第15話 超感覚的調査法
時はアトリがアッパーと出会う前。
アッパーがナガラーシャ皇国に降り立った頃に遡る。
横断列車から降りたアッパーは一先ずこれからどう調査をするのか考えるために、手頃な飲食店を探すことにした。
ゆっくりと歩くアッパーはこの国の街並みを見渡す。
来る前に調べたナガラーシャ皇国という国は、クロノスが月の中を開拓した後にできた国の一つだ。
当時劣悪な環境が出来ていた暗黒時代の人々を癒すために、初代ナガラーシャ皇帝が自身の強大な『現象系属性型』の能力で作ったのがナガラーシャ皇国という。
山を作り、水を湧き、風を起こし、熱を整える。
創世神話のような国作りだが、当時はクロノスのような強大な能力者が生まれやすい過酷な時代ということもあり、このような光景を生み出す能力者は他にもいたらしい。
それらの能力者が今のアンダームーンにある国々の建国者になっているのもその証拠である。
ナガラーシャ皇国の街並みは白を基調とした物が多く、国を囲う湖がによってナガラーシャ皇国はまるで孤島に出来た国みたいな印象を受ける。
そして城からナガラーシャ皇国の外まで見渡せるように、街は巧妙に計算された配置をしている。アトリの件や差別意識、そしてバイヤーの存在が無ければ観光地としては上位に位置するほどだ。
「おっあった」
暫く歩くと、レストランと書かれた看板を見つける。
中に入ると白色の服を着た客で賑わっており、普段着を着ているアッパーは場違いのような印象を受ける。しかし普段は自然体で生活するアッパーだが、度重なる強化で既に自分の感情を制御できている。
そのためこのような場所にいても気後れするような精神をするアッパーではないのだ。
「それではご注文がお決まりでしたらお呼び下さい」
席に座ったアッパーに、店員はそう言ってメニューを残して接客に戻った。
アッパー自身、今の体で空腹に陥ることはあまりないため、特に食事は必要としていない。
だが食に関してはこの体になる前に続けていた習慣なので、今の体になっても毎日三食取るようにしていたアッパーは、取り敢えず何を注文するのかメニューを手にとった。
基本は地球の料理が多いこのアンダームーンでも、勿論その国が得意とする料理もある。ナガラーシャ皇国の場合、フルーツ系や野菜系が多い。
これは国民全員が何かしらの『現象系』使いであるため、季節に依存しない栽培法が実現できている為であった。
そこからアッパーはメニューの注文を決め、店員に注文する。
そうして店員が持ってきたのはベリータルトであった。
「はいお待たせしました~『虹色属性のベリータルト』でーす」
「ありがとう」
外見は普通のベリータルト。
しかしその色合いは『現象系属性型』を象徴するように、様々な色をしたベリーで出来ていた。
「モグ……うぉうめぇ」
虹色属性。
その名に恥じない様々な種類のベリーで出来たタルトは、それを口に含んだ瞬間口の中に数種類の甘味が広がっていく。
ナガラーシャ皇国で栽培されているフルーツからなのか、中にはこれは食べ物なのかという色のベリーがあったが、味は紛れもないフルーツ。
純粋な甘さ、すっぱい甘さ、苦い甘さ、ありとあらゆるフルーツの甘味が口の中で調和して、果汁を弾けさせていく。
まさに美味。
そのようなデザートを食べていくアッパーであったが、頭の中は調査に関する方針を考えていた。
先ずアッパーの目的は能力暴走事件の鍵である薬を売っているバイヤーの捕獲だ。
被害者たちが暴走する前に出会った怪しい人物に関する目撃情報を聞き、そうして得られた情報を元に撮ったのが今任務の書類に添付されているバイヤーの写真だ。
その写真を含めた書類をレストランの中で広げる訳にはいかない。
だが絶対記憶能力を持つアッパーであれば、頭の中で任務の概要や貰った写真の絵でさえも正確に思い出すことができ、それでベリータルトを食べながら頭の中で整理していたのだ。
(基本は聞き込みだが……どこに目があるか分からないから却下)
その他にもアッパーはこの国の土地勘もなく、外から来た人物としてナガラーシャ皇国の住民に信用されていない今では聞き込みの効果も薄いという理由があった。
それに今は上級能力者の証である腕章も付けていない。付けていれば上級能力者の権限で捜査も楽になるのだが、相手に察知される可能性も高い。
(秘密裏に動く必要があり、情報はこの写真のみ……)
最低限の情報で黒幕を捕まえる。
普通の人であらばリスクを理解してでも情報を得るために動くだろう。しかしアッパーは普通ではなく、既に自分だけができる調査方法を考えていた。
「御馳走様でした」
空となった皿に両手を合わせるアッパー。
そして会計を済ませようと入口付近のカウンターに向かうと、店員から突然こう言われた。
「ところでお客様の能力はなんでしょうか」
「……すまないがつい先程ナガラーシャ皇国に来たばかりなんだ。客の能力が分かればどうなるんだ?」
「『現象系』であれば割引させていただきます!」
クソすぎんだろ。
そう思わずにいられないほど、目の前の堂々とした差別発言に内心顔を引きつるアッパー。だが待って欲しい、これは初代皇帝が現象系だからこそのおまけキャンペーンとかなら差別の内に入らないのかもしれない。
そう思ったアッパーだが、隣りのカウンターで会計を取っている客の会話を聞いて耳を疑った。
「はい合計でこれぐらいになりまーす」
「ふむふむ……え? いやさっき見た値段と違うんだけど……」
「『現象系』の方々は我が国の物流を担っていますので」
盗み見すると会計で払う値段はメニューの見た値段よりも割増されていた。
これが差別意識なのか、ここまで露骨なのかと思うアッパー。
「それでお客様の能力はなんでしょうか」
その質問の答えに、横断列車でローガンに見せたやり方を使って乗り切った。
◇
アッパーがレストランから出て、次に向かったのはバイヤーの姿を撮った場所だ。
ナガラーシャ皇国に来る前にナガラーシャ皇国の地図を記憶、そして記憶した地図とバイヤーの姿が映った背景を見比べてみて場所を特定したのだ。
(……ビンゴ、ここだな)
そして次はここからバイヤーの移動した痕跡を見つけるのだ。
確かに今の手元にある情報は写真のみ。しかし写真の中で得られる情報は何も人物や風景だけじゃないのだ。
バイヤーと見られる人物の身長や体重を背景にある建物や人物から逆算して、数字を割り出す。
性別は男性。
推定40~50歳。
身長178センチ。
体重は65.2キロ。
身長に比べて体重が平均より下。あまり食べていないのか、もしくは怪我か病気の後遺症として体重が下がっている可能性が高い。
そしてバイヤーが立っていた場所から、どこに歩いていったのかを見つけるために足跡を探す。この写真を撮った日付はギルドマスター曰く五日前。
幸いナガラーシャ皇国はコンクリートの地面ではなく土の地面。自然と調和するという目的でこのようなデザインにしたのが、そのお陰で調査が楽になった。
例え五日前だろうと、人々がここの道を歩いていったとしても関係ない。
割り出された数値からバイヤーが歩いた時に足が土を押しつぶす深さを割り出す。あのような体重ならば土の深さはこうだろうと、アッパーは推測する。
他の住民の足跡を認識から弾き出し、バイヤーの足跡のみに注視する。
傍から見ればアッパーはボーッと地面を見て歩いているように見える。しかしアッパーの視界にはバイヤーの足跡が別の色に見えているのだ。
同じような体重の足跡を見ても、正面からなのか横切ったのかという判別はできるため、バイヤーの足跡は見失わない。
そしてアッパーがバイヤーの足跡を追跡している内に不自然な足跡を見つけた。
(これは……監視、いや護衛か?)
視界を広くすれば同じような足跡がバイヤーの足跡から五メートル離れたところで付かず離れずにしていた。
まるでバイヤーを守るための護衛という印象を受ける。
一般人のように振舞う時に足跡がバイヤーのいる向きと違う方向に向くが距離は一定に保っており、時折バイヤーの様子を見るために足跡がバイヤーのいる位置に向いている時がある。
(それも二人……)
即ち、バイヤーと護衛二人がここを歩いていたということだ。
それらを把握したアッパーは更に歩を進める。
そしてようやく辿り付いた先は、ナガラーシャ皇国にある裏路地。喧騒や活気のある表の道路とは違い、裏に入る道は薄暗く、静けさが支配していた。
そしてアッパーが追ったバイヤーの足跡もここに入っていくのが見える。
(暗い……暗いが問題ないな)
アッパーの目は夜目も効く。
目の前に広がる裏路地はアッパーの目に掛かれば、表と変わらない景色で見れるのだ。勿論人が少なくなったお陰でバイヤーたちの足跡も追跡しやすくなった。
ある程度表の道路から離れると、護衛の二人はバイヤーの方に近付く。
恐らくここまで来たら一般人に紛れる必要もないのだと判断したのだろう。足跡の間隔を見れば護衛の二人はバイヤーの下に小走りで近付いた感じだ。
そして暫く追跡していると足跡が途切れた。
「……途切れた?」
周りを見渡してもどこかに移動した形跡もなく、ある地点に到達したら足跡がそこで止まったのだ。目の前を見ればそこは立ち止まり。
踵を返した様子もなく、不自然なほどに足跡がずっとそこで立ち止まっているのだ。
だがアッパーの脳裏に一つの可能性が思い浮かぶ。
「移動はしたんだ……だからこれは恐らく『空間転移』」
クロノスや長政が使う空間を飛び越える移動法である空間転移。
それをこの三人の誰かが行使した。残念ながら空間転移した際も護衛やバイヤー双方の距離は追跡していた時と同じ距離間にいたため、誰が行使したか分からないが。
しかし空間転移となるとアッパーはお手上げである。
確かにこれまで追跡してきたのはアッパーの超感覚のお陰ではあるが、空間転移の先まで追跡するのは流石のアッパーでも無理である。
「参ったな……また調査のし直しか?」
それでも相手の移動手段に空間転移がいるのは分かった。
これならば各地に能力暴走を引き起こすことが出来たのはこれが理由だと理解した。
そこまで考えてアッパーは来た道から戻ろうと反転するが、その直後にアッパーに向かって勢いよく向かってくる反応を察知した。
「ヤバイな……姿を見られると今後の調査に支障が出るのかもしれない」
そう呟き、アッパーは手荷物の中にある一枚の黒いローブと無地の白い仮面を身につけた。そして暫くすると、件の反応の持ち主がアッパーの前に飛び降りてきたのだ。
「そこまでよ、怪しい奴! これ以上の狼藉はこのナガラーシャ皇国の第二皇女である私、エリーゼ・フォン・ナガラーシャが許さない!」
そう言って手に持った棒をアッパーに向ける彼女は、この国の第二皇女でありアトリの義理の姉だった人物であった。




