表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブーストアッパー ~加速する強化の先で~  作者: クマ将軍
第二章 能力と向き合うために
47/210

第1話 ノウン

新章です。

 トントントン……。


 その包丁の刻むリズムを聞きながら目が覚める。


「あぁ……え……?」


 ベッドの上から見える天井はここ最近住み慣れたもので、あまり違和感を感じなくなった。


 烏丸家の事件から三日が経った。

 あれほど血なまぐさい戦闘を行ったにも関わらず、広樹は今まで通り朝の六時に起きるという規則正しい生活を送っていた。


 この体はいくら夜ふかししても数時間か、もしくは僅か数分の睡眠を取っていれば毎日いつもの時間に起きるようになっている。

 そこに寝不足特有の疲労感はなく、広樹が明日のこの時間に起きようと考えて寝れば、この体は広樹の要望通り数分違わず起きるのだ。


 さて、目を擦りながら起きた広樹だが今日は不可解な音が聞こえてくることに疑問を抱く。

 未だ男子寮の準備が整っておらず、現在広樹が住んでいる部屋は学園からちょっと離れたマンションのような場所にあった。

 当然この部屋に住んでいる住人は広樹一人だけであるし、あの事件からほぼ毎日広樹の元に訪ねてくるまゆりは、来るとしてもあと一時間は掛かるだろう。


 そこで広樹は警戒をする。


 音の方向で言えば台所だろう。それにこの包丁の何かを刻んでいる音や香ばしい匂いからして、恐らく料理をしているのだろう。

 しかしここで問題なのは、そこで料理をしている人は一体誰なのかということ。


 寝室にいる広樹は当然のこと、まゆりであればここまで香ばしい匂いを漂う料理を作れるはずもなく――失礼なことだが、まゆりは料理ができない――広樹の知り合いであるサイであっても、広樹は彼女に合鍵を渡していないため部屋には入れない。


 唯一可能性が高いのはクロノスだが、彼女は彼女で仕事や任務に忙しい身なので、来れないだろう。ならば今料理をしているのは広樹の知らない人物の可能性が高い。

 そう広樹は考えそっとリビングに通じる寝室のドアを開けようとドアノブに手を回し……。


「料理できてるわよー」


「!?」


 ドアを開ける前に謎の人物からの声が掛かった。

 その神がかりなタイミングで声を掛けられた広樹は、ドアノブに手を置いた体勢でビクッと身体を硬直させた。

 そっとドアノブを回して僅かに開いたドアから中を覗くとそこには、白衣の上からエプロンを纏い手馴れた手つきで料理を皿によそうショートボブの女性がいたのだ。


「……誰!?」




 ◇




 外見は二十代前半、もしくは後半だろうか。広樹と一緒に自らが作った食事をとっている女性の外見年齢は、強化された観察能力をもってしても判別しづらい。

 ここまで年齢不詳なのは初めてクロノスと出会った時以来である。


「私の年齢が知りたい?」


「……え、え!?」


 広樹の考えを読んだかのように、目の前の女性が言葉を発する。

 年齢に関することを女性に聞くのはどうかと思い、自身のさり気ない目線で――この場合広樹の身体能力の件もあり、傍から見れば相手の年齢を探っているとは思えないほどのさり気なさ――目の前の女性を盗み見ている広樹だが、目の前の女性は広樹の視線に気付いていた様子である。


(まさかこれが女性の勘……!?)


 ――年齢に関して、女性の勘とは実に恐ろしいものである。


 そうかつて読んだ本からの情報をこの場で思い出す広樹だが、何とか現実に戻り彼女からの問いに答えようと思考を張り巡らす。


 今やその思考能力や思考速度は、現代のスーパーコンピューターにも引けを取らないレベルのスペックを誇っており、この場の年齢について誤魔化す言葉を思い浮かべようと過去テレビで見たフェミニストな男の誤魔化し方を何パターンにも分けて、各シチュエーションに対応するような汎用性の高い言葉を――。


「私の素性に関しては、後で来る人にも教えるから待ってね」


「あっはい」


 おかしい。

 能力が覚醒して以来ここまで振り回される事になるとは、この強化された身体を持つ広樹の目を持っていしても見抜けなかった。


(何だろう……この人の前だと何か調子が狂うような……)


 実際は独りでに、そして脳内での空回りなだけであるため、傍から見れば特に問題ない感じではあるが。

 そんな感じの広樹だが、しばらく待っていると部屋のドアを開ける音が聞こえる。この部屋を開けられる人物は限られており、実質能力者社会の長であるクロノスは当然その権限はある。

 そして最後の一人は……。


「お兄ちゃーん、おはよーう」


 斎藤広樹の義理の妹である斎藤まゆりだ。

 これまでの人生で過酷な生活を送っていたまゆりだが、この三日間普通の女の子として生活しており、昔と同じように兄と接しようと頑張っていた。


 そんなまゆりだが、リビングに入ると兄の他に見知らぬ女性が居ることに表情を固めた。暫くすると硬直していた体もようやく動き出し……。


「……誰!?」


 奇しくもその反応は兄と同じだった。


「おはようまゆりちゃん。まゆりちゃんの分もあるから、今からよそうね」


 それに対して目の前の白衣の女性は変わらず冷静な様子で、ご飯を準備しだした。




 ◇




『担当医?』


 兄妹揃って目の前にいる女性の職業を繰り返した。その言葉に女性は満足そうに頷き、自己紹介の続きを行う。


「私の名前はノウン。これから貴方達の調子を見るので、これからもよろしくね」


「……ノウン……」


「お兄ちゃん?」


 奇しくもその名前は、広樹が長政達に使った名前と同じだった。これは偶然だろうかと考える一方で、さっきから目の前の女性を観察するが、()()()()()()()という結果にますます混乱する広樹。

 

「それって……偽名ですよね?」


 そしてふと、広樹はそう質問をした。だが質問して何馬鹿な質問をしているんだと己を責める。

 この月の地下世界は誰もが皆本名とは別にコードネームのようなもので名を名乗っており、当然偽名といえば偽名なのだ。

 しかしそんな広樹の考えとは裏腹に、目の前の女性は目を細めて嬉しそうな声音で答える。


「ふふふ……うーんそうね。偽名といえば偽名なのだけれど、昔から名乗っているから偽名じゃないといえば偽名じゃないかな?」


 彼女の発言に広樹たちはますます混乱した。

 しかし彼女の発言で混乱している広樹とは違い、まゆりは直ぐに復帰した。そこでまゆりは理由は分からないが今の兄の状態は若干調子が悪いと感づく。


 兄と離ればなれとなった時間は長いが、それでもこの三日間兄と話してある程度は兄の性格について把握しており、能力によって滅多に混乱しない兄が今や混乱している状況におかしいと考えたのだ。


 そこでまゆりは今日に限って調子が悪い兄に話を進めさせるのは無理だと思い、自身が率先して話を進めることにした。


「それで……何故私たちに貴女のような担当医が?」


「心当たりがあると思うのだけれど、まゆりちゃんはその『託された』もう一つの能力から。そしてお兄ちゃんの広樹に対してはその強力な『能力』の使い方をレクチャーするために。これにはクロノス()()()からの許可も貰っているわ」


 クロノスにちゃん付けをしているという点で突っ込みたいが、ノウンが派遣された理由を聞いた広樹とまゆりは、それぞれの理由で言葉を失う。


 まゆりの場合、自身が持っている能力は周囲から『移植』によってもたらされたと認識されているが、まゆりが夢を通して真実を知った今、この能力は最愛の人から『託された』ものであると認識している。

 しかしそのことは兄を含めて誰にも話していないにも関わらず、担当医であるノウンは知っている事にまゆりは言葉を失う。


 そして広樹の場合、自身の能力については広樹がよく知っており他人がレクチャーすると言っても、今更学ぶことなど無いと思っている。

 これが広樹の枷を解くために派遣されてきたのであれば、話は別なのだが。


「あら、警戒されちゃったわね。まゆりちゃんの場合は……個別に話すとして、広樹に関しては今この場で証明したほうが早いわね」


 そう言ってノウンは、テーブルに置いてある自分のコップを広樹に渡す。

 それを怪訝そうな顔で受け取った広樹は、手に持ったコップを一通り見渡すとノウンに一言言った。


「……普通のコップですね」


 ただのコップ。

 タネも仕掛けも、当然能力の気配もないただのコップ。


「それは当然よね。これから貴方に気付かれずコップを奪うのだもの、コップに仕掛けを施す訳にはいかないわ」


 その言葉に広樹は当然としてまゆりも驚愕することになった。

 広樹の能力はご存知の通り使用者を無制限に強化する能力で、例え強化が切れても使用者の身体能力を底上げする物だ。


 クロノスが言うにはチートみたいな能力である。


 当然、今の広樹の基礎能力は度重なる強化の果てに人間を逸脱したものとなっているため、例え能力でコップを奪おうと行動しても『強化』能力抜きでちゃんと対応できると踏んでいた。

 それほどまでに広樹は自分の能力に自信があるのだ。そう思って広樹は彼女に注意したが、彼女は意に介さない。


 自然な様子で手元にある()()()に水を注いで飲んでいる彼女に、広樹たちは呆れた。


(――……いや、待て)


 ――今、彼女は何をしている?


 当然彼女は水を飲んでいる。しかし彼女のコップはつい先ほど広樹に手渡したばかりである。そこで広樹は自身の手元を見ると、そこにはあるはずのコップが()()()()()()()()


「嘘……だろ?」


「お兄ちゃん? ……まさか」


 まゆりもまた広樹の手元を見てびっくりする。広樹の動体視力をもってすれば如何に早く動くことができようとも広樹は反応するはずだが、それすらなく手元のコップを奪われてビックリしている広樹にまゆりは驚愕したのだ。


「空間転移……なのか?」


「いいえ、貴方は空間のゆらぎを察知できるはずでしょ? コップを奪われた様子は覚えている? そこに空間のゆらぎはあった?」


「……無かった」


「まだ疑問に思っている様子ね。なら今度はゆっくりやるわ」


 そうしてまたコップを手渡すノウン。

 広樹もまた彼女の動作一つ残らず観察する。


 すると。


(……こ、れは……!!)


 広樹の目をもってしても、残像しか見えなかった。

 彼女の動きは広樹の感覚を軽く凌駕して、コップを奪っていったのだ。


「これで……ゆっくりなのか……」


「そうね。あっ、でも能力は教えないわよ?」


 そうあっけらかんと言う彼女に兄妹は揃って口を開けていた。


「こう見えて私、能力に関するアドバイザーもしているの。クロノスちゃんよりかは優秀だと思うから安心していいわ」


 そう言われても兄妹の思考は真っ白になっていて反応ができない。広樹に関しては今の基礎能力でも十分と自信があったのだが、この証明の仕方で木っ端微塵となっている。


 そこでまゆりは、ふと疑問に思っていたことを呟いた。


「ノウンさんは……、クロノスさんとどういう関係なんですか……?」


 さっきからクロノスをちゃん付けしていて、しかも遠慮のない気安い関係のようにも感じていた。そしてその予想は当たっていたのだ。


「クロノスちゃんとは、長年一緒に過ごした戦友? 幼馴染? まぁ親友みたいなものよ」


 そう笑みを浮かべる彼女の表情に嘘はない。

 しかし広樹が内心思い浮かんだのは、彼女の持つ圧倒的な力についてだった。


(ノウンは……俺よりも強い、それも圧倒的に。そして……クロノスよりも――)


 ――底が知れない。


 そう、広樹は思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ