第6話 前に進むということ
模擬戦が終わり訓練館から離れた二人は気絶したアルを背負い、彼の代わりにサイが二人を案内していた。
ラビィにとって同性の彼女とは話しやすく、それでいて意外と普通の少女みたいな趣味を持っているサイの話に、ラビィはサイのことを普通の少女の理想像だと思った。
八年もの間、普通の少女とは程遠い暗殺者という血なまぐさい生活を送っていたラビィは、心の中で普通の少女のように生きたいと思っていた。
現に今のラビィの生活は質素に溢れており、部屋の中は殺風景そのものである。趣味もまた、瞑想や朝のトレーニングなどラビィの思っている普通の少女とは違っている。
そんな自分の生活にラビィ自身も自覚しており、改善しようとしていた。
烏丸家から解放された今でも、上級能力者の義務としてエネミーを討伐するという普通の少女からかけ離れている現在。
それでも暗殺者時代よりもマシで、この機会に普通の少女に戻るとラビィは決意をしていたのだ。
サイの男口調や男勝りな性格はラビィの求めていた物とは言い難いがその実、彼女のぬいぐるみ趣味や休日のケーキ屋巡りなどといった彼女の内面はラビィの理想像そのものであった。
彼女とサイは既に連絡先交換もし終わり、休日にカナミを連れてどこか一緒に出かけようと約束する中になった。
その流れでアッパーもサイと連絡先交換し、サイは内心で「……何気に男と連絡先交換したの初めてだな」と赤くなった顔で呟く。
その発言は地獄耳となったアッパーもばっちり聞いて、サイに生暖かい目を送った。
しばらくすると気絶したアルをどこかに寝かせるのに打って付けな場所に案内していたサイが指を差し、到着したと言う。
「ここが……『医療館』か……」
「まるで病院ですね」
「まるで、じゃなくて実質病院だからな」
超能力学園の施設は毎年設備を最新に更新されており、医療館ともなると平均的な病院よりも遥かに最先端だ。
また超能力を使った医療も行っているため、地球のどの病院より治療できる幅が多い。
サイに案内されながら医療館の中を歩く兄妹。
受付のところでアルのことを説明したサイは、ここで待つよう二人に呼びかける。
「あとで係りの人が案内してくれるらしいぜ」
「おうありがとうな」
「う、うーん……」
ふと、アッパーの背中からアルの声が出た。
どうやらこのタイミングでアルは目が覚めたようだ。
「おっ起きたか」
「おう、なんとか……ここはどこだ?」
目を擦るアルは周囲を見渡す。
するとここが医療館であることを把握したのか、途端に嫌そうな顔をしてアッパーの背から降りようとする。
「ちょ離せよ、俺ここ苦手なんだから! ってか力強いな!? 全然びくともしねぇ!!」
当然だ。超人であるアッパーの拘束からは誰も逃れられないのだ。しかしここまで医療館を苦手するアルに不審に思う兄妹に、サイは知っていたのかニヤリと笑う。
「わざわざ寝かせるだけなら『訓練館』の保健室でも寝かせられるんだけどなぁ!」
「やっぱりお前かサイ!! 俺がここ苦手だと知っててここを案内したな!」
「ちょっと騒がしいわよあなた達」
サイの愉悦を感じる笑みとアルの悔しげな顔を見ていたアッパー達に、係りの人が来て彼らに注意をする。
反射的に兄妹はアルとサイに関して謝罪しようと言葉を発しようとするも、係りの顔を見て驚愕した。
『――ノウンさん!?』
「あら? ヒアリングの時ぶりね、あなた達」
そう、アルを迎えに来た係りの人物は兄妹の担当医であるノウンだったのだ。彼女とはヒアリングとの時以来の再会で、まさかここで出会うとは二人は思っていなかった。
「ヒアリングの後、あなた達は上級能力者の試験を受けるために勉強してたから会えなくて寂しかったわ」
『は、はぁ……』
「まさかお前ら……ノウン先生と知り合いだったのか!」
彼女のマイペースとした反応に、二人はヒアリングの状況を思い出したのか遠い目をしながら相槌を打つ。
そんな彼らの様子にサイは破顔した。
一方アルの方はというと、体を縮こまってアッパーの背に隠れていた。まるでノウンと顔を合わせないようにしているみたいだ。
そんな嬉しそうな様子のサイを見て、疑問に思った二人はサイに質問をする。
「何でそんなに嬉しそうなんだ?」
「ノウン先生は知る人ぞ知る能力専門の医者だぜ? オレの不完全な『念力』を命令なしで使えるようにしたのがノウン先生だからな!」
曰く、彼女に自分の能力について相談した人は劇的に成長するというスーパーメディカルカウンセラーとのこと。
しかし彼女が診るのは彼女が興味を抱いた人限定であるそうで、ノウン自ら彼女を必要としている能力者の下に来るらしい。
アッパーと一緒にあの戦いにいたサイは、自分の無力さに打ちのめされ一人我武者羅に訓練していた頃、ノウンがやってきたらしい。
それ以来彼女の言う通りに訓練していたら、今年の夏休み前に上級能力者の試験を受かったという。
「あぁでも夏休みの時にアッパーとノウン先生を会わせようと思ってたんだけど、ノウン先生運悪く出掛けててさ……」
そう残念そうに言うサイだが、それに加えて彼女と会った者は、彼女に関しての守秘義務を守るように命じられて誰にもノウンの裏の顔を他の人に知らせることができないのだ。
それでもサイと同じノウンから興味を持たれた兄妹に、サイはこの兄妹はこれからもっと凄くなるのかと予感して笑みを浮かべていたのだ。
「まぁそれで人が押し寄せてきたらこっちが困るんだけどね」
「それもそうだな」
「それに劇的に成長するかどうかはその人次第よ。その人に今よりも前に進む意思がない場合、私にはどうしようもないわ」
アッパーの背中に隠れているアル君のようにね、とアルを指差すノウンにアッパーとラビィは驚愕する。対してサイ一人だけは憮然としていた。
「お前、ノウンさんから声掛けられていたのか……」
「うっせ……いい加減下ろせよ……」
機嫌悪そうに言うアルに、アッパーは一旦下ろそうとするがその途中ノウンの手によってアルの体が持ち上げられる。
その一人の女性が、子供ではあるが男を片手で持ち上げる光景にラビィとアッパーは面食らった。
「力持ちですね……」
「何の能力か分からないけど、それで初対面の時ぶん殴られたからな……」
まるで若かりし頃の苦い思い出のように遠い目をするサイ。恐らくイラついていた時に話しかけられ、勢い余ってノウンと戦ったのだろう。結果は彼女の表情を見れば分かるが。
対してアッパーだけは、アルを持ち上げた際に彼女は能力を使ったのかと疑問に思った。やはりノウンを観察しても何も分からなかったのだが。
「お、おい!! ちょ下ろせよクソババァ!!」
「はいはいババァですよ~」
アルの暴言に一瞬サイが殺意を抱くが、その前にノウンが軽くあしらい、彼女の手によって運ばれていった。その二人の因縁に兄妹は疑問に思ったのか、サイに質問をする。
「何があったんだ?」
「さぁオレも知らん。オレも一回ノウン先生に聞いてみたんだけどさ……」
――まだまだ速くなれるのに、現状に満足しているのよ。
そうノウンはサイに言って、それ以上アルに関して話さなくなった。
◇
今日は始業式のみの昼解散であるため、午後からは自由時間である。現在アッパーは電車に乗ってこの超能力学園の広大な街並みを観光していた。
因みにラビィは先ほどカナミたちと遭遇しサイと一緒に帰った。
『あとでサイさんコーディネートの部屋の画像を送りますので楽しみにしていてください!』
その際上記のようなメールがやってきて、これは遅くなりそうだと感じたアッパー。取り敢えず君たちは約束を前倒ししてもいいのかと思ったのだが、善は急げだと返されそうである。
適当な駅を選んで、電車を降りる。
超能力学園は超能力を扱った施設が多いのに対して、超能力学園の周囲にある街は地球産の品物を扱っている店が多い。
なので見渡す光景はかつて地球に住んでいた光景を若干近未来風にしただけで何ら変わらない。
「まぁ上を見れば、雲を突き抜けて反対側の街並みが見えるけどな……」
ただ視力を調整すれば青々とした空だけ見えるようになる。
ふと空を見て、一回クロノスに天候の事とか太陽の明かりと同じ明かりを提供している空は一体なんなのかと聞いた時を思い出す。
「『内緒☆』……とか、上級能力者でも開示されない情報レベルか……」
ただ可能性があるとすれば、クロノスの能力か他の能力者による能力の可能性が高い。いやこのアンダームーンの世界で不可解なことがあれば全部能力で済ませられるため、可能性の話は無駄なのではあるが。
するとアッパーの携帯が鳴り、メールを着信したという旨の音楽が流れる。
「ん、誰だ? ……ノウン、さん?」
いつ自分の携帯に連絡先を交換したのか、そこには交換した覚えのないノウンからのメールが着信していたのだ。
「……『私のことは貴方に任せるわ』……? 何のことだ?」
それもメールの文面はアッパーに心当たりのない物だった。
考えて見た結果、とある事を思い浮かべたがそれは今の状況となんら関係ないので、アッパーはメールを無視して歩き始めた。
周りを見ながら散歩するアッパーに、周囲の人々がアッパーの姿を見てヒソヒソとしていた。どうやらアッパーが腕に付けている上級能力者の証である腕章を見て会話しているようだ。
人々の内緒話についてもアッパーは聞き取れるため、彼らの会話を聞かないように聴力を調整する。
ラビィであれば居づらいだろうが、アッパーは自身の感情を制御できるため歩いていても気にしない。ただ上級能力者であるからか人々の模範であることを心がけないといけないのが面倒ではあるが。
「おっあれは……アトリか」
歩いているとふと見知った女生徒の姿が視界に入る。
アルの呼びかけを無視したアトリだ。彼女は今、とある本屋の中で本を購入していた。レジの店員から本を入れられた袋を眺めて、店から出た彼女はアッパーの姿をみて顔をしかめる。
「……何なんですか貴方、ストーカーですか?」
「いや、たまたまだよ」
ニコリと笑みを浮かべるアッパーだが、彼女はそんなアッパーに怪訝そうな顔をして「そうですか」という一言だけ残して、歩き始めた。
しかしそんな彼女をアッパーは呼び留める。
「なぁ、飯はもう食べたのか?」
「……食べていませんが」
「よし、ならどこか一緒に食べようぜ!」
アッパーは先ほど着信したメールの内容を思い出していた。
――私のことは貴方に任せるわ。
つまりこれはアッパーに、ノウンの裏の顔を独断で他人に教えてもいいということだ。些かタイミングが良すぎるのは、どこかで見ていたのかそれとも予感していたのか。
少なくとも、アッパーはノウンに感謝した。
(アトリの今の状況を改善できるのかもしれない)
始業式の時に感じたアトリの感情は、アッパーでさえも驚愕するほどの物だった。そんな彼女に嫌な予感を感じたアッパーは、アルから彼女の状況を聞いて以来、アトリのことを気になっていたのだ。
困惑するアトリに対して、アッパーは笑みを浮かべてアトリにめし処の場所を訪ねたのだった。




