第12話 不穏な空気
「そもそもの話、どうして皇族全員が『偉大な炎』を出せているのか」
そう前置きしながらノウンは部屋の奥から持ってきたホワイトボードに、そう書き込む。対するアッパーとアトリはサイドテーブル付きのパイプ椅子に座り聞いている。
アッパーはサイドテーブルに肘を置いて、顎を手に当てながら聞くという行儀の悪い聞き方をしていて、アトリはホワイトボードに書かれた文を一生懸命メモに移していた。
別に授業ではないので熱心にメモらなくても良いものの、ノウンはアトリの姿を見て微笑ましく思い笑みを浮かべた。
やがてメモを取り終わったのかアトリが頭を上げて、ノウンを見る。
「えーさて、両親が能力者であった場合、生まれた子供は両親のどちらかもしくは両方の特性を受け継いだ能力を持っているという法則があるわ」
ホワイトボードに三つの円を書き、それぞれに父、母、子と書き込む。そして父と母の円から子に向けて矢印を書いた。
恐らくその矢印が受け継ぐ能力のことなのだろう。
「どの能力が子供に受け継がれるかは、現代の医学で既に判明しているの」
そう言ってホワイトボードの上部にデカデカと文字を書く。
「『継承数値』……名前に捻りがないのが欠点だけど、端的に表現できているわね。この『継承数値』が高ければ子供に受け継がれる能力の可能性が高くなるという数値よ」
一般的に『継承数値』が高い能力には強力な能力が多いという。ノウンが言うには真理を得ている認識の規模が多いほど、子供に受け継がれる認識や真理の可能性が高くなっていくという。
となると代々皇族に受け継がれている『現象系属性型』という能力は、それほどまでに『継承数値』が高いということになる。
「それでも絶対ではないわ。中には『継承数値』が高くとも、逆に『継承数値』が低い方の能力が受け継がれる可能性もあるの。稀な話だけどね」
そしてここからが重要だと、ノウンはホワイトボードを叩く。
「『継承数値』は絶対ではない。あくまでどちらの可能性が高いのかという指標。『継承数値』が同等ならば両方の特性を得た能力が生まれる可能性もあれば、『継承数値』が高い方の能力に一部低い方の特性が混じることもある」
今のアトリちゃんのようにね、とアトリに目を向けるノウン。
しかしアトリは一生懸命ホワイトボードの内容を書いているのか、ノウンの視線に気付かない。流石に呆れたのかノウンはため息をついた。
「さて、以上のように説明したけど私が言いたいのは何故、皇族全員が『偉大な炎』を出せるのかという話よ」
「……『継承数値』の話から考えると、皇族全員が『偉大な炎』を出せるんじゃなく寧ろその逆……?」
アッパーは既に気付いたようである。
しかしアトリは未だにメモをしているのか、アッパーの様子に気付かない。その様子を見かねたのか、ノウンはわざと咳をしてアトリのメモを中止させた。
「え? え、えーと……なんだっけ?」
アッパーとノウンが自分に視線を向けているこの状況に困惑したのか、アトリはえへへと頬をかいた。
「なぁアトリ……メモっても理解できなくちゃ意味ないんだぞ……」
ノートに書き込むという行為は見て聞いたものを忘れずに理解するためのものである。決して教科書や黒板に書かれた文をノートに写すというだけのものではないのだ。
アトリのノートを見れば、ホワイトボードに書かれた文字をそのままノートに書き写していただけのようである。
赤のボールペンで但し書きもせず、自分に分かりやすいように文を要約するということもしていない。
「え? そんなこともやるの?」
「まぁ俺の場合、今はやらないけど……昔はやってたぞ」
付箋や百均で購入したしおり紐をノートや教科書にくっつけて、現在の進行状況を把握する。赤の蛍光ペンで単語を隠し、逆に黄色や緑の蛍光ペンで覚えるべき単語に上塗りをする。
マインドマップで頭の中を整理、もしくはアイディアを関連付けるなどといった勉強法もある。
要するに自分が分かればいいのだ。自分だけ分かるように工夫すれば勉強も捗るのである。
「教科書の文章を全部読み込んで必死に覚えてた……」
それは一番やっちゃいけない勉強の一例だ。
どうやらアトリは地球で小学四年まで学校に通い、その後ナガラーシャ皇国で教育係から勉強を教えて貰っていたものの、皇族扱いされなくなった日から無勉強だったという。
超能力学園に来てから勉強はしているが『偉大な炎』を出す訓練にかまけて、成績はあまりよろしくないらしい。
「……なんてことだ」
「はいはい、今後の勉強はアッパーかラビィちゃんたちと一緒にしようね。今はこっちよ」
そんなアトリのやばい状況を聞いたアッパーは頭を抱えるも、ノウンはいつまで経っても話が終わらないと感じ、強引に話を元に戻した。
未だに把握していないアトリに二人は再び分かりやすいように説明し、アトリはようやく理解した。
「それってつまり……どういうこと?」
理解していなかった。
「……つまり、生まれてきた皇族の全員に『偉大な炎』を出せていない人もいるという可能性もあるんだよ」
「えぇ!? で、でも皇族なら『偉大な炎』を出せるはずだけど……!」
「つまりその逆よ。皇族だから『偉大な炎』を出せるんじゃない。『偉大な炎』を出せない皇族は皇族じゃないってこと」
散々言われ続けてきた言葉である。
アトリはいつまで経っても『偉大な炎』が出せず、ついに皇族扱いされなくなった。そして皇族扱いされなくなったことで、彼女は自ら出て行くまで排斥され続けてきたのだ。
そこまで言われてアトリはようやく気付いた。
「私以外にも……『偉大な炎』を出せない人がいた……」
「そして出せない人は、消された」
アトリは運が良かったのだろう。
アトリを愛している父親という存在が排斥しようとしている勢力を何とか抑え込めていたことや、アトリが自分を許さなくなったことで、彼女に害が及ぶ前にナガラーシャ皇国から出てきたことで今まで生きていられた。
「アトリちゃんが生まれた頃、検査でアトリちゃんの潜在能力が高いということで周辺国家にも大々的に宣伝していた時期があった。だから今でもアリス・フォン・ナガラーシャという女の子はナガラーシャ皇国の皇族であると誰でも分かるし、今の皇帝がアトリちゃんのお父さんであるジークライル・フォン・ナガラーシャであることや、先代皇帝の妻と結婚したことからアトリちゃんは第三皇女だと誰でも分かっている」
情報通であれば誰でも分かる過去だ。
しかし今のナガラーシャ皇国に問い合わせると、アリス・フォン・ナガラーシャという人物は存在しないことになっている。
例え父親である皇帝陛下が認知しようと、皇族を含めたナガラーシャ皇国の貴族たちは認知していないからこそ、アトリの今の立場は『実質』勘当されていると見られているのだ。
「現在、今でもアトリちゃんを認知していると公言した皇帝の立場は低いわ」
例え皇帝が絶対であっても、周りが従わなければ飾りの席である。
君主制としては間違っているのだが、アトリの処遇によって問題が起きているのも事実であった。
「能力者平等を掲げている能力者評議会では、このことに関してずっと問題視していたの。だからアトリちゃんが満足するために皇族の連中や皇国の貴族どもの鼻を明かすなら私も喜んで協力するわ」
表には出ていないがノウンはクロノスと同じ、上級能力者の資格を持つ者の中で評議会によって選ばれた『特級能力者』の称号を持つ能力者であった。
なので度々評議会で問題視していた問題を解決するのも特級能力者の義務であり、そうした義務からノウンは問題を解決するきっかけになりうるアトリを助けようとしているのだ。
最も義務がなくとも助けるつもりではあったというのがノウンの本音である。
「はい! 頑張ります!」
そうして、アトリは再び決心してノウンと訓練を始めた。
◇
アトリの決意から数日が経ち、アッパーもアトリの手伝いをしながら学業に励んでいた。
励んでいたといっても半ば傍観していたといったほうが正しいか。超人的な基礎能力を持つアッパーでは例え未経験の実習であっても一度見れば学習するため、後半からは教師の手伝いが主になっていたが。
「任務?」
そんなある日のことである。
超能力学園に設営している能力者協会にて、アッパーは協会を運営しているギルドマスターからアッパー宛の依頼があると聞かされ、ギルドマスターの部屋にやってきた。
「はいそうです。近頃能力者の能力暴走事件が多く、度々問題視していたのですが……」
アッパーの目の前にいるギルドマスターの第一印象は上司と部下に板挟みとなっている中年の中間管理職だろうか。些か偏見が過ぎるのではないかと思うが、ハンカチでしきりに顔を拭いている仕草がその印象を強くさせていた。
そんな彼の話を聞いて、アッパーは能力暴走事件についての記録をしていた記憶を思い出す。
発生時期としてはアッパーが昏睡していた時の間だ。六月の半ばに突如として最初の『被害者』である能力者が周囲の場所を氷漬けにした事件が起こった。
しかしその加害者の持つ能力は『現象系氷結型』ではあるが、ランクとしては初級能力者未満の性能だった。せいぜいがコップの水を凍らす程度の性能だという。
それが今回の事件を起こした彼は数区画の街を巻き込み、氷漬けにしたという。
事前に把握していた能力の性能とは真逆の超性能の能力。変化したきっかけもなく、彼は往来の中で能力を発動した。
目覚めた彼は自身の仕出かしたことの中に自身の友人をも氷漬けにした事実により罪に苛まれて『孤独』になった。
調べた結果、被害者の体には高濃度の薬物が検知されており、この薬物によって投与された能力者は能力を大幅に強化する代わりに一時的な理性と暴走を引き起こすという。
その調査以降、これを外的要因による仕業だと判断し、本案件を能力暴走事件と名付けた。
それ以来未だに解決した様子もなく、能力の暴走や暴走を引き起こした本人の『孤独』誘発、そして周囲の被害が一ヶ月ごとに数回起きている。
「そして現在、我々は被害者の能力を暴走させたバイヤーらしき姿を某国で発見しました」
そう言って任務の概要が書かれた書類をアッパーに手渡すギルドマスター。その紙にはバイヤーらしき人物を目撃した国の名前も書かれており、その名前を見たアッパーは目を細めた。
「……『ナガラーシャ皇国』」
「歴史はあるものの、特定能力者への差別、排斥、排除といった問題が起きている国です。そして国の上層部には『偉大な炎』という能力を使う皇族たちの他に周辺の貴族でも中級能力者以上の能力者も確認されています。万が一それらの能力者が暴走すれば最悪といっていい事態が起きるでしょう」
「なるほど了解したが、どうして俺を?」
「クロノス様を含めた『特級能力者』たちの推薦です」
曰く、『特級能力者』は評議会の問題を解決する義務はあるが評議会の許可が下りない限り参加できない決まりになっているとのこと。
許可が下りる期間は『特級能力者』としての能力と任務の難易度から比較して許可をするようだが、一般的に一ヶ月は掛かるとのこと。
烏丸家事件に関してはクロノスのかつての後始末ということで早めに動けたので例外とするが。
そして今回の任務でアッパーが推薦された理由としては、アッパーの能力が鎮圧や制圧、対象の捕獲や敵性勢力の殲滅などに適していることや、緊急性が高い本任務では許可のいらない『特級能力者』に最も近い実力のあるアッパーが適任だと判断したからであった。
「明日の朝にナガラーシャ皇国行きの列車を手配しますので準備してください」
ギルドマスターの言葉に了承する旨の言葉を返し、席を立つアッパー。
(しかしアトリのことといい、ナガラーシャ皇国……問題ありすぎだな)
そう考え、一時期任務で出張する旨のメールをラビィやアトリに送信したアッパー。だがまさかこの任務を通してナガラーシャ皇国内で、大騒動に発展するとは知る由もないアッパーであった。




