第17話 ナガラーシャ城の問題
カサンドラ・フォン・ナガラーシャ。この国の皇后であり、アトリの義理の母であるはずの女性がウィン大臣の部屋に入ってきた。
そんなこの国の皇后が自分の執務室に入ってきたことで、ウィン大臣は作業中の物を中止にして出迎えるように立って礼をした。
そんなウィン大臣に対して、つり目のキツそうな顔をしている彼女はより一層目を鋭くさせ、ウィン大臣を睨む。
「調査の方はどうなっています?」
「はっ未だ成果はなく……」
どうやらカサンドラはウィン大臣に対して何か調査を依頼したようだ。
それらの会話を聞いたアッパーは、撤収しようと浮かした腰を再び下ろす。アッパーのいる場所はウィン大臣の執務室、その窓の外だ。
「何をやっているのです!? この国の一大事であることは貴方にも分かるでしょう!」
カサンドラは進展のないウィン大臣を責め立てる。
それに対しウィン大臣は特に動揺した様子もない。防音部屋ではないため、ウィン大臣の心臓まで把握することができるアッパーには、ウィン大臣の様子まで分かるのだ。
しかし一国の主の妻の叱責を受けても冷静でいられるウィン大臣。流石先々代から皇帝に仕えてきただけはあるのだろうか肝が据わっている。
もしくは国の一大事という言葉に対して平静でいられる理由があるのだろうか。
(個人的に後者だと思うが……)
能力暴走事件の黒幕かは分からないが少なくともそれらの事件に繋がっているウィン大臣。そういった理由からウィン大臣が平静でいられていると予想しているアッパーは、ウィン大臣の言動も含め、己の全神経でウィン大臣を注意深く観察する。
「はっ部下にも更なる調査を徹底させます」
「よろしい。ですがこれだけは忘れずに……」
「分かっております。皇帝陛下に知らせることはなく、かつ秘密裏に犯人の姿を捕らえてみせますとも」
そう断言するウィン大臣。
ウィン大臣のその反応に安心したのか、キツかったカサンドラの表情が緩む。しかしそれは僅かのことで、すぐカサンドラは気を引き締めた。
「今の皇帝陛下に我が息子に関する事柄を任せるに値しません。一生国民に知らせることのないように動いてください」
「かしこまりました、カサンドラ皇后」
その言葉を聞いて、カサンドラはウィン大臣の執務室から出て行った。
そしてその背が完全に己の視界から消えたウィン大臣は、ポツリと呟く。
「……馬鹿な女だ」
その一言からアッパーはウィン大臣の内心を把握する。
カサンドラとの会話には、できる限り自身の気持ちや思いを出すことなく必死に抑え込めて対応していたウィン大臣。
しかしカサンドラがいなくなった後の呟きには、押さえ込んでいた様々な感情が表に現れた。
(憐れみ、同情、憎悪、嫌悪……)
それらの感情がウィン大臣の呟きに含まれていた。
それ以降、ウィン大臣に怪しい行動はなく、気になる呟きも発しないままついに眠りに入った。
(……いや、一つだけ妙な行動があった)
眠りに入る前、ウィン大臣はベッドの隣にある引き出すの一点を見つめて悲しそうな表情をしていたのだ。
気になったアッパーは遠慮なくウィン大臣の寝室に入る。
気配も息も全てを殺して侵入に最適化したこの体に、すぐ横で寝ているウィン大臣でさえも気付かない。
そして引き出しの中を開けるとそこには、子供の写真が入っていたのだ。
(子供の写真? ウィン大臣の子供か?)
しかし資料の中で確認したとき、ウィン大臣は独身で子供はいないと書かれている。そんなウィン大臣が見知らぬ子供の写真を大事に取って置き、悲しそうな表情をするのだろうか。
情報が少ない今、アッパーはこれ以上考えてもしょうがないと考える。取り敢えず目の前の子供の写真を記憶して、引き出しを元に戻した。
完全記憶能力を持っているからこそできる情報の入手だ。
余計な荷物を持たなくても潜入に支障はない。
改めて便利な己の体に感心するアッパーであった。
(となると次の情報だが……確か皇后が言っていたな)
『今の皇帝陛下に我が息子に関する事柄を任せるに値しません』
カサンドラの発した言葉を思い出すアッパーは、カサンドラの言う息子に関する情報を思い出す。
ディートリヒト・フォン・ナガラーシャ。この国の第一皇子でありカサンドラの息子。
昼間に怪しい格好をしていたアッパーに襲いかかってきたエリーゼ・フォン・ナガラーシャの兄であり、アトリの義理の兄でもあった人物だ。
(第一皇子の身に何が起きたのか?)
現皇帝であるジークライルは、このナガラーシャ皇国で皇族扱いされなくなった娘のアトリを庇ったことで、今では皇帝としての立場を低くしている。
だからこそカサンドラ皇后は自身の夫に息子を任すという選択肢はないのだろう。
アッパーがナガラーシャ城の中を探索すると、不可解な場所に辿り付いた。
(なんだここ……まるで何かに破壊されたような痕跡だ)
ナガラーシャ城のとある一角。
そこはアッパーの言うように、地面を巻き込み壁が広範囲に破壊された跡があったのだ。例え歴史のある城とはいえ、かなり頑丈そうな素材で出来ている壁が崩れていたのだ。
(何が起きているんだ?)
一部炭になっている痕跡を見れば炎か爆発が原因だと分かるが、理由が分からない。故にこの部分をスルーしてアッパーはナガラーシャ城を歩いていく。
そうして、アッパーは一つの部屋に辿り着いた。
その場所について記憶の中にあるナガラーシャ城の見取り図を参照すると、ディートリヒトの部屋だと書かれているのが分かる。
つまりここに件の第一皇子がいるのは確かだが、部屋の前は護衛が交代しながら守っていたのだ。
このままでは中には入れない。そう思いウィン大臣の時のように窓から潜入しようと城を登って迂回するも……。
(マジかよ……ここにも護衛がいるのか)
ディートリヒトの部屋の窓はベランダになっていた。
だがベランダから侵入される可能性を想定しているのか、それとも余程この国の一大事なのかベランダにも護衛がいたのだ。
(どうする? そういや皇子の部屋の上も部屋だな……)
皇子の部屋のベランダに護衛がいると分かったアッパーは、次にどうするか辺りを見渡す。するとベランダの上に窓が付いている部屋を見つけた。
記憶の中にある見取り図を見ると、そこは皇帝の執務室だと書かれていた。
(電気は……ついていない。この時間だ、今では誰も寝ているだろう)
例えそれが皇帝であっても既に眠っているだろう。
逆に今眠っていない人物といえば皇子の部屋を守るように立っていた護衛や、城の巡回兵。そして飲まず食わず、加えて眠らずの三拍子揃ったアッパーだけだろう。
護衛の目が逸れたタイミングで跳躍。
音もなく目的の窓まで届き、出っ張りの部分を指で掴んだ。
そこでぶら下がったアッパーは窓を見るとそこには取っ手がなく、部屋の中を見ると窓付近の机に皇帝であるジークライルが寝ているのを見て驚いた。
(なんで皇帝が……!?)
寝巻きも着ておらず、皇帝の普段着のまま寝ている皇帝ジークライル。
窓に手を添えると中からジークライルの呼吸音が聞こえる。そこから察するに疲れが溜まって寝落ちした感じか。
しかし寝落ちしたのなら部屋の明かりが消えていることには説明がつかないが。
(自動消灯付きとか? いやそれはいいか)
問題はどうするのかだ。
情報を収集するためにディートリヒトのところまでやってきたが、護衛がいて部屋の中に入れない。そして部屋の様子を確認しようと上の階の部屋の窓にやってきたのはいいが、そこには皇帝がいた。
(行くしかないか……)
国の一大事と言われる程の問題。
その問題が第一皇子であるディートリヒト・フォン・ナガラーシャにあるのなら、調べないという選択肢はなかった。
そう思ったアッパーは取っ手のない窓を見る。
どうやら取っ手は内側だけにあり、アッパーのいる外側には取っ手がない外開きタイプの窓だ。開けるにしても金属製でできた窓を開けるには内側から押し出さないと開けられないくらい重い。
(その点、俺の体は特別だが)
少し伸びた指の爪。
それを窓の下のフレームに、爪を上から押し込むと爪が金属製のフレームに食い込んでいったのだ。
(そして食い込んだ状態で引っ張る……!)
まるで爪を引っ掛けるように窓のフレームに食い込んだそれを、引っ張る。通常であれば金属製の窓を爪一つで開くというのは無謀の極みであるし、先に爪が剥がれておしまいである。
しかしそれでもアッパーの爪は剥がれず、折れず、割れずに窓のフレームに食い込んでおり、そして金属製の重い窓はあろうことかアッパーの爪に負けて、徐々に動いていったのだ。
(よい……しょっと)
そして中に入れたアッパーは、寝ている皇帝を起こさないようにそっと開けた窓を閉める。そしてアッパーはまったく音を出さずに部屋の中央に行き、うつ伏せに寝そべった。
床に耳をあてて、片方の手で床をそっと叩く。
すると叩いた音が下の階の部屋を反射してアッパーの耳に帰る。
アッパーがやったのは自ら音を出してその音の反射で空間を把握するアクティブソナーだ。更に中にいる人間の心音を聞き、その人間の状態を把握することで中の様子を完璧に把握したのだ。
(部屋の人数は……三人?)
ディートリヒトの部屋なのに何故三人もいるのだろうか。
一人が部屋の主であるディートリヒトだとして他の二人は誰だろう。
一定間隔で床をノックし、中の様子を知る。
すると段々と部屋の状況が分かってきた。
(第一皇子はベッドの上でまるで廃人のように横たわっている。心音の様子や息遣いからして寝ていないようだが、心ここにあらずのようだ。対してディートリヒトと同じ部屋にいる二人。この二人の内一人は医者でディートリヒトの体調を紙に書き込んでいる。そして最後の一人は召使いだ。廃人のようにいるディートリヒトを世話している音が聞こえる)
何故ディートリヒトがこのような廃人のような状況に陥っているのか。
これが国の一大事として何が起こったのか。
うつ伏せの体勢から立って顎に手を添えたアッパーは、暫くその場でこれまで得た情報を照合し、ディートリヒトの状況を考える。
バラバラな情報を繋ぎあわせ、関連付けるように糸を引き、この状況を説明できる情報だけ抜き出す。
そしてアッパーが辿り付いた推理とは。
「……ディートリヒトは、自身の能力を暴走させた」
その結論を呟くと、後ろから身動ぎする反応が来た。
アッパーが呟いた言葉にジークライルが起きたのだろうが、アッパーはそれで良しとした。
「うーん……うん? き、君は――!?」
ジークライルが驚きのあまり悲鳴を上げそうになる。
その瞬間にアッパーは高速で移動してジークライルの口を手で塞いだ。
「静かに。俺の名前はアッパー、超能力学園からやってきた上級能力者の一人で今このナガラーシャ皇国に起きている事件を解決しに来ました」
その言葉に怪訝そうな様子のジークライル。
しかしアッパーは現状起きている出来事を分かりやすく伝え始める。
できれば今回の事件には仲間が必要だと感じたアッパー。
これから起きる出来事に備えるためにもこうして権力者である皇帝ジークライルの助けを借りようと思ったのだ。
「聞いてください。このままだとナガラーシャ皇国は貴方達の手によって滅びます」
そうアッパーはジークライルに言った。




