第2話 アザーネーム
「どう? 結構自己中心的で嵐のような子だったでしょ?」
広樹とまゆりの今いる場所は超能力学園の学園長室。二人は来客用に用意されたソファに座り、そのクロノスの問いに兄妹は脱力しながら『そうですね……』と答えた。
ノウンの担当医宣言から幾日が経ち、ノウンによる二人の能力に関する長いヒアリングを終わらせた後、彼女からクロノスの所に行くよう命じられ現在に至る。
だがノウンのヒアリングを終わらせた二人の表情には疲れが見られ、広樹はともかく礼儀正しいまゆりも背を預けるように深々とソファに座っている様子にクロノスは同情した。
「あの子って時々訳の分からない事をするのだけれど、これだけは信じてね? あの子は決して悪い子じゃなくて全てあなた達のためを思ってやっているから……」
そういうクロノスだが、ヒアリングの最中唐突に能力の発動を求められたり、彼女の個人的実験を唐突に参加させられるはめになったり。
唐突に一緒に買い物に出かけて一緒に料理を作ったり、男女別だが一緒の部屋に泊まったり、中には一日まるごと雑談で終わったものもあり、前半はともかく後半にかけてはまるで親戚のおばさんもとい、お姉さん感覚で接せられているのだ。
「……ノウンさんにも聞きましたけど、クロノスさんはノウンさんとどういう関係なんですか?」
「あぁ……それは俺も聞きたいな」
ノウン曰く、クロノスとは戦友のようなものと言っていたのでメタリカのようなクロノスと契約して不老のまま生きている人物だろうかと予想する二人。
だが二人の予想に反して、クロノスは困ったような表情で答えた。
「実は……あの子と初めて会ったとき、彼女は今と同じ姿をしていてね」
「……え!? それって……」
クロノスと契約した結果『時空』によって不老となっているメタリカとは違い、ノウンは元から不老であった事を教えるクロノス。
ますます彼女の正体について興味が湧き上がる二人だが、クロノスは曖昧な笑みで話を続けた。
「あの子の本当の素性は私だって分からないわ。あの子の持っている能力についても、ね」
クロノスでさえも知らないノウンの正体。
それでもクロノスはノウンの事を、自身の親友であり幼馴染であり、一緒に戦った戦友であると誇らしそうに語る。
「断言しても良いわ。あの子は悪い子じゃない。何せああいう顔してその実、悪に対して容赦のない性格をしているからね」
それはもう私でも怖いと思うぐらい、とクロノスは当時の心境を懐かしむように語る。そんな彼女の話を聞いてまゆりは、お兄ちゃんみたいな人も他にいるんだなぁ……と内心思った。
「その……こう言っちゃなんだがノウン、さんって学園長よりも強いんですよね?」
怒涛のヒアリングによってノウンに対するさん付けが習慣となった広樹が、彼女の強さに関してまるで確信の持った口調でクロノスに聞く。
「ええ、私より強いわよ」
あっさりと、クロノスは認めた。
「今では能力者社会の頂点だとか生きる伝説とか言われている私でもね、今まで生きてきた人生の中で私が敵わないと思ったのがあの時のデストロイヤークラスのエネミー二体と彼女ただ一人だけ」
そのクロノスの言葉に、二人は反応する言葉を失った。
だがそれと同時に二人はとある事に疑問を抱いた。
「デストロイヤークラスのエネミー襲撃の時……ノウンさんはどこで何を?」
クロノス以上の強さを持つノウンならば、デストロイヤークラスのエネミーに対して今以上に被害を抑えられていたのではないかとまゆりは思った。
聞けばあの襲撃事件から起きた建物被害、人的被害は非常に多く、如何に人を生き返らせるクロノスであっても全員は無理な話なのだ。
その問いの意味を察したクロノスは、あの事件の対する自身の無力さを思い出して顔をしかめる。そしてしばらくすると、彼女はノウンについて話を始めた。
「私が話したこと皆に黙っててね。……あの子はね、もう既に戦える体じゃないの」
「戦える体じゃ、ない?」
クロノスの言葉を繰り返す広樹。
「その昔のそのとある日のこと、敵対している能力者との戦闘であの子は突然血を吐いて倒れた。その後何週間も衰弱状態のまま眠り続けた」
衰弱している原因は分からず、例えクロノスの『時空』によって肉体の状態を健康の時に戻しても、体調不良なものはその原因を取り除かないとまた再発する。
加えてノウンに対する事のみ、クロノスの『時空』が効かない。
「効かない……!? そんなことって……」
間近でクロノスの力を見たまゆりによって、その事実は驚愕に値する物だった。何せ『時空』とは時間と空間の二つの概念に干渉する能力であり、物理法則に準ずる万物はその概念を干渉する能力から逃れることはできないのだ。
「なんというのかしら……彼女の時間と空間は固定されてるから……といっても分からないわね。重要なのは私の能力が効かないところじゃなくて、どうして当時のあの子が倒れたってこと。そしてとある日の朝、ようやく目が覚めたあの子に問い質したの」
それでクロノスは、ノウンの現状を理解した。
「あの子は自身の能力に体が耐えられていないの。正体不明な『現象』……それは能力を使用する度に体の自壊速度が進んでいく物だった」
だからそれ以降、クロノスは彼女に能力の使用を禁止した。
そしてそれはデストロイヤークラスのエネミーに対しても同様だった。
「能力に関する知識や経験において彼女の右に出るものがいない程、あの子は優秀だった……だからあの戦いで失うというのはひいて能力者社会の損失と同義なの。だから戦いに参加しようとするあの子を閉じ込めた」
ノウンのいる建物全体の空間を隔離して閉じ込めた。それでもノウンだけならば脱出できるのだろう。だがその建物にいるのはノウンだけじゃなく、避難してきた人たちもいた。
だからクロノスはノウンにこう言ったのだ。ノウンが戦いに参加したのなら、クロノスはそのまま隔離した建物を永遠に閉じ込めると、そう脅迫した。
その事を聞いたノウンは勿論言うことを聞くとクロノスは確信していた。悪に容赦なく、罪のない人々を命を賭してでも守ろうとするノウンならば、人を見捨てることなどできないと。
ノウンもまた、クロノスのことを合理的な手段を選ぶことができる人物だと理解して、大人しくクロノスに従ったのだ。
「まぁ……それ以来、ちょっとギクシャクするようになったけど」
そう苦笑するクロノス。
彼女の話から分かる通り、クロノスはノウンに対して感情的な理由でも合理的な理由でも大切にしているということは分かった。
そこでふと、広樹は疑問に思った。
ノウンには能力を使えば血を吐いて数週間も昏睡状態に陥るというハンデがあると分かった。それならばあの時、超人的な基礎能力を持つ広樹に対してコップを奪った彼女は、果たして能力を使ったのだろうか。
あれからほぼ毎日ノウンと会っている広樹。その間、ノウンに衰弱している様子は感じられなかったと広樹は思い出す。
そこから導きされる可能性としては、ノウンは能力を使わずに広樹からコップを奪ったというものだ。そういう風に考え込む広樹をよそに、クロノスとまゆりは話を続ける。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
「あっそうですね。そういえばノウンさんからここに来るよう言われました」
「えぇ実はこのアンダームーンに生きる上で、地球からやってきた能力者に『アザーネーム』を与える決まりがあるの」
「『アザーネーム』?」
クロノスから発せられた耳慣れない言葉に考え込んでいた広樹が、浮上する。
「アンダームーン出身の能力者か地球出身の能力者かを判別するために評議会の方が決めたアザーネーム制度よ。その他にもかつて地球で住んでいた過去の自分と区別するためのいわば、己のもう一つの名前とでも考えてくれていいわ」
広樹の知り合いであるサイやアイという名前もアザーネームだという。偽名かコードネームか何かだと思ってた広樹だが、これで納得がいった。
「それでそのアザーネームというのは、自分で決めるものなんですか?」
「いいえ? この学園に入学する者全員のアザーネームは私が命名することになっているの」
そこまで聞いて、広樹とまゆりは察した。
「……つかぬことをお伺いしますが、この『超能力学園』という名前を考案したのが……」
「私よ」
私よ……私よ……私よ……。
二人の脳内でクロノスの言葉がエコーに響き渡る。
二人は知っていた。かの有名なクロノスの学校のパンフレット付き武勇伝本の中に、彼女の名付けた物が出てきており一言でいえば安直。もっといえばダサい。それらから分かるのはクロノスのネーミングセンスはゼロということだ。
そんな彼女が兄妹のアザーネームの名付け親となる。
「すみません、この話は辞退――」
「――あっ大丈夫よ? ちゃんと評議会が命名基準を考えてくれたから変な名前にならないと思うわ」
兄妹揃ってこの話を辞退しようと、言葉を発するも言い終わる直前にクロノスが言葉を被せるように言ってきた。
「め、命名基準……っすか……」
そう言われても広樹は嫌な予感しか感じない。
なまじ強化された基礎能力に予感などの第六感も強化されているため、外れる心配がないのだ。いや、この場合外れて欲しいのではあるが。
「ええそうよ。能力者の持つ能力を英名にしてそれをもじるっていうのがね」
やはり安直である。
「広樹君、まゆりちゃん。これからこの能力者社会で構成されているアンダームーンを生きるために、あなたたちにアザーネームを贈るわ」
――今から名乗る、あなたの名前は。
◇
「えー夏休み明けから、新しい転校生が二人くるぞー」
八月から九月になり、学生が謳歌していた夏休みが終わる。
そして久しぶりのクラスに座った学生達に、スーツをパッツンパッツンに着こなしたメタリカ先生が転校生の存在を知らせる。
『えっマジで!?』
『誰かな~男? 女?』
『お前何か知ってるか?』
途端に色めきだす生徒たち。
メタリカは時間を見て、生徒たちを静かにさせる。
「それでは自己紹介をして貰おうかの、二人とも入りなさい」
そう言って入ってきたのは二人の男女。
ご存知の通り斎藤広樹と斎藤まゆりの斎藤兄妹である。
本来ならば学年も違う二人だが、暗殺者時代として培ってきたまゆりの学習能力を見て、クロノスは特例としてまゆりを広樹と同じ学年にしたのだ。
加えて言うならば、広樹の驚異的な記憶力があれば今更学業など必要ないのだが能力者社会に関する常識的なことを学ばせるため、広樹は超能力学園に転入しているのだ。
壇上の前に立って、これから自分らと同じクラスメイトとなる生徒を見て、広樹は自らのアザーネームを告げ、広樹に続いてまゆりも己のアザーネームを名乗る。
「俺の名前は『アッパー』です。これから一緒に学んでいくので、よろしくお願いします!」
「わ、私の名前は『ラビィ』です! 同じくこれから皆さんと一緒に勉強するので、よろしくお願いします!」
能力を上昇する者として名付けられたアッパー。
重力を操る者として名付けられたラビィ。
案の定、予想通りの安直な名前で二人の心の内は羞恥に満ちていたのだが、クラスメイトの視線は生暖かかった。恐らくアッパー達と同じ境遇の被害者がいるかもしれない。
(うぅ……なんですか『ラビィ』って……うさぎ? うさぎなの?)
(俺なんて強化なのに『アッパー』だぞ? そこは『ブースター』……いやこれもアウトか。加速するという意味の『アクセル』でもダメ? 能力を加速させるって意味が分からない? ……そうか)
もはや何も言うまい。
そんなこんなで、二人の学園生活が始まった。
そこに波乱万丈な日々を送るようになるとは、今はまだ誰も知らない。




