第11話 遠回りして進む
昨日は更新できず申し訳ございません。
「それが理由か」
アッパーの確認に、アトリは頭を頷いた。
大人が聞けば些細な問題だろうと言うだろう。何より彼女の父親が改善しようと頑張っているのだし、気にしてはいなかった。彼女だけがそう気に病んでいるだけだ。
ナガラーシャ皇国とは今でいう暗黒時代と称される時代に、クロノスが月を開拓して後に初代ナガラーシャ皇帝と呼ばれる人物が建国した国だ。
当時飢餓や能力者特有の『孤独』に苦しんでいた人々を皇帝の『偉大な炎』によって未来を照らし不安に苛まれている人々を暖かく包んだという古い歴史があった。
故に今でも皇族の証である『偉大な炎』を出せないアリスを、彼らが皇族扱いしないのは古くからナガラーシャ皇国の歴史を受け継いで来た貴族たちが皇帝及び皇族の『偉大な炎』に依存していた背景があったと推測できる。
それでもナガラーシャ皇国に関してアッパーは一度も赴いたこともないし、かの国とは一切関係がないためアッパーがどうこう言う資格はない。
しかしそれでアトリの悲しみを思いやれないアッパーではなく、彼は自分の考えを言うためにアトリに問うた。
「アトリは皇族としての繋がりを絶ったって言ったよな」
「……うん」
皇族としての立場を捨てたからこそ、こうして彼女は超能力学園に来ているのだ。だがそう考えると一つ矛盾した事実が浮かび上がる。
「ならどうしてまだ『偉大な炎』に拘るんだ?」
「それは……『偉大な炎』こそ私がお父さんの娘である証だから……」
皇族としての証が『偉大な炎』である。
そして皇帝の血族は『偉大な炎』を出せる事こそ皇族である所以である。だからこそ皇帝である父親の娘でいたいアトリは『偉大な炎』を求めたのだ。
だがそれこそが矛盾した考えだということをアトリは気付かない。そんな彼女に、アッパーは彼女にとって重要な質問をした。
「アトリは……皇族の一人として皇帝の娘でありたかったのか? それとも一人の子供として父親の娘でありたかったのか?」
その言葉に俯いていたアトリは顔を上げた。
アトリは既に皇族の身分を捨てた。否、周りが捨てさせたと言ったほうが正しいのだろう。そんな今の彼女としてはこうありたかったのは後者なのだが、後者であれば『偉大な炎』なんていらない。
それでもなおアトリがこのような考えに至ったのは、周りの環境のせいである。
他ならない今の環境がアトリの別の可能性を閉じさせたせいで、アトリは一つの考えに至るしかなかったのだ。
「幼少の頃から両親と共に地球で住んでいた」
今思えば彼女の幸せな日々はここがピークだったのだろう。
「母親を亡くし、完全に立ち直る直前にナガラーシャ皇国の皇族となった」
地球で得ていた筈の友人関係や思い出を全て捨て去り新しい人生を送ることになるも、それは彼女にとって地獄の日々を送る事と同じだった。
「そこで『偉大な炎』を出せずにいて、皇族扱いされなくなった」
大切な繋がりがナガラーシャ皇国にいない彼女。例えいても彼女から離れていき、彼女はそこで一人ぼっちとなってしまった。
子供にとって環境こそが成長するのに必要な要素だというのに、環境が彼女の『可能性』を狭めていた。それ故に子供が親といる事が普通である筈が、月に数回父親と会える日を幸せな日と思ってしまっていた。
「周りがアトリから父親という存在を取り上げようとした」
唯一の希望でありたった一人の家族である父親から引き離されるという事は、そのような環境にいる子供にとって計り知れない絶望であった。
「だからアトリはその事が嫌で『偉大な炎』を求めた」
子供であるアトリが当時考えられる親子の証としては、常日頃から言われた『偉大な炎』という存在だけだった。
力も知識も誰かを頼る発想も頼れる周りもいない子供にとって、環境から得られた情報だけを頼りに頑張るしかないのだ。
今でもアトリがそうした存在を頼る発想がないのも、人を信じられなくなったのもそうした環境がアトリの『可能性』を奪ったからだ。
「そして『偉大な炎』を出せなかったことでアトリは自信を失った」
それは彼女がこうなった原因の環境を信じていたからこそ、『偉大な炎』を出せない自分に娘でいる資格が無いと思い込んでしまったのだ。
「アトリは『偉大な炎』が出せないという事実が今日分かった」
でもそれは返って良かったと、アッパーは言った。
元から『偉大な炎』を出す機能がアトリの能力にはない。なのに無い機能をアトリが追い求め続ければ、それこそアトリが思い悩んでいる出来事から一生解放されない。
「出せないから諦めて次だ。アトリはまだ可能性が残っていて、『偉大な炎』だけが親子と証明できる証じゃないってことを探すんだ」
「『偉大な炎』以外の……証明……」
結局は、これは周りがどうこういっても本人が納得しなければ解決しない問題だ。
アトリと彼女の父親は血の繋がった実の親子であり、二人共お互いを愛していることは明白なのに解決していないのはアトリが自分を受け入れていないからだ。
敢えて証明という言葉を使ったのは、アトリが証明という目に見える形で納得したいからだ。親子だと証明するという非常に難しい問題ではあるが、それが分かっていたからこそアッパーはアトリに別の可能性を示して、彼女と一緒に考える決意をした。
それが全ての人を救うということの中に、こうした人々を支える事がアッパーの考える人を救うということであると信じて、アトリを救いたいと思った。
◇
アトリは今、一人で女子寮に帰っている。
結局アトリは今でも悩んでいる。
当然だろう。数年も積み重ねてた考えがたった一度の言葉で変わるはずもない。しかしアッパーの言っていたことも、彼女にとって青天の霹靂であるかのような衝撃に満ちた言葉であることは疑いようもない。
事実、アッパーの言葉がアトリの脳裏に幾度も巡っており、考え事をしながら帰路を歩く彼女の姿は傍から見れば熱に浮かされているような様子だ。
そんな彼女の様子に不審を抱いたのか一人の男子生徒が声をかける。
「アトリ……お前大丈夫か? とうとうネガティブが地底を突破して頭おかしくなったのか?」
失礼な事を言う男子生徒の名前はアルである。
かつて同じ必修科目で一緒だった程度の関係ではあるが、時々彼が自分に寄せる同情の眼差しが嫌いで、彼女のアルに対する印象は悪い。
「失礼だね君は……」
「いやいやこれまでのお前を見てきたら誰もがこう思うって……あれ? でも口調が……」
しかしアッパーの言葉もあり、自身も何か変わりつつあると感じている今では失礼なことを言い放ったアルに対してこれまで聞きたいことを聞くために、彼と関わろうと前に進ませた。
「ねぇ、なんで私のことを同情するような目で見てたの?」
「――っ」
そのアトリの放った直球の質問は彼の動きを止めるのに十分な威力を誇っていた。
同情の眼差しもそうだが、まさかアトリから直球で質問が来るとも思わなかったアルは、彼女の質問に目を見開いて口をパクパクと閉口した。
「……どうしたんだよお前」
「やっと前に進めそうな予感がしてるから、こうして周りのことを整理しようかなって」
その言葉に、アルはアトリに対して羨望の眼差しを向けた。しかし残念かな、アトリはこれまでまともな対人経験がなかったため、その様子のアルには気付かなかった。
「そうかよ……まぁ確かに俺はお前に対して同情したがそれは、お前の境遇にだな」
「私に対して皆は無関心だった。それでも君は今までずっと私に同情を向けてきた」
基本他人の境遇に関しては他人事であるのが人間である。それが親しい仲やナガラーシャ皇国の貴族、そしてアッパーというようなお人好しを除けばそのような過去を聞いても興味はないのだろう。
それが能力者の持つ『孤独』という概念があっても、同様だ。
しかしアルだけはずっとアトリに対して同情の目を向けてきた。
親しい仲でもないし、女性が好きなスケベ少年であるアルがお人好しな性格であることはない。なのに同情してきたということは恐らくアルの過去にもアトリと似たような境遇が――。
「だー! わーったよ、話せばいいんだろ話せば」
「最初からそうすればいいのに」
アトリの推測を聞いたアルは、彼女が言い終わる直前に降参の意を示してきた。両手をあげて項垂れているアルの姿を見て、笑みを浮かべた。
そしてその状態のままアルは躊躇するように、少しずつ自分のことを話していく。
「……スラム街出身だったんだよ」
「え?」
「アメリカの……どこか分かんねぇけど……気が付いたらそこで残飯漁ってた」
子供の頃に覚えているのは薄汚い格好で、いつも特定の時間になると上から電車が通過する音を響かせて辺りが揺れる場所で過ごしていたという記憶。
電車が来ていない場合も、食料やウサ晴らしを求めて他の誰かがその場所で喧嘩をする光景がその日のほとんど。
「そんで初めて表に出たとき……通行人の視線が俺を突き刺した」
まるで人間じゃないモノを見ているような視線だった。
かつてのアルと当時の通行人の間には決定的に違う何かを持っていた。勿論通行人の側が持っている側でアルが持っていない側だ。
何かをされたわけじゃない。何かされることもない。ただその得体の知れない視線を受けて、アルは走るように裏に戻った。
「そっから、気が付いたら俺は能力を覚醒させていた。周りの音が消えて、遅くなったんだ」
代わりにその少年は速く動けるようになった。
それはまるでここから早く逃げろという天啓みたく、アルは一生懸命走り回った。走り回って、アルはもう気にしなくなった。
何故ならアルの平穏を脅かす喧騒も騒音もなく、アルに向ける不平等な視線にも晒されることもなくアルの覚醒した能力がアルに静かな世界をもたらしたのだ。
「俺は確かにお前を同情してたのかもしれねぇ。持っている側と持っていない側の扱いで苦しんでたお前を見てかつての俺と重ねてしまった俺はお前に同情してた。でもな同情していると同時にこう思った」
――過去の柵にも、今の状況にも囚われている。
アトリは周りから皇族扱いされなかった。
そのような状況に陥っても『偉大な炎』を発現しようと苦しんでいる。
「もう今じゃナガラーシャ皇国の第三皇女という立場から離れたのにまだ苦しんでいる。そんなお前に、俺は毎回心の中で『もう受け入れて楽になれよ』と何回も思って、まだ解放されずに苦しんでいるお前を同情してたんだ」
それが、アトリに向ける同情の理由。
アッパーとは違う、全てを諦めて今の自分をありのまま受け入れる真逆の可能性。だがそれはアトリを完全に一人の人間として自立する一つの可能性でもあった。
「君は……今の状況に満足しているっていうこと?」
「あぁそうさ。誰にも縛られない、何も囚われない今の人生に満足している」
「だからノウン先生からの話が来ても断ってたんだ」
「チッ……なんでお前が知ってんだ……そうかアッパーか。あいつアトリに話したのかよ……やけにアトリのこと気にしてたからなぁあいつ」
事実である。
アッパーがアトリをノウンの元に誘う際、ノウンの教えを受けていたサイやこれから受けるアッパーたち兄妹、そしてノウンの話を断ったアルに関してもアトリに教えていた。
それは単にアッパーの誘いを受けても断ってもいいという説明からアルを引き合いに出したわけで、アッパーに悪気はない。
理由こそアッパーは教えなかったのだが、アトリはアルの過去を聞いてアルがノウンを拒否した理由を察したわけである。
「あぁそうさ、俺は今の能力に満足している。これ以上速くなっても俺の能力は俺に静かな世界をくれるわけだから、今以上速くなっても無駄だからな」
そう、だからこそアトリは受け入れられない。
「……私はまだ満足していない」
「は?」
アルの話を聞いて、アトリは決心が付いていた。
ノウンから『偉大な炎』は出せないと断言された時、アトリは心が挫けそうになった。父親の娘である唯一の証だと思っていた『偉大な炎』を諦めきれていない自分に、アッパーは別の可能性を提示してきた。
それはアルと同じ『偉大な炎』を諦めることだった。
しかしアルと違いアッパーの言う可能性は『偉大な炎』とは別の証を探すということ。アルの言う楽になるために諦めるのではなく、あくまで次に諦めるということだったのだ。
だから叫ぶ。
「今の状況に満足も納得もいってないのに!」
心の中に溜まっていた不満が叫び声となって溢れる。
「全てを諦めて、今の自分を受け入れて、もう私と関係ないことだと思うほど私は大人じゃない!」
アルがこれまで同情してきたアトリはどこにもいなかった。
そこにいたのは今の自分に満足していない、我が儘な子供だ。自分の意思を必ず貫こうとする子供が、アルの目の前にいた。
そう言った瞬間、アトリは気持ちは前に進んでいた。
「ありがとうねアル! 私決めたよ!」
「は? お、おう」
そう言ってアトリは女子寮とは反対方向に走り出す。
一人、色々な意味で置いて行かれたアルは、その場で呆然と立ち尽くした。
アトリは走る。
前に進むためにも、可能性を探すためにも、そして満足するためにも。
「もしもしアッパー君!?」
『え? お、俺だけど……どうしたんだアトリ?』
「今すぐ医療館に来て! 私と一緒に証明を探して!」
唐突なお願い。
しかしアッパーは深く聞かずに了承した。
『――あぁ分かった。先に待ってる』
電話越しでもアッパーがニヤリと笑う仕草が分かる。
アトリが納得するためには、アッパーと一緒に親子である証明を探す必要がある。
そして満足するためには――。
「ノウン先生!」
医療館の奥にあるノウンの診療室を開けるアトリ。
その部屋には何故か先程電話したのに既に待ってるアッパーと、椅子に座ってアトリを待っていたノウンの姿があった。
「待ってたわアトリちゃん」
その言葉に、アトリはゴクリと唾を飲み込む。
アトリにはもう『偉大な炎』という狭まれた可能性を追い求めることはなかった。だから彼女は口にする。親子であると納得するためにアッパーの力を借りるのなら、満足するならノウンの力が必要だ。
「ノウン先生……私に可能性を教えてください! 満足するためにも、私の可能性を奪った皇国をアッと言わせるような可能性を私に教えてください!」
元よりアトリには、理不尽なことをされたことによる報復を行う正当な理由がある。皇族扱いされないだけじゃない、彼女から愛する父親を引き離そうとした皇国の連中に反撃するためにも『偉大な炎』を必要としない可能性を彼女は求めた。
そんな子供のまま成長し、我が儘な子供みたいに答えるアトリにノウンは笑みを浮かべる。
「いいわ。今の貴女には可能性が見える」
その言葉に、アトリはようやく立ち直れる気がした。
確認作業中に誤ってデータが消えて思い出しながら復旧作業してました……。




