第6話 真夜中の戦闘
耳は長く、暗闇でも見えるほど黄色に輝く目。
そして体色は緑色で、その手には棍棒を持っていて、子供と同等の体格を持つ化け物。
――俗に言う『ゴブリン』みたいな化け物が数百匹居たのだ。
『ギギギギギャギャッギャ!!』
「クソッタレッ!!」
気絶したストーカーを掴み、その場から離れる。
だが広樹が裏路地から駆け出すと同時に化け物たちも一斉に動き出した。
それも予想以上に化け物の移動速度は早く、それに気付いた広樹も自身の身体能力を強化しそこから離れようとする。
(なんなんだコイツ等は……?)
見る限り地球上の生物ではない。
明らかに小説や映画などに出てくるファンタジー物の生物の容貌だ。
だがこれほどの数、これまでニュースになっていないのはおかしい。
広樹は振り返り、その強化された感覚で観測する。
するとある一つの事が分かった。
(あいつ等の目線……俺に向けている……?)
そう今広樹達を追いかけている化け物共は広樹に掴まれているストーカーに目をくれず、広樹だけに目線を注いでいたのだ。
それを確認した広樹は一瞬の判断で自身が掴んでいるストーカーを放り投げ、そして放り投げた先は丁度良く警察署の前に落ちて行き、ストーカーはその地面にぶつかった衝撃で呻き声を上げる。
身軽になった広樹はその場で更に加速し、広い場所を探す。
(俺の推測が正しければあの化け物の目当ては俺だ。だが他の人に危害が来ない保証はない。その前になんとか処理しないと)
そう決意した広樹は、こちらを追ってくる化け物を倒す算段を考える。
今でもかなりのスピードで疾走する広樹だがそれでもあの化け物はしつこく着いて来るのを確認しながら強化した記憶力で目的の場所を探す。
そして広樹が到着したのは昨日まで詐欺師のグループがたむろっていた廃墟の病院だった。この病院の廃墟は近頃解体する事が決まっており、所々その準備をするための機材が置かれていた。
「さてあいつ等を処理するついでにこの病院も解体しますか!」
そうやって広樹は反転、それに驚いた様子も無く化け物共は向かってきて棍棒を振り上げる。広樹は先頭にいた化け物を蹴りで仲間諸共病院に吹き飛ばした。
それでも自身の仲間には目も暮れず、手に持った棍棒で広樹に攻撃する化け物。
(俺の腰ぐらいの高さだから攻撃し辛いな……)
そう思ったのは一瞬で、広樹はすぐ傍にいる化け物一体の頭を掴み、振り回した。
『ギャガガガガギャア!?』
周りに居る化け物が吹き飛ばされるのを見ると、広樹は手に掴んでいる瀕死の化け物を地面に叩きつけ全力で強化した足で頭目掛けて蹴り上げると、頭諸共化け物の身体は消滅し、蹴りの余波でその後ろの病院の一部を吹き飛ばした。
その光景を作った広樹は額に冷や汗を掻く。
「初めて全力で強化したがヤバイな……」
普通の人間相手じゃ試すことが無かった全力での『強化』。
通常の『強化』でもかなりの性能を誇るがこれまで全力で使ったことは無く、広樹は相手が異形の化け物ということもあって初めてここで『全力強化』をしたのだ。
その結果は見ての通り、化け物諸共余波だけで後ろの廃墟ではあるがそれなりにデカイ病院の一部を消し飛ばした。
「よし『全力強化』は俺の必殺技にしよう」
未だに周囲に化け物がいるのもかかわらずに広樹は暢気にそう考える。
事実、広樹には余裕があった。広樹自身の戦闘能力は今まで数々の面倒事に首を突っ込んできたためかなりのものだ。
それに加え『強化』という能力で広樹の戦闘能力を底上げされている。対して周囲に居る化け物共は数が多いだけの唯の雑魚だった。
最もそれは広樹が超常の力である『能力』を持っている能力者での話であるが、それでも広樹が能力者である事を抜きしてもはっきり言ってこの化け物の一体一体は弱い。
この化け物共は武器を持った普通の人間でも苦戦はするがそれでも対処出来るレベルだと広樹は推測する。
(但し、相手が一体の場合のみだが……)
『グガガガガギャギャガギャガギャギギギ!!』
「相変わらずキモイ叫び声だな!」
向かって来る緑色の化け物。見れば先程よりも数が多い。
「ゴキブリかテメーらはッ!!」
近くに落ちているバスケットボール並の壁の破片を掴み、向かって来る敵の先頭に思いっきりぶん投げる。
『グギャ!?』
飛んで来た壁の破片に当たった先頭の化け物は周りを巻き込みながら吹き飛ぶ。広樹は一瞬で距離を縮め、手に持った敵の棍棒で周りを薙ぎ払った。
だがそれが如何したと言わんばかりに化け物共は襲いかかってくる。
そんな化け物に殴る、蹴る、引き千切る、叩き潰す、突き刺す、切り裂く等様々な方法で殺す広樹。
殺した相手の遺体は霧のように消える事から広樹はこの化け物共を既に生物と認識しておらずその手を汚しても罪悪感はまったく感じなかった。
最初から遭遇した数百匹という数はもう過ぎ、広樹が殺した化け物の数は既に数千を超えていた。
長時間の戦闘をしながらも広樹の身体は未だに疲労が感じられず、寧ろその動きはよりキレが増していた。
(一体何処から出てくるんだコイツ等……)
もはやのその思考は作業をする感覚になっていた。
動きが如何に早く殺すことが出来るかと徐々に効率化されていき、能力が得た事で成長した異常なまでの学習能力がこの場の動きを学習していく。
(そこを動くとあいつがそう動いて次に攻撃。次はあいつが動くとコイツも同時に動く)
その予測が次第に未来予知に等しい事になっているのを広樹はまだ気付かない。
(向かって来るコイツは……『強化』の度合いを低くしても大丈夫そうだな)
学習した己の身体が既に『強化』を抜きにしても超人の域に届こうとしていることに広樹はまだ気付かない。
その己の異常な成長に気付かないまま、戦闘は終わった。
「やっと、終わったかー」
まるで一仕事を終えたかのように広樹はその更地になった病院の廃墟で身体を伸ばし、コリを解す。
携帯の時計を見ると既に深夜の時刻を指していて、電灯が点いていないこの廃墟はかなり暗い。
だが広樹の視界はそんな暗闇でも見えていた。
――それも『強化』を使わずに。
「もう深夜か……この化け物について聞くのは明日でいいや」
能力者である広樹を狙ったこの化け物に心当たりが有りそうな姉妹にはこの時間ということもあって明日聞くことにする広樹。
帰路に着く広樹の背後には先程の戦闘が嘘だったかのように静かだった。