃から差別意識は薄れてゆき、そしてアリスが排斥されていると分かった瞬間に消えた。

 しかしアリスの待遇を改善する傍ら、自ら捨てた弟の姿がいつも脳裏に過ぎり罪悪感で眠れなくなった。

 だから愛する我が子のためにも、そして弟に対する贖罪のためにもジークライルは差別撤廃の派閥と組み、ナガラーシャ皇国中を駆け巡り今に至る。


「弟が生きていれば、このように成長するのだろうか。些か細すぎる感じもするのだがね」


 そしてジークモルゲンは既に死んでいるとジークライルは思っている。だからこそジークライルはこの絵を見て人違いだと思ったのだ。

 しかしもしこの絵がジークモルゲンの姿であれば、辻褄の合う理由が生まれる。


 現在ジークライルの年齢は四十二歳。

 聞けばジークモルゲンの年齢はジークライルと一歳しか違わず、今も生きてれば四十一歳だろう。

 それらの年齢はアッパーが事前に予測した対象年齢の範囲内にいる。

 そして体重が低くなっているということは当時横断列車の事故による怪我で体重が平均より下という理由にもできる。


 ジークライルとジークモルゲンの顔はあまり似ておらず、しかし血縁であることから所々その面影があった。

 これにはアッパーも気付いていたのだが、ジークモルゲンに関する情報は抹消されて残っておらず、ジークライルの弟だと気付かなかった。


「なるほど、話してくれてありがとうございます。皇帝陛下の言う通り、人違いの可能性もありますがそれが本人である可能性も捨てきれません。参考用にその絵を差し上げますので、心に留めておいてください」


「あぁ分かった」


「次にですが……皇帝陛下は御子息であるディートリヒト第一皇子の今の状態について把握していますか?」


「ディートリヒトがどうかしたのか?」


 やはりカサンドラ皇后が言っていた通り、ジークライルは義理の息子であるディートリヒトについて何も知らされていない。

 そこまで考えたアッパーは、ジークライルにディートリヒトの状態について説明する。


「今の彼は……『孤独』になっています」


「何……!?」


 能力者の持つ『孤独』。

 それは他者に理解されない、取り返しのつかない事をしてしまった事に対する喪失感などと言った原因から発生する心の病であり、最悪死に至る古来から続く『遺伝病』である。


 何が『孤独』になるか誰にも分からないし、自分でも分からない。

 しかし『孤独』に掛かった物は、心が締め付けられるように激痛が走り、息が出来なくなる。中には廃人のようになる人もおり、治療するには理解者が必要である。


「ディートリヒトが『孤独』になっただと? まさかあのようにディートリヒトの部屋を厳重に警備している理由がそれなのか?」


「これも知らないんですね」


「ディートリヒトは国外に行っているということだけで、その間ディートリヒトの部屋を改装している最中だと……」


 実際はディートリヒトは部屋の中にいて、その中で医者と召使いによって生命維持を為されていたが。


「君はどうやってディートリヒトが『孤独』だと分かった? あの部屋には厳重な警備が敷かれていた筈だ……まさか?」


「いえ、俺の能力で分かりました」


 アッパーがあの警備を突破したのかという疑問を抱いたジークライルに、アッパーが訂正する。しかもその内容も事実しか言っていないので、問題ない。


「理由は幾つかあります。先ずナガラーシャ城の一角に破壊の跡がありました」


「破壊の跡だと? しかしあれは老化による崩壊だと……そうかこれもか」


 これも誤魔化されている事に気付いたジークライルは頭を抱える。

 アッパーはそんなジークライルに気にせず説明を続けた。


「次にその写真の人物を探す道中、エリーゼ第二皇女と出会いました。そんな彼女が言ったのです。『私たちの国民に薬を売っていた』と」


 ジークライルは能力暴走事件について何も知らされておらず、その中でエリーゼだけが能力暴走事件について知っていた。

 その他にもカサンドラのウィン大臣に命じた調査や、ナガラーシャ城の一角にあった破壊痕があり、そして極めつけにはディートリヒトの『孤独』。


「能力暴走事件の被害者が『孤独』になることも含めて、このような推測になります」


 ディートリヒトは能力を暴走する薬を盛られ、ナガラーシャ城の一角を破壊した。

 当然ジークライルを除く、ナガラーシャ城の住民はディートリヒトがやったことを理解したのだ。あのような被害の規模からすると当然被害者はいたのだろう。

 エリーゼもそうだが、差別意識を除けば根は善人であるディートリヒトは、自身のやった事に責任を感じ『孤独』になった。


 カサンドラはジークライルに対する情報の規制を設け、ウィン大臣にこの事件のことについて調査を命じた。

 その途中で能力暴走事件を知り、エリーゼも犯人を探し出すために城を出た。


「それにエリーゼ第二皇女の言葉には国民に関することも話していた」


「国民にも能力暴走の被害が……」


「流石にディートリヒトの暴走は伏せられましたがね。それでも重要なのはここからです」


「な、何があるのだ?」


「皇族であるディートリヒトに薬を盛ったということは、このナガラーシャ城にも内通者がいる。そしてその内通者というのが……この国の要職に就いているウィン大臣です」


「何……だと!?」


 そのアッパーの言葉に、ジークライルは目を見開いた。

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