第3話 始業式
自己紹介を終えると、メタリカから二人の座る席を指定した。どうやらアッパーとラビィは窓際の、隣り合った席同士らしい。
ラビィが先行して席に向かい、アッパーも席に着くために壇上から離れようとしたその時。
(……ん?)
一人の男子生徒が笑みを浮かべて椅子から立ち上がる姿を見た。しかしそれ以上に目を引いたのは、その生徒の動きに合わせて周りの動きが遅くなっているのだ。
とそこまで考えたアッパーは思い直した。
(いや、周りが遅くなっているんじゃないな……その男子生徒が早く動いているんだ)
早く動けば周りの動きが遅くなるという相対性理論だ。恐らくその男性生徒は速さに関係する能力を持っているのだろう。視線だけ動かしてメタリカの顔を見ると、顔を顰めようとしている動きが見えた。
恐らくメタリカもその生徒の行動に気付いているのだろう。しかしその生徒の動きに追いついていけてないため、注意する前に何かを仕出かす方が早い。
(そもそもアイツは何をしようとしているんだ?)
同い年なはずのアッパーとその男子生徒だが、男子生徒の浮かべている笑みはまるで悪ガキみたいな顔である。その顔から察せるにイタズラ目的だろうか。
今日来た転校生に、能力を使ってまで何をイタズラするのだろうかと期待するアッパー。
アッパーの目からは、遅くなっている周りに普通に動く男子生徒の姿が見える。そしてその男子生徒の向かう先を見て……。
(おっとこれは許されない)
男子生徒がイタズラする相手。それはアッパーの義理の妹で、サイには及ばないデカさではあるがプロポーション抜群の容姿端麗なラビィであった。
しかも両手をワキワキとしている時点で、ラビィに対するイタズラ行為も察せる。ご丁寧に誰も気付かれないと思っているせいかラビィの前で猿のようなだらしがない顔を晒している。これは許されない。
(セクハラ好きのスケベザルが……なに人の可愛い妹に手を出そうとしているんだ!? 速く動けるのはお前だけじゃないってことをその身に教えてやるよ……!!)
一方その男子生徒の方はというと。
(ふーむサイとは比べ物にならないが、中々いい物をお持ちのようで……)
思考の中身は既にピンク一色である。
彼の名前は『アル』。アクセルという単語から名付けられたから分かる通り、彼には『加速』という能力を持っている。
地球にいた頃、自身の能力を使って悪さというよりもイタズラを繰り返していたところ、アンダームーンから派遣された能力者に連行され今に至るという過去を持つ。
そんな彼の好きなものは、自身の能力でスローモーションとなった静かな世界。そして中でも一番好きなのは、己の能力を使って目に付いた女子をセクハラすることである。
(さぁ我が両手は山をも掴む……!! 男が憧れるその頂点に今! 俺の両手が――ッ!!)
転校生がやってきてそこに男の誰もが目を引く美少女がやってきた。アルの目にアッパーの姿は入らず、既にラビィ一人だけロックオンしていた。
そしてあわや男のロマンに手を掛ける直前、アッパーの手がアルの腕を掴んだ。
「させねぇよ」
「は? ――うぉぉぉ!?」
アッパーによってアルの腕を起点に体が投げ出され、黒板に打ち付けられる。そしてアッパーとアルのいたスピードの世界は通常の速さに戻り、いきなり起きた光景にクラスメイトの皆がざわついた。
『え? えっ!? 何が起きたの!?』
『おい黒板のところにスケベザルが!』
『まさかラビィちゃんにセクハラしようと!?』
『え、でもなんで黒板のところで目を回しているの!?』
そして最後に、この光景を作り出した人物の一人であるアッパーを見るクラスメイト。その視線を受けながら、アッパーはアルの元へと向かう。
「よぉ、大丈夫かサル」
「いっつつ……なってめぇ何で俺に追いついて……!!」
「アル、お主は今からマイン先生の所に行って洗脳を受けて来い」
「ちょ夏休み明け早々、マインの洗脳を受けるのかよ!? いやごめんなさいマイン先生ですね。すみません延々と『私はセクハラを好むスケベザル』を書くのヤなんです!! 許してください!!」
「セクハラしようとしたラビィに許しを貰ったなら、考えてやらんこともない」
さっきから何が何だか分からない様子のラビィではあるが、メタリカのセクハラという言葉に顔を赤らめながら状況を把握した。
「え、えーと……セクハラは駄目ですよ?」
「うーむその赤らめた顔、実にイイ! でも許して!」
グッと親指を立てて猿のような顔をするアル。どうやら皆に見られていてもその顔はするようだ。そんなアルにラビィの姿を隠すように体を割り込むアッパー。
「反省してないようならもう一回投げ飛ばすけど?」
「あ゛あっ!? 大体お前何なんだよ!? 何様のつもりで俺とラビィちゃんの邪魔をすんだよ!?」
「ラビィの兄だが?」
「あっお兄様ですか~……兄!? い、いやこれは申し訳ございません!! 妹様が実に美しくついはしゃいでまして……許してくれませんかね? ついでに妹様とのスキンシップ権も……」
「メタリカ先生。コイツをマイン先生という人のところに連れて行く間、コイツに学校を案内させて貰ってもいいですか?」
「構わん」
「えっ!?」
メタリカの即答にアルが悲鳴を上げる。普段ならばこのような面倒ごとに関して能力を使って直前に逃げるアルなのだが、能力発動中のアルに着いてこれたアッパーでは逃げ出すイメージがわかない。
メタリカもまた、アッパーならアルを捕まえられるがと分かっているためアッパーに任すことにした。
ようやく騒動が収まるクラス。
メタリカが今後の予定を言った後、始業式のためにクラスが移動し始める。各々が友達と雑談か転校生の二人に質問を浴びせている間、アッパーは気になっていた疑問をメタリカにぶつけた。
「ところで洗脳ってなんですか」
「悪さをすれば分かるぞ、アッパー」
その一言で済ませたメタリカにアッパーは呆けた顔をした。
◇
始業式の場は東京ドーム何個分の場所で行われていて、壮観であった。
アンダームーン全体の子供が能力について学ぶため、超能力学園はマンモス校としてそれ相応の広さを誇っていた。それも中学から専門、大学、大学院まで網羅しているため、ここにいる生徒は様々だ。
また遠い実家や地球からやってきた能力者のために寮などの住宅施設が豊富で、生活を支えるための施設とかも含めるともはや学園都市というよりも学園国家ともいうべき様相をしている。
そんな膨大な数の生徒を前に、学園国家の長であるクロノスが壇上の前に立つ。
『おはよう、そしてお久しぶりです。本学園の長をしていますクロノスです。夏休みの間皆さんはどのように過ごしていたのでしょうか』
そうして始まるクロノスの挨拶。
話の内容には、このアンダームーン全体で起きているエネミーによる注意事項や、能力者の問題として起きている『孤独』に関する相談事や支援についての話があった。
『私たちは理解者なしでは生きていけません。人が人と寄り添えば『孤独』など訪れもしません。それでも『孤独』は起きてしまいます。何故なら『孤独』は、人の持つ心の内に潜み、自分でさえも把握していないのです』
何が『孤独』になるか分からない。
クラスの人気者で友人も大勢いた人が突然『孤独』に苛まれて狂気に落ちるということもあった。だからこそ、クロノスはこの学生たちを助けるために『孤独』に関する支援を設けていると話す。
「例年から頻発するエネミーにも気を付けてください。加えて言いますが、例えモブクラスのエネミーであっても対処に当たれるのは最低でも初級能力者などいった有資格者だけです。いくら己の能力に自信があろうとも資格がなければ、遭遇次第速やかに逃げて近くの治安維持機構に連絡ください」
勿論アッパーの場合、異常事態の連続だったがゆえに例外として処置されている。
クロノスの演説は聴く者の心にすんなりと入るほどの綺麗な声音で続いていく。学生のほとんどはクロノスに憧れて学園に入った者も多く、皆真剣に聞き入っていた。
「あぁ……カッコイイですねぇお兄ちゃん……」
ラビィはクロノスに助けられたという過去を持っているため、クロノスの演説に聞き入っている。というよりか惚れ込んでいる? そんな感じである。
だがもっと酷いものもいて、涙を流す人もいた。
『以上で私の挨拶は終わりにします』
最後でその言葉で締め、クロノスの礼と共に全校生徒から拍手が喝采した。しかし当然といえば当然だろうか、中には不真面目な生徒がいて眠りこける生徒もいれば拍手していない生徒もいた。
「ふわぁ~あ……やっと終わった……」
アルもその一人である。
そんなアルに、クロノスのことを尊敬しているラビィが厳しい視線を向ける。アッパーはそんな二人に苦笑をし、クロノスの方を見た。
(……ん?)
クロノスはアッパーのに向けて口を動かしている。どうやら何かアッパーに伝えたいことがあるらしい。持ち前の視力と読唇術でクロノスの口を読む。
(えーとなになに……? 『先生方の挨拶が終わったら、あなた達の自己紹介をするから自己紹介の内容考えて』……か)
しばらくその発言の内容を考えて、愕然とした。
(え? 何で今更言うの? 『言うの忘れちゃった☆ごめんね?』……だって?)
そもそもどうしてアッパーとラビィの二人にもう一回壇上での自己紹介を行わないといけないのか。それもこの始業式という大勢の生徒の前で、と考えるアッパーだがしばらく考えると心当たりに思い当たる。
「……なるほど、そういうことか。ラビィ、先生方が終わるまで自己紹介の内容を考えろよ?」
「え? えぇえええ!? な、なんでですか!?」
暗殺者という過去からか、大勢の前でというのは未だに慣れないラビィ。そんなラビィにアッパーは先ほど思い当たった理由を小声で話すと、ラビィは渋々理解してくれた。
『先生方、ありがとうございました。それではこの後皆さんに、上級能力者の資格を持つ事となった能力者達をご紹介します。皆さんには彼らの顔を記憶して、エネミーと遭遇した場合彼らに頼ってください』
その進行役の説明に、全校生徒がざわついた。
兄妹の隣りで船を漕いでいたアルも、カッと身を見開き興味津々で兄妹に話す。
「おいおい聞いたか? 上級能力者の資格持ちだってよ! 中級から上級に上がるのに必要な試験ってかなり難しいって聞くし、しかも今年夏休み前に合格したサイからたった一ヶ月で合格者出るとかスゲェよな!!」
そう言ってまくし立てるアル。
そのハイテンションなアルに兄妹は曖昧な笑みを浮かべた。何故なら二人この後壇上に上がる能力者の正体について把握しており――。
『それでは壇上に上がってください。高校所属二年のアッパーさん、ラビィさん』
――というよりも自分たちのことだった。
「……え?」
アルの口から呆けた声が出る。
とにかく素知らぬ顔で壇上に行くアッパーと死んだ目をしたラビィの二人に、クラスメイト達は一斉に驚いた。何せアザーネーム持ち、なおかつこの時期に転入してきたということは地球出身で覚醒したての能力者であることが普通の認識である。
しかしクラスメイト達の予想を大きく裏切って、二人の兄妹は目の前の壇上に立った。
「あわわわ……考えていた自己紹介の内容忘れてしまいました……」
「頑張れまゆり……!!」
妹の哀れな様子に思わず地球での名前を発してしまうアッパー。
こうして、二人の上級能力者が学園全員に知れ渡った。
◇
(凄いな……やっぱりあの二人も凄い能力を持っているんだ……)
壇上に上がる二人の男女を見て、一人の女子生徒がそう思った。羨むような、もしくは嫉妬のような目で二人を見ていた彼女は、自身の今の感情に嫌悪を抱いた。
(ダメだな私……こうなったのは自分のせいなのに……)
それでも彼女は嫉妬の炎を宿せずにはいられない。自分のせいだと呪いながらも、それと同時にこんな才能が全ての世界に憎悪を抱く。
(やっぱり……強い能力じゃないと……)
ふと、壇上に上がっている男の人と目が合った気がした。
(……? 気のせいだよね……)
これは彼女の持つ運命の始まり。
ただし未だに彼女はその自分の待ち受ける出来事に気付いていない。




