第16話 ナガラーシャ城
「さぁ! お縄につきなさい!」
そう言って自身の持っている棒を棒術のように構える少女は、この国の第二皇女であるエリーゼ・フォン・ナガラーシャその人だった。
皇族としてのイメージを保ちながら、動きやすい衣装を身にまとっている彼女。そんな彼女が対するアッパーはというと黒いローブに無地の白い仮面という怪しい出で立ちをしていた。
何故このような格好をしているのかというと、誰かがやってくると事前に察知していたアッパーではあったが周囲に隠れるスペースもない。
どうせこのような場所でアッパーの姿を見られていらぬ疑問を抱かせるよりかは、敢えて怪しい格好をして情報を引き出した方がいいと思ったのだ。
《……ほう狼藉? 俺の何を持ってして狼藉とほざいた?》
アッパーの声はエコーが掛かっていて、地声は判別できないようになっている。これもアッパーの強化された基礎能力による変声制御だ。
声を高速で震わせればエコーの出来上がりだ。
「白々しい! それに今更姿や声を隠しても遅いわ! ここに逃げたのはとっくに把握済みよ! 貴方たちでしょう、私たちの国民に薬を売ったのは!」
(……勢いよくこっちに向かってきているから何事かと思ったが、なるほど。犯人らしき影を追って、たまたまこの場所付近に逃げ込んだ後、彼女は俺の気配を察知したわけか)
そして彼女の口ぶりから推測するに、既に能力暴走事件は起きていたのだ。
もしこの国で何も事件が起きていないままだったら、この格好は余計だったろう。
まぁその時はここで威圧感を出してこれから何かするぞと脅せば、この国で注意喚起が起こりしばらくの間は警備が強化されるのだろうと考えていたが。
(しかし犯人はまだ近くにいるということになるか)
皇族であるエリーゼが知っているということはこのナガラーシャ皇国の上層部は、能力暴走事件について知っているはずだ。
先ずは周辺にいると思われる犯人を探し、次にナガラーシャ城に忍び込む。
足跡調査で手掛かりが無くなったと思ったが、新しい手掛かりが得られて何よりだとアッパーは笑みを浮かべた。
「さぁ大人しく……っ!」
《残念だが会話は終わりだ》
後ろは行き止まりだが、この高さでも余裕で跳躍で飛び越えられる。そうして足に力を込めようとしたが直後にそれを察知したエリーゼが棒を突き出した。
「逃がしません!」
意外に鋭いその突きと踏み込み。しかしアッパーは自身のローブをエリーゼの視界いっぱいに広げて彼女の狙いを逸らす。
そしてそのまま彼女の腕を掴み、突きの勢いを利用して行き止まりのところまで引っ張った。
「グッ……しまった!?」
壁にぶつかりよろめくエリーゼ。
そして自分が隙を作ったと自覚した彼女は、壁に衝突させた元凶を見ると自身に向かってくるアッパーの姿が見えた。
追撃されると思ったのだろう、彼女は果敢にも迎え撃つために棒術の構えをする。
――しかし。
「……え?」
予想していた追撃は来ず。
しかしアッパーの姿は大きくエリーゼ、いや後ろにある壁ごと飛び越えて消えていったのだ。そして暫く呆然とした彼女は、ようやく逃げられたということを理解して地団駄を踏んだ。
「に、逃げられたあああああ!!!」
そんなエリーゼの悲鳴を聞きながら、アッパーは高い建物の頂上に降り立つ。
360度見渡せて尚且つ風通しがよい建物。
「さーて、やりますか」
ここなら探し出せると思い、アッパーはリラックスした。
この前、集中すれば『強化』が発動するため自身の基礎能力のみを使うとしたらどうすれば集中せずに使えるのか考えたことがあった。
そしてノウンに相談した結果、ノウンからリラックスをすればいいと言われたのだ。
曰く、集中というのは体の全神経が一点の目標に集まるということ。しかしリラックスをすれば身体本来の能力が表に現れ、周りに向かっていくというのだ。
しかしリラックスをすればいいというわけでもなく、ある程度目安を決めなければただリラックスするだけになる。
何かないかなーと漠然な気持ちでふと空を見て、そこで何か目に映れば目を凝らすというように、探し出す犯人像を予め想像し、辺りを見渡すのだ。
(あの執着深い第二皇女に追いかけられていた……俺みたいならともかく疲れているはず……それにあの路地裏にいたということは路地裏の臭いが付いている……)
そこにアタリを付けて、アッパーは嗅覚と聴覚を重点に使う。
静かな場所だからこそ聞こえる周囲の音。
深呼吸だからこそ感じる自然の臭い。
その中で追いかけられて、息を切らす音と路地裏と同じ臭いを出している人物を探し出す。
そして暫くすると、アッパーの嗅覚と聴覚に目当ての反応が来た。
『……はぁ、はぁっ! クソッ執念深い女め!』
男の声だ。
恐らくこの人物こそがエリーゼが追っていた人物。
『だが、もう大丈夫だ……はぁ……この国の皇女つっても裏路地を把握してなければ楽勝だ……ざまぁみやがれ温室育ちが』
その後、その男の独り言はそこで終わり息を整えるのに集中している。
「……ん、大体居場所は把握した。しかしこれは……」
アッパーは男の向かっている場所が何なのか分かり、眉をしかめる。
何故ならそこはこの国の中で最も大きく、歴史のある建造物。
「ナガラーシャ城……何故そこに?」
◇
外見は白い王道的な城。
そんな城の頂上には『偉大な炎』を出せばナガラーシャ皇国全体を照らす灯台のような施設があり、皇族たちはそこで皇族であるという証を示して、国民の未来を照らすという習慣があった。
そんなナガラーシャ城にアッパーは潜入していた。
何故ならエリーゼが追っていた犯人はこのナガラーシャ城の中に入っていったからだ。
なのでナガラーシャ城の中を探そうとするも当然外からやってきた能力者を迎え入れるはずもなく、アッパーはこうして隠れるように潜入していたのだ。
今の基礎能力ならば周囲の人々がどのようなタイミングで動くのか、視界はどこに向くのか把握できるようになり、例え混雑した仕事場の中を進もうと絶妙なタイミングで他人の認識から外れるため誰も気付かない。
気配も殺し、息も殺し、誰もアッパーの存在に気付かずアッパーは奥へ奥へと進んでいく。
そして臭いがとある部屋に続いているところまでにたどり着いた。
(……他の人間の匂いもあるな)
どうやら犯人だけじゃなかった。それでも侵入者の報がないということはこの人物も犯人と繋がっているのだろう。
耳を澄まそうと扉に耳をくっつけるが、何も聞こえない。
(防音部屋か? だけど関係ない)
扉から耳を離し、アッパーは扉に手を添えた。
そして扉越しに感じる声の振動で、アッパーは対象の会話を聞く。音や声というのは振動によって引き起こされるものであり、そこに会話があれば振動が生じるのだ。
防音部屋ならば感じる振動も無くなるが完全ではなく、微弱な振動だけでもアッパーは感じられ、そこから会話の内容を割り出すことができるのだ。
『まぬけなことに、第二皇女に見つかったようだな』
『俺もまさかここまで早いとは思わなかったぜ。路地裏だからって安心して薬を売ってたら、まさか路地裏全周辺を見張っていたらしいし』
ここで分かったのは、バイヤーはあの写真の人物だけじゃなく部屋の中にいる人物も同じバイヤーということだ。
ということはあのバイヤーは黒幕じゃないという可能性もあるが、そもそも何故ただのバイヤーが護衛二人を連れているのか分からない。
『で、薬は?』
『金は貰ったが直後に見つけられて、渡してねぇ』
『いい判断と言いたいが顔を見られたしな』
『い、いや待て! 次はちゃんとやるからよ! 『現象系』じゃない俺がここまで金を稼げるのはこの仕事しかないんだよ!』
『ふむそうだな……確かに我らは不当に扱われている『現象系』以外の能力者に手を差し延べているが……』
『お願いだ! 次はちゃんとやる!』
『いやダメだ……待て。……分かった。よし良いだろう。だが顔を見られたお前には他の仕事をやって貰う』
『な、何を?』
『あとで知らせよう』
その会話を聞いて、アッパーは素早くドアから離れた。
何故なら会話を打ち切った声の主がこの部屋から出ようとしている気配を感じたのだ。流石に見つかったらややこしくなると感じたアッパーは、その場で音を立てずに跳躍し天井に張り付く。
そして部屋から出てきた人物の顔を見てみると……。
(あれは……この国の大臣?)
ナガラーシャ皇国に関する情報を調べている時に、国の主要なポストに就いている人物の顔は全て記憶しているからこそ分かった、目の前の人物の正体。
名前をウィン。
アザーネーム持ちで地球出身の能力者だ。
能力は風を操る力で、先々代の皇帝に仕えていた重要人物でもある。
(まさかこの国の大臣が能力暴走事件と繋がっていたとはな)
しかも途中ウィン大臣が口ごもったところを聞いた限り、彼に命令する人物もいるらしい。しかし部屋から出てきたのはウィン大臣とあのバイヤーだけで、彼を命令した人の影は見かけられない。
(まさか『空間転移』の他にも『念話』使いが?)
そこまで考えて、アッパーはウィン大臣を尾行することに決めた。
これからの仕事で黒幕がウィン大臣と接触する可能性も含めてこれからウィン大臣が何をするのか把握する必要があると考えたのだ。
幸いアッパーの体は飲まず食わず眠らずに何日も活動することができ、監視や尾行はお手の物だ。
しかしその日の夜は特に怪しい動きはなかった。
(このまま尾行してもいいが、別の調査もしないといけない)
そう思い、アッパーはウィン大臣の気配を覚える。
これでアッパーがどこにいてもウィン大臣の動きを把握できるようになった。
そこでアッパーは撤収しようと動くが、その前にウィン大臣の部屋に一人の人物が入ってきた。その人物を見て、アッパーは撤収を中止する。
何故なら部屋に入ってきた人物というのは……。
(……ナガラーシャ皇后)
現皇帝の妻であり、先代皇帝の妻でもあったカサンドラ・フォン・ナガラーシャ皇后がウィン大臣の部屋に入ってきたのだ。




