第7話 苦悩という壁
(なんでこうなったんだろう……)
現在の状況について、何故こうなったのかそう自問するアトリ。
彼女の前には美味しそうにパスタを啜っているアッパーの姿がいた。
彼から半ば強引に食事の誘いを受けたアトリは、流されるままに自分が通っているパスタ屋さんのところで昼食を取っていた。
上級能力者であることから強い能力を持っている彼にアトリは強い嫉妬と羨望を抱いているため、なるべくアッパーと関わりたくなかったのだ。
なのに何故このような状況に陥っているのか彼女は先程からそう自問していた。
「どうした? 食わないのか?」
「……いえ、食べます」
しかしどう思っても目の前にあるのは自分の好物のパスタで、不機嫌な時であっても残すというのはパスタ好きである自分のポリシーに反するものだ。
不満はあろうが、ここはそれらを飲み込んで目の前に集中することにした。
しばらく時間が経ち、二人は注文していたパスタを完食した。
汚れた口元をナフキンで拭き、水を飲む二人。しばらくお互い無言のまま時間が過ぎていくが、しばらくして決心がついたのかアトリの方からアッパーに質問した。
「どうして、私を誘ったんですか?」
実にシンプルで直球な質問である。
「あの時、私は貴方達の呼びかけを無視しました。そんな私をどうして誘ったんですか?」
初印象は恐らく最悪か、感じ悪いかのどちらかだろうと考えるアトリ。
普段は口数が少なくとも、呼びかけ程度はそれなりに答える彼女。だが目の前にいる人物は今や強力な能力の使い手の代名詞である上級能力者の資格を持っている能力者だ。
他ならないアトリ自身がそうした人物に対し激しい嫉妬などの醜い感情を抱いているため、彼らのいるグループからの呼びかけに対して、どうも感じ悪くなってしまう。
そんなファーストコンタクトを経たアトリに、何故アッパーは食事に誘ったのだろうかと疑問を抱くのは無理ないことであった。
そんなアトリの問いに対し、アッパーはグラスの中にある水を見ながらこう呟く。
「……上級能力者ってのはな、困っている人を助けなくちゃならないんだと。それでいてエネミーなどの外敵から率先して人々を守り、戦う義務を持つという」
それは上級能力者が義務付けられている、滅私奉公の義務だ。
上級能力者に関する特集などで良く取り上げられている話題で、人々が彼らを善良な市民の味方であると信じられている要因でもある。
試験等で『読心』系の能力者が、試験者に対し上級能力者に相応しいか相応しくないのか面接をするため、当然上級能力者となった試験者はみんな善人であることの証明となっているのだ。
「俺の場合、周りから上級能力者の資格取得試験を受けろと言われてたけどな。だけどそれを抜きにしても俺は困っている人を助けたいと思っているんだ」
それは純粋な心の底からの言葉であろう。
だがアトリから出たのは拒絶の言葉だった。
「……どこから私の過去を知ったか分かりませんが、それは『余計なお節介』というものです。人のことを知りもしないでただ自分の『自己満足』のために、私を振り回さないでください」
アトリは彼がどうして自分を助けたいのかと考えた結果、一つの事実に思いつく。それは忌々しい自分の能力についてだ。
アトリの能力について、当初はその潜在能力の高さから国中の人々が期待を寄せていたが、高い潜在能力に反して低い出力でしか制御できないと知ると、その高かった期待が反転して大きな失望と同時に各国のニュースになった。
皆が皆、アトリの能力をなんとか高めようとしたが、どんな手段でも改善できないと見るや友人も含めて彼女を見捨てた。
誰もが自分の利益のためにしか考えておらず、アトリの能力を改善できれば国の利益となり、引いては彼女の能力を改善してみせた己の実績となることだけ考えてアトリに接触していたのだ。
アトリにとっての恐怖は失望されること。
勝手に手を差し延べて、ダメと知るや勝手に失望されるという事が何よりも怖いのだ。
だから彼女は人の助けを求めないようにしているし、人からの助けを受け入れられないのだ。
「私のことを放っておいて、自己満足に浸れるよう他に助けを求めている人に力を貸してあげてください」
その言葉を聞いたアッパーは黙りこくった。
やはり目の前の彼も他の人と同じ、手を差し延べては勝手に失望する身勝手な人だと判断した彼女は、席を立とうとした。
しかしアッパーがアトリに放った言葉によって、アトリの動きが止まる。
「あの始業式の時……君は尋常じゃないぐらいの負の感情を俺達に向けていた」
「――!?」
それは彼女自身が嫌悪している感情だった。
強い能力を持ち、出世した人への羨望や嫉妬。
理不尽なほどに人々との間に差がある世界に対する憎悪。
そんな彼女の感情を、アッパーは見抜いてしまったのだ。
(やっぱりあの時、この人と目があったことは勘違いじゃなかった……!)
無意識のうちに顔が険しくなっていくアトリ。
人を信じられなくなった原因は自分のせいだと思っているアトリにとって、この筋違いな感情を抱いている自分に対し嫌悪していた。
それを他人に知られるという事は、責任の所在を別のところに追いやっている浅ましい自分を知られることと同義であり、そこからまた失望されるのではないかと思っているのだ。
だがアッパーが続けて言った言葉に、アトリは拍子抜けした。
「あの時、俺達を嫉妬の目で見ていたのは何も君だけじゃない。だけどそれらの目の中で、君の感情は自分を傷付けていた。お前自身が泣きそうになるほどにな」
それは彼女を気遣うような声音だった。
「俺は未だに『孤独』っていうのは経験したこともないしそういう人と会ったこともない。だけどどの資料を見ても『孤独』に陥った能力者はとても酷いものだった」
体が凍え、精神は情緒不安定になり、激しい心の痛みが胸を締め付ける。
孤独に陥った能力者に理解者が現れない限り、その苦しみは死ぬまで続くという。
「……放っておけばアトリが『孤独』になる気がしたんだ」
それに加えて強化されたアッパーの予感は良く当たるのだ。
「……だからって、私が『孤独』になるとしても貴方に解決できないと思う」
アッパーはアトリから見れば自分より恵まれた能力者だ。
そんな能力者がアトリの『孤独』の理解者になれるわけでもないし、かといってアトリと同じかそれ以下の能力者が彼女の理解者になれるはずもない。
アトリの『孤独』は慰めあうというような方法で解決できない。
それが分かっているからこそ、アッパーは別の手段を用意して接触したのだ。
「確かに『孤独』になったアトリじゃあ俺は何もしてやれることはない。でも『孤独』になる前なら協力できると思うんだ」
「……協力?」
「あぁそうだ。『孤独』になる前に君の問題を解決するんだ」
◇
結局、アッパーの話を聞いたアトリは一旦考える時間が欲しいとその場で連絡先を交換して別れた。
そして時刻は夜。
女子寮にある自分の部屋にいたアトリは、今日の事について考えていた。ノウンという先生の名前は聞いたことがあり、確か医療館の医者の一人と覚えていた。
それがまさか能力者を対象にしたカウンセラーで、彼女の話を聞いた能力者は劇的に成長するという裏の顔を持っているとは思わなかった。
それに加えてアッパーの話しはアトリの事情を解決するのに都合の良い物ばかりだったため、アトリ自身アッパーの話を信じられないでいる。
「でも……サイさんがノウン先生の話を聞いて上級能力者になったっていうし……」
サイのことはアトリも知っていた。
アトリの知っているサイは強力な『念力』の使い手ではあるが、それと同時に自分に対して命令を下さないと思うように能力が制御できないという欠点を持っていた。
サイの存在はアトリにとって同じ境遇の能力者だと認識していた。
しかしアトリの思った通りに制御できない能力と違って、命令を下せば能力を制御できるという点でサイはアトリより先に中級能力者としての道を歩んでいた。
更には今年の夏休みに入る前、彼女は自身の欠点を克服して上級能力者に昇格している。
彼女に裏切られたとは思わない。
サイとアトリは元から別々のクラスであり、サイとは知り合ったこともない。ただ単にアトリがサイのことを知っているだけである。
それに始めからサイは才能のある能力者でありそれが開花しただけだ。
しかし才能があるというのならば、潜在能力だけは太鼓判押されているアトリである。だが彼女は一向に自身が求めた地点までたどり着いておらず、サイの状況を聞いて彼女は更に焦り始める。
――サイさんにできるなら自分もできる筈……。
境遇も、能力の欠点も、その潜在能力も、アトリはサイと何ら変わらないはずであると、彼女は自分に言い聞かせ能力の訓練を今より更に厳しくしていた。
それでもなお、求めている結果にたどり着かない。
そんな彼女に一つの話がやってきた。
サイと同じ上級能力者の一人で、今の詰んでいるアトリの状況を解決できるのかもしれないと彼女に接触してきた彼に、アトリは心が揺らいでいた。
――でもこれでまた失敗したら……。
そういった考えが過るせいで、未だに決心はついていないが。
そんな事を考えているアトリに、彼女のパソコンから音が鳴る。
「……うん? ビデオ通話……誰から?」
そしてその通話の持ち主の名前を見て、彼女は驚愕した。
『……あぁ夜分遅くにすまない』
「こ、皇帝陛下……申し訳ございませんこのような姿で……!!」
ナガラーシャ皇国の皇帝であり、アトリの父親であるジークライル・フォン・ナガラーシャその人がアトリのパソコンに通話を入れてきたのだ。
当然その突然な出来事に、驚いたアトリは寝巻きのまま通話を入れてしまい、それに気付いた彼女は精一杯の謝罪を行った。
『いや良いんだアリス……それに今はプライベートだから私のことは父上でも父様でも何ならパパでも……』
「いえ皇帝陛下……私は皇帝陛下のご息女でいる身分ではありませんので……」
アザーネームであるアトリという名称を使わずに敢えて元の名前であるアリスという名前で呼ぶジークライル。
彼はあくまで一般的な父娘の関係でいようとするが、アトリは恭しく振舞う。そんな自分の娘の言葉を聞いたジークライルは悲しそうな顔をしてアトリにこう言った。
『アリス……臣下の誰かがお前に何を言ったか分からないが、お前は私の娘なんだぞ』
「ですが『属性』の能力を持って生まれたにも関わらず、私はこれまでの皇族のような『偉大な炎』を発現するに至りませんでした」
『しかしだな……いや、そうだ今度お忍びでどこか出掛けてみないか? ほらあそこのパン屋を覚えているか? あそこのおばあちゃん、お前好きだっただろう』
「……」
心労がたたっているのかジークライルの目元に隈ができている。
それで愛する娘と会話をしたいと思っているのか、彼はアトリに通話をしてきたのだが肝心の娘はつれなかった。
これ以上終わらない話題に貴重な時間を潰したくないのか、彼は露骨に話題を変えてくるもアトリは黙ったままで何も言わない。
『あぁアリス……私が悪かったんだ。お前のためにと思って雇った家庭教師達はお前を傷付けていた事に気付かず……』
「いえ、全ては私の責任です」
『……アリス、そう卑屈にならなくても……あぁもう時間か……すまないなアリスまた今度連絡する』
「それでは皇帝陛下……」
そう言って父娘の会話は終わった。
終わって、彼女はパソコンの前で俯いたまま動かない。
自分に対するジークライルの感情はわかっていた。
だがしかしいつまで経っても皇族としての才能を発揮しない自分が嫌になり、自国の学校に通わず彼女はこの超能力学園に編入した。
彼女だって実の父のことを愛していた。
早くに病で亡くなった母の代わりに、ジークライルはアトリの事を愛している事も気付いていた。
なのに彼女の能力は父の愛を裏切ってしまった。
「能力……か……」
そう机に置いてあるアッパーの連絡先が入った携帯を見て、ポツリと呟く彼女の心はこれを機に決まったのであった。




