第9話 能力≒才能
「……え、大きくなれないって……」
ノウンの告げた言葉にアトリは呆然とする。
その衝撃に彼女の集中が途切れたのか、手にひらに発現していた炎が消えた。
「そのままの意味よ。貴女の認識がそこで固定されてこれ以上大きくなれないの」
「どういう……ことですか……?」
そのアトリの問いかけにノウンは、二つの前提条件というものを説明した。
「能力者がアカシックレコードから真理を取り出せるのは一つだけ、異脳も能力者の認識を現実に再現できる数は一つだけ」
それでも接続して得られた真理によっては一つの能力で複数の力を出せる能力はあるというが、それでも基本は一人につき一つの能力が前提条件だ。
例外として過去には烏丸源十郎という老人が自身の体に無数の脳を移植し、能力者の認識と異脳を取り込んだことで烏丸源十郎は複数の能力を扱うことができた。
かといってそれを再現するのは不可能に近く、脳が持ち主となる体から切り離された時点でアカシックレコードと接続している認識が切れて、脳にある異脳はまるで無かったかのように消える。
やはり他者の認識をそのままにする『移植』能力を持つ能力者でなければ、無理だろう。
閑話休題。
「そしてもう一つが、強力な能力ほど制限や副作用が多いという法則」
曰く、強力な能力ほどアカシックレコードから引き出す真理の規模が大きくなるが、異脳の認識を再現できる容量には限りがあり、再現する際に引き出した真理を異脳が自身の容量内に収めるため一部を切り捨てるのだという。
つまりアトリの場合は――。
「結論を言えば、貴女に膨大な潜在能力と多種多様な属性を操る代わりに発現できる大きさを切り捨ててしまったということ」
能力の覚醒時に能力者の認識がアカシックレコードに接続し、真理を得る。得られる真理は一部ではあるが一つの概念のみであり、そこで能力者の認識は固定される。
異脳もそうである。
異脳は能力者の認識を通して真理を得て、異脳の再現できる容量内に真理を収めて固定する。
「そして、固定された認識は変えられないのよ」
「で、でも! ノウン先生は生徒の能力を診て劇的に成長させていた……! 私にも――」
「残念だけど、それは固定されていた認識を変えたわけじゃないわ」
ノウンが行ったことは、言うなれば認識の再解釈。
得られた真理に対する認識を更に解釈させて、別の可能性を広げるというのがこの再解釈である。
「固定された認識は変えられないからそのまま使うしかない。でも使うとしても本人には気付かない使い方や使い道があるの。それを私が『意見』しただけ」
「なら、私に……意見をすれば……」
「ないものには、意見できないわ」
「ノウンさん!」
冷酷な宣言に、それ以上言葉が出ないアトリ。
流石にこの状況を見ていられないアッパーはノウンに詰め寄った。
そこに。
「興味を持った相手じゃないとダメなその理由を、教えてあげようか?」
その一言にアッパーは動きを止める。
サイから聞いていた、興味を持った生徒にしか彼女は前に現れないという噂だ。アッパーやラビィもまたサイと同じくノウンから興味を持たれた存在ではあるが、アトリはそうではない。
検査が始まる前に、ノウンがアトリに向けた視線がまるで興味を持っていないかのような視線をしていたことを思い出すアッパー。
その答えが、彼女口から放たれた。
「私が興味を持つ基準。それは……」
その人に可能性が持っているかどうか。
そう言った彼女は笑みを浮かべているが目は笑っていない。
そのことに、アッパーが彼女に対して初めて底知れない『何か』を感じた。
「膨大な潜在能力を持って、多種多様な能力を使えるという実にシンプルで強力な才能。だけど本人はありもしない可能性を求めて、自身の持つ可能性を閉じ込めている。はっきり言うわアトリちゃん」
――今の貴女には、可能性がないの。
その言葉は意外にもアトリを蔑んでいるわけでもなく、まるで聞き分けのない子供を諭すような声音だったことに、アッパーは疑問を浮かんだ。
だが失意の真っ只中にいるアトリには彼女の宣告が残酷に聞こえていた。
「私には……『偉大な炎』しかないんです……『偉大な炎』を発現しないと……」
「アトリ……」
アッパーの声に俯いていたアトリはゆっくりと顔をアッパーに向ける。
彼女の顔に溢れていた涙を見たアッパーは、グッと息が詰まった。
「嘘つき……!」
「お、おいアトリ!」
逃げ出すアトリを見て手を伸ばすだけのアッパー。
そんなアッパーにノウンは言った。
「追いかけなさいアッパー」
その言葉に、アッパーは険しい目線でノウンを見た。
「……ああ言った相手に、追いかけろと言うのか」
「言ったでしょう? 最後まで見るのが貴方の責任だと」
「その結果があれか? アトリは俺とノウンさんを信じてここに来たんだ。あんなに言う必要なんてなかっただろ!」
「ならありもしない可能性だけ突き詰めて、一生そこに留まりつけるっていうの?」
能力者社会で度々問題になっている能力差別。
強いか弱いか、有名か無名か。つまるところ多種多様な人種がいる能力者社会でも、地球の差別問題と同様の問題が存在している。
能力はつまりその人の才能と言い替えてもよく、才能のない者が差別を受けるのは人間の持つ性なのだろう。しかし能力と才能がニアリーイコールならば、能力もまた努力で補える筈だ。
「……本当に、可能性がないのか?」
そう思ってノウンに聞くアッパーだが。
「能力というのは……理不尽よ。努力だけでも他の可能性を引き寄せられる可能性を持つ才能の世界と違って、能力は寛大じゃない。覚醒した瞬間から全てが決められて、ずっとそのままよ」
そういうノウンの表情には、様々な想いが浮かんでいた。
そのノウンの様子を見てアッパーは目を伏した。強化された目で見ればノウンが何を思っているのか今なら分かる気はしたが、それを行うには些かノウンに対して失礼じゃないのかと思ったのだ。
そしてアッパーは彼女を追いかけるように駆け出した。
アトリにやれることを考えて、例えそれがアトリにとって残酷なことであってもアッパーはアトリを追いかけなければならないと、漠然とそう思った。
◇
(――見つけた)
強化された脚力を持っているため、逃げているアトリを早く捉えるアッパー。
「待ってくれアトリ!!」
「……!」
走っているアトリにアッパーは呼びかけるもアトリは無視して、速度を上げる。だが悲しいかな、超人であるアッパーの目では特段速さが変わった気がしない。
いくら呼びかけてもアトリが無視する状況が続き、やがて彼女の方から息が切れる音が聞こえる。
アトリの体力も限界だろう。なのにアトリは一人になりたくて、アッパーを振り切るために意地になっていた。
「しょうがねーな……」
例え彼女に追いついたとしても彼女はアッパーの言うことに対して聞き耳を持つ筈がない。そう感じたアッパーは走る速度を加速させ、そのまま彼女の隣りに並んだ。
それどころかアッパーはアトリを脇に抱えて、走り出したのだ。
「え、ええええ!? ちょ、な、何!?」
そして本校舎の屋上に向かって足に力を入れて、アッパーはアトリを抱えた状態で跳躍した。
「ま、待っ……き、きゃああああああ!!?」
女の子特有の甲高い声を叫びながらアトリは、上から来る重力を受けながらアッパーによって為すがままに本校舎の屋上に着いた。
「は……はぁはぁ……うぅ何が起こったの……?」
ようやく下ろされたアトリはそのまま屋上の地面に尻餅をつく。
「よしこれで頭は冷えたか?」
「冷えたっていうレベルじゃないよ!?」
アッパーの見当違いの一言にアトリが怒鳴った。
やがて今の状況を理解して彼女は屋上にあるベンチに座り、深呼吸をする。そして深呼吸で閉じた目が開かれアッパーをジト目で見つめた。
「思うんだけど……貴方って結構強引だね……」
「それが本来の口調か? ハハッこっちの方がいいな」
どうやら先程まで抱いていた感情はこの大跳躍によって見事吹き飛んだようである。それどころか先程の光景が目に焼き付いて余裕がないのだろうか、これまで敬語で接していたアッパー相手にアトリは素の口調で話している。
そんな彼女本来の口調にアッパーは笑って受け入れた。
「……はぁ……私をここに連れてきてどうするの? それにあの跳躍……普通じゃないし、学園の敷地内で特定の場所以外能力を使っちゃダメだって校則に書いてあったはずだけど……貴方って上級能力者だよね……?」
「法は破るためにあるっていうのが悪人の言い分だが、善人の場合は違う。『人のために法を破る』……これが善人の言い分だぞ」
「訳がわからないよ……」
頭痛を抑えるように眉間を指で触るアトリ。
レストランの件といい、強引なところはあったがまさか話を聞くためにここまで破天荒な行動を取るとは思わなかった。
だが時間が経って冷静になればなるほど鼓動が早くなっていた心臓も静かになり、先程の嫌な出来事が彼女の顔を曇らせた。
「……私には可能性がない。『偉大な炎』を発現するための機能を、私の能力が切り捨てた……」
「それでもまだ諦めたくないのか?」
「私とお父さんが親子でいられる証が、『偉大な炎』なんだよ……」
「……」
ポツポツと自分の過去を語るアトリに、アッパーは静かに耳を傾けた。
「私の名前はアリス・フォン・ナガラーシャ。私のアザーネームはアトリ……そして私の本当の名前は――」
――永良有栖。
「地球出身のお母さんとナガラーシャ皇国出身のお父さんの間から生まれたアンダームーン出身で地球育ちの能力者が……私だよ」




